122話:懐かしい顔

 口のまわりを生クリームだらけにしながら、ショートケーキを頬張る三人眺める。

 相変わらずの食欲だ。こんな小さな身体のどこに詰め込んでいるのだろう。


 ノエル達四人は、以前訪れたコジャレたカフェで昼食を取っていた。

 クリームパスタとサラダにコーンスープを食しているノエルに対し、子供達は競い合うように甘いものばかりを注文している。

 孤児院では普通の食事は出ても、ケーキなどの趣向品は滅多に出ないので、今がチャンスとでも思っているのだろう。


 少々出費はかさむが、水路には近付かないというノエルとの約束を守っていた三人へのご褒美と思って諦めた。


「ちゃんと加減して食べろよ? お腹壊しても知らんぞ」


 と、そうそうに食事を終えたノエルは、紙と鉛筆を取り出した。

 限られた時間の中で買い物をしなければならないので、セバール達の脱出準備に必要な交々をまとめておきたい。

 今いる店は、比較的値が張るからか、護衛の三人は店の外にいるのだ。

 色々と憶測される心配がないのでちょうど良い。


「わかってるわ、安心して頂戴。食べ過ぎでお腹を壊すほど子供じゃないわ」


 手にしたフォークを掲げて、ふわふわの白いヒゲを生やしたフランが言う。

 まるで説得力がない。どうみてもワンパクだ。


「大丈夫だぜアニキ。それよりこのティラミスってなんだ?」


 次は何を食べようかと、メニューを睨み付けていたダンが首を捻る。


「だめねぇ、そんな事も知らないの?」


「フランは知ってるのか?」


「当然よ! いい? ティミラスはスッゴく美味しいのよ!」


「「おおぉ……」」


フンヌッと胸を張るフランを前に、感心したようにダンとコリンが手をたたく。


 でもねフランさん。それはまったく回答になっていないし、ティミラスじゃなくてティラミスだからね。

 あと、それでも納得してしまう二人もどうかと思うよ?


 三人は結局その場の勢いのままに、ティラミスを三つ注文した。

 その後運ばれてきたティラミスに歓声を上げた後、表面に掛かったココアパウダーをチロリと舐めてウゲッと眉をしかめる。

 

――美味しいんじゃないのかよ!


(そっと、俺の前に皿を移動するのやめてくれないかな。あと三つも食えないからな?)


 「はぁ……」と、溜め息をひとつ。

 仕方がないのでノエルはティラミスを食べつつ買い出し一覧の作成に取り掛かった。


 まずは食だ。ノエルがエールとワインを提供したばっかりに、彼らの食に対する思い出を刺激したらしく、第一に酒と小麦と香辛料の入手を懇願された。

 酒と香辛料はどうにかなるだろうが、小麦は一度に大量の買い付けが出来るのか微妙である。


 本で読んだ知識でしかないが、飢饉でもないのに小麦を大量に買い付けると離叛、もしくは戦争行為と勘ぐられる可能性がある。

 出来ることなら、何人かの名義で少しずつ集めたいところ。


(課題はこれぐいかな? あとは武具と馬車か……)


 これはどっちも難題だ。そもそも子供に武具を売ってくれるとは思えない。

 それに馬車――この街では、馬車の所有は許可制になっている。

 これもよからぬ輩がよからぬ企みをしないように。と言うこの世界独特の知恵なのだろう。

 大抵はギルドが一括管理していて、職人や作業員に貸し出す形を取っている。

 そのため個人で馬車を持っているのは、中堅以上の商会や行商人ぐらいのものだ。


――どうすれば手に入れる事が出来るのだろうか?


(うーん、これだけ大きな街なら裏の人間もいるだろうし、可能性があるとしたら、それしかないよなぁ)


 トントンッと鉛筆で紙をつつきながら、思い付いたように別紙に書き写していく。

 現時点でどうにもならない物は分けて考えた方がいいだろう。

 今日は買い付けをするにはまたとない機会だ。

 なにしろノエルにちょっかいを出してくる連中が、今頃、揃いもそろって泡を喰っている筈なのだ。

 できる限り時間を有効に使いたい。


(今日は食料品の買い付けだな。小麦は、悟られない程度に抑え目にしておくか)


 と、頭を悩ませつつティラミスに手を伸ばす。

 

 小さなゲップ音に顔を上げると、腹をさすりながら三人が金魚のように口をパクパクしていた。

 あれだけ言ったのにどうしてこうなる……。


「満足したか? 返るぞ」


「「「無理、動けない!」」」


「お前ら……」




………………。

…………。

……。





 さらに三人分の飲み物を注文してやり、勘定を済ませると、ノエルはひとりで店を後にした。

 ダン達三人に付き合っていたら日が暮れてしまう。そうなっては元も子もない。


 商店はあらかた見て回ったが、やはり小麦の買い付けだけが思うようにいかない。

 店舗を構えた店は個人に対して一定以上の量を売ってくれないのだ。

 片っ端から店を回っても良いが、流石にそこまでの時間はない。

 どうしたものかと頭を捻り、行商人に思い至った。

 商業地区と教会の間にある大きな公園に、行商人達の為に解放された広場がある。

 そこに行けばどうにかなるかも知れない。

 街の商店よりは色々と融通が利きそうだし、短時間で多くの露天を巡るのも楽そうだ。


 芝生の生い茂る露天広場で、護衛を引き連れながら見て回る。

 シャクナ達三人は緊張でもしているのか、ドギマギとした表情で辺りを見渡している。


 ノエルは近くの露天でサンドイッチを買い込み三人へと差し入れた。

 出来ればひとりで見て回りたい。理由を付けて追い払いたいところ。


「これ、よろしければ三人で食べてください」


「え、あっいや、そう言うわけには……」


 シャクナはゴクリと生唾飲むが、恐縮したように手を振る仕草で断る。

 と、スルリと脇から顔をだしたボロがサンドイッチを手に取った。


「こう言うときは断った方が失礼に当たるんすよ。シャクナのアニキ」


「そうね。わざわざお気遣いありがとうございます」


「……そう言うもんか。あ、ありがとうございます」


 二人の物言いに、ようやくシャクナが受け取ると、ノエルはニコリと微笑んだ。

 やはりこの手の仕事は不慣れなようだ。この分なら簡単にあしらえるだろう。


「ひとつ提案があるんですがよろしいですか?」


「何でしょう?」


「実は周囲の警戒をお願いしたいのですが」


 ノエルの提案に三人は首を傾げる。索敵ならここに至るまでずっとしてきたのだ。改めて言われ、不思議がるのも無理はない。


「いや、私の近くだけではなく、広い範囲でって意味です。襲撃されてから対処するよりは、予め安全を確保した方が効率的でしょ?」


「なるほど……」


「良いんじゃないっすか?」


「確かに理には適ってるわね。私も良いと思うわ」


「分かりました。それでは周囲の警戒にあたります」


「よろしくお願いします」


 と、頭を下げたノエルを残し、三人はバラバラに散開していく。

 護衛対象ノエルをひとり、置き去りにして。


「さてと……」


 ノエルは小さく呟くと振り返る。広場に入ってから、随分と懐かしい顔を目にした。

 おそらくはノエルを追いかけて来たのだろう。どうやってノエルがこの街に滞在している事を知ったのかは分からないが。

 ノエルがアルル村を旅立つ直前に現れ、魔導書をおいて姿を消した、正体不明の行商人。その人だった。


「何でアナタがここに居るんですか?」


「何でとは酷い言いようね。お姉さんは行商人なのよ? 街々を巡るのは当然でしょ?」


「わざとらしい……」


 と、ノエルは顔を顰める。にこやかに笑っている女性は、相変わらずお姉さんを強調している。

 その姿は見た目こそ変わってはいないが、今なら分かる。彼女は幻視系魔法で姿を変化させているのだろう。

 ノエルはその行商人から精霊の気配を感じ取っていた。


「それよりも何やら大変な事になってるみたいじゃない。アナタも本当について無いわね」


「まぁ、不可抗力ってやつですよ」


 物言いから察するに、やはり彼女はノエルを監視していたようだ。

 一体どんな理由があるかは分からないが、オンディーヌと繋がっている以上、そう害があるとも思えない。

 

――もしかすると彼女なら……。


 ノエルは数瞬、考えた素振りを見せた後、閃いたように口を開いた。


「お姉さん、一つ俺と取引をしませんか?」


「ふぅん、言うようになったわねぇ。いいわ、一応話だけは聞いて上げようかしら?」


「なら場所を変えましょう。少しばかり危ない橋を渡って貰います。なぁに、報酬は弾みますよ。たっぷりとね」



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