25話:生き意地と死に様
そこに魔力消費の計算などは無く、ただ全力で地を蹴りザンバはノエルとの距離を詰める。
なけなしの待機魔力を火球に変えて、間髪入れずに全弾一気に発射する。
「死ねぇぇぇぇ!」
――ゴォォォ
風属性のエンチャントを発動し、速度を上げたノエルは右へ左へ火球を躱していく。
(待機魔力は残り2つか、一度距離を取って練り直したい所だな……)
チラリと後ろを振り向くと、今にもノエルを噛み殺さんとばかりの形相で、ザンバが追い駈けて来ている。
そのありの迫力に気圧され、反射的に水球を発射してしまう。
――ダンッ
大地が弾ける程の力で踏み切ると、水球を遙かに飛び越えノエルへと迫ってくる。
最早、出し惜しみしている場合ではないと、宙を駈けるザンバへ向けて水球を放つ。
――ふっとべぇ!
ザンバは咄嗟に身体を丸め、顔の前で両手を十字に構えてガードするが、自身の速力と水球の速力が合わさり、仰け反るように弾かれる。
――ドドッドン
「くはっ」
背中から地面へ叩きつけられると、その勢いのまま地を滑るように転がっていく。
――ドサッ、ザザザザー
飛び跳ねるように走っていたノエルは、空中で身体を捻りザンバへ向けて矢を放つ。
余りの衝撃に一瞬意識が跳びかけるが、「この悪魔を殺す」その一念がザンバの意識をこの場に留める。
「うがぁぁぁ」
身体中からかき集めるように魔力を練り上げ、土壁を出現させる。
――ダンッ
土壁は放たれた矢を縫い留めるが、すぐさま力なくボロボロと崩れてゆく。
渾身の一矢を又しても躱され、舌打ちしたノエルは迷い無く廃旅館へと走り出す。
(ふぅ……。落ち着け、集中力を乱すな)
そう自身を落ち着かせると、廃旅館へたどり着くまでの間に魔力を練り直し、5つの待機魔力を完成させた。
――着くと一階は扉も窓も厳重に閉じられ、封鎖されていた。
一々こじ開けるのは面倒だと、風魔法を使い2階の窓へ飛び上がる。
中に入ると、昨日まで使っていただけあって埃を被った様子は無いが、
(むしろ都合がいいな……)
ノエルは急いで階段を下りるとキッチンへと向かう。
戦闘が始まって大分時間が経っている。
氷槍使いがいつ増援に来てもおかしくはないだろう。
着いてみればキッチンも2階と同じく、様々な物が散乱している。
(なにか……。何かないか……)
「あった! 他には……、よし!」
目に付く限りのナイフとフォークをインベントリへと仕舞うと、代わりに拳大の革袋を取り出す。
(よし、出来る事は何でもやってやる)
ノエルは初めから不意打ち騙し討ち以外、考えていないのだ。
どんなに生き意地が汚かろうと、生き残った方が勝ちなのである。
これは試合いでもなければ死合いでも無い、只の汚い殺し合いなのだから……。
◇――――――◇
――一方でジルフランデは焦っていた。
「くそっ! いったい何がどうなってやがるんだ?」
遠くの方で爆発音が聞こえ、増援に向かう途中、突然辺りに魔力が立ちこめたのだ。
瞬時に身体が反応し、近くの物陰に身を潜めて様子を伺うが、敵の動く気配が全くしない。
(不味いな……、余り時間をくってはいられんぞ)
――ドドーンッ
ザンバ達のいるであろう方向から、派手な爆発音が聞こえてくる。
どうやら仲間は本格的に戦闘に突入したらしい……。
いつまでもこんな所で時間を費やす訳にはいかないが、迂闊に姿を現せば狙い撃ちされかねない。
刻一刻と時間が経過する度に、焦燥感だけが募っていく。
「くそっ、ついてねぇ……。だが、やるしかねぇか」
誰かの為に命をかける気は更々無いが、ザンバだけは死なせる訳にはいかない。
ジルフランデにとって優先すべき、はあくまで自身の命で時点がお金。
仲間の命など文字通り二の次である。
金にならない殺しはしない、全ては金なのだ。
しかし、其れこそが暗殺者という汚れ仕事を請け負う、ジルフランデにとって唯一残された矜持でもあった。
だからこそ行かねばならない、例えこの身を危険に晒したとしても……。
右手のナイフを逆手に、左手のナイフを順手に持って、ゆっくりと目を閉じ集中力を上げる。
辺りには、相変わらず掴み所の無い希薄な魔力が漂っている。
相手の懐に自ら飛び込むなど、暗殺者のする事ではない。
ないが……、これは矜持の問題だ。
「金のためだ、仕方がない」
ジルフランデは閉じた目を見開くと、地を蹴り大通りへと飛び出した。
――妙だ。
危険を覚悟で出てきてみれば、敵の動く気配が全くしない。
エンチャントの出力を上げ、進行方向を右へと向ける。
目指すは希薄な魔力の源泉。おそらく、敵はそこにいる。
住宅街の十字路の真ん中に、仲間の遺体が横たわっている。
先に検分した仲間の遺体だ。みると額に刺さっていた筈の矢が抜き取られていた。
ジルフランデは遺体を見下ろすと、舌打ちをして辺りを見渡す。
「チッ、わけがわからねぇ。ワザワザ矢を回収しに来たってのか?」
苦々しい顔で辺りを見渡していると、不意に何かが頬を撫でる。
「ん? 何だコレは?」
右手の甲で左頬を拭うと、何やら粉のような物が付いている。
「魔石の粉?……くそ、やられた!」
魔石の粉が飛んできたであろう辺りを見上げると、屋根の端に矢の刺さった拳大の革袋がぶら下がっていた。
おそらく漂っていた希薄な魔力の正体であろう。
「不味い……。死ぬなよザンバ。頼むから生きていてくれ……」
ジルフランデは仲間の元に駆け出した。
何としてでも助け出さなくてはならない、でなければ……。
――ただ働きになっちまう――
◇――――――◇
ザンバは扉の前に立ち、深く深呼吸をした。
「ふぅぅ……」
迂闊だった……。我を忘れ闇雲に突撃するなど自殺行為だ。
冷静さを取り戻したザンバは改めて廃旅館を見上げる。
本来ならば、ジルフランデが増援にかけ付けるまで待つべきだろう。
しかし相手はあの
都合の良い事に、ここは自分たちが根城にしていた古巣。
生憎と地の利は此方にある。
身体中が酷く痛むが、まだ動く。まだ戦える。ならば行かねばなるまい。
扉に背を向け距離を取るとエンチャントをかけ直し、火球を浮かべた。
「これで最後だ……、いくぞ!」
扉に向き直り気合いを入れると、一気に地を蹴り突進する。
――ドカッ
扉を蹴破り突入すると、自身の左手から魔力反応を検知する。
「そこか!」
――ゴォォォ
振り向くよりも早く、勘を頼りに火球を飛ばすと、確かに何かを捉えた手応えを感じた。
「やったか?」
前方で燃える標的らしき何かに視線を飛ばす。
それは椅子の上にシーツを掛けただけの囮……、デコイであった。
「なっ!」
――瞬間。
ザンバの頭上から液体が降り注ぐ、――熱湯?!
先の戦闘が頭を過ぎり身を縮じませるが、続く痛みはやって来ない。
「くそう、いったい何なんだ」
そう吐き捨て、目元を拭って振り返った先には、弓を構えた小さな悪魔が立っていた。
――シッ。
ザンバに向かって
右手の片手剣で振り上げるように矢を切り飛ばす。
火矢の矢尻が床に落ちた瞬間、辺り一面に火の手が上がる。
ノエルが予め床一面に撒いたあった油に火が付いたのだ。
やがて火の手はザンバへと及び、浴びせられた油へと引火する。
「うがぁぁぁぁ」
体内魔力を水属性に変換し、身を焦がす炎の消化を試みるが、ノエルが其れを許さない。
――シッ。
続けざまに放たれた矢が、遂にザンバの胸元を捉えた。
「ぐっ……」
死ぬ――ザンバはそう覚悟した。覚悟して尚、前にでる。
連れて行く、この悪魔だけは絶対に連れて行く。
その身に炎を纏い、目を見開くと怒声を上げて地を蹴った。
「おおぉぉっ!」
「……マジかよ」
まさにバーサーカーの如きその姿に、ノエルは畏れ背を向ける。
「インベントリ」
逃げながら弓を仕舞うと食事用ナイフを取り出す。
投擲武器には自身がある。
今まで散々練習してきたのだ、距離さえ近ければ弓よりも余程命中率は高い筈だ。
ノエルは振り向き様にナイフを投げる。狙うは足下、転倒させられれば尚良い。
「フッ」
「がっ」
――ドサッ
遂にその場に倒れ伏せたザンバに向けて弓を取り出し構える。
「インベントリ」
他者をいたぶる趣味はない、せめて一撃で決める。
弓を引くと、身を焦がしながら転げ回るザンバの頭部へ向けて矢を放つ。
――ザザッ、ダンッ
三度現れた土壁により放った矢が防がれる。
――瞬間。土壁の向こう側で水蒸気があがる。
ノエルは直ぐさま身を翻し、近くの客室へと転がり込んだ。
「このタイミングでかよ……。まいったな……」
あの状態のザンバに魔法を使う余裕があるとは思えない、おそらくは増援だろう。
ノエルは待機魔力を補充しながら、次の一手に頭を巡らせた。
………………。
…………。
……。
――思わず息を呑む。酷い有様だ……。
「おい……、生きてるか?」
「あぁ……」
「満身創痍もいいとこじゃねーか。動くな、いま治療してやる」
身体中が焼けただれ、頭髪すら抜け落ちたザンバが土壁に手を付く。
「動くな! 本当に死ぬぞ?」
肩を押さえて治療を促すが、ザンバはその手を払いのけ、強引に身体を起こすと、土壁に背を預けるようにして座り込む。
「――いい……。じごとだ……」
喉を焼かれ、最早言葉を発する事すら困難なザンバが、その手に握る金貨袋をジルフランデへと手渡す。
受け取った革袋をジッと見つめて握りしめるジルフランデ。
何がザンバをここまで指せるのかは分からないが、金を受け取った以上、仕事は仕事だ。
「請け負おう……。先のガキを始末すればいいんだな?」
「――ぢがう……。――じに、づだえでぐれ」
「……何をだ?」
「ガラズは、び……びごだった。ずばない……」
「なっ! ……ケット・シーじゃなかったのか……」
「…………」
「分かった。『カラスは
「あぁ……。だのむ」
「もぅいい、お前はそこで休んでいろ。あのガキは俺が始末する」
革袋を仕舞うと両手にナイフを握る。
『殺しを生業とする自分ですら、こんな汚い殺し方はしない』
ジルフランデは、カラスと呼ばれた少年に対し、生理的な嫌悪感を覚えた。
敵を迎撃するため、身体強化とエンチャントを施すと、ザンバに腕を捕まれる。
「ま、まで」
「なっ! お前……」
最後の力を振り絞り、ジルフランデの腕をよじ登るようにして立ち上がると、突き飛ばすようにして後ろへ下がらせる。
「いげ……。いっで、づだえろ。いげぇぇぇぇぇ!」
「……、請け負った」
そう言うや否やジルフランデは一目散に逃げ出した。
契約は交わされた。御代も受け取った。
ならば遂行するだけである。
それが彼の矜持なのだから……。
――『すまない』ふと背後からそう聞こえた気がした――
――ふぅ……。軽く深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。
「なんで俺が悪者みたいになってんだ?」
ノエルは首を捻り考えるが一考に心当たりが無い。
唯一頭に引っかかるのは『
ノエルをさして言うのであれば、恐らくは転生者の事であろう。
尋ねてみたいのは山々だが、流石に答えてはくれないだろう。
ここは、早々に決着をつけた方が良さそうだ。
ザンバの前にある土壁がボロボロと崩れていく。
最早、一歩も動けない。立っているのですら奇跡なのだ。
それでも最後の一撃を放つべく、全ての魔力をかき集める。
足りない分は命で補う。
そうやって作り出した五つの火球が、ザンバの後ろに浮かんでいた。
「ガラズゥゥゥゥ! ででごい、げっちゃぐをづげ――る!」
目を焼かれ、微かな視界の中で僅かに見えた、カラスらしき者に火球を放つ。
――ゴォォォ
――捕らえた。
自らの放った火球が、確かにその何者かに当たり、燃えさかる様子を見て笑みをこぼす。
「ざばぁびろ」
次の瞬間、まるで力尽きたかの様に前のめりに倒れ伏す。
そのザンバの後頭部には、深々とノエルの放った矢が突き刺さっていた。
「ふぅ……。何とか生き延びたな……」
そう言いながらもノエルは、未だにザンバに向けて弓を構えていた。
何やら今にも死の淵から蘇り、襲って来そうな気がするのだ。
「大丈夫だよな?」
こうしている間にも木造の廃旅館は囂々と燃えさかっている。
このままここに居る訳にはいかない、もうじき騎士団もやって来る筈だ。
「よし、とっとと逃げよう!」
ノエルは自宅へ向けて走り出した。
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