12話:好きな事は飽きるまで繰り返すタイプです

 野菜スープにベーコンと黒パン、代わり映えのしない朝食を頬張りながらノエルはオン婆から説教を受けている。

 

「まったく、子供の癖に妙な気を使うんじゃないよ。聞いてるのかい?」

 

「んっ」

 

 オン婆がこうも腹を立てているのは、先程騎士団達とのやり取りでノエルが横やりを入れたからではない。昨日の火事が原因だ。

 住む所が無く困っているなら何故すぐに自分の相談しないのか、と言う何ともお優しい理由である。

 前世から他人の悪意だの欲望だのに晒され続けたノエルには、オン婆のこの暖かく真っ直ぐな善意はくすぐったくて戸惑ってしまう。

 

「んっ、謝意」

 

「はぁ、まぁいいさね。とにかくノエル坊は今日から家に住むんだよ。いいね?」

 

(話の流れからこうなることは予想してたが、流石に貰いすぎ・・・・だ。どうしたもんかな……)

 

「「でも、」でもも減った暮れもないんだよ。これは決定事項実さね。

 大体、弟子が師匠の言う事に口答えするんじゃないよ。いいね?」

 

「んっ」

 

 こうして少々強引だがノエルはオン婆の家に厄介になる事になった。

 

「――ところでノエル坊、あんたの隣にあるその麻袋は一体なんだい?」 

  

 

◇――――――――◇

 

 

 

「違う違う。ちょっと貸してごらん。いいかい? 弓はね、骨で引くんだよ」


 そう言って取り上げた弓を左手で持つと、半身になって的を見据える。


「ヒュー」と短く息を吸い、止める。

 弓に矢をつがえると左に持った弓を上へと掲げ、ゆっくりと肘を伸ばしたまま的へ向ける。

 その際右手は頬の辺りから動くことはなかった。


(なるほど……。骨で引くか……)


――シッ。


 短く息を吐き、完成された美しい動作で放たれた矢は音もなく高速で的を打ち抜く。

 結果に満足したのかオン婆はニコリと微笑むと、手に持った弓をノエルに投げ渡した。

 

「中々に良い出来の弓さね、随分な値段だったんじゃないのかい? ノエル坊もよくそんな大金持ってたねぇ」

 

「んっ、銀貨15枚」

 

「は? それを売った商人は余程の阿呆だね。ソイツはトレント製だよ。最低でも金貨15枚はくだらないね」

 

(えぇ? あのオッサン全部ひっくるめて金貨5枚と銀貨6枚って言ってたよな? どのみち大損じゃねーか)

 

 ノエルは事の顛末をオン婆に話すことにした。

 むろん全てではないが……。武具店を追い出されたこと。

 魔道具屋で実父らしき男に会ったこと。ソイツから弓を安くで買いたたいた事などだ。

 それを聞いたオン婆はなぜか少し悲しげな顔をした。

 

「――そうかい、そんな事があったのかい……。でもノエル坊、なぜ自分の父親かも知れないなんて思ったんだい?」

 

「んーっ。なんと、なく?」

 

「血の繋がりって奴なのかねぇ……。それでどうするんだい? ノエル坊は一応名乗り出たんだろう?」

 

「んー、問題ない」


「本当に良いのかい? でもそれじゃあ何だってわざわざ名乗り出るようなことをしたんだい?」

 

「んっオッサン、意外と、使える」

 

「は?……。ぷ。ククククッ、アハハハハハハハ」

 

 涙を浮かべお腹を抱えて大笑いするオン婆をノエルは不思議そうに眺めている。

 笑い涙を「ひぃひぃ」と拭きながらノエルの頭を乱暴に撫で「そうかい、使えそうかい。アハハハハ」と笑っている。

 

「まったく、不思議な子だよお前は。でも、そうだねぇ。男の子はそれぐらいの方が逞しくて良いかもしれないね」

 

「んっ」

 

 ひとしきり笑って満足したのか、オン婆は両膝を叩いて立ち上がる。

 

「さてと、それじゃあ、あたしはやる事があるからね。そろそろ部屋に戻るよ。ノエル坊はこのまま此処で弓の練習でもしてな」

 

「んっ、手伝う」

 

「あぁ、調合じゃないさね。そもそも今から急いで調合したところで、上級ポーションなんて5日で出来やしないよ。なんたって熟成させるだけで一年は掛かるんだからねぇ」

 

「んっ?」

 

「ノエル坊と同じさ、”使えそうだから使っただけさね”」

 

 そう言ってニヤリと笑うと一人、部屋へともどっていった。

 

 

◇――――――――――◇

 

 

 トレント、魔素が充満する森やダンジョンに生息する魔物であり、半魔法生命体に類する。

 魔法生命体とは精霊の事を指し、半魔法生命体とは魔素に狂った精霊が長い年月の間、魔素に晒され続けた物質や植物、または死体に宿った物を指す。

 精霊は不老不死であり、生まれながらの魔法使いでもある。

 しかしながらそんな精霊にも弱点が存在する、それは魔素に弱いことである。

 

 この世界の生き物は魔素を吸い、体内で魔力へ変換している。

 しかし精霊にはそれが出来ない、故に精霊は通常精霊の森と呼ばれる周囲を結界で守られた魔力が充満する場所に生息してる。

 しかし時折魔の森など、魔素が充満する場所に生まれてしまった精霊は魔素を取り込み狂ってしまう。

 そうして生まれるのがトレントなど半魔法生命体と呼ばれる魔物である。

 

 魔物化した精霊は、魔素を取り込み魔力へ変換する術を得るが、代わりに不死と言う最大の特性を失ってしまう。

 ただし魔法に長けていると言う特徴は、属性の増加という形で強化される。

 精霊は元々一つの属性しか持ち合わせていないが宿った物質、または死体が持っていた属性が加味されるのだ。

 ちなみにトレントは、水・風・土に元々持っていた精霊の属性が加味され、最大4属性も操る強力な魔物である。

 

 

 

――ふっ、と短く息を吐き弓を放つ。

 このトレントの弓は思っていた以上にすばらしく、強力だった。

 とにかく魔力の通りがよく、魔力消費も格段に少なくてすむ。

 矢を放つ瞬間に弓に魔力を通すと、まるでピストルのトリガーを引くように矢が発射される。

 その際瞬時に指を離さないと痛い目に遭うのだが……。

 

「やっと的に当たるようになってきたな」

 

 既に穴だらけの的を取り替えて矢を回収し、練習を再開しようとするとオン婆の呼ぶ声が聞こえてくる。

 

「ノエル、いつまでやってるんだい? そろそろ夕飯だよ、戻っておいで」

 

「んっ」

 

 散らかった裏庭を簡単に片づけると、ノエルは裏口から顔を覗かせるオン婆のもとへ向かった。

 

「なんだいその手は……。皮が剥けて血だらけじゃないか。あんたはバカなのかい? なんでそう加減をしらないかねぇ」

 

「んっ、唾付けた」

 

「呆れたね、唾なんか付けたって治りゃしないよ。ちょっとコッチ来てその手を見せてみな」

 

「んっ」


 傷口を水で洗い流しポーションを振りかけると、見る見る内に潰れて裂けたてのひらのマメが治っていく。

 その光景はまるで映像を逆再生したかのようだった。


(おぉぉ、すごい。何度見ても不思議だなこれ)

 


◇――――――――――◇



――夕飯を食べ終わるとオン婆から一冊の本と鍵束を渡された。

 

「ちょっと早いがその本は誕生日プレゼントだよ、以前言ってた生活魔術の魔術書さ。それとこの鍵束は表と裏の玄関と宝物庫の鍵さね」

 

「んっ! 感謝!」

 

「うんうん、その魔術書はちょいとした物でね。魔力操作に長けた者でないと扱いは難しいが、あんたなら問題ないだろう」

 

 そう説明を受ける間もノエルの目は手にした魔術書から離れなかった。

 

「んっ」 

 

「それと、宝物庫の鍵だけどね。ほらあそこにあるカーペットをめくるとって……、聞いてるのかい? ノエル!」

 

 ノエルはハッとして顔を上げると、両手で魔術書を抱きしめる。

 

「なんだい? 取り上げやしないよ。それよりちゃんとお聞き。あそこにカーペットがあるだろう?

 それをめくると鍵穴があるのさ、そいつを開けると宝物庫に繋がっているからねぇ。分かったかい?」

 

「宝物庫?」

 

「あぁ、そうさ。平たく言えば書庫なんだけどね。あたしは宝物庫って呼んでるよ。

 いいかいノエル、本は知識を与えてくれる。知識とは消して奪うことの出来ない宝物さ。

 だから本は大事におし。そうすれば知識はあんたに知恵を授けてくれるはずさね」

 

「んっ」

 




――ギィ


 扉を開き、与えられた部屋へ入りると中を見渡す。

 ベットが一つに机と椅子が一つ、観音開きのタンスが一つとシンプルな内装。

 

(そう言えば着替えとか身の回りの物は、全部昨日燃えちまったからな……。

 買い換えないといけないのか、思い出したらまた腹立ってきたな。アイツ等、今度逢ったら絶対ぶっとばす!)


 そう心に誓い麻袋を脇に起きベットに腰をかける。

 手の中にある魔術書を満足そうに眺めるとニヤニヤと笑みを浮かべながら両の手でその本を天井へ掲げる。

 

「ふははははっ! 遂に念願の魔術書が我が手に! この力を持ってすれば世界を征服するなど容易いわっ!

 来るがよい勇者よ、我が漆黒に染まりし力をもって汝のその身に地獄を刻みつけてやろうぞ! ふわーははははは」

 

 などとひとしきり魔王ゴッコを楽しんだ後、ノエルは恐る恐る魔術書を開く。

 魔術書を開くと右側には魔法陣が描かれ、左のページには魔術に関する説明書きがあった。

 次々とページをめくっていくと今度は古代文字または魔法言語と呼ばれる物の辞典になっているようだ。

 もともとノエルは大陸共通語の他に、この古代語もオン婆に習っており大体のは習得済みの内容だったが、この本にはいわゆる汚い言葉、スラングなどまで載っていた。

 古代語は決して人前では使ってはならないと念を押されていた為、今まで使ったことはないのだが、なぜこの様なスラングまで詳しく載っているのか不思議である。

 

「載ってる魔術が全部で7つってこれじゃーほぼ辞書じゃねーか。なぜだオン婆、なぜなんだぁぁ」


 

 

 

――最後のページをめくると何やら説明書きのような物が手書きで書かれていた。

 

『古代語には言霊が宿っている、使い方を間違えてはいけないよ。

 古代語で嘘など付こうものなら言霊はお前を見捨て、全ての魔法を失うだろう。』

 

「こ、こえぇぇぇよオン婆!あんた何て物隠してやがったんだよ。危なかった、知らずにいたらと思うとマジ笑えねーよ……。まぁいい、元々俺は無口で通ってるし古代語なんて魔導書を読む時ぐらいしか使わんしな」

 

 最初のページへ戻り魔法陣に手を置いて目を閉じ、「ふぅぅ」と深呼吸をしてゆっくりと魔力を流す。

 

――瞬間、自身の身の内に何かが形成されるのを感じた。


(これが魔術、なるほど確かにこれは特別製だ)


 通常、魔術とは呪文を唱えることで、定められた魔力量を取り込まれた魔法陣に流し、決められた魔法を発動するものを言う。

 つまり魔道具を体内に移植するようなものである。

 しかしこの日ノエルが手に入れた魔術は、体内の魔法陣に流す魔力の量を自分で調整し発動することで、魔術の出力を自在に操れるように魔法陣が組まれていた。


「オン婆に感謝だな、実に俺向きの魔術だ。よし、残りも取り込んでしまおうか」

 

――残りの魔術を取り込むと、改めて各魔術の説明書きに目を通し確認する。

 

 

 火:着火 【注いだ魔力量に応じて火力調整が出来る】

 

 水:クリエイトウォーター 【注いだ魔力量に応じて出る水の勢いが変わる】

 

 土:ピット 【注いだ魔力量に応じて掘った穴の深さが決まる】

 

 風:ブリーズ 【注いだ魔力量に応じて纏う風の風量がきまる】

 

 光:ライト 【注いだ魔力量に応じて光量を変化させる】

 

 光:プロフィール 【自身のプロフィールを脳内に表示させる】

 

 空:インベントリ 【術者の潜在魔力量で収納量が決まる】

 

「ふむ、なるほどね。さてさて、いよいよ試してみるとしますかね」

 

 ノエルは一つ一つ魔術を試していくことにした。

 まず着火は指先や手のひらなどから魔力を放出してライターのような種火を出す事が出来た。

 全力で魔力を放出すれば火炎放射器のような使い方も出来そうだが、此処で使えばまたホームレスになってしまいそうなので後日、外で試すことにした。

クリエイトウォーターは、飲料水を生成するもので試しに飲んでみたが普通の水だった。

 ピットは勿論部屋では使えず、ブリーズに至っては文字通りそよ風が吹くだけだった。

 

「ほとんど此処じゃ使えないな……、後は光と空か。プロフィールが一番気になるな。よしっ!」

 

「プロフィール。ってうぉっ」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 ノエル (性別:男 / 年齢6歳)

 種族:ヒューマン

 

 所持魔術:7

  

 火:着火  水:クリエイトウォーター

 

 土:ピット 風:ブリーズ 

 

 光:ライト 光:プロフィール 

 

 空:インベントリ 

 

 所持魔法:ーーーーーーーー

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

(本で読んだとおりえらい簡素だな。ただレベルだのステータス値だのがなかったのはむしろ良かったかも知れない。

 只でさえ戦争が多い世界でレベル制なんて殺しを推奨するシステムが有ったらもっとひどい世界になっていた可能性もあるしな。さて、次は)

 

「インベントリ。おぉぉこうなってんのか!」

 

 手をかざした辺りの空間が歪み、波紋のように波打っている。

 試しに矢を一本入れ一度インベントリを閉じ、もう一度出してみるが思った通りに取り出すことが出来た。

 

「インベントリすげぇぇぇぇ! これぞテンプレ、これぞ異世界! これは俺の時代が来たな……」

 

 ニヤニヤしながら何度も出したり仕舞ったりを繰り返していると、不意にドアの方から声がする。

 観るとオン婆が、ドアの隙間から怪訝そうな顔でコチラを覗いていた。

 

「何してんだいあんた……」

 

「んっ」と自慢げに矢を出したり仕舞ったりしてみせると、呆れた顔で「いいからとっとと寝な!」と言いドアを閉められる。

 

 ノエルはその後もニヤニヤしながら一人、飽きるまで同じ事を繰り返していた。

 

 

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