24話:その悪魔は少年の姿をしている

「残りは三人か……。誰から仕掛けるかが問題だな」


 建物の間にある大きな樽の影に身を隠し、神経を研ぎ澄ます。

 目を閉じ耳を澄ませ周辺の魔力を探っていく。

 どうやら敵は先ほどの死体の位置を中心に、三角形のフォーメーションで時計回りに移動しているようだ。


 ノエルは相手の位置を掴むと、どうやって攻めるかを考える。


 最初の戦闘と住宅街での動きを見るに、ザンバは火属性しか使っていなかった。

 使わなかったのか使えないのか判断に苦しむが、多用している以上、余程火属性に自信があるのだろう。

 残りの二人のうち初撃で石槍を使ってきた相手は、ここに来て風属性のエンチャントを使っていた。

 つまり最低でも2属性は使えると言うことだ。

 そして最後の一人、氷槍使いだがコイツが一番ヤバい感じがする。

 氷属性自体レア属性で、魔導書を読み解くにはかなりの理解力が必要なはずだ。

 つまり頭が切れる厄介な相手と言うことになる。

 しかもコイツだけ感じる殺気が他の奴とは異質だった。

 

 自分自身や他の連中を見るに通常人を殺すときには、ほんの一瞬だけ溜が入る物だ。

 それは殺しをためらったときの溜でなく、ためらいを振り払うような気合いの溜だ。

 それはそうだろう相手は自分と同じ人間なのだ、多少の溜は必要な筈だ。

 しかし氷槍使いからはその溜が一切感じられなかった。

 まるで練習用の的を射るかのような、一切のためらいを感じさせない攻撃だったし、纏った殺気もまるで向こう側が煤けて見えるような、霧を思わせる希薄なものだった。


(氷槍使いは最後だな。あんなのと戦っている間に、増援にでも来られたら目も当てられん……。やはり気休め程度かも知れんが、保険を掛けておいたほうがいいか)


「インベントリ」


 そう呟いたノエルの手には、拳大の革袋が握られていた。




――暗闇に溶け込むように路地裏を音もなく走っていく。

 狙うは石槍使い、次点でザンバだ。

 慎重に相手の索敵経路に近づいて行くと、建物の間の細い路地を理想的な狙撃位置を探しながら進んで行く。


 やがて隣り合った民家の狭い横道を進んでいると、前方に開けた土地が見えてくる。

 以前ザンバ達東のギャング団が根城にしていた廃旅館である。

ギャングが根城にしていた事もあり、周囲は閑散としていて人の気配は感じられない。


(廃旅館か……。あそこなら魔法の撃ち合いになっても周りへの被害は出ないで済むか……)


 広場入り口の手前に有る空き屋の影に隠れ、周囲の気配を探る。

 するとコチラへ向かってくるザンバらしき火属性の魔力を感じた。

 ノエルは空き屋の窓を塞いでいた木の板を、自分がぎりぎり通れるだけ剥がすと、中に滑り込み怪しまれない程度に板を元に戻す。


 廃屋の中は月明かりもなく真っ暗で、誇りを被った古い家具が残されているのみだった。

 やがて暗闇に目が慣れてくると、足音を立てないようにゆっくりとリビングから二階へと階段を上っていく。

 

 襲撃者3人のフォーメーションは、ザンバ→石槍使い→氷槍使いの順で巡回しており、ザンバを無事やり過ごすことが出来れば石槍使いを後ろから狙撃する算段だ。


(問題はその後なんだがな……。また隠れて潜伏することが出来ればいいが、出来ないときは……)


 ゲリラ戦なのどの知識も経験もないノエルは必死に頭を巡らせるが、どうしても最終的に2対1になる構図しか思い描くことが出来ないでいた。

 2階へ上がり狙撃ポイントである窓の前に来ると、もう一度魔力関知を行う。

 するとザンバらしき魔力の気配は直ぐそこまで迫ってきていた。

 とっさに屈み身を隠そうとした瞬間――。


――バキッ


 音を立てて古い床板を踏み抜いてしまう。


(っ! やべぇ!)


 慌てて足を抜き、部屋の反対側へ身を隠そうとするが、

 

「そこか!クソ猫が!」


 その声と共に窓に向かって火球が放たれる。


 とっさに横に飛ぶが避けきる事が出来ず、ローブの裾に火が燃え移り炎がノエルを襲う。

 急いで火を消そうと裾を踏みつけるが、部屋中に埃が舞い散り咳込んでしまう。


「ゴホッゴホ」

(くそ、まだ魔法を使うわけにはいかないぞ)


 仕方なくローブを脱ぎ捨て部屋のドアから飛び出し、廊下を通り反対側の部屋へ転がり込む。

 古く手入れのされていない木造の空き屋は、火球の一撃により瞬く間に燃え広がっていく。

 転がるように向かいの部屋に逃げ込むと、ちょど正面にある木の板で塞がれた窓を蹴破った。


「くそっ、ついてねぇ。マジついてねぇ!」


 ノエルはそう悪態を付きながらも弓を構えると、遙か遠くの方へ狙いを定める。


(頼む……、当たってくれ!)


 祈るように精霊銀の魔導弓へ無属性の魔力を全力でそそぎ込んでいく。

 すると、まるで限界など無いかの如く、弓はノエルの魔力を吸い取っていった。


(っ!トレントの弓とは大違いだ。これなら届く!)

 

 込められた魔力を解放すると、甲高い音と共に矢が放たれる。


――キィィン


 その矢の行方を睨むように見つめていると、


「おいおい、どこ狙って打ってんだ? 俺はこっちだぜ?」 


 振り返りざまに矢をつがえ、即座に矢を放つ。


――シッ


 放たれた矢はザンバの眉間を目掛けて飛んでいくが、簡単に切り払われる。

 

――キンッ


「そんな物が当たるかよ」

 

 言うと、ザンバはニヤリと笑った。


 ノエルは属性魔法を解放して、風を纏うと更に水球を自身を中心にして浮かべて腰を落とし相手を睨みつけた。

 次の攻撃に備えて身構えていると、ザンバは惚けたような顔でノエルを眺めている。

 矢筒から矢を2本抜きながら浮かべていた水球を発射する。


――ザザッ


 板を擦るような音と共に土壁が床から出現し水球を弾く。

 すかさずノエルは一本を口に咥えもう一本を弓に番えると、土壁越しにいるザンバに向けて弓を構える。


「なんだ? お前はいったい何なんだ!」


 土壁越しにザンバの怒声が轟く。


 水属性の魔力をたっぷりと練り上げると、周囲に浮かべてある水球も使い大きな水の玉を発現させる。


「ふっざけんな! 答えろ! お前はいったい何者なんだ!」

 

「ギリッ」

 

 歯を食いしばり目の前にある水の大玉を圧縮すると、更に風魔法を使い圧縮した気体を水球に滑り込ませる。


 その時、不意に『あぁそうか』とノエルは気付く。

 ローブを脱ぎ捨てた今のノエルは、村人ファッションに身を包んだ、どこにでもいるただの子供の姿だった。


(時間がない。動揺している今がチャンスだ、一気に攻める!)


 圧縮されていく水の大玉は、やがてぶつぶつと気泡が生まれ煮えたったように湯気が立ち始めた。




◇―――――◇




――ザンバは動揺を隠せずにいた。

 今自分の前にいるこの不気味な少年は何なのかと……。

 土壁を盾にして混乱する自分の胸の内を吐き出していくが、少年からの返事はない。

 只無言でコチラの攻撃に構え、さらには相手を殺すべく殺気のこもった魔力を練り始めている。


 言い知れぬ恐怖を感じる……。

 10歳にも満たない子供がゴブリンを討伐し、村のギャングの用心棒をしながらケットシーを装い、自分たちと交渉したあげく金を要求していた。


 しかも最後は騎士団まで動かしてコチラを強襲してきたのだ。

 考えれば考えるほど恐怖が沸き上がってくる……。


「ありえねぇ、こんなふざけたガキがいるはず……、まさかっ!」


「てめぇ、神子みこだなっ? くそっふざけやがって!」


 ここに来てザンバはいよいよ覚悟を決める。

 今、自分の目の前にいるこの不気味な少年の正体が、本当に神子みこだと言うのなら、確実にこの場で始末しなくてはならない……。

 たとえ自分の命を犠牲にしたとしても。


 左のてのひらを土壁に当てて半身の体勢で構えていたザンバは、右手のショートソードを弓を引くように、耳の横で突きの構えを取ると腰を落とす。


(今からやるのは玉砕覚悟の一転突破! すまねぇ親父……、代わりにコイツの命を持って行く、だから勘弁してくれや……)


 ザンバの魔力が膨れ上がると、その背に3つの火球が浮かび上がる。


――その刹那。

 突如として、頭上から濃密な魔力の気配が現れる。


「なっ!」


 見上げると、ザンバの頭上には大きな水の玉が、ウネウネとその形を維持できないかのように波打っていた。

 突然の事態に初動が遅れ、焦るザンバの上から重力に従うように落下してくる。


「くそったれが!」

 

 瞬時に土壁を解除し、その魔力をエンチャントに変えて防御力の高い土属性に変換する。


――バシャーン


 力なく降り注いだ大量の水を浴びたザンバは、片膝を付いて身悶えるように叫び声をあげた。


「うがぁぁぁ」


 魔力を失った土壁がボロボロと崩れていく……。

 もはや自身を守る盾はない。

 全身を襲う強烈な痛みに耐えながら相手を見据えると、そこには底冷えするほどの冷たい目をした少年が、自分を射殺さんと弓を構えて立っていた。


――シッ。


 間髪入れずに放たれた矢が、ザンバを目掛けて飛んでくる。

 自身の感に従い反射的に剣を横に振る。


――キンッ


 感に任せてふるった剣が矢を弾く。

 しかし、続けざまに射られた矢が、ザンバの左肩に突き刺さる。

 自身を襲う強烈な痛みの連鎖に意識を失いそうになるが、必死に歯を食いしばり浮かべていた火球を全弾同時に発射する。


「うらぁぁぁぁぁ!」

――ゴォォォ


 ただ苦し紛れに放っただけの火球が当たるはずもなく、部屋の隅へ飛ぶように回避されていまう。

 見るとノエルは今なお油断なくザンバを見据えながら、ゆっくりと矢筒から矢を抜き出している。


「くそっ、これが神子か……。親父の言うとおりだ、ガキの姿をした老獪な化け物めっ!」


 最早これまでと自身の死を受け入れたその時――


 風切り音と共にザンバの頬を土槍が掠め、ノエルに向かって飛んでいく。

 土槍がノエルに当たるかいなかのその瞬間に、突如ザンバの前に土壁現れた。


「無事ですか? ザンバさん……」


 見ると横には心配そうな顔でザンバを伺う仲間の姿があった。


「あぁ……。しこたま熱湯を浴びせられたり、近距離で肩を撃ち抜かれただけだ。……心配ねぇ」


「大怪我じゃないですか、早く治療を!」


「馬鹿やろう! 目の前に敵が要るんだぞ死にてぇのか?」


「いえ、もう居ませんよ」


「は?」


 慌てて土壁から顔を出して確認すると、そこには既にノエルの姿はなく、壁には大きな穴が開いていた。

 


「ふぅ……。ふんっ」


 ザンバは一度深呼吸をすると左肩に刺さった矢を一気に引き抜く。


「ぐっ……」

 

「無茶しないで下さい、大丈夫ですか?」


 そう言って渡されたポーションを飲み干すと、全身に水属性のエンチャントを纏う。


「追うぞ!」


「本気ですか?」


「あぁ、アイツはなにが何でも今夜中に始末する」


 痛む体を起こし立ち上がる。

 ザンバの脳裏には今尚、殺気を帯びたノエルの目がチラツいていた。


神子みこはだめだ……。早く始末しないと、また戦争が始まっちまう……)


 ノエルが抜け出したと思しき穴から顔を覗かせると、苦々しい顔で口を開く。


「ふざけやがって、付いて来いって言いてぇのか?」


 ザンバの視線の先には、閑散とした大きな広場を廃旅館に向かって走っていくノエルの後ろ姿があった。




◇―――――◇




「まいったな、まさかあのタイミングで増援がくるとはな……。

 しかし来た増援が氷槍じゃなかったのは不幸中の幸いだな。

 奴がくる前に一人でも良いから数を減らさないと、3対1は流石に詰むぞ……」


 魔力の温存のためエンチャントを掛けず身体強化のみで廃旅館に向かい走っていく。

 ノエルが今所持できる待機魔力は8個まで、先ほどの熱湯を作り出すのに5つも使ってしまい、残り3個まで減ってしまっていた。


「来たか?」


 後方から2つの魔力の気配が追ってきていた。

 一つは風の、もう一つは水の属性魔力の気配だった。


(風属性は石槍使いか? となると水はザンバか。アイツ意外と優秀なんだな……、他にも何か隠し玉が有るのかも知れんな)


 属性のエンチャントにはそれぞれ特性があり、風は移動速度を火は力を水は自然治癒力を上げる効果がある。

 ノエルとの戦闘で傷を負ったザンバは、少しでも早く傷を癒すため水属性のエンチャントを使っているのだろう。


(んっ? 土槍の奴が先行してきたのか。足止めをする気かな?)


 チラリと後ろを見ると、石槍使いがザンバを追い越し猛スピードで追い駆けてくる。

 あらかじめ体内で練り上げていた魔力の一つを水属性に変換し、9個の水球を作り出す。


(あれだけの速度で追い駆けてくる今なら、水球でもカウンターで殺れる !)


 水球一つ一つを圧縮し、固めて打撃力を高めていくと、後方からはザンバの指示が石槍使いに飛ぶ。


「無理をするなよ? 必要なのは時間稼ぎの足止めだからな」


「はいっ!」


(丸聞こえだってのっ、最早ハンドサインを出す余裕すらないのか?)


 右手に短槍を握り、三段跳びのような大きな歩幅で真っ直ぐ後ろを追い駆けてくる追跡者に向けて、ノエルは9個の水球を一度に発射した。

 放たれた水球は、一塊のように密集した状態で追跡者に向かい、猛烈な速度で飛んでいく。


「はっ! せっかくの複数同時攻撃を、そんなに密集させて使っても当たるわけねーだろうがっ!」


 土槍使いは、水球の弾道を避けるように斜め前方に進路を変えると、又ノエルを追従するかのように真っ直ぐ地を蹴った。


――その時ザンバは確かに見た。

 水球を避けられたはずの少年が、ニヤリと邪悪に笑う顔を……。

 何かある。そう判断したザンバは、前を行く仲間に大声で指示を飛ばす。


「何かある、もっと大きく避けろ!」


 しかし、その時既に地を蹴っていた土槍使いは宙を飛んでおり、瞬時に指示に従うことが出来ずにいた。


――その刹那。

 一塊に密集していた筈の9個の水球が、まるで花のつぼみが咲くように広がり、土槍使いに襲いかかる。

 

「っ! なんだあれは?!」


 通常魔法は術者から3mも離れれば制御を失い、その後は風や重力の影響を受けて地に落ちる。

 しかし、今ザンバの目の前の水球は、術者であるノエルから実に10m以上離れて尚、敵を追い駆けるように変化して見せた。


――ドンッ、ザザザザァァァ


と言う音と共に、先を行く仲間の頭が弾け、後方宙返りのようにクルクルと回りながら辺りに血しぶきを飛ばすと、やがて力なく地面を転がり滑っていく。


――ピシャリ


 頬に冷たい何かを感じ、左手で拭うとそれは真っ赤に染まった仲間の返り血だった。


「貴様ぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 傷を癒すために掛けていた、水のエンチャントを瞬時に火属性に変換し、全力で大地を蹴る。


「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すコロスころすぶっころす」


 我を忘れるほど激怒したザンバは、なりふり構わず眼前にいる少年の姿をした悪魔を追い駆けた。


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