121話:新たな手札

 去っていく黒衣の集団を見送ると、残された銃や弾丸を回収しておく。

 本来ならば、空の薬莢も根刮ぎ拾っておきたいところだが、流石に怪しまれるのでやめておいた。


「後はあの三人組か」


 刺客達はすでに撤退のようすを見せており、三人はバラバラに逃げていく相手をどうするか決めかねているようす。

 この辺は結果的に経験の無さが良い方向に転がった感じだ。

 本来、彼らの任務はあくまでもノエルの護衛。逃げていく相手を追いかけて、護衛対象を置き去りにしては意味がないのだから。


「来ちゃいましたか……」


「当然です、それが仕事ですから」


 言って背筋を正す三人に、ノエルは苦笑いを返した。


 見れば三人共に無傷で、着ている衣装も綺麗なまま。むしろ畑の中を這いつくばっていたノエルの方が泥だらけになっている。

 いくら有利な状況での奇襲とはいえ、魔導師相手によくも無傷でいられたものだ。

 経験も知識も足りないが、幸運だけは持ち合わせているらしい。


「私は新居で着替をしてきます。その後は買い物へ行く予定ですが皆さんは?」


「むろん護衛します!」


「……分かりました。ではちょっと行ってきます」




………………。

…………。

……。





 その後――工業地区を抜け、商業地区へと戻ってくる。

 時刻はすでに正午を回り、おなかの虫が騒ぎだしたころ。

 ノエルは幾つかの道具屋を巡りながら物価について調べつつ、お目当ての紙を買いあさっていた。


 護衛の三人はといえば、まるで監視役のように離れて後ろから付いて来ていてる。ノエルとしてはありがたいが、こう離れていては護衛にはならないだろうに。


(まぁ邪魔さえしなければ別にいいか……)


 手にした紙の感触を確かめながら、改めて手に入れた手札銃器の使い道を考える。

 先ほどの連中――黒ずくめの一団は、おそらくヘインズ、もしくはディーゼル家の手の者だと思う、たぶん。


 現時点でノエルの知る限り、転生者と思しきものはヘインズしかいないし、知識がなければ銃なんて簡単に作れるものではない。

 それにあのタイミングで現れると言うのは、ノエルが狙われている事を知っていなければ出来ない芸当だ。

 となれば、まず間違いないだろう。


 問題は、連中がどのような思惑を持って強襲を仕掛けてきたのか、である。

 考えられる理由は幾つかあるが、その中でも可能性の高いものは四つ。

 一つ目は他国の戦力を潰すこと。魔導師を五人も潰されれば国家としてはともかく、人員を投入した領地の貴族には相当な痛手だろう。

 それが国境に面する辺境泊ならなおの事だ。


 二つ目は単にノエルを死なせないため。どう言うわけかヘインズはノエルに御執心だった。

 実際に死なれては困ると耳にしたのも新しい。ノエルとしては不気味さを感じるが無いとは言えない可能性である。


 三つ目は開発した武器の実践テスト。相手が魔導師ともなればさぞかし良いデータが取れることだろう。


 そして四つ目、これが当たっていたのならかなりの大問題だ。


 それは、ずばり火薬の存在を隠蔽する為、である。

 あのとき、ノエルは拾い上げた空の薬莢から、属性魔力の残滓のようなものを感じた。

 正確には火属性と風属性だ。おそらく粉末状にした魔石を使って火薬による爆発を再現したのだろう。

 ただ、色付きの魔石は高価な素材だ。一発いくらの換算で使用する弾丸にはどう考えても不向きな素材。


 いいとこ金を持つ貴族が、自衛のために自身で所持するぐらにしか使われないだろう。


 と、のが連中の目的ではないだろうか?

 いくら秘密裏に開発を押し進めたとしても、大量生産を行おうとすれば、どこかで必ず情報が漏洩する。

 この世界のセキュリティーは、ザルも良いところ。少なくともノエルはそう考えていた。


 これが当たっていた場合、近いうちに血と硝煙が支配する地獄の戦場が生まれることになる。

 ハッキリ言って今すぐにでもとんずらしたい気分だ。

 まぁ、実際はそれが出来ないから困っているわけだが……。


――自分はどう動くのが正解なのだろうか?


 各国の思惑、そこに住まう人々の命、後に語られるであろう歴史とその背景。


――そんなものはどうでもいい。それこそ知ったことでは無い。

 

 大事なのは自身の命。それ以外のことは全て選択肢から外す。

 ヘインズはノエルが転生者であると確信めいた言葉を残している。

 ならば、ノエルが火薬の存在を知っているものと仮定して動いているはずだ。

 いざとなれば何をしてくるのか分かったものではない。


 どうするべきだろうか……。


「お客さん、買うの? 買わないの? 冷やかしだったら帰っとくれ」


「え? あっ、すいません買います。あと裁縫道具と布や糸などはありませんか?」


 道具屋の店主の呼び掛けに思考が止まる。仕方がない、後でゆっくり考えよう。


「えぇえぇ、勿論ありますよ。それで、いかほどご用意しますか?」


「えっと、ざっと100人分ほどお願いします」


「えっ? そんなにですかい? 君に支払えるとは思えないんだが?」


「あぁ、お金ならここに……」


 言って革袋を取り出すと、広げて中身を見せつける。

 と、店主は目を大きく見開きニヤリと笑んだ。分かりやすくて助かる。

 こういう人物ばかりだったら悩まなくてすむのにな……。


「直ぐにでもご用意いたしましょう」


 一般的な裁縫道具から専門的な革裁縫の道具まで一通りそろえ、さらに安価で頑丈な布を選んで積み上げていく。

 流石に100人分ともなると相当な量だ。魔法の無い世界ならとてもではないが持ち帰れなかっだろう。


 結局、金貨18枚。日本円にして180万円もの買い物をした。

 とくに道具類の値段が高かった。しかしこれは先行投資だ、多少金が掛かるのは仕方がない。


 ホクホク顔の店主に見送られ、予想以上の出費に肩を落としたノエルが店を出ると、不意に三つの人影に囲まれてしまう。


「アニキ! やっと見つけたぜ!」


「まったく今までどこに行ってたのよ。心配したのよ?」


「これからアニキを探しに秘密基地に行こうかって話してた所なんだよ?」


 ちびっ子探検隊の登場だ。確かにあれ以来音沙汰もなく居なくなった事にはノエルも気にはしていた。


 どうやら子供達なりに心配してくれていたようだ。


「よう、久し振り。心配かけて悪かったな」


「ちゃんと説明して頂戴。そこのケーキ屋で!」


 問答無用のフランの要求に、他の二人も色めき立つ。ノエルはキャッキャとはしゃぐ子供達の姿に、盛大なため息を吐いた。


――また出費が増えたぞ、と。





………………。

…………。

……。





 フェアリー・ベルの北東に位置する貴族街。その中にあって一際大きな屋敷の一室で、白仮面の男はヘインズに向かい口を開いた。


「やぐぞぐは果たしたぞ? ごれで俺は自由にじでいいな?」


「勿論だとも、君の働きっぷりはちゃんと聞き及んでいるよ。僕も約束を果たさないといけないね」


 白仮面の男の報告を受けて、ヘインズは満足げに頷く。

 

 と、懐から金貨の詰まった革袋と、高価な魔石の弾丸を取り出し机に並べる。


「コレは僕から君への僅かながらの報酬だ。気にせずに受け取ってくれ」


「…………」


「どうしたんだい? 気にせずに受け取ってよ。君のには必要なものだろ?」


「なぜごごまでしでぐれるんだ?」


 男の言葉にヘインズは思わず噴き出した。この男は一体何を勘違いしているのかと。


「クックククッ……。あぁ、すまない。なぜ? だったかな? それはね、君では彼を殺しきれないからだよ。結果の分かっている復讐劇なんて興醒めもいいところだ。これは単純に僕が演目を楽しむためのお代さ」


「ぞうが……」


「おや? 怒らないのかい?」


「ぞんな感情はずでた」


 淡々と机の上の報酬をしまい込む男に、ヘインズは嬉しそうに微笑む。これは意外と楽しめそうだ。


「君の願い復讐が叶うことを祈っていますよ。――さん」




 

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