23話:ケット・シー VS 5人の追跡者
流れる雲で月の光が見え隠れする闇の中、男達は一人、いや一匹の猫を追い駆けていた。
猫の正体はケット・シー。それは遙か昔、友であった瀕死の猫をその身を犠牲にして精霊が救い、その際生まれた奇跡の生命体、幻想種と言い伝えられている。
ケット・シーは人種と同じ、もしくはそれ以上の知性と膨大な魔力を併せ持つ。
その気性は穏やかで人なつっこく又、気まぐれで群れることを嫌う実に猫らしい性格を持っている。
しかし、ひとたび敵に回せば獣の如き身体能力と精霊の如き魔法力でどんな相手も敵うことはない、と言われている。
「クソ猫がっ、ぶっ殺してやる!」
頬に傷のあるリーダーらしき男がそう呟くと、呼応するように4人の男達が三角形のようなフォーメーションをとる。
「ザンバ、あれか? ケット・シーにしては感じる魔力量が少ない気がするが」
右後方を走る全身黒尽くめの革鎧をきた男が、ザンバと呼ばれるリーダーらしき男に尋ねる。
「あぁ、大方まだ若いケット・シーなんだろう。どちらにしてもヒューマンにしては小さすぎるし、ドワーフにしては細すぎる。ケット・シー以外なんに見えるってんだ?」
ザンバは、屋根の上を物音一つ立てずに飛ぶように走っていくケットシーを睨みつけたまま答える。
「まぁ、そういきり立つな、一応ターゲットの確認をしただけだ。一応な」
男はそう言い作ろうとボリボリと頬を掻いた。
「ふんっ、まぁいい。だが、アイツは俺が殺す。お前らは逃げ道を塞げ」
そう吐き捨てると右手を挙げ何やら指を使ってサインを出す。
するとザンバを残して4人の男達が左右に展開し、やがて闇に溶けるように姿を消した。
「高い金払ったんだ、ちゃんと仕事をしやがれってんだ」
――ザンバは元々冒険者としてダンジョンに潜るなどして生計を立てていた。
しかしある時、パーティー内で戦利品の奪い合いが起こり瀕死の怪我を負ってしまう。
このような事は気性の荒い冒険者の間ではよくある事なのだが、当時まだ若く駆け出しの冒険者だったザンバは、ナメられまいとムキになり、言い争いをすっ飛ばしていきなり魔法をぶっ放してしまった。
殺意の籠もった攻撃を一度でも放ってしまえば、後に待つのは命のやり取り
一対多の戦闘の中、怪我を負ったザンバは命辛々逃げ出すが、怪我を負った状況下では逃げきることは敵わず、もはやこれまでと覚悟を決める。
しかし次に目が覚めると、先ほどまで自身を追いつめていたパーティーメンバー全員が地に伏していた。
何事かと振り向くと、そこには底冷えするほどの冷たい目をした男が立っている。
「目が覚めたか、まだ動くな傷が開く」
「ぐっ……。ア、アンタが助けてくれたのか?」
斬られたわき腹に巻かれていた包帯が赤く染まる。
痛みで顔を歪ませながら、わき腹を押さえ体を起こす。
どうやら自分はこの男に救われたらしい。
薄暗いダンジョンの中で目を細め、倒れている元パーティーメンバーを見ると、全員が
一撃必殺。倒れた遺体がそう物語っていた。
「その程度で済んで運がよかったな」
男はそう言ってザンバに酒の入った水筒を投げ渡す。
「なぜ俺を助けた? ぶはっ酒かよっ!」
口に含んだ酒を盛大に吹き出すと「ゴホゴホ」と咳込み、わき腹を押さえて顔を歪ませる。
「ふんっ。酒の味も分からんようなガキの死に目なんぞ、見たくはないからな」
言うと男はザンバから水筒を引ったくり、グビグビと酒を煽った。
「ぐっ、が――じゃねぇ」
「あ?」
「ガキ、じゃねぇ……。俺はザンバだ」
痛む傷口を押さえながら、精一杯に強請を張るザンバを見て男はニヤリと笑う。
「そうか、ザンバか。俺は――」
………………。
…………。
……。
「終われねぇ。ナメられたままじゃ、終われねぇんだ。このままじゃ、あの人に顔向けが出来ねぇんだよ!」
今回の聖法国での破壊工作は、その重要性も相まって組織の中でも精鋭のみで行われる予定であった。
しかし自身の恩人でもある
そして何年もの時間をかけて村に入り込み、一村人としてようやくとけ込むことが出来た。
その矢先の事だった――あのカラスと名乗るケットシーが現れたのは……。
「アイツはここで殺す。何が何でもぶっ殺す!」
火属性のエンチャントの出力を上げ石畳を蹴る。
まるで三段跳びのような大きな歩幅で速度を上げる。
すると、申し合わせたかのように逃げるケットシーも速度を上げる。
一向に縮まらない相手との距離にイライラが募る。
「くそっ、おちょくってんのか? 野良猫が」
後ろから魔法で一撃入れようか迷うが、相手がこちらの追跡に気付いている以上徒労に終わるだろうと思いとどまる。
ケット・シー相手に魔力の無駄遣いは自殺行為でしかない。
そう状況を考え思考すると次第にいつもの冷静さを取り戻していく。
見ると、逃げる相手の進行方向は村の東にある住宅地の方角に向いている。
ザンバは考え思考する。なぜ住宅地へ逃げるのか?
そもそも相手は此方に速度を合わせているように思える。
「誘ってやがんのか? だが、何故わざわざ住宅地を選ぶ?」
(ケット・シーは群れるのを嫌う。ならば待ち伏せではないだろう)
そこまで考えてハタと気付く、自分にとって都合がいい場所ではなく、此方にとって都合の悪い場所ではないかと。
間者という特殊な立場のザンバ達は、住宅街という人の多い場所では派手に動き回るとこは出来ない。
つまり相手は此方の動きを制限しようとしているのではないだろうか?
「くそっ、やられたっ!」
ふと横を見ると、少し離れた場所を走る仲間もその事に気付いたらしく、視線をこちらに向けている。
ザンバは視線を逃げるケット・シーに向き直すと、ギリリと奥歯を噛みしめた。
これ以上先へ行かせる訳にはいかない。
手早く仲間にハンドサインを送る。
――刹那。辺りに濃密な魔力が立ちこめた。
火球・石槍・火球・氷槍・火球の5つの攻撃魔法が同時に放たれる。
氷槍は直接ケットシーに向けて、残りの4発は逃げ道を塞ぐように進行方向に放たれた。
迫り来る氷槍から逃れるため、風を纏って飛び上がったケット・シーは、更に苦し紛れに体をひねって振り返る。
月明かりを背に受けて、宙を舞うケットシーの左手には
しかし、そこには待ってましたと言わんばかりに轟々と燃えさかる火球が、空中で身をよじるケットシーに襲いかかる。
「死ねぇぇクソ猫!」
逃げる相手からは未だ風属性のエンチャント意外の魔力は感じられない。
捕らえた――誰もがそう思った。
――その瞬間。
燃え盛る渾身の火球は、まるで転移魔法で何処かに飛ばされたかのように消え失せた。
「「は!?」」
見た事もない不可思議な現象に、ほんの一瞬惚けたように無防備になる、すると左後方からザザザァと言う音と共に仲間の一人の魔力反応が消滅する。
慌てて振り返ると倒れた仲間が、力なく地面を転がり滑っていた。
全身の血がたぎりカッと体が熱くなる。
「てぇぇめぇぇえぇ!」
叫んだザンバはエンチャントの出力を更に上げ、ケットシーに殺気の籠もった視線を送る。
「待て! 落ち着け、ザンバ」
いつの間にか真横を走っていた仲間の一人が、ザンバに声をかける。
「熱くなるな、相手の思うつぼだぞ? 落ち着け、なっ?ザンバ」
ザンバは逃げるケットシーに、射殺すような視線を向けたまま無言で頷いた。
「ところでさっきのあれは何だ? あんな魔法は見たこと無いぞ。防御系の魔法とは全く違う反応だったが……」
「ジルフお前、アイツをちゃんと鑑定したんだろうな?」
ジルフと呼ばれた男は、視線を前に向けたまま苦々しい顔で頷く。
「あぁ、確かに風と水の魔力反応しかなかった。間違いない」
――鑑定魔法――
それは光属性に属し、他者もしくは物質が持つ魔力を視認する技術である。
テキスト表示された詳細が見える訳ではなく、立ち上る魔力の色によって属性を識別する。
その為、
「ならあれは水魔法か? ソレにしてはおかしな魔法反応だった気がするが……」
「そうだな。弾いたと言うより、あれは消滅させられたように見えた。まるで転移魔法で転移させたかのようにな」
「転移魔法? そんな大規模術式を一個人で再現できるのか?」
「無理だな……。たとえ再現できたとしても、あの一瞬で術式を組み上げるのは不可能だ」
「なら何なんだ? 魔法が通用しないと、なると此方の勝ち目はないぞ?」
「いや、そんな事もないだろう。すべての魔法をかき消すことが出来るのなら、避けるという最初の動作はいらないはずだ。あの動作がなければ、あの一瞬でもう一人狩られていたはずだからな」
「成る程、何かしらの条件があるという事か」
「それより、どうするんだ? もう住宅街に入るぞ、撤退するのか?」
人差し指と中指でスゥーっと右頬にある古傷を一撫ですると、左腰から片手剣を引き抜く。
「いや、アイツは危険すぎる。多少強引でも今ここで始末するべきだ」
「同感だ……」
ジルフはそう頷くとザンバから離れ、闇に溶けるように姿を消した。
「今度は此方が狩る番だ、覚悟しろよ? クソ猫っ!」
吐き捨てるように呟くと、左手の人差し指を空へと向けフラッシュを唱える。
すると漆黒の闇のカーテンに眩いばかりの光球が出現し、辺りには濃密な殺気が立ちこめた。
――そして戦いは次なる戦場、市街戦へと移行していく――
住宅地へ入ると、ザンバ達は魔力のすべてを身体強化とエンチャントへそそぎ込み、各自武器を抜いて逃げる相手との距離を詰めんと地を蹴った。
しかし次の瞬間――強風と共に跳躍すると猛スピードで飛び跳ねていたケットシーは、足を踏み外したのか建物の向こう側へと落下し、姿を消した。
「何だ? 本当にただ逃げていただけなのか?」
ザンバは慌てて隠れた相手の魔力を感知しようと試みるが、辺りには仲間の魔力しか感じることが出来ない。
通常魔力関知とは属性変換された魔力を感じることである。
元々人の体内に存在する純粋な魔力と違い、属性変換された魔力は存在するはずのない異物である。
その為、術者は他者から漏れ出る属性魔力に違和感を感じることになる。
そしてその違和感こそが魔力関知と言う索敵技術の正体なのだ。
しかしここには隠れた猫の魔力が感じられない。
それはつまり魔法を最大の武器とするケット・シーが、魔法を使用していない事を意味していた。
「くそ、舐めやがって!」
物音一つ聞き逃さぬよう耳を澄まし、どんな動きも逃さぬよう目を細め、住宅街の中に有るはずの違和感を探す。
なにしろ相手はケット・シー。攻撃は十中八九魔法による物だろう。
ならばいち早く魔力察知できればカウンターだって可能なはずだ。
「なっ!」
――ドサッ
――瞬間。
微かな声と共にまたしても仲間の魔力反応が掻き消える……。
「っ!?」
ザンバは慌てて懐から木で出来た筒状の道具を取り出すと、その端にあるダイヤル状の仕掛けを右に左に回し始める。
すると反対側の筒の先が動きに合わせてチカチカと不規則に点滅を始めた。
やがて用が済んだかのように光る筒状の道具を懐にしまうと、離れた場所から返事をするように光の点滅が返ってくる。
「野郎、やってくれる……」
自身が纏う火属性のエンチャントに、一層魔力をそそぎ込み右手の片手剣を力強く握り込むと、仲間の魔力反応が消えた場所へと走り出す。
目標地点を中心に3方向からジリジリと距離を詰めていく。
「くそぅ、こんな仕事受けるんじゃ無かったぜ……」
両手にそれぞれナイフを構え、ジルフランデは愚痴をこぼした。
元々暗殺ギルドの頭目をしていたジルフランデは、鬼目と呼ばれる男から依頼を受けてギルドごと、この聖法国に移り住んできた。
大した兵力のない辺境にある田舎村の仕事で、自分たちがこれほど追い詰められるとは全く持って想定の範囲外だ。
「こんな事なら今まで通り小さい仕事をコツコツやってた方が余程ましってもんだ」
ジリジリと3方向からの包囲網が狭まると、やがて十路に仰向けに倒れた仲間の死体が見えてくる。
よく見ると額の辺りに棒状の何かが突き刺さっているように見える。
(矢か? なんだ? ケットシーが弓を使う? そんなバカな事が有り得るのか?)
やがて同じように距離を詰めてきた仲間の顔が見えると、怪訝な顔で死体に刺さった矢を見つめていた。
遺体の横に片膝を付き検分するように死体を確かめると問いかける。
「おい、ザンバ。相手は本当にケット・シーなのか?」
「あぁ、お前も見ただろう? 他に何に見えたって言うんだ?」
「あぁ、確かに……。だが、ケットシーが弓を使うか? いや、そもそもあの猫の手で弓が握れるのか?」
3人は仲間の遺体の前で同じように首をひねる。
確かにあの小さな肉球の手で弓を使う姿は想像出来ないし、そもそも不可能だろう。
「弓ではなく別の道具で矢を放った可能性は?」
「無くはない、か……」
「なりふり構っている場合じゃねぇな。騒ぎが起きようが構わない、全力で魔法を使え。騎士団が駆けつけるよりも早く短時間で終わらせる。いいな?」
ザンバがそう告げると2人は無言で頷き、互いに背を向け三方向へ走り出した。
遺体が横たわる十字路の片隅でモゾモゾと黒い影が動く。
やがてその影は、いつの間にか掘られていた穴の中からヒョッコりと顔を覗かせると、辺りをキョロキョロ見渡し始めた。
(あっぶねっぇ、バレるかと思ったぜ)
影の正体はノエルであった。
辺りを囲まれたノエルは、ピットであけた穴に入り込み咄嗟に身を隠していたのだ。
ノエルは周囲を確認するとおもむろに死体に近づき、その喉元を踏みつける。
「すまんが、矢もタダじゃないんでね」
そう呟くと肉を切り裂く音を立てて、一気に矢を引き抜く。
――ズシャ
矢を振り、矢尻に付いた血を払うと矢筒へとしまう。
――後、三人か……――
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