117話:執事長セバス
教会の成り立ちは大体わかった。どこかきな臭い感じは受けるが、この手の話しは大抵そういうものだ。
それは人間がいる限り、世界が変わっても同じ事。
今重要なのは聖なる鐘の詳細と、教会とランスロット家の繋がりについての情報だ。
しかも誰にも悟られずに調べる必要がある。
この先、鐘をどうにかする以上ノエルの動きを悟らせる訳にはいかない。
後になって尻尾を掴まれたら面倒なことになる。
「図書館にあるかなぁ……。うーん、何か良い案はないか?」
「ミャ?」
聞かれてコテっと首を傾げたナインを抱き上げると、ノエルは部屋の窓を開けた。
見下ろすと修道士たちがなにやら慌ただしく動き回っている。
「そろそろ時間らしい。ナイン、しばらくの間、隠れててくれ」
「ミャ!」
スポンジの上に水を垂らすように、ナインがノエルの身体に同化していく。
おそらくランスロット家の者が訪ねて来たのだろう。
――予定よりも少し時間が掛かったな。
部屋の外から、二つの気配が近付いてくる。一人は弱々しく、もう一人は魔法使いであることが分かった。
ノエルは着ている衣服を正すと、部屋の扉へと足を向けた。
「ノエルくんはいるかな?」
「はい、いま開けます」
立っていたのは二人の修道士。おそらく一人は見習いだろう。
呼びに来たのがアナベルでは無いのはどうしてだろう。
杞憂かもしれないが、一々疑って掛かってしまう。
「セバスさんが君に用があると訪ねて来ているんだが、一緒に来てくれるかな?」
「もちろんお伺いします」
ノエルは二人の修道士に挟まれるようにして教会の外へと歩いていく。
なぜ二人で来たのだろうか? まさか逃がさない為?
だとすると、どこかで仕掛けてくるつもりなのかも知れない。
ノエルは促されるままに移動しながら、ナインに属性魔力を与えていった。
………………。
…………。
……。
「お久しぶりです、ノエルくん。先日お約束いたしました報奨の件で、お迎えにあがりました」
大聖堂の正門前で、セバスがノエルを出迎えた。
確かセバスはランスロット家の執事長だったはずだ。
この人選が何を意味するかは分からないが、迎えに来たのがメイでない事はありがたい。
「お久しぶりですセバスさん。と言ってもまだ四日しか経っていませんが」
「確かに、何故か随分と時間が経っている気もしますが」
腹の内を探るように、他愛ない話が続く。初めて見たときにも感じたが、おそらくセバスはかなりの使い手だ。
流れる魔力。希薄な気配。完全な属性の隠蔽。そしてその立ち姿。どれをとっても隙がない。
フェアリー・ベルに着いてから出会った人物の中でも、セバールの次に危険な相手。
出来ればセバスとの戦闘は避けたいところだ。
「では、そろそろご案内いたしましょうか」
「はい、よろしくお願いします」
階段下に止められた迎えの馬車に乗り込むと、ノエルはすぐさま周囲の気配を探り始めた。
数は八人。後を追うように、馬車の後ろから気配が付いて来る。
五人と三人。左右に分かれて尾行してくるさまと、捉えた魔力の気配から、別々の勢力の可能性が高い。
とくに三人の方は覚えがある。ランスロットの屋敷を出た直後に追いかけて来た連中だ。
この淀みのある魔力の流れはまず間違いない。監視役って奴だろう。
と、なると、残りの五人が刺客だろうか?
辺りを警戒し、ナインに魔力を送りながらも沈黙を嫌ったノエルが口を開いた。
「場所はどの辺りになるんですか?」
「区画的には工業地区ですね。調合場としてお使いになると聞き及んでおりましたのでその方がよろしいかと」
「確かに調合の際はどうしても臭いが出てしまうのでその方が助かります」
沈黙。どうしても話しが続かない。会話というのはキャッチボールだ。
両者が続けたいと思わなければ、どうしても空白が生まれてしまう。
つまりセバスにはその気がないと言うこと。もしくは会話の主導権を意識している。
ノエルは黙ったまま窓の外へと目をやると、続くセバスの一言を待つことにした。
どんな話しが飛び出そうと、きっと終着点は同じ筈だ。
「そう言えば昨日シスターが暴漢に襲われたとお聞きしましたが、ノエルくんはご存じですよね?」
――いきなりか……。
もう少しはぐらかすかと思ったが、セバスはいきなり確信から入ってきた。
建て前をすっ飛ばしてくるとは、よほど気になるらしい。
「ええ、私もその場にいましたから」
「やはり……」
と、セバスは思わせ振りに口ごもる。続く言葉を待っているのか、セバスの視線はノエルを捉えたまま。
しかし当のノエルは素知らぬ顔で、またも窓の外へと視線を飛ばした。
確かに昨日の大立ち回りは少しやりすぎた。一瞬で100を超える魔法を構築するなど、それこそ精霊魔導師でなければ無理な話。
おまけにその姿を大勢の人間に目撃されていた。情報などとうに伝わっている事だろう。
「ふむ、私の聞いたところでは、シスターを救ったのはノエルくんだと伺いましたが?」
「あぁ、はい。そうですね、たまたま魔法を使えない相手で助かりました」
「やはりそうでしたか」
セバスは大袈裟に頷いた。
そして訪れる沈黙。ノエルは徹底的に興味がないとばかりに顔を背けている。
何が聞きたいのかは分かっている。
『お前は精霊魔導師なのか?』セバスの言いたい事はこれだ。
だが聞かれたところでノエルは知らぬ存ぜぬを通すだけ。
結果は何も変わらない。
――ただ一つ言えることは。セバスが精霊魔導師であったと言う事実だ。
属性魔力の気配は、魔法使いにしか分からない。それと同じように精霊の気配もまた、精霊魔導師にしか判別がつかない。
精霊と契約したノエルは、精霊の気配を感じ取れるようになっていた。
セバスは火属性を持つ精霊と契約している。教会で再会した瞬間、ノエルはそう確信した。
しかしノエルが精霊魔導師だと言うことをセバスは気付いていない。
それはノエルが契約した精霊、ナインが闇属性を持っているからだ。
この世界に存在する精霊の中で、闇属性を持つ者はもっともレアな精霊と言われている。
理由は他の精霊と違い闇属性の精霊が生まれる環境にあった。
闇属性の精霊が生まれやすい場所、それは魔の森である。
普通、そんな所に生まれた精霊は、全ての魔力を使い切って消滅するか、魔素に狂って魔物化するかの二択しかない。
しかし、ナインに限っては奇跡が起きた。
ノエルは気が付いていないが、実は以前にナインと出会っている。
それは魔の森で迷い込んだ丸太小屋の中。地下へと続く暖炉があった部屋で、鏡に映った黒い影。その正体がナインだったのだ。
ナインはこっそりとノエルの後を付けていき、運悪く魂石の中に閉じこめられてしまう。
しかしその結果、魔力を補充する手段を得て生きながらえた。
そんな万に一つの奇跡があって初めて契約できた精霊だ。
いくらセバスと言えどもそこまでは想定していない。
だからこそはっきりと口にした。
「一つ確認させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「はい、何でしょう?」
「君は精霊魔導師かな?」
「いいえ、ただの薬師ですよ。急にどうしたんですか?」
「いや、私の聞いた話しには続きがありまして。ノエルくんが一息で100を超える魔法を構築したと言うんですよ」
「それはちょっと大袈裟ですね。私が出来るのはせいぜい五十前後ですよ」
ノエルは半分もさばを読み、しれっと嘘を吐く。
「50ですか……、参りましたね。精霊の力も借りずにそれだけの事が出来るとは」
「なら始末しますか?」
先程までぼんやりと外を眺めていた筈のノエルは、いつの間にかセバスの目を睨みつけている。
セバスの頬がぴくりと動く。一瞬。ほんの刹那、目をそらした間にノエルはセバスを殺す準備を整えていた。
立ち上る魔力に属性を感じ取る。すでに弾丸は装填済みか。
――油断したか……。
セバスは終始気の抜けた様子を見せ付けられて、勝手に判断してしまっていたようだ。
敵意なしと。
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