14話:静かに蠢く悪意の陰
ノエルは金貨1枚と銀貨5枚を握りしめ、村の西側にある商店街に来ていた。
替えの下着すらないのは流石に困る、今着ている服も既にちょっと臭うのだ。
東ではなく西の商店街を選んだのは東のチンピラ連中に絡まれると面倒だし、ゴルドー達西の連中には村人には決して手を出すなと堅く言いつけてあるので安心なのだ。
ブラブラと露天や道具屋など見て回って思うのは、この世界の産業技術のアンバランスさだ。
パンは未だに堅い黒パンを食べてるのに、ラーメンだのパスタだのトンカツにショートケーキだのと言った、前世で食べたクオリティー並の食べ物があったりする。
おそらく転生者による仕業であろうと考えられる様々な技術が見て取れる。
服飾品もまたその最たる一つだろう。
特に驚いたのは女性用の下着だろうか、寄せて上げるブラが売っていたのだ。
しかも300年も前から当たり前のように使われていたらしい。
かと思えば下水施設や上水施設などは無く、未だに井戸を使ったりしているのだからアンバランスと思うのも頷けるだろう。
色々回った結果、下着を5セットとズボンを3着シャツを5着購入した。
因みに下着以外は中古で揃えた。
子供なんてすぐに大きくなって着られなくなるのがオチだしな。
それらをあわせても銀貨2枚とかなり安く揃えられた。
つまりこの世界では衣類の大量生産がある程度可能と言うことだろう。
ミシンでもあるのだろうか? こうして色々な店を回りながら他の転生者の足跡を考察するのも中々に楽しいものだ。
(あとは……。やっぱ靴かなぁ)
サンダルを履いた自分の足を見下ろし考える。
「流石にいつまでもサンダルはないよな。俺なら、敵がサンダルを履いてたら間違いなく足を踏みつけるよな。うん、靴だな、出来る限り良い物を買おう」
更に商店街を奥まで進むと幌の掛かった馬車が止まっており、その前で露天を開いている様子が見える。
(行商人か? 面白そうだ覗いてみよう)
並べられた商品は香辛料や衣類がほとんどだった。
おかしい……。ノエルは並べられた商品を見てそう直感した。
並んでいる商品がどれもこれもこの地方で採れる物ばかりなのだ。
この聖法国には海がない。その為、行商人の並べた商品にはまず間違いなく塩があるはずなのだ。
しかし、並んでいるのはこの国でも採れる香辛料ばかりだった。
(特にこれと言って目新しい物はないなぁ。これじゃぁその辺の店舗と変わらんぞ?
行商人なのに何も運んでこなかったのか?あっ、このブーツいいなぁ)
ふと、商品をみるとワークブーツのようなデザインのクリーム色のブーツを見つける。
かなりしっかりとした作りになっている。やはりこの世界の製造技術は思ったよりも進んでいるようだ。
「このブーツをご所望ですか?」
不意に声を掛けられ顔を上げると、少しばかりふくよかな行商人らしき女性が満面の笑みで立っている。
「んっ、カッコいい」
「ハハハッ、そうですか。確かにこの手の子供用のブーツは良い値段しますからねぇ」
(まぁ、そうだよな、子供なんて普通はサンダルで十分だしな)
「でもこのブーツはちょっと癖がありましてね。ほら、ここのつま先の所に鉄板が入ってるんですよ。
そのせいで子供には少々重すぎるみたいで売れ残って困ってたんですよ。よかったらどうです? お安くしますよ?」
そう言って揉み手をする商人を見てノエルは妙な違和感を感じていた。
白いシャツにロングスカート、その上からエプロンを掛けた如何にもな格好をしてはいるが、履いているブーツに汚れ一つ見受けられなかったのだ。
不思議な行商人だと思いながらも特に害意が有るわけでもなさそうなので気にせず買い物を続ける。
気を取り直し自分の足の裏とブーツを重ね合わせ、サイズを確かめてみると1cmちょっとブーツが大きいようだ。
(サイズは悪くないな、買うか。それにしても、売れずに困っている商品を笑顔で年端も行かない子供に売り付けようとするとは、この商人なかなかに商魂逞しいな)
「んっ、いくら?」
「銀貨2枚になります」
「高い、いらない」
「あら、それじゃあ銀貨1枚と鉄貨5枚でどうでしょう?」
「んー、銀貨1枚」
「いやいや、流石にそれは無理ですよ。」
「んっ、他のも、買う」
「あぁ、なるほど。そうですねぇ……、いったいどれをご所望ですか?」
そう促され、予め目星つけていた黒いローブを指さした。
「流石にお目が高い。このローブは中古品ですが状態もいいし、縫製もしっかりしたハンドメイドの一品ですよ」
「いくら?」
「そうですねー。ハンドメイドとは言っても中古ですからねぇ、銀貨1枚でどうでしょう?」
「買った!」
「ありがどうございます、ただいま袋にお詰めしますね。」
「んっ、いい」
「あ、ここで履き替えて行かれるので?」
「んっ」
そう言って銀貨2枚を渡し商品を受け取る。
まず、ブーツに履き替えてみたが中々に履き心地が良い。
たしかに少々重い感じはするが防具と思えば気にならないレベルだと思う。ただ、問題があったのはローブの方だった。
(デカい、デカすぎる……。失敗したなぁ……)
腕を持ち上げると長すぎて袖口がブラブラと垂れ下がっている。
ふと見ると先ほどの女行商人が口元を押さえ、俯いて肩を震わせていた。
(やられた!)
ローブは完全に大人用で裾や袖口が長く、首回りは大きすぎてまるで洗濯のしすぎで首回りの延びたTシャツのようになっていた。
自身の格好を見下ろし、ノエルは思わず「むぅ」と唸り声を上げる。
「ほら、これをおまけで付けて上げるから機嫌直しなさいな」
そう言って行商人は黒みがかった赤いマフラーを指し出す。
受け取ったマフラーを首に巻くと、延びきったTシャツのような襟元が隠れ、幾分ましに見える。
(はぁ……。こればっかりはどうにもならんか……)
「んっ、感謝」
ノエルが平然としているのがよほど不思議だったのか、行商人は目を丸くしている。
「あら、怒らないのね?」
「んっ、良い勉強になった」
そう告げると長い袖口をブラブラと横に振りその場を後にする。
「へぇ」
後に残された行商人は、興味深げにノエルの背中を見送っていた。
――裾を引きずり袖をブラブラと振り回しながら、商店街を歩く。
通り過ぎる人々はノエルを見るとクスリと笑う。
おそらくは、背伸びした子供が親のローブを勝手に持ち出したなどとでも思っているのだろう。
何故ならその笑い声には憐憫の音が含まれていなかったのだ。
ここは剣と魔法の世界。
真っ黒なローブを着ていたとしても決してコスプレとは違うのだ。
サイズさえ合っていれば……。
(子供用のローブって有るのかな? 今度探してみるか……)
頬にポツリと雫が落ちる。見上げるが特に雨雲らしき雲は見当たらない。
青い空に真っ白な入道雲が所々に浮かんでいる。
この世界の空は広い。
いや実際はそう変わらないのだろうがやけに広く感じるのだ。
少なくとも東京から見上げる空よりは……。
「通り雨か?」
空を見上げて呟くノエルを、何処からか呼ぶ声が聞こえてくる。
「旦那っ、カラスの旦那っ」
「ん? ジンか?」
振り返ると、道具屋と衣類屋の間の細い路地からジンが手招きをしている。
「旦那、何です? その格好は」
怪訝な顔をで訪ねるジンに、ノエルはとくに気にした様子もなく長い袖口を掲げて見せた。
「黒いローブはテンプレだからな、外すわけには行かなかったんだ」
二人は路地裏の奥へと歩いていく、一緒にいる所を余り人に見られるのは
「そんな事より旦那。今朝方、教会騎士の連中が来て急ぎで取引を持ちかけられましてねぇ」
「昨日の今日でもう動きがあったのか?」
「へい、何でも魔物の討伐任務が下ったそうで、しばらく取引出来ないからだとか」
「あぁ、なるほど……。そこから先の話は場所を変えて話そう。ここじゃ、誰に聞かれてるか、わかったもんじゃないからな」
「へい、それでは西の酒場に行きましょう」
「あぁ」
ノエルはローブについたフードを深々と被り、赤いマフラーで口元を覆い隠した。
◇――――――――――◇
「――なるほどねぇ、まさか東の林にゴブリンとは何とも穏やかじゃないですねぇ。しかし、何で旦那がその事を知っておられるので?」
「まぁ、色々伝手があるのさ。それより取引は何時なんだ?」
「へい、今日の夜深くに……。場所は西の教会でさぁ」
「わかった、俺もこっそり様子を見に行くよ。お前等はたとえ俺が騎士共に見つかっても、知らぬ存ぜぬを貫き通せ。いいな?」
「へ、へい、わかりました」
「ところで誰か東へ送り込めないか?」
「間者ですかい? ん~、内の連中じゃちょいと厳しいですね~」
「んん?なんでだ?」
「いやぁ、うちの連中は基本的に皆バカですから……」
「あ、あぁ……そうなんだ……」
酒場の2回にある宿の部屋で、いつもの4人はテーブルを囲んでいる。
ここに来るのは2回目だが、部屋の作りが住んでいる部屋と似ているからかやけに落ち着く。
言葉を交わすのはもっぱらジンとノエルの二人だけ。
ゴルドーは腕を組んでふてくされた様に黙っているし、ケンは聞いてはいるようだが萎縮して黙ったままだ。
年端も行かない小さな子供に返り討ちにされた事が、余程気に入らないらしい。その気持ちは分かるが……。
ケンはと言えば未だにノエルに恐怖を感じているようで、たまに目が合うとピクリと肩を振るわせている。
「俺にやらせて下さい」
驚いた事に言い出したのはケンだった。
「それは良いがケン、お前本当に出来るのか? 言って置くが、東の連中はここの奴らと違っていざとなったら何するか分からんぞ?」
(現に6歳の子供相手に放火までやりやがったからなぁ)
「はい、大丈夫です」
なにやら覚悟を決めたような顔でノエルを見つめている。
ノエルはそんな様子のケンに一抹の不安を覚えていた。
「そんな思い詰めた顔をして何かあったのか?」
「別に思い詰めてやいませんよ。俺にやらせてもらえませんか?」
「…………」
腕を組みノエルは考える。間者に適した人材とはなにか。
相手の懐に飛び込むのだからコミュニケーション能力は必須だろう。
それに武力だ、生きて帰ってきて貰わなければ意味がない……。
考えれば考える程、ケンに向いているとは思えない。
「気持ちは分かるが、お前に荒事は無理じゃないか?」
ケンは黙ったまま左の
「「「ええぇぇ?!」」」
「無詠唱って……。お前魔法が使えたのか?」
「マジかよ、ケン……」
「…………」
ケンは出現させていた火球を
「これでも聖都の聖騎士学園を卒業してますからね」
「そうか、分かった、お前に任せる。但し身の危険を感じたら為らわずにすぐ逃げるんだ。いいな?」
「はい!」
◇――――――――◇
――深夜、こっそりと家を抜け出し西の教会へと向かう。
サイズの合わないローブに身を包み裏通りを選んで進んでいく。
すると、教会の裏口から明かりが洩れているのが見えた。
「おいおい、教会とは聞いてたがまさか堂々と教会内部で取引してんのかよ。意外と騎士団も只のバカの集まりなのかもしれんな」
深々とフードを被り首に巻いたマフラーで口元まで顔を隠すと、全身に身体強化を施しスルスルと教会の壁を上り始める。
丸いガラス戸をそっと開けて中を覗くと、ゴルドーと教会騎士が向かい合って立ち話をしている様子が見えた。
「しかし騎士様、一度にこんな大量に流しちまっていいんですかい?」
「あぁ、暫くは取引出来んからな、後から辻褄を合わせるさ」
「なるほど、騎士様が仰るんなら俺としちゃぁ安心ですが、いったい何があったんですかい?」
「ん? あぁ、こいつはまだオフレコなんだがな、東の森付近にゴブリンが出たんだ。面倒な話さ」
「へぇ、ソイツはまた大事じゃないですか」
「バカ言え、ゴブリン如きで大事になどなるか。問題なのはその近くで魔香が発見されたことだ」
「なっ、魔香ですって? そんな危険な物をいったい誰が?」
「さぁな、上の連中は間者を疑っているらしいが……」
(魔香? 確か魔物を引きつける臭いを出す魔道具だったはずだ。いったい誰が何のために?)
瞬間、周囲の空気が変わった。窓から手を離し落下するように降りると壁を蹴って横へ飛ぶ。
――ドンッ
大きな破裂音に見上げると、先ほどまでいた丸窓が大きくひしゃげて燃えていた。
(火魔法! いったいどこから?)
「ちっ」と言う舌打ちが聞こえ、ノエルは瞬時にナイフを出しながら声のした方角を見ると黒い影が走り去っていくのを目の端で捉える。
(くそぅ、手際良すぎだろ。プロだな……、予想外な厄介事に巻き込まれたかもしれん)
教会の中から男たちの罵声が聞こえ、ノエルは意識を切り替える。
(やっべ、逃げないと)
真っ黒なローブに身を包んだノエルは暗い闇の中へと消えていった。
◇―――――――――◇
――あの夜から数日、裏庭で朝・昼・晩の稽古の時以外は家の中で過ごしている。
今回のゴブリン騒ぎで村の外に出るのを禁止されたためだ。
「なんだい朝からソワソワして、何か良いことでも有ったのかい?」
「んっ、騎士団」
「あぁ、そろそろ来るんじゃないかねぇ」
そう言ってオン婆はニコリと笑った。
そうなのだ、今日は聖騎士団がポーションを受け取りに来る日なのだ。
つまりは待ちに待った
――ドンドンッ
「ジャスパーです、オンディーヌさんいらっしゃいますか?」
(キタキタキター)
ノエルは珍しくドタドタと足をとを鳴らしながら玄関へと駈けて行く。
玄関の扉を開くと、ソコには肩口に翼をあしらった銀色に光る鎧を着た、2人の騎士が立っていた。
「やぁ、ノエル君。オンディーヌさんはいるかい?」
ジャスパーを見るや否やノエルは急かすように言った。
「ん、入る」
ジャスパーの手を引き中へ招き入れると、オン婆の元へグッと手を引き歩いていく。
「おっ、おいおい、ノエル君……」
強引に手を引かれジャスパーは苦笑いしながら、なすがままにノエルにつき従っている。
「ジャスパー、来たのかい?こっちに来てお座り」
食卓で紅茶を飲みながら読書をしていたオン婆は、本を閉じ横へ置くとジャスパーに席に着くように促した。
「オンディーヌさん、おはようございます。早速ですが、例の話の前に取引の方を先に済ませませんか? ノエル君もソワソワしている見たいですし」
オン婆は隣に座り足をブランブランと忙しなく動かしているノエルを見て微笑んだ。
「あぁ、そうだねぇそうしようかねぇ。それじゃぁ、これが約束の上級ポーションだよ」
そういって、テーブルの横へ大きな木箱を出現させる。
「無詠唱……。空間魔法か……」
そう呟いたランドルフにジャスパーは木箱をインベントリにしまって置くように指示を出した。
「確かに、それではこれがお約束のお代と
「あぁ、確かに受け取ったよ。ほれノエル坊、あんたの取り分だよ」
目の前のテーブルに現れた魔導書に興奮を隠しきれないノエルは、両手をワキワキさせるとガバッと持ち上げさらに抱きしめながら頬ずりまで始める。
「ははは、良かったね、ノエル君」
「んっ、感謝!」
――この日、ノエルはついに魔導書を手に入れた――
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