13話:ゴブリンがこんなに強いなんて聞いてない!
まだ朝日も昇らぬ早朝に、ノエルはアルル村東から20キロ程行った先にある魔の森入り口に立っていた。
薄手のセーターを着て、麻のズボンにサンダルと言った村人スタイルのまるでその場に似つかわしくない格好をしたノエルは、左手に持ったショートボウをキツく握りしめる。
「オン婆の言ったとおりだ……。無理だ……、これは無理だ。
こええ、この森超こえぇぇ。森そのものが殺気を放っているように感じる。
最低でも魔法を1属性覚えてからじゃないと危険きわまりないな。しかし入り口に立っただけでこれとはな……」
――魔の森――
世界各地に存在する魔素が濃く魔物が闊歩する危険な森の総称。
中でもこの聖法国最南端にある魔の森は、その実ダンジョンである。
ダンジョンには階層型と環境型が存在し、この魔の森は環境型ダンジョンで”死霊の森”と呼ばれている。
森という環境のせいか精霊が生まれやすく、多くの半魔法生命体が生息する攻略難易度の高いダンジョンだ。
「しょうがない、暫くは森の外にいる魔物で我慢するか」
森から溢れる魔素に惹かれ魔の森周辺には比較的多くの魔物が存在している。
ノエルは腰を落とし、周囲の気配を探りながら足音をたてないようゆっくり進んで行く。
森の手前は林になっており比較的獣系の魔物が多く生息している。
どうやら林には森と違い落葉樹が多く、足下は落ち葉だらけで完全に足音を消すのは難しいようだ。
慎重に足を進めながら足下だけでなく辺りに立ち並ぶ木々も確認していく。
周辺の林には時折ブレイドベアーと呼ばれる魔獣が目撃されており、縄張りを示すマーキングの爪痕を見逃せば命に関わる。
――カサッ
落ち葉を踏んだと思しき微かな音を耳の端で捉える。
音の聞こえた方向から視線を遮るように生えている
息を殺し木の幹から顔を出して確認すると、白い毛で覆われた丸い何かが其処にいた。
(あれは、毛玉ウサギか? 本で読んだ通りだな)
毛玉ウサギとは魔物にしては珍しく草食の魔獣で、肉は食用として毛皮は衣服などの素材として人気があり、村でも色々なところで見かけるお馴染みの素材である。
息を殺しそっと矢筒から矢を取り出し弓につがえる。
キリキリと弓を引き絞ると毛玉ウサギの頭部と思しき箇所に向かって矢を放った。
(よし、当たった!)
すぐさま次の矢をつがえ相手の動きを伺うが、一向に動き出す気配がない。
(ん? やったか?……よし)
「インベントリ」
弓をしまい刃渡り28cmと長めのナイフを取り出すと、およそ20m先にいる獲物へと歩き出す。
10mほど進んだ所で左手で小石を拾い、足音を立てないように慎重に進みながら毛玉ウサギの少し手前をめがけ石を投げる。
すると地を蹴る音と共に直径1m程の白く丸い毛玉が、その大きさに似付かわしくないほどの猛スピードでノエルめがけて飛んできた。
「バカめっ! 死んだ振りをすれば油断するとでも思ったか?」
予め用意していた身体強化を駆使し右足を軸に体を回転させながら、宙を舞う毛玉ウサギ目掛けて右手のナイフを突き刺す。
「きゅぅ」と言う断末魔と共に、地面にたたき付けられた毛玉ウサギの首筋に更にナイフを突き刺し、確実に死んだことを確認すると今度は周りをキョロキョロと見渡した。
「よし、辺りには魔物はいないな。とっとと捌いちまおう」
――ピット。
「――うぅ、グロい……。あぁもう、血で両手がベトベトだ」
首を切り落とし腹を割いて内蔵を引きずり出す、その際心臓辺りにある魔石も忘れずに回収しておく。
捌いた腹の中をクリエイトウォーターで水洗いし、ついでに手やナイフに付いた血も洗い流してインベントリにしまう。
毛皮を剥ぎ取るのは後ででもいいだろう、出来るだけ早急にこの場を立ち去りたい。
ピットで掘った穴に内蔵や頭を埋めると、立ち上がってひざに付いた汚れを払い、もう一度周囲を警戒すると足早に歩き出した。
(血の臭いで魔物が寄ってこない内にとっととこの場を離れよう)
――西へ向けて林の中を走っていく。
今日が初めての狩りだ欲張ってはいけない、自分はまだ素人なのだ。
――10分ほど行くと生えている樹木の間隔も広くなり、林の出口が近い事がわかる。
ここまで来れば大型魔獣はいないだろうと、村に向かって歩いていると「「「ぎゃぎゃぎゃっ」」」という複数の魔物の泣き声が聞こえてきた。
瞬時に腰を落とし近くの大木に身を隠すと、鳴き声が聞こえてきた方角へと注視する。
そこには頭部から小さな角を生やし緑色の皮膚に覆われた身長140cmほどの小鬼がいた。
(ゴブリン! マジか! すげぇ本物のゴブリンだ、動画撮ってyoutubaに流してぇぇぇぇ)
3匹のゴブリンは狩りでもしていたのか横たわる毛玉ウサギを囲んで何やら言い争っているように見える。
(でも何でこんな所にゴブリンが? この辺には居ないはずだぞ? うーん、今なら奇襲できそうだな、やるか……)
ゴブリンはオークと共に
多種族間交配の特性を持つゴブリンは、人種を襲い女性を苗床にする事もあり、爆発的に数が増えると集団で人里を襲う危険種である。
「ふぅ」と、短く息を吐き覚悟を決めると矢筒から矢を取り出した。
弓を構えると3匹の内、初撃にどの1匹を狙うか頭を巡らせる。
(一発目の奇襲は成功する……と、思う。問題は残り2匹だな。体格では向こうが上、しかも相手は野生だ容赦なんてないだろう……。よし、決めた)
ノエルは3匹の内、自分に体を向けているゴブリンの頭を目掛けて矢を放つ。
(よっしゃ、ヘッドショット!)
吸い込まれるように一匹のゴブリンの眉間に矢が突き刺さると、すぐさま木の裏に回り姿を隠す。
突然訪れた仲間の死に、残った2匹のゴブリンは「ぎゃっぎゃぎゃ!」と威嚇するように鳴きながら辺りを見渡し始める。
木陰に隠れゆっくりと矢筒から2本の矢を抜き、一本を口に咥えもう一本の矢を弓につがえると、今度はノエルへ背を向けているゴブリンの背中めがけて矢を放つ。
「ぎゃっ」と言う声と共に一匹のゴブリンがうつ伏せに倒れるまでの間に、続けざまに咥えた矢を弓につがえ最後の一匹に放った。
すると「ゴゥッ」と言う音と共に最後のゴブリンの周りに風が巻き起こり、放たれた矢はその軌道を変えて明後日の方向へ飛んで行く。
元来魔物は知能が低いため魔導書を読むことは出来ないが、最低1属性をその身に宿して生まれてくる。
しかしながらその知能の低さ故、もって生まれた属性を生かせず、魔法を使いこなす魔物は少ない。
だが、魔物の中にはほんの一握り知性ではなく野生で魔法を使いこなす物が現れる。
それが今、目の前に獰猛な笑みを浮かべて立っていた。
「マジかよお前……、魔法使えんのかよ……」
すぐさま矢をつがえ目の前のゴブリンに照準を合わせる。
「ぎっぎぃ」と笑みを浮かべたゴブリンは、ゆっくりとノエルへ向かって歩いてくる。
弓に魔力を込めトリガーを引くように放たれた矢は、高速でゴブリンに向かっていくが、又も軌道が変化し明後日の方向へ飛んでいく。
「なるほど……。インベントリ」
弓をしまいナイフを取り出すとノエルはゆっくりと木陰から姿を現した。
「まぁ、そうそう旨くは行かないよな。やだなぁ、接近戦したくないなぁ……」
そう愚痴るノエルの顔には微かに笑みが浮かんでいた。
ゴブリンは足下に落ちていた死んだ同胞の落とした棍棒を左手で拾い上げると、そのまま流れるような動作でノエル目掛けてブン投げる。
恐らくは身体強化を使って投げられたであろうその棍棒は縦方向に高速回転をしながら、頭部めがけて飛んでくる。
ノエルは右手にナイフを握りダラリと棒立ちしたまま、まるで無防備に眠そうな目でその様子を眺めている。
「ブリーズ」
ブンッと言う音と共に、ノエルを中心に渦を巻くように強風が巻き起こり、猛スピードで迫り来る直撃必須の筈の棍棒が軌道を変えて後方へと飛んでいく。
「なるほど……。こう使うんだな。お陰で一つ勉強になった、礼を言うよ、”野生の”魔法使い君?」
そう言ってニヤリと笑ったその眼差しは、獰猛な猛禽類のそれに変わっていた。
自身が挑発されたことを本能で理解したのか、ゴブリンは「ガァ」と吼えた後、地を蹴り右手に持った棍棒を力一杯振り下ろす。
ノエルは右足を軸に半身になると右手のナイフを喉元に突き出す。
その腕を捕まえようとゴブリンは左手を伸ばすが、ノエルは瞬時にナイフを手放し右手を引きながらゴブリンの左肘を蹴り上げる。
負け時とゴブリンも右手の棍棒を横凪に振るうが、まるでリンボウダンスのように体を仰け反らせて躱すと、その勢いのままバック転で距離を取る。
「チッ、お前本当にゴブリンか?」
「ギョギョギョ」
ゴブリンは小馬鹿にしたように鳴くと、ノエルが落としたナイフを左手で持ち上げ、先ほどの意趣返しと言わんばかりに2度3度と振り回しニヤリと笑う。
表情一つ変えることなく、ノエルは先ほどのバック転の時に握り込んだ右手の土と左手の石の感触を確かめながら頭を巡らせる。
(あのゴブリン身体強化も使えんのかよ……。接近戦のみでやろうと思ったが無理だなこれは……、ちょっと卑怯だけど仕方がない)
ノエルは右手に握った土をゴブリンの顔めがけて投げつける。
ブンッと風を纏い、何でもないように土を払うゴブリンめがけて、右手を前に突き出した体勢のまま突進する。
それを迎え撃つべく棍棒とナイフを構えたゴブリンに対しノエルはすっと片目を閉じ呟いた。
「ライト」
瞬間、眼を覆う程のまばゆい光が一人と一匹の間に発現する。
「ぎゃ」っと眼を庇うように左手で覆うゴブリンは牽制するように右手の棍棒をやたらめったら振り回す。
ノエルは閉じていた左目を開くと、左手に持った石をゴブリンの左横辺りにフワリと投げ込み、あえて振り回される棍棒の下をかいくぐり右後方へ回り込む。
――ガサリッ
音のした辺りへゴブリンは棍棒を振り下ろすと”ズキン”と自らの右足に何かが突き刺さるような痛みを感じた。
右後方へ回り込んだノエルが矢筒から矢を抜いて右手に持ち、左の
ゴブリンは振り向きざまにブンッっと棍棒を横凪に払うが何の手応えも感じられない。
「インベントリ」
未だよく見えない目を無理矢理に見開き声が聞こえた方を見やると、其処には既に放たれた矢がゴブリンの眼前に迫っている。
放たれた矢はそのまま吸い込まれるようにゴブリンの眉間に突き刺さると、その反動で首が仰け反りドサリと仰向けに崩れ落ちた。
「プッハー。こえぇぇ、超こえぇぇじゃんゴブリン。マジぎりぎりだったろ今の……」
命の遣り取りによる緊張感から解き放たれたノエルは、そのまま地面へとへたり込む。
「魔法に目覚めた魔物はけた違いだな。今のゴブリンなんて風を纏う程度しか使ってなかったのに強かったしな……。気を付けよう……マジで」
ノエルはそそくさと倒したゴブリン達の魔石を回収し始めた。
(うーん、大きさは毛玉ウサギとあんまり変わらない気がするな)
小指の爪ほどの小さな魔石を眺めながらため息をつく。
「ゴブリンって割に合わないんだな……」
そう愚痴りながら最後の一匹の胸を裂くと、心臓の横に親指サイズの魔石が埋まっているのが見えた。
取り出して水洗いした後、親指と人差し指で摘まむようにして上に掲げる。
「おお、大物だ。何でこれだけ緑色なんだ? 風属性の魔法を使ってたからか? へぇ~やっぱ風属性って緑色なんだなぁ……」
そう言って眺めた魔石は日の光を浴びてキラキラと輝いて見えた。
「あっ、やばいもうすっかり日が昇ってるじゃねーか。急いで帰らないと!」
◇―――――――――◇
家に帰ると丁度オン婆が朝食の支度をしているところだった。
「あぁ、お帰りノエル坊。今しがた丁度、朝ご飯が出来上がった所さ。席についてまっといで」
「ただいま」
席について朝食を食べ始めるとオン婆に今朝の事を話すことにした。
取り囲む防壁のないこの村では、ゴブリンは発見次第討伐もしくは通報が義務付けられており、話さない訳にはいかなかったのだ。
「ノエル坊、そいつは本当の話かい?」
「んっ、間違いない」
テーブルの上にゴロリと置かれた3個のゴブリンの魔石を見てオン婆は目を丸くする。
「ノエル坊その話、もうちょっと詳しく聞かせてごらん」
毛玉ウサギを狩って帰る途中に、3匹のゴブリンを発見し奇襲をかけて倒したこと、3匹の内の1匹が風魔法と身体強化を使ったこと、ついでにゴブリンが狩った毛玉ウサギも貰って帰ってきたことなど出来る限り詳しく話していく。
オン婆は険しい顔をして「ちょっと待ってな」、と部屋から村周辺の地図を持ってきた。
「ノエル坊、どの辺でゴブリンに出くわしたのか指さしてごらん」
「んっ」と、村の東20キロ地点にある林の中を指さす。
「なるほどねぇ……。森入り口の丁度手前付近だねぇ……、ってノエル坊あんたまさか森に入ってやしないだろうね?」
「んっ、入ってない」
「そうかい、ならいいんだけどねぇ。んー、なぁノエル坊この魔石あたしに売ってくれないかい?」
ノエルは手にした魔石を指し出す。
「あげる!」
「いやいや、それは駄目だよノエル坊。”相応の労働には相応の対価を”だ。いいかいノエル坊、人が良いのは別に悪い事じゃないさね、でもね時にはソイツが自分も相手も駄目にしちまうこともあるのさ。覚えておいで」
「んっ」
「それじゃぁ、あたしはちょっと騎士団の詰め所まで行ってくるからね。ノエルは今日一日好きにしておいで。あぁでも今日は村の外には出るんじゃないよ?」
「んっ、服、買う。」
そう言ったノエルの右手には先ほど魔石を売った代金である金貨1枚と銀貨5枚が握られていた。
「そう言えば火事で全部燃えちまったんだったねぇ。まぁ気を取り直して買い物を楽しんでくるといいさね。じゃぁ行ってくるよ」
「んっ」
一人になったノエルは手の中にある、お金を眺めていた。
(魔物を倒して、お金を稼ぐ……。ラノベ展開キター!)
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