63話:ミルファ VS ノエル
足下に転がった木製の丸椅子を、爪先を引っかけるように蹴り上げて宙に浮かすと、回し蹴りでミルファ目掛けて蹴り飛ばす。
ミルファは、それを無造作に腕を払って叩き壊すとつまらなそうに鼻を鳴らした。
「フンッ。これだけの事をしでかしたんだ、簡単に死ねるなんて思うんじゃないよ!」
「そうかよっと」
バチバチと其処彼処に転がった燃える椅子や机、はたまた木片を投げつけ蹴り飛ばしながら、ノエルは隙を伺うように部屋中を走り回る。
さもノエルが先手を取った格好になったものの、二人の胸中は真逆の思惑が渦巻いていた。
高位の魔法使い相手に正面切って戦いを挑むのは初めての事だ。
その為かノエルはどうにも攻め倦ねている。
相手の持ち札の中身が分からないのだ。
単に持ち得る属性の種類だけならば、大凡の見当は付く。
恐らくミルファは、火・風・土・氷の四属性を操る魔法使い。
だが、ノエルがそれを察していることは、当のミルファも気付いている筈。
にもかかわらず、余裕の表情は崩れない。
――何かあるのか?
考えれば考えるほど後一歩、攻撃に踏み出せなくなってしまう。
ミルファは飛んでくる木片をヒラリと交わし、椅子を砕き机を蹴り返す。
その拍子を刻む足下はボクサーのステップに似ており、いなす掌は合気、砕く拳は空手、蹴りに至っては膝の柔軟性を生かした鞭のような動き。
所謂ムエタイの蹴りに酷似していた。
どうやら魔法だけでなく、格闘技にも精通しているらしい。
「オラッどうしたよ、もう終わりか?」
「チッ、面倒くせぇ女だな。そんなんだから嫁の貰い手がいねぇんだよ」
――ズゴゴギャッ
ノエルが手を延ばした丸椅子が弾け飛ぶ。
――ゾクリッ。
一瞬凍り付いた表情を隠すようにミルファを睨み付ける。
魔法の構築から発動、さらには着弾までの射速と命中精度が格段に高い。
――ミルファの持つ余裕の正体はこれか……。
相手が子供だと舐めて掛かっているのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
磨き上げた魔法に対する自信。
それこそがミルファの余裕の根源なのだろう。
――だが、この程度なら問題ない。
「子供相手にそうムキになるなよ。大人げないぜ?」
「どの口が言ってるのさ、クソガキめ! 少しばかり遊んでやろうと思ったがもうヤメだ。今すぐに死ね!」
余程腹に据えかねたのか、先程までの余裕の表情は影を潜め、憤怒の色が顔を覗かせている。
それを感じ取ったノエルは、ここぞとばかりに煽ってみせる。
「いいさ……あんたの手の内は大体分かったしな。だが本当に良いんだな?」
「あん? 何が言いたい?」
「アンタ、確実に死ぬぞ?」
「アハハハハッ……。言うじゃないか……」
ミルファの眼の色が更に変わる。
出来れば怒りで我を忘れてくれるとありがたい。
「あーあっ。可哀想になぁ……。行き遅れが生き遅れになっちゃうね!」
ニカッと、笑ったノエルは瞬時に風魔法を発動し、辺りに散らばる麻袋を巻き上げると、ミルファに向かって小麦粉を吹き付ける。
「死ね……」
呟いたミルファに余裕は無い。
そこにあるのは狂気にも似た殺意のみ。
瞬時に発動した氷槍を最速で撃ち出す。
その数29。ミルファが一度に構築できる魔法の限界数だった。
ノエル目掛けて高速で放たれた氷槍は、宙を舞う麻袋をズタズタに穿ちながら轟音をと共に着弾する。
――ズゴゴギャッゴゴゴンッ!
終わった。
あれほどの速度であれだけの数の氷槍を交わせるはずがない。
「ムカつくガキだ……」
呟いたミルファが視界を覆う白い粉を吹き返そうと魔力を練った瞬間――。
眼前に黒い影が浮かび上がる。
「――ッ!」
予め魔力を練り上げていたのが功を奏したのか、即座に土壁を発動する。
――フォンンッ
風を切り裂くような音。
その音はどういう原理か、土壁をスルリと抜けてミルファに襲いかかった。
――それは、べと付く様な悪意の色。漆黒。
ミルファがこの世で最後に眼にした色だった。
――ガシャ
魔力を使い切り、重さを取り戻した大鎌が木張りの床を鳴らす。
術者を失いボロボロと崩れていく土壁を一瞥すると、大鎌を仕舞い込み、代わりに短槍を取り出した。
見下ろすと倒れたミルファは、眼を見開いたままピクリとも動かない。
おそらく事切れているのだろう、が。
念には念をと、ノエルはミルファの喉元を槍の穂先で貫いた。
「ふぅ……。ようやく終わったな……」
「カラス君……あなた……」
「――ッ!」
聞き覚えのある声に振り向くと、そこには恐ろしいものでも見るような眼でノエルを見つめるメイが立ち尽くしていた。
(まいったな、今のを見られたのは不味かったかな?)
横たわった女性に槍を突き立てる子供。
このままでは後の逃走時に支障をきたすかもしれない。
どうしたものかと困り顔で頭を掻くノエル。
その時、ふわりと何やら甘い匂いが鼻腔をなでる。
「ごめんなさい……。貴方のような小さな子に、こんな辛い思いをさせてしまって……」
悲痛な面持ちでノエルを抱きしめるメイ。
ノエルはそんなメイの予想外の反応に、なすがままに固まっていた。
(ま、丸く収まった……のかな?)
――トクンッ!
「はは、大丈夫だよメイさん。戦ったのは俺じゃなくて傭兵のおっちゃん達だから。まぁ、結果はあれだったけど……」
俯き眼を伏せるノエル。
『実は俺が吹っ飛ばしたんだぜ!』なんて言えるはずがない。
絶対引かれる。寧ろ褒められたらビビる。
眼を伏せ、人知れず頬をひきつらせるノエルをメイはまたも力強く抱きしめる。
「違うわ。貴方の所為なんかじゃない。カラス君は本当によく頑張ったわ。私の方こそいざと言う時に、力になれなくて本当にごめんなさい……」
(あ、あれ? 何でこうなった?)
どうやらメイは天然らしい。助かった……。
………………。
…………。
……。
パチンッと手にした手綱をしならせるように鳴らす。
幸運な事に二頭立ての幌馬車が二台も手には入ったのだ。
それぞれに子供達を乗せ、一台をメイが、もう一台をノエルが手綱を握って大急ぎでその場を後に逃げ出した。
現在地からリーリア王国までどれ程の距離があるのかは分からないが、取り敢えず東へ向けて逃走を続けている。
因みに連中の食料庫から使えそうな物を根刮ぎ奪ってきたため、道中餓えに脅える心配もない。
移動手段、食料、共に準備万端。
どうにかなりそうだ。
先を行くメイの馬車を追いかけながら、ノエルは今回の一連の騒動について考えていた。
結局の所、子供達をさらった理由が分からずじまいなのだ。
それにあの
彼らは本当に悪魔崇拝者なのだろうか?
ノエルには彼等が魔導の深淵を覗き見るなどと言うイカレた連中には見えなかった。
どう見ても盗賊、もしくはシュタール等と同じ傭兵に見えた。
何しろ全員が皆一様に短気な脳筋だったのだ。
とてもではないが魔を極めんとする学者肌ではないだろう。
――ならば結局彼らは何者だったのだろうか?
考えれば考えるほどノエルは頭を抱えたくなる。
恐らく、まだ終わっていない。
根拠はないが、妙に確信めいた予感があった。
このまま何事もなく子供達を連れて国境越えを果たせるだろか?
いざと言う時、全員を護ることが出来なければどうする?
今度は自分だけ逃げ出すのか?
出来るのか? そんな事が……。
「はぁ……。気が重い……」
振り返ると馬車の荷台で脅えたように膝を抱えている子供達がノエルを見つめている。
ノエルはそんな子供達へ向けて『怖くないよ~。優しいお兄さんだよ~』などと万感の想いを乗せてニコリと微笑むと、子供達は『ひぃぃ』と悲鳴混じりに顔を伏せた。
色々と気苦労の絶えない7歳児である。
しょんぼりと、溜め息混じりに見上げた空は、いよいよ日も沈みかけ、茜色に染まり始めていた。
――今夜は長い夜になりそうだ――
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