124話:野良と呼ばれる者達
「シャクナさん、アイツら何だと思います?」
ノエルが振り向きざまに声を掛けると、シャクナは腰の獲物に手を掛けた。
「お下がりください。すぐに排除します。ボロ、ビスクス付いて来い」
「ちょっと待って下さい」
「んっ、何か?」
「えぇ、実は昨日もあの手の連中がシスターに絡んでいるところに出くわしまして。宜しければ素性と目的を吐かせて貰えませんか?」
「なる程、分かりました。おまかせください」
三人は顔を見合わせ、無言で頷き合うと、横一列になって歩き出した。
3対12。多勢に無勢だが、おそらく問題ないだろう。
ノエルは自らが標的にならないように、ひとり物陰へと移動して事の成り行きを見守ることにした。
「最低でも三人は生かす方向で頼むぞ?」
腰に差した片手剣を、鞘ごと抜いてシャクナが告げると、分厚い手袋をはめながらビスクスが返す。
「分かってるわ。アナタの方こそ気を付けなさい。カッとなると決まって自制が利かなくなるんだから」
「確かに兄貴はすぐキレるっす。大丈夫っすか?」
ビスクスの物言いに、何度も頷きながら、ボロがインベントリから棍棒を取り出す。
「馬鹿やろう、大丈夫に決まってんだろ。そもそもな、流石に野良を相手にムキになったりはしねぇよ」
「だと良いんだけど」
「だと良いんすけど」
「お前ら……」
近付いて来る三人のやり取りに気が付いたのか、男達が警戒するように左右へと道を開ける。
が、シャクナ達三人は、男達の手前で立ち止まると値踏みするように見渡した。
「教会の前で物騒なまねをしている所をみると、お前ら新参の野良だな?」
「あっ? なんだテメェら?」
「いいから答えろ。どこから流れてきて、誰を待ち伏せている?」
「はっ、ガキがイキがるなよ? 挽き肉にされてぇのか?」
シャクナの言葉を聞き、男達の顔色が変わる。彼らから見れば、シャクナ達三人は十代半ばの子供。
これだけの人数差があればどうにでもなると考えているのだろう。
「素直に話した方が良いっすよ? 兄貴は野良が相手だと容赦ないっすから」
ボロが渋い顔で、男達を宥めようと口を挟む。しかしそれは逆効果に終わった。
ボロの言葉に男達は行く手を遮るように集まると、手にしている獲物をユラユラと見せつける。
「言っても無駄よ。この手の連中から話を聞き出したいのなら、叩きのめした方が手っ取り早いわ」
ビスクスは眼鏡をクイッと上げると静かに構えを取る。
――瞬間。三人から魔力が立ち上る。
最初に動いたのはビスクスだった。男達の中央で、ニタリと笑んでいた、リーダー各らしい者へ向かって踏み込む。
一足飛びで距離を詰め、鳩尾へ向かって正拳突きを叩き込む。と、男は身体を九の字にして吹き飛んでいく。
「テメェ!」
吹き飛ばされた仲間を見て、男達が殺気立つ。
しかしビスクスは表情一つ変えることなく拳を握り構え直した。
「さぁ、掛かってきなさい!」
決まったとばかりに台詞を吐いたビスクスを見て、シャクナとボロが肩を竦ませる。
普段からインテリぶっているビスクスは、実は三人の中でもっとも手の早い脳筋だった。
その事を散々からかわれた為に、頭脳派を気取っていただけで、掛けている眼鏡も伊達眼鏡。
どや顔で語る知識も小説の引用でしかない、なんちゃって知識の雑学なのだ。
「ったく、どっちが短気なんだか……」
「こりゃやるしかないみたいっすね」
ビスクスの両脇を追い抜く様に、シャクナとボロが前へと躍り出る。
それを迎え撃つように男達が雄叫びを上げ、武器を掲げた。
そうして始まった一方的な戦闘。野良と呼ばれた男達は、魔法は愚か身体強化すらも覚束ない有り様。
片や三人は連携も見事なもので、ボロが牽制、ビスクスがアタッカー、シャクナがアシストと縦横無尽に駆け回っている。
身体強化こそ施してはいるが、魔法の類は使ってはいない。実力の差は歴然だった。
「雑魚ね」
ビスクスが鼻を鳴らす。
「だよな、俺らも別に弱くはねぇよな?」
一度に三人を相手取りながら、振り向くことなくシャクナが呟く。
「あの少年が異常なんすよ。あんな化け物と比べたらだめっす」
手にした棍棒をブン回し、ボロがなにやら酷いことを口にした。
どうやら先の戦いで、シャクナ達は自信を失いかけていたらしい。
ノエルはそんな彼らの戦闘を、溜め息混じりに眺めていた。
「聞こえてんだけどね……」
………………。
…………。
……。
この世界には野良と呼ばれ、疎まれている人々がいた。
そんな彼らの多くは難民で、戦争や失業で行き場をなくした者達だった。
ともすれば被害者といえる立場であった彼らが、なぜ疎まれているのか。
それは彼らの中にいる、脱走兵やお尋ね者の存在が大きいからだろう。
戦友を、仲間を、家族を、国を捨てて逃げ出した卑怯者。そんなレッテルが彼らの行き場を奪い、結果として犯罪者を生み出していた。
だが、ノエルとしては彼らに同情する気にはなれなかった。
そもそもの話し、ノエルも彼らと同様に国を捨てた野良だ。
それでも誰に恥じることなく生きている。まぁ禄な事は無かったが……。
それでも何とかやっていけているのだ。安易に犯罪に走る者に同情は出来ない。
「くそガキが……、必ずぶっ殺してやる!」
「黙れ!
縛り上げられた男達の前にノエルが姿を現した途端、リーダー各と思しき者が怒声を上げた。
思った通り、彼らの標的はノエルだったようだ。しかし何故だろう? 理由が思い当たらない。
「どうして私を付け狙うのか尋ねてもらえますか?」
「分かりました」
取り調べとは名ばかりの、殴る蹴るの尋問が始まった――
彼らはこの街にたどり着いたばかりの愚連隊で、恐喝やひったくりを繰り返して日銭を稼ぎ、その日暮をしていたようだ。
そんな者達が寄り集まり、100名程まで膨れ上がった頃。一つの組織として認められるか否かという所まで来ていた。
その矢先にボスであったワービーストが、小さな子供に返り討ちに合うという大恥をかく。
結果、他の組織から舐められた上に、上納金の催促が後を絶たなくなったと言う。
暴力を生業とするかれらの商品価値は地に落ち、しのぎもままならない状況に陥った。
そこで事の元凶であるノエルを始末して、自分達の置かれた状況をひっくり返そうとした。
が、この様と言うわけだ。
――馬鹿な連中だ。この手の輩は男を売るのが生業。寄ってたかって小さな子供をなぶり殺しにした所で、一目置いてくれる者などいる筈がない。
その程度の事も分からないのだろうか?
「心当たりはありますか?」
手に着いた
と、ノエルは苦々しい顔で頷く。おそらくは、初めて薬師ギルドに向かっていた最中に絡んできた男だろう。
「えぇ、一人だけ心当たりがあります。シャクナさん、こういった場合、街の治安維持を担当する警備兵はどう動くんですか?」
「えっと、それは「私がお答えいたしましょう!」」
眼鏡をクイッと上げて、ビスクスが質問をひったくった。
「小規模で、かつ他の組織との繋がりが無いのであれば、速やかに殲滅するのが通例となってますね」
一瞬、考えるそぶりを見せたノエルが口を開く。
「そうですか……。それでは連中の対処はお任せしてもいいですか?」
「もちろんです。そのための警備兵ですから。すべてコチラにお任せください」
ただのチンピラ集団ならノエル自身が赴く必要は無いだろう。
殲滅というのは些か物騒ではあるが、他人の心配をする余裕はないし、そもそもそんな義理もない。
ここは丸投げにするのが良さそうだ。
「ではお任せします。私はこのまま教会へ戻りますね」
「はい、お気を付けて」
一時はどうなることかと思ったが、意外と手早く済んで助かった。
それに、この街には複数のヤクザな集団が居ることも分かり、予想外の情報も手には入った。
幕引きとしては、まずまずといった所だろう。
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