120話:ノエル VS 襲撃者達

 仲間の一人を失った刺客達が、土壁を出現させて銃弾を防ぐ。

 ノエルはその様子を一瞥すると、匍匐前進でその場から逃げ出した。


 まだノエルの位置はバレてはいない、筈だ。

 刺客と謎の集団のやり取りを、少し離れたところで見学させて貰おう。


 謎の集団の数は六人。うち五人は皆一様に黒い革鎧に身を包んで、一人だけが黒いローブを纏っている。

 指揮官だろうか? 深々と被ったフードの中を確認しようと覗き込むと、飾り気のない真っ白な仮面で阻まれた。


 目元にだけ切れ目が入り、辛うじて捉えたその瞳は血走ったようにギラ付いている。

 仮面で表情は確認できないが、その目は少なくとも冷静さを欠いているように見えた。


 プロではないのかも知れない……。

 魔法が使えないのはもちろんの事、戦闘開始そうそうに平静さを失っている。


――だとしたら一体誰が何の目的で?


 ノエルは必死に頭を捻っていた。こういった時に考えるべきは、真っ先に知り得た事実の羅列。これが重要になる。

 最終的に勘や推測で推理するにしても、基準となる情報が必要だ。


 まず第一に、黒ずくめの集団と刺客達は仲間ではない。

 第二に、黒い連中が真っ先に狙ったのは、ノエルではなく刺客達だった。

 第三に、連中がとても殺しのプロ集団とは思えない行動を取り、かつ魔法すら使えない有様であること。

 そして第四に、拳銃らしき兵器を所持していることである。


「もだもだするナ! ありっだげうぢごメ!」


 喉を潰され掠れたような声で指示が飛ぶ。出したのは白い仮面を付けた人物。

 声色からおそらくは男であろうと推測できる。


「なんだあの魔道具は? おい、どうすりゃいい?」


「二人で土壁を維持しつつ残りは攻撃魔法を放て」


「放つったってどこを狙えばいいんだよ」


「勘で良い、音のする方角に撃ちまくれ!」


 防戦一方だった刺客達が反撃を始めた。発砲音を頼りに、やたらめったら魔法を打ち続けている。


 法撃と銃撃の応酬が始まった。その無秩序な力の応酬に、ノエルは頭を伏せて後退る。


「参ったな……、完全に収拾がつかなくなったぞ……」

 

 息を殺し、気配を殺して身を隠していたノエルの前に、音もなく黒い影が躍り出た。


「ミャッ!」


「うおっ! びびったぁ、ナインか」


「ミャー」


「偉いぞ、ちゃんと覚えてたんだな」


 ノエルに頭を撫でられると、ゴロゴロと喉を鳴らして身を預けるように腕の中へと収まる。


 ナインには予め想定外の事態が起こった際には戻ってくるようにと言いつけてあった。

 先の攻撃のタイミングと良い、臨機応変に対応してくれている。

 精霊と言うのは思った以上に頭がいい。教えさえすれば咄嗟の戦闘でも共に戦えるようになるかもしれない。


「ナイン、しばらく俺の中に隠れてろ」


「ミャッ」


 ノエルはナインが同化したのを確認すると、伏せたまま弓に矢を番えた。

 ノエルとしては、最悪ひとりでもいいから刺客には生き残って貰いたいところ。

 自分たちを全滅に追いやったのはノエルではなく、謎の黒ずくめの集団であると報告して貰わねばならない。

 せっかく穏便に済ませようとしていたと言うのに……。


 両者の戦況は一進一退。一方が銃撃を防御しながら勘に任せて魔法を放てば、もう一方は避けるように後ろに下がりながら引き金を引きまくる。


 だがそれも程なくして天秤は一方に傾くだろう。

 連中の使っている銃を観察したところ、中折れ式の散弾銃に似た作りをしていたのだ。

 例えるなら縦二連式のソードオフ・ショットガン。

 一度に込められる弾の数が二発だけで、弾を防ぐだけの防御壁があるなら圧倒的に魔法の方が有利だ。


 問題は銃の知識のない刺客達がそれに気付くかどうかだが……。


「とにかく今の内に裏に回り込むか……」


 ノエルが立ち上がり、移動しようと身を起こした瞬間――背後にいる刺客達の悲鳴が鳴り響いた。


「くそっ、結局来ちまったのか……」


 ノエルの護衛に任命された三人が、刺客達に法撃を始めたのだ。

 シャクナが土壁を張り、ボロとビスクスが攻撃魔法を放つ。

 一応の連携は取れているようだ。

 

「まぁいいさ、俺は向こうを片付けよう」


 説明はした、忠告もした、それでも戦うことを選んだのなら、それはもう彼ら自身の問題だ。

 ノエルは混乱する鉄火場を迂回するように走り出した。


 狙うは白仮面の男。指揮官らしき男の声に、聞き覚えがある気がしたのだ。

 あんな声をした者に知り合いはいないはずなのだが、妙に気になって仕方がない。

 それにあの目、あれほどの殺意のこもった眼差しは何かしらの理由があるはずだ。


 綿花に紛れて走り抜ける。乾いた破裂音と低く地の爆ぜる音が少しずつ遠ざかる。


 ノエルは黒ずくめの男達の背後へ回り込むと、片膝を立てて様子を伺った。

 刺客達はもはや虫の息。シャクナ達が放った法撃に、防御壁役の男が被弾。

 その後は各自がバラバラに散開し、各個撃破は時間の問題と思われた。


――今の内に少し数を減らした方が良いかも知れない。


 ノエルは矢を番えると、黒衣の一人に狙いを付けた。

 白仮面は後回しがいいだろう。先に殺ってしまうと他の者達が逃げ出す気がする。

 出来れば連中は一人も逃がしたくない。


 自分達が優勢だと思うや否や、黒ずくめの者達は一斉に前進を始めた。

 ノエルは最後尾で弾丸の補充を始めた男の頭に狙いを付けると、短く息を吐き矢を射った。


 見事に頭部を射抜き、男が崩れ落ちた瞬間――ノエルは倒した男へ向けて走り出す。

 着くとすぐさま死体をインベントリへと回収し、銃と弾丸も拾っておく。


 これで最低限の目的は果たした。あとは適当に狩るだけだ。


 その場で二の矢を番えると、頭部を狙って射る。さらに三の矢。これで二人が倒れ伏せ、残るは三人だけとなった。

 流石に気が付いたのか、白仮面の男が振り返る。手にした銃口は真っ直ぐノエルへと向かい、即座に引き金が絞られた。


 慌てて結界障壁を張るが間に合わない。秒速400mを超える高速の弾丸が、ノエル頬をかすめ赤い線を描いた。


「――ッ! いって……」


 ノエルはその場に伏せると弓を仕舞って鉈を取り出す。

 ワンアクションで高速の弾丸を放ってくる銃相手に、弓での応戦では分が悪い。

 それならばいっそのこと魔法と鉈に切り替えた方が良いという判断。


『ミャッ、ミャッー!』


「大丈夫、ただのかすり傷だ。この程度ならポーション一つで傷痕もなく治せるから」

 

 ナインの動揺が伝わってくる。随分と興奮しているようだ。

 ノエルは今にも飛び出してきそうなナインを宥めると、仮面の男の次手を待った。


 男の視線が泳ぐ。手応えが無かったのか、ノエルを探している様子。


「おい゛、もういいひぐぞ!」


 男の呼びかけと共に、黒ずくめの者達が一斉に走り出した。


 ノエルは走り去っていく男達の後ろ姿を見送ると、足下に転がった空の薬莢を拾い上げた。

 この時、ノエルは漸く理解した。あの男達が何者で、何のために銃を手にして襲って来たのかを……。


 ノエルの近くには回収しなかった二つの遺体が転がっている。

 それもご丁寧に銃を所持したままだ。この世界にこのような兵器があるなんて聞いたことがない。

 現に強襲を受けた魔導師達も訳が分からず狼狽えていた。

 魔導師と言えばエリート軍人だ。それが知らないと言うのだから、いまだ見た事のない未知の兵器と言うことになる。


 それを回収もせずに放置しておくだろうか? どう考えてもあり得ない。

 この襲撃は全て計算されていたのだ。仲間を死なせ、銃を放置する。

 おそらくそれこそが連中の目的。

 


「くそっ、……。厄介な事に人を利用しやがって」


 ノエルは手にした空の薬莢をのぞき込みながら、盛大な溜め息を吐いた。


「こりゃあ、早いとこ逃げ出す算段をした方がいいな……」



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