123話:エリスとの取引

 行商人は宿を取らない。この世界には魔法があり、インベントリと言う便利なものがある。

 しかしながら、魔術によるインベントリには入る要領に限界があり、空間属性の魔法を使える者はごく僅かしかいない。

 そのため、結局行商人達は、商品の殆どを馬車に乗せて運ぶことになる。


 そうなれば商品が盗まれないように監視する必要が出てくる。

 だから荷物番を雇えるほどの大きな商隊でもない限り、彼らは自らの馬車の隣でテントを張って寝泊まりするのが常となっている。


 ノエルは自称お姉さんのテントの中で、とある交渉をしていた。

 彼女の名前はエリス。どんな理由でかは分からないが、ノエルの後を付け回し、あれやこれやと探ってくる謎の行商人である。


「無理ね。あなた馬鹿じゃないの? 今でさえ危険な状況なのに、これ以上敵を増やすような事をしてどうするのよ。自殺願望でもあるのかしら?」


「言いたい事は分かるけど、どうしても必要なんだ。頼むよ、アンタ優秀なんだろ?」


 拝むように懇願するノエルを見て、エリスは渋い顔で唸った。


 馬車を15台に武具と小麦を百人分、おまけに馬まで用意しろと言われては呆れるほか無い。

 そもそもそんな大量の物資を一体全体なんに使おうというのか。


「確かにお姉さんは優秀だけど、出来ることと出来ない事があるわ。それに、一体何に使うつもりなの? まさかとは思うけど、反乱を企てる訳じゃないでしょうね?」


「まさか、今はまだ言えないけどエリスにとっても悪い話じゃないはずさ。ほら、代金ならここにたんまり有ることだしさ」


 言ってノエルが取り出した品物を見て、エリス目を見開いた。

 大きな麻袋いっぱいに詰まった魔石の数々。中には色付きと言われる属性魔石までが無造作に詰め込まれている。

 いくら一流の商人でも、一度にこれほどの量の魔石を取引する事はそうはないだろう。


 ノエルは傍らに置いた麻袋をポンと叩いて誘い文句を囁いた。


「いくら金貨を重ねた所で、これだけの数を集める事はまず不可能だろ? コレはチャンスだと思うんだよ」


「チャンス? 私には更なる厄介事が待ち受けているとしか思えないけど?」


「そうかなぁ、考えてもみなよ。これだけの量の魔石を売りさばくとしたら、エリスならどうする?」


 聞かれたエリスは、うーん、と腕を組んで考え込む。

 魔石の利用用途は、大抵がポーションか魔導具の燃料と決まっている。

 そのため、売るべき相手も各ギルドか小分けにして各家庭向けに露天に並べる事が殆どだ。

 しかし、一度に大量となるとそう簡単に売りさばけるものではない。

 下手に商会やギルドに卸そうものなら、国や領主に目を付けられてしまう。

 かと言って国や領主に売りさばけば、商人ギルドへの義理が立たなくなる。

 どちらにしても厄介には違いない。


「どうするって……。やっぱり商人としては、領主様は無視できないかなぁ……」


「無視できない、ねぇ……」


「何よ、気持ち悪いわねえ」


 ニヤケた顔で呟くノエルに、エリスは不快そうに顔を歪めた。


「もっと正直にいこうよ。コイツを使えば、領主に取り入るのだってそう難しい事じゃない。だろ?」


「何が言いたいの?」


「商人としてではなく、本業諜報員の役に立つって話さ。分かるだろ?」


「ふぅん……。何か情報でもあるのかしら? 具体的に言ってくれないと、判断のしようがないわね」


 言ったエリスの顔色が変わる。背筋が伸び、組んでいた腕も力が抜けたようにダラリと垂れ下がる。

 戦闘態勢、エリスが見せたもう一つの本業の顔だった。


「まあまあ落ち着いて。これはあくまでも取引さ。俺がほしい物は、金さえ出せば誰でも買えるような代物じゃあない。ならばその対価も、お金では買えない価値がないと対等とは言えないからね」


 エリスの目端が鋭さを増した。彼女は始めからノエルを子供だとは思っていない。

 油断を感じさせない所作がそれを証明している。


「良いわ、対価を見せて頂戴」


――ようやく乗ってきたか。


 ノエルはインベントリから銃を取り出すと、エリスへと投げ渡した。


「何これ、まさかこれだけ?」


「落ち着けよ、今から説明するからさ――」


 ノエルは対価として情報を与える事にした。ただし継ぎ接ぎだらけの不確定な情報を。

 この時点で、エリスにはランスロット家に興味を持って貰わなくては困る。

 そうでなくては取引は成立しない。そこでノエルは、与える情報を限定し、更に甘い餌さをブラ下げる事にした。


 人攫い事件の裏に、教会とランスロット家が関与している疑いがあり、しかも悪魔絡みの可能性があると。


「へぇ……。それは聞き捨てならないわねぇ。子供さらって生け贄にするなんて反吐が出るわね。殺してやろうかしら?」


 怒気を孕んだエリスの言葉を聞いて、ノエルはやっぱりと微笑んだ。

 恐らく彼女はオンディーヌと同じくエルフなのだろう。

 いくら子供が犠牲になったとしても、領主に牙を向けようなどとは、普通は思わない。


「落ちついてってば。まだソレについての説明もあるんだからさ」


「あぁ、これね。で、何なのかしら」


「ソレは拳銃と言う武器でね。コイツを込めて使うんだ」


 ノエルは未使用の弾丸を取り出すと、見せつけるようにつまみ上げた。


「変な武器ね。どんな効果があるのかしら?」


「とてつもなく強力な兵器さ。それこそ世界が一変するぐらいのね」





………………。

…………。

……。





「どちらにいらしてたんですか? 探しましたよ」


「あぁ、すいません。色々と見て回っていたもので、すれ違いになったんですかね」


 ノエルはエリスのテントを出た後、程なくして護衛の三人と合流した。


 エリスとの商談は上々の結果に終わった。とくに銃を取引材料にしたのは効果てきめんで、弾丸は品物が揃った後での受け渡しと取り決めた。

 銃本体よりも弾丸の方が価値がある事を、彼女は直ぐに察したらしい。


「この後はどうすんです?」


「そろそろ日も暮れますし、教会に帰ろうかと思います」


「分かりました。それではお送りします」


 ノエルの帰宅宣言を聞き、三人はほっと肩を撫で下ろした。

 シャクナ達は以前の任務で、ノエルの尾行に失敗している。

 いくら雛とは言え二度目の失態は命に関わる。何が何でも失敗は出来ない。


 商業地区にある大通り。教会へと続く商店街を歩きながら、周囲を索敵する。

 カフェや物陰。露天や通行人など、数時間前まで感じていた監視の目が嘘のように掻き消えていた。

 あれだけの数の魔導師を一度に失ったのだ、無理もない。

 おそらくはノエルに構っている暇は無くなったという事だろう。

 これで少しは安心して過ごせるかと思ったのも束の間、ノエルは教会の前にある階段を見て足を止めた。

 そこには随分と物騒な身なりの者がたむろしていた。

 所々に穴の開いたズボンに、擦り切れて色の褪せたシャツ着た。一見すると浮浪者のような格好をした男達。

 彼らの手にはナイフや棍棒が握られている。まるで誰かを待ち伏せしているかのようだ。


 見る限り、数は12。属性魔力は感じないし、魔力の流れも淀んでいて、とても手練れには見えない。

 先日相手にしたチンピラ達の仲間だろうか? だとしたら待ち受けているのはノエルと言うことになる。


――彼らは一体何者なんだろうか?


 ノエルには、街のチンピラに恨まれるような覚えはない。

 昨日のお礼参りなら分かるが、それならば昨日の連中は一体誰を待ち伏せていたのかと言う話になる。

 素性を調べた方が良いかもしれない。ただのチンピラなら問題はないが、襲ってきた白仮面の仲間なら話は別だ。

 出来る限り不安要素は取り除いておいた方が良いだろう。


(せっかく護衛がいるんだし、少し締め上げてみるか)

 

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