119話:三つ巴

「「「は?」」」


 間の抜けた返事。訳が分からずポカンとした三人に、ノエルは構わずに話しを続けた。


「魔導師クラスの暗殺者が五人、此方に向かってきています。あなた方ではまず勝てないでしょう。つまり死にます」


 三人の顔色が青ざめる。誰かを守りながら戦うというのは、それだけで難易度が跳ね上がる。

 だというのに相手にするのは自分達よりも遙かに格上。

 そうなれば最後は身を挺して護衛対象の盾になるしかなくなる。文字通り肉壁だ。


「な、何とかします! お任せください」


 勇気を奮い立たせるように、シャクナが声を張り上げた。

 見れば手元が微かに震えている。おそらく死を覚悟してのことだろう。

 隣のボロも同じようなものだ。しかし、ビスクスだけは違った。

 ノエルの目を真っ直ぐ見つめると、メガネをクイッと上げる。

 彼女だけが続くノエルの言葉を待っている様子。何か意図があっての事だろうと、察しているかのように。


 その様子に気付いたノエルは、ビスクスに向き直ると屋敷の鍵を手渡し口を開く。

 長々と説明しているような時間は無い。理解できそうな者に話し、後は彼女に任せよう。


「事が終わるまで屋敷に隠れていてください。後は此方でどうにかします」


「どうにかって、お前一人じゃ無理だろ……です」

 

 慌てたシャクナが割って入る。よほど興奮しているのか敬語を忘れ、無理矢理語尾を重ねる始末。


――面倒だな。


「あなた方がいた所で何も変わらないし、ハッキリ言って足手まといです。それでもどうしてもと言うのなら好きにしたらいい。では、私はこれで」


 ノエルは一方的にまくし立てると、その場を後に裏庭へと足を進めた。

 彼らの命は彼らのものだ。どう使うのか決めるのは彼ら自身に任せよう。

 ノエルは何も告げずに死地に送り込むような真似はしたくなかった。ただそれだけの話し。


 背後からはシャクナ達の言い争う声が聞こえてくる。ビスクスが説得でもしているのだろう。

 見たところ、彼女だけは自らの置かれた立場を理解していたように見受けられた。

 ボロはと言えば――いまだポカンとしている。


 クスリッとノエルは小さく微笑んだ。彼らのやり取りが孤児院の三人組に重なって見えたのだ。

 いまだ年若い彼らに、こんな所で、しかも権力者達の生け贄として命を落として欲しいとは思わない。

 しかしノエルがしてやれるのはここまでだ。後は彼ら自身が決める事だろう。


「さて、始めるか……。ナイン、用意はいいか?」


「ミャー!」


 いつの間にかノエルの頭の上にちょこんと腰掛けていたナインが鳴く。

 吠えると称するには些か可愛すぎる返事。本人としては気合い十分だったりするのだが。


 インベントリから使い慣れた緑色の外套を取り出し身に纏う。

 護衛の三人と分かれた途端、刺客と思しき五つの気配が慌ただしく動き始めていた。

 希薄だった魔力も膨れ上がり、戦闘準備を整えているのが分かる。


 ノエルは意図的に魔力を漏らすと、綿畑に向かって走り出した。

 収穫時期にはまだ早いが、運良く綿花は十分に育っていた。

 育つ環境下によるものの、成長した綿花は高さにして1.5m程まで茎を伸ばす。

 いまだ子供のノエルなら、少しかがむだけで身を隠すには十分だ。


「予定通りいくぞ、あまり無理をするなよ?」


「ミャミャッ!」


 ナインは頭の上から飛び降りると全力で駆け出した。

 遅い……。それでも短い足を精一杯に伸ばし、よちよちと走っていく。


――ナインは役に立ちたかった。

 魂石に捕らわれ、絶望していた自分を拾って助けてくれた恩人に報いたかった。


 捕らわれた当初、魂石の中は非道い状況が続いていた。

 痛み、苦しみ、悲しみ、恐怖。生け贄にされた子供達の嘆き苦しんだ記憶が延々とナインに流れ込んでくる。

 生まれたばかりの精霊の精神力などたかがしれている。壊れるのは時間の問題だった。


 ノエルはそんなボロボロの状態のナインに、微かな希望を与えたのだ。

『何かしら方法を探すから、暫く俺に時間をくれないか?』

 その言葉がナインと生け贄にされた子供達にとっての小さな光となった。


 そしてノエルは約束を守り、を解放してナインと言う名前まで与えてくれた。

 抱き締めてくれて、撫でてくれて、魔法を教えてくれて、ずっと一緒にいようと言ってくれた。


 自分は何も返せていない、与えていない。只々もらうばかりだ。


 嫌われるかもしれない。役立たずと思われるかもしれない。

 そしたら――もう一緒に行られなくなるかもしれない。


 ナインは走った。自分は役に立つのだと、恩人に証明するために。


「ミヤッ!」




………………。

…………。

……。




 相手の気を引くために垂れ流した魔力を抑えると、闇属性のエンチャントを発動する。

 これで忽然と此方の気配が掻き消えたように感じるはずだ。

 ノエルは身を屈めて綿花の中を移動しながら、弓を取り出し矢を番えた。


 出来れば命までは奪いたくない。殺してしまっては連中も引くに引けなくなる。

 何しろ相手は魔導師だ。貴重な兵力をただ奪われるだけで済ますはずがない。


 移動の途中で幾つかの小さな革袋を綿花に括り付けていく。

 魔石の粉末だ。これで相手の索敵を撹乱しようという作戦。


 五つの気配が近付いてくる。先程まで一塊だつたものが、慌てたように陣形を組み直している。

 先頭に一人。やや離れて後方に二人。さらにその後ろに二人。三角形を描いた陣形だ。


 ただの索敵なら円形になるだろうが、生憎と彼らは魔導師だ。

 おそらく同士討ちを避けるためなのだろう。


 ノエルはゆっくりと弓を引くと、仕掛けておいた革袋に狙いを定めた。

 流す魔力は闇属性。あくまでも隠密重視のゲリラ戦でいく。


――シッ。


 放った矢が革袋を貫き、粉末状の魔石が風に流され宙を漂う。

 と、敵はすぐさま陣形を変えた。

 先頭に居た者が右へとずれると、さらに一人一人がずれる事により、最小限の動きで三角形の向きを変えることなく作り直す。

 向かった先はあらかじめ仕掛けて置いた革袋。ノエルのいる位置から見て真逆の方向。


 つまり、この時点でノエルは相手の裏を取った形になる。


 続く二の矢を構え狙いを定める。最後尾右列、先程まで先頭にいた男の右足。

 理由は真っ先に先頭に配置されたのだからそれなりの手練れで、かつ片手剣を右手に握っているさまから利き足も右だろうと言う判断。

 要するに只の勘。だが問題はない、本当の思惑は自身の位置が把握された後のことだ。


 短く息を吐き矢を射る。結果、男は右太股を射抜かれ小さなうめき声と共にひざを突いた。


「くっ……。後ろだ気を付けろ!」


 男の叫び声と共に周囲に魔力が満ちる。見上げた先には無数の魔法が瞬時に構築され、ノエルが居るであろう辺りに狙いが定まる。


 しかしノエルは逃げるでも防御結界を張るでもなく、三の矢を番えるとキリキリと弓を引き絞った。


 瞬間。動揺する刺客達のうしろに五十を超える水球が現れた。


「――っ! 後ろだ、後ろにもいるぞ」


――シッ。


 続く三の矢が、仕掛けて置いた別の革袋を貫く。魔力が宙を漂い新たな気配を生む。


 敵を発見したと思ったら陽動で、さらに攻撃を受けたと思ったら別の伏兵で、それが本命かと思えば魔法使いに裏を取られる。

 さらに動揺して声を荒げた瞬間、別の気配が突然生まれた。


――何がなんだか分からない……。


「意外と脆いな」


 小さく呟いたノエルが遂に魔法を発動する。

 次々に水球を生み出し、そのまま全てを打ち出した。

 男達を挟み撃ちにしたナインとノエルの魔法が、容赦なく襲いかかった。


 自分たちが魔導師であると言うおごり、暗殺対象が小さな子供だった事で生じた気の緩み。

 それらがノエル張った罠で動揺にかわり、容赦なく放たれた法撃の中で錯乱状態へと誘った。


 この瞬間。勝敗は決した――筈だった。


 パンッパンッと乾いた破裂音が響く。刺客の頭が弾けた。


 ノエルは身の危険を感じると、瞬時に地面に伏せて音の方角を確認する。


「なんだアイツ等は……」


 そこに居たのは全身黒ずくめの異様な集団。しかも彼らからは属性魔力を一切感じない。

 普通なら驚異足り得ない相手の筈だ。しかし、ノエルの顔は焦りに歪み、背中には冷たい汗が流れ落ちる。


「おいおい嘘だろ……、アイツら――」

 

 

 

 

 

 

――銃なんて不粋なもん持ち出しやがって――


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