62話:三つ目の選択肢

 傭兵達の去った洞窟内で、メイは一人去り際に放ったノエルの言葉を思い返していた。


『このあと地震が起きるから、子供達を護ってほしい』


 何かを暗示しているのか。それとも言葉通りの事が起きるのか。

 降って沸いた幸運に気を奪われ、聞き返す余裕がなかったことが悔やまれる。


――とは言え、ありがたい……。


 右手に持った腕輪の鍵を堅く握り締めると、祈るように眉間に添えた。


「これでアリス様を御守りする事が出来る……」


 魔法使いにとって、魔法を奪われると言うことは死に等しい。

 元々武道の嗜みなど皆無なメイにとって、魔法は自身の持つ唯一の力の拠り所。

 見た目こそ気丈に振る舞って見せてはいたものの、その胸中は推し量るまでもなく限界を迎えつつあったのだ。


 今思えばあの少年に、そんな自分の胸の内すらも見透かされていたのかも知れない。


 脳裏には自身の手を握り『大丈夫』と笑って見せた少年の姿がチラついていた。


「死なないでね、カラス君……」


「メイ……」


 見ると、そう弱々しくメイの名を呼ぶ少女が、スカートの端をギュッと握って見上げていた。

 その瞳に涙を浮かべながらも、不安な気持ちに蓋をして健気にもメイを気遣っている。


 少女の名は、アリス・フォン・ランスロット。

 メイが従者として使えている主である。

 いまだ5歳と言う幼い身でありながら、このような状況下で他者を気遣えるその様は、ランスロット家の血筋なのかもしれない。


 メイはアリスの頭を慈しむ様に優しく撫でると、ニコリと微笑む。


「ご心配には及びません。もうじき御屋敷に戻れますよ」


「本当?」


「はい、勿論にござます」

 

「メイィ……」


 メイ言葉に安心したのか足にしがみつく様に泣きじゃくるアリス。

 無理もない、寧ろ今の今までよくよく耐えていたものだ。

 メイはアリスを力一杯抱きしめた。


(何としてでも護ってみせるわ)


 自身の主を護り、しいては脱出を果たすためにも自分の役割を全うしなくてはならない。

 メイはアリスを抱き上げると、子供達へと向き直る。


「皆、ここに集まって頂戴」


 今こそ誓いを果たす時。

 我が魔法はランスロットの為に。




◇――――――――――◇





「くそったれがぁぁぁ!」


 静寂を突き破ったその怒声が、食堂を一瞬にして鉄火場へと変える。

 シュタールは、麻袋を括り付けた配膳車を持ち上げると、未だ呆けたようにスプーンを口元に掲げている男へ投げつけた。


「ぐぇ……」


 潰されたカエルの如き悲鳴と共に、赤ローブの男が椅子から転げ落ちると、その衝撃で大破した配膳車に括り付けられていた麻袋が辺りに散らばる。


「何してる! 誰でも良い、とにかく油瓶をありったけ投げつけろ!」


「おう!」


 シュタールの叫び声にいち早く反応したラングは、狙いもそこそこに四方八方に手にした油瓶を投げつけた。

 すると一呼吸ほど遅れて、他の傭兵達もそれに習うように投擲を開始する。


「囲め囲め」

「絶対に逃がすなよ?」

「誰か姐さん呼んで来い!」

「バカッこんな所を見られたら、逆に俺たちが殺されるわ!」

「「「…………」」」


 傭兵達を取り囲む様に構えたローブの男達の目にみるみるうちに殺気が浮かび上がっていく。


「死んでも逃がすなよ?」

「「「おう!」」」


 そんな彼らを前に、シュタールはインベントリから取り出した松明に火を灯すと、周囲にそれを示すように大声を張り上げた。


「さっき俺たちが撒いたのは油だ! 死にたくなければ道をあけろ! 丸焦げになりてぇのか?」


 今にも投げつけると言わんばかりのシュタールに、取り囲んだ男達はニヤニヤと笑みを浮かべている。

 これだけの人数差があれば、どうにでもなると高を括っているのだろうか?

 シュタールは舌打ちをするとラングを呼び寄せた。


「ラング、何か良い案は出たか?」


「無茶言うなよ。そんなもんがほいほい出てくる訳ないだろ」


「だろうな……。俺が道を開く。一人でも良い、必ず生きて逃げ延びろ」


「シュタール、お前……」


 これは命の駆け引きだ。臆して尻を捲った方が負ける。

 ならば誰かを生け贄にすればいい。

 意を決したシュタールが一歩踏み出したその時――。


 出口と思しき二枚扉の前に幾重にもかさなるように土壁がせり上がった。


「お前らは阿呆か? 逃がすわけねぇだろ?」


 言った男とその取り巻き達は、蔑むような目を向けている。

 実際、どうにでもなるのだ。

 元より傭兵達の企みなど意に介す必要すらない。

 彼らには、8人もの魔法使いがいるのだから。


「なっ! てめぇ、燃やすぞ?」


「やれよ。俺たちは一向に構わんぞ?」


 ケタケタと笑い声を漏らす男達。

 今なお囲んでこそいるものの、遠巻きにシュタール達を見つめているだけで一向に刃を向ける気配すらない。

 

「だめだシュタール、呑まれるな!」


「コイツ等……」


 ギリギリと奥歯を鳴らすシュタールを尻目に、ラングは手にしたバスタードソードを握り締めると前へと躍り出た。


「もういい、流石に俺達も覚悟を決めたよ。だがな……、てめぇらも道連れにしてやるから覚悟しろよ?」


「プッ……。道連れだってよ」


「アホだな。コイツ等なんにも分かってねぇ」


「まぁいいじゃねぇか、やりたいようにやらせてみろよ。意外と楽しめるかもしれないぜ?」


 取り巻く男達の嘲笑に、遂に切れたシュタールが雄叫びを上げる。


「上等だ、クソッタレ共が! 行くぞラング!」


「おう!」


 その声に応えるように傭兵達は互いに背を向け手にした武器を構えると、今にも飛びかからんと腰を落とす。


――刹那。


 身を飛ばすほどの烈風が鉄火場を駆け巡った。

 あまりのことに、その場にいた者は皆一様に顔を背けて身を庇う。


「何だこれは! いったい何が起きた?」


 その光景に誰もが我が目を疑った。

 強風に呷られたと思った瞬間、辺り一面が真っ白な何かに覆われたのだ。

 そこは、もはや1m先すら見通せない程の霧、もしくは吹雪か。


 視界を奪われ誰もが呆気にとられる中、いち早く動き出したのはラングだった。


 瞬時に地を蹴り前へと詰めると、感に任せて手にしたバスタードソードを捻るように突き出す。


――ズリュッ


 確かな手応えと共に何かが倒れる音が響く。

 偶然にも突き出した切っ先が、赤ローブの男の喉元を貫いたのだ。


「シュタール!」

「おう!」


 その一言で傭兵達は全てを理解し、瞬時に行動を開始する。

 絶望的な状況の中で、不意に訪れた好機。

 躊躇う者など一人もいない。

 全員がほぼ同時に剣を振り上げ地を蹴った――瞬時。




――ドゴォォォォ……。




 一筋の閃光と共に洞窟内に激しい揺れが巻き起こる。

 それは食堂に居た全ての男達を巻き込んでの大爆発。

 しでかしたのは一人の少年。ノエルだった。


 パラパラと砂と小石が降り積もる中、頭を抱えて伏せっていたノエルが顔を上げて目を見開く。


「し、死ぬかと思った……」


 ノエルの考えた作戦。

 それは、ライトノベル好きなら誰もが一度は読んだことがあるであろう定番中の定番。


――粉塵爆発である。


 ただ、それを実行するには幾つかの準備が伴い、敵に囲まれた中で行うのには無理がある。

 そこでノエルの選んだ手段は、傭兵達を身代わりにする事だった。


 なんとも卑怯で残酷な方法ではあったが、仕方無しと腹をくくる。

 考えに考えた結果、何とか捻り出した選択肢が三つ。

 一つはノエルが一人だけで逃げ延びる事。

 二つ目は一か八か傭兵達と特攻を仕掛ける事。

 そして最後の三つ目が実行に至った粉塵爆発である。


 最後の最後まで悩んだものの、子供達を見捨てる気にはどうしても成れず、かと言って一か八かに賭けて死ぬのはごめん被る。

 となれば残る選択肢は必然的に一つだけ。

 ノエル曰く、自分が死ぬよりはまし。であった。


 ガンガンと耳鳴りのする中、二度三度と頭を振ると風のエンチャントを身に纏い、短槍を取り出し室内へと足を踏み入れていく。

生存確認をしなければならない。

ここまでの事をしでかした以上、誰一人として生かしておく訳にはいかない。

復讐の芽は刈り取っておかねば。


――地獄絵図。


 その言葉の示すとおり室内はあまりにも酷い惨状であった。


「うっ……」


 むわっと被う熱気と共に人の焼け焦げた臭いがノエルを襲う。

 遺体はどれもが酷く損傷し、所々が黒く焼け焦げている。


――いつの間にか俺は壊れてしまったのだろうか?


 これほどの惨劇を引き起こして尚、さして心が揺れない自分に気付く。


「すまなかったな……おっちゃ「なんだこりゃぁぁ!」」


 落ち込むノエルの呟きを遮るように、何者かの叫びが室内を木霊した。


「てめぇがやったのか?」


 地の底から這い出てきたような低くドロリとした殺意と憤怒の音色。

 ミルファだ。どうやら厄介な女が残ってしまったようだ。


「さてな、あんたはどう思う?」


 二人の視線が交差する。


「てめぇ以外に誰がいるってんだ? ぶち殺す!」


 言ったミルファから濃密な魔力が立ち上る。

 どうやら戦闘は避けられないらしい。


「やって見ろ! サド女!」


 ノエル対ミルファ。

 二人のリターンマッチの幕が切って落とされた。

 

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