61話:悪鬼
「急げよ?」
「分かってる」
短く告げたシュタールに、ノエルは軽く手を挙げて答えた。
牢屋から敵本丸までの一本道。その丁度中間辺りに位置する横穴に、メイを含め捕らわれた子供達は身を隠している。
ノエル以下襲撃組がその前に差し掛かった頃。
子供達の様子を確認したいと言い出したノエルが足を止めたのだ。
「散々人を急かしておいて余計な時間を使わせる気か?」
「それもコレもアンタの我が儘に付き合った結果だろ? いい加減にしてくれ」
ウンザリしたように吐き捨てると、ノエルはいまだ何か言いたげなラングを無視して横穴へと足を踏み入れた。
ここに来るまでの間、ラングからネチネチと愚痴とも挑発とも取れる煽り文句を聞かされ、ノエルは些か気が立っていた。
とは言え、自分を試すための演技と思い、終始さらりと受け流して来たのだ。
(まったく……、厄介な奴だ……)
横穴は入り口こそ小さいが、中は子供達が隠れるには十分な広さがあり、中央には自然に出来たであろう石柱の様な物が
恐らくは、洞窟内でもっとも強度の高い空間。
それこそが、ノエルがこの場所を子供達の
メイの後ろに隠れるように、子供達は遠巻きになって脅えた顔でノエルを見つめている。
いったいこの子達の目には、自分はどう映っているのだろうか。
(そりゃまぁ、これだけ得体が知れなければ脅えもするか……)
そんな彼らの元へ、ぎこちないながらも笑顔を作り近いていく。
「メイさん、皆の様子はどう?」
「えぇ、大丈夫よ。状況が状況だから少し不安になっているだけだから。それよりもカラス君は本当に行くの?」
「うん、ここまで来たらやらない訳にはいかないよ。そんな事よりメイさん、実は
………………。
…………。
……。
「遅いな……」
コツコツとリズムを刻むように、つま先を鳴らしながらシュタールが呟く。
「呆れたな……あのガキ食事をするつもりらしいぞ?」
横穴をのぞき込んでいたラングが、眉間に皺を寄せたままシュタールを見上げる。
「なんだそりゃ、そんな時間が有る訳ねぇだろ」
「しるかよ、そいつは俺じゃなくてあのガキに言ってくれ」
どれどれと腰を屈めてのぞき込むと、ノエルの横には確かに牢番の運んできた寸胴とパンが置かれていた。
この差し迫った時間の中で、本気で食事を取るつもりなのだろうか?
「怖じ気づいたんじゃねぇか?」
シュタールが小声で呟くと、ラングはそれを否定するように渋い顔で首を振る。
「いや、彼奴はそんなタマじゃねぇさ。まったく、何を考えてんだか……」
「お前にしては珍しい、随分と高く買ってるじゃないか」
「まぁな、大した奴だよあのガキは。敵じゃなければスカウトしたいぐらいだ」
「……敵なのか?」
「あぁ、少なくとも味方じゃねぇ事は確かだな」
「そうか……、なら仕方ない。ここを無事抜けられたら、とっとと始末するか」
「あぁ、それが良い」
この世界に置ける魔法とは現代で言うところの兵器である。
例え相手が子供であっても、その驚異はなんら変わらない。
そもそもここに至るまで、散々その腹に抱えた企みに気付いている事が伝わるよう示唆して来たのだ。
これ以上は不毛。始末するしかないだろう。
あの聡い少年が、こちらの意図に気付かない筈がないのだから。
ノエル手を包むように握りしめていたメイが不意に入り口を振り返ると、のぞき込んでいた二人と視線がどちらともなく交差する。
「チッ、縁起でもねぇ」
シュタールは顔を背けるように立ち上がるとボソリと呟く。
「
傭兵達の間でまことしやかに信じられている
その中の一つに荒事の前に、『女の機嫌を損ねるな』と言う物がある。
傭兵達にとって仕事とは即ち命のやりとりだ。
そのためか、実際に験を担ぐ者も少なくはない。
「お前が知らないだけで、俺は以外と験を担ぐんだよ」
「へぇ、そうなんだ。そんな
見るといつの間にかひょっこりと横穴から顔を出したノエルが、シュタールを見上げていた。
「大きなお世話だ。行くぞ時間がねぇんだ」
「あぁ、分かった」
◇――――――――◇
シュタールを先頭に、ノエルを囲うようにして進む一同は程なくして行き止まりへと差し掛かる。
木製の板で造られた塀から凡そ50m手前。
その場で立ち止まると、シュタールは声を殺すようにしてノエルに短く言った。
「彼処か?」
ノエルは黙ったまま頷くと、これまた小声で呪文を唱え、食事を運ぶために使われた台車を取り出し大きな麻袋を乗せ始める。
その様子を訝しげな顔で眺める傭兵達。
それを気にする素振りもなく、せっせと作業を続けるノエル。
やがて業を煮やしたのかラングがノエルの襟元をねじり上げる。
「糞ガキ……、何してる? 言わねぇなら殺す」
噛み殺すように告げた言葉には、明らかに殺意が色濃く浮かんでいた。
掴み上げられたノエルはぶらぶらと足を揺らしたまま、降参だと言わんばかりに両手を上げて頬をひきつらせる。
「破城槌だよ。まさかノックする訳にもいかないだろ?」
「なら初めからそう言え。次に妙な真似をしたら命はないと思えよ?」
「分かった、気を付けるよ……」
ようやっと解放されて、締め付けられた首元をさすりながら視線をぐるりと回すと、取り囲んでいた傭兵達も明らかに敵意を孕んだ眼差しでノエルを睨んでいた。
(参ったね、いよいよ限界って奴か……。ま、大して問題は無いんだが)
「破城槌ねぇ……、何処でそんな知識を付けたんだかな。が、発想は悪くねぇ。もっと他に重しになる物はないのか? それとロープもだ」
「あぁ、有るある、ちょっと待って――」
シュタールは山の様に乗せられた麻袋を荷台に括り付けると、ポンッと叩いて振り返る。
「いいか? 俺がコイツで突っ込んだら、お前らはとにかく油瓶を連中目掛けて投げつけろ。それと坊主、お前には最後まで付き合ってもらう。いいな?」
シュタールの脅すような物言いに、有無をもいわさぬ周囲の視線。
こうなる事は分かっていたとは言え、実際にその時が来ると少々癪にさわる物がある。
しかしここが正念場だと苛つく気持ちを押さえ込み、ノエルは慌てたようにシュタールに詰め寄る。
「なっ! 話しが違うじゃないか! 俺の役目は案内する事だけだった筈だぞ?」
「予定は予定だ。状況が変わればやるべき事も変わるんだ、諦めろ。それとも今ここで死にたいか?」
「ぐっ……、分かったよ。行けばいいんだろ行けば……」
「フンッ、行くぞお前ら!」
「「おう!」」
「…………」
一同はやや締まらない小声で気合いを入れると、扉に向けて走り出した。
――いよいよ殺し合いが始まる。
走る一同の中、腰に差したナイフに手を掛けたノエルの眼差しは、先程までの緊張に引きった笑みから獰猛な猛禽類のそれへと変貌を遂げていた。
「行くぞ! オラァァ!」
猛々しい雄叫びと共にシュタールが即席の破城槌で木製の扉をぶち破ると、後に続いた傭兵達は一気呵成に飛び込んでいく。
「「…………」」
突然、扉をぶち破り部屋の中央にまで躍り出た一同に周囲の視線が集まる。
――沈黙。
双方ともに予想外の展開に、一瞬にしてその場の空気が凍り付く。
「シュタール……聞いてたより多くないか?」
青ざめた顔で狼狽えるラング。
「多いなんてもんじゃねぇ……、30人はいやがる」
呑まれまいと、覇気を纏うシュタール。
「なぁ……コイツら全員ローブ着てるんだが、一体どいつに投げればいいんだ?」
両手に油瓶をもってワタワタと慌てふためく傭兵達。
「おい、ガキ! コイツはいったいどう言う事だ?」
激怒したシュタールが怒声を上げで振り返ると、へし折られた閂をいそいそと外し、つい先程飛び込んできた扉から逃げ出すノエルの後ろ姿があった。
「んじゃ、がんばってね!」
と、サムズアップ。
「くそったれがぁぁぁ!」
――バタンッ
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