118話:雛と新居と綿畑

「正直な話し、どうするべきか決めかねているところです」


 セバスは真っ直ぐノエルを見つめ返す。


 腹のさぐり合いはここまでだ。ここから先は本音で話してもらう。

 目的地に着いてしまったら、セバスだけではなく刺客まで相手にしなければならない。

 それは流石にしんどい。その前に、今ここで決着を付ける。


「いったい私の何が気に食わないんですか?」


「何が、と申しますと?」


「はぐらかしますね、いいでしよう。セバスさんはここ4日の間、私が何をしていたかご存知ですか?」


「さて、私には分かりかねますが?」


 苛立ったノエルが放つ気配の変化に、セバスの魔力が微かに揺らぐ。


――殺すぞ?


 はっきりとした意志を乗せたノエルの魔力がセバスを包む。

 無表情を装っていたセバスも、これには流石に頬を攣らせた。


「私はね、セバスさん。この4日間ずっと逃げ回っていたんですよ。朝も昼も夜もなくね。分かってくれませんか? 限界なんですよ、もうどうにでもなれって気分なんです」


「そ、そうですか……。それで教会に縋ったわけですかな?」


「本当は誰も巻き込みたくは無かったんですけどね。これ以上は私の手に余る。それで仕方なくです」


 取り敢えずの先手は取った。ノエルは嘘八百を並べ立ててはいるが、バレない自信があった。

 演技ではなく本物の殺意を向ける。それだけでセバスは勝手に勘ぐってくれるはずだ。

 ノエルが彼らを知らないように、彼らもまたノエルを計りかねている。

 互いが互いを知らない以上、本物を見せられれば反応せざるを得ない。


「ノエルくん、君の力は異常だ。君ははぐらかしたつもりだろうが、私の得た情報に不備はない。君は精霊魔導師なんだろう?」


「あぁ、100を超える魔法ってくだりの事ですか? あれはただの手品ですよ」


 言ってノエルは一枚のコインを取り出した。

 人差し指と中指の間に挟み、握って開くと二枚に増えている。

 それを二度三度と繰り返し、最後は握った拳にふっと息を吹きかけコインを消す。


「手品で増やして見せただけだと?」


「えぇ、喧嘩にハッタリは付き物でしょう?」


「いいでしよう。では最後に一つだけお答えください。貴方は何の目的でこの街へいらっしゃったんですか?」


「今更それを聞きますか……。生きるためですよ。薬師として働いて日々の糧を得る。願わくば魔法使いとしても一流になりたいとは思っていますが、それ以上に大それた事は考えていませんでしたね」


「……誓えますか?」


 セバスの声色が変わる。やっとノエルが望んだ終着点が見えてきた。

 ただし、一方通行では困る。セバスにも着地を決めてもらおう。


「それが望みですか?」


「願わくば……」


「【私がこの街に来たのは、薬師となって平和に暮らしたです】」


「少々意味合いに不安が残りますが、まぁいいでしょう。それでは貴方の望みを叶えましょう」


 セバスがパンと手を叩くと、心得たとばかりに馬車が止まる。

 何事かと身構えたノエルを見て、すぐさまセバスが口を開いた。


「勘違いなさらないでください。今からノエルくんに、正式に護衛をお付けします」


「護衛ですか?」


「えぇ、どうせなら今ここでお付けした方が、色々と都合がよろしいのでは?」


「そうですね……、助かります」


 数瞬、考える素振りを見せたノエルが頷く。思い切った手を打って来るものだと。

 後を付けて来ている暗殺組に護衛を付けるさまを見せ付けるつもりなのだろう。

 しかしそんな事をすれば、ノエルを襲うことはそっくりそのままランスロット家への敵対行動となる。

 相手への牽制どころの話しではない。


「シャクナ、ボロ、ビスクス、こっちへ来なさい!」


 馬車の窓を開け、セバスが叫ぶ。すると、三つの気配が後方に現れる。

 姿は見えないが、漏れ出した魔力を捉えることは容易だった。

 つまりはその程度の力量と言うこと。


――コイツ等じゃ護衛にならんだろ……。


 ノエルは深くため息を吐く。何となくだが把握した。

 セバスは彼らを生け贄に差し出したのだ。いざとなったら肉壁にでもしてくれと。


「本当にいいんですね?」


「無論です。ノエルくんは自身の命を優先してください」


「それは勿論そうさせていただきますが……。いえ、なんでもありません。お心遣い感謝します」


 本来の予定とは少しばかりズレがあるが仕方がない。

 これでノエルは正式に許可を得たのだ。襲ってくる暗殺者を殺しても構わない、と。


「今からあなた方にはノエルくんの護衛に当たっていただきます。と言っても3日間だけですが」


 突然の任務変更を命じられ、動揺でもしているのか三人の魔力が揺れ動く。


「よろしいですね?」


「「「はっ!」」」


 三人の動揺を察したセバスの声色が強まると、慌てたように三つの返事が飛んでくる。


――随分と若い声だ。まさか子供じゃないだろうな?




………………。

…………。

……。





 その後、馬車は何事もなかったかのように走りだした。

 護衛に任命された三人は、べったりと寄り添うようにして近くを走り、刺客と思しき五つの気配は、先程よりもやや離れて付いて来る。

 おそらくはノエルの、と言うより護衛の思惑を計りかねているのだろう。


 手を出すべきか否か。彼らの任務はノエルの殺害であって、ランスロット家との抗争ではない。

 どこまで権限を与えられているかによるが、仕掛けてくるようなら相当な覚悟を決めてくるはずだ。


 商業地区から離れ、工業地区へと入る。外の景色も様変わりしてきた。

 トンカンと鉄を叩く音が響いてくるかと思えば、ギシギシと糸巻き機や機織りの音も聞こえてくる。

 さらに所々には綿畑などの田畑もあり、行き交う人も作業着姿が目に付くようになった。


「だいぶ遠いですね……」


「えぇ、当初はこうなる予定ではありませんでしたから」


「はぁ、なるほど……」


 と、ノエルは苦笑いで返した。さらりと言い放ったセバスの言葉の裏。それを察したノエルの背中に冷たい汗が垂れる。


 要するに――

 お前らがドンパチやるために関係のない住民を巻き込む訳にはいかないだろ?

 だから広くて誰にも迷惑の掛からない場所を選んだんだよ。

 と言うことである。


 危なかった。あのまま刺客を返り討ちにしていたら、相当面倒な事になっていたはずだ。


 やがて見えてきたのは二階建てで、レンガ作りの一軒家。

 周囲は木の柵で囲われていて庭と呼ぶには些か大きすぎる畑までついている。

 さらに周辺は綿畑が続き、ポツンと建つ農家の屋敷のようだった。


(確かにここなら戦闘になっても周囲に迷惑は掛からなそうだ)


「お気に召しましたかな?」

 

「えぇ、ここなら色々と捗りそうです」


「そうですか。それはなによりです」


 屋敷に着くと、セバスから鍵をもらい説明を受けた。

 この屋敷は賃貸ではなく持ち家としてノエルに譲渡されるらしい。

 更に年に一度の税金も、今年に限っては免除してくれるとのこと。太っ腹な事だ。 


「さて、私の役目はここまでですね。ノエルくんはこの後はどうなさいますか? よろしければ教会までお送りいたしますが?」


「お気持ちは嬉しいのですが、遠慮しておきます。屋敷の中も確認しておきたいですし、色々と必要でしょうから」


「そうですか、それではお気をつけて」


「はい、ありがとうございます」


 セバスを乗せて走り去っていく馬車を見送り、改めて周囲を見渡す。

 戦闘になる際の戦場を決めなくてはならない。と言っても選択肢は二つしかないが。


「まっ、この環境ならゲリラ戦もありだな」


 その前に――


「シャクナさん、ボロさん、ビスクスさん、でしたっけ?」


「「「はい、よろしくお願いします!」」」

 

 勢いよく軍隊バリの返事が返ってくる。緊張でもしているのか、声も上擦っていた。


――思ったより若いなぁ……。


 見れば三人はいまだ15、6の少年少女。肉壁に使うには幼すぎた。


(まぁ使い道は他にもあるか……)


「皆さんにお伝えしなければならない事があります」


「「「はっ!」」」


「時間も差し迫っていますのではっきり言いますが――」




――あなた方は死にます――


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