64話:聖なる鐘騎士団

「おいおいおい……、一体全体どういう事だ?」


 全身にプレートの鎧を着込んだ口髭の男は、兜を外してやや薄くなった髪をかきあげる。

 後ろには男とお揃いのプレートに身を包んだ者達が整列しており、その様はおよそ盗賊や人攫いとは思えぬ整然とした練度が見て取れる。


 そう、彼等は騎士。

 口髭の男の名は、トード。 

 ディーゼル辺境泊の抱える騎士団の団長を務めている。

 彼は自身が仕えているディーゼル家の攫われた嫡子、ヘインズの奪還作戦の為、この地を訪れていた。


 しかしいざたどり着いてみればどういう訳か敵は全滅。

 しかも当の子供達の姿はおろか、生存者の一人も見あたらないのだ。


「サンド、お前はこの状況をどう見る?」


 トードが振り返ると、一人の騎士が兜を外し一歩前にでると、仰々しく足を鳴らして背筋を伸ばす。


「はっ、恐らくは何者かの襲撃を受けたのでは無いでしょうか。もしかすると他国の騎士団による奪還作戦かもしれません」


 答えたのは副団長を勤める男。名をサンド。

 茶髪蒼眼の整った顔立ちをしており、年齢はつい最近30歳を迎えたばかりだ。


 もうじき50を迎えようとしているトードとしては、次期団長を育てんと何かにつけてサンドを矢面に立たせていたのだが、このサンドと言う男、どうにも融通の利かない石頭で臨機応変が利かない欠点を持っていた。


 トード曰く、腕も人望も心根もあるが、汚れを嫌いすぎるのが玉に瑕、と。


「ふむ、まぁそんな所だろうな。内部を調べさせろ、手がかり一つ見落とすなよ?」


「はっ! 了解しました!」


 ビシッと、礼をするとサンドは部下を率いて洞窟内への進入していく。

 トードはそんなサンドを見送りながら心の中で一人ごちる。


 『このままだと、部下達は苦労しそうだな、と』

 


――ガサッ……。


「なんだ? 誰かいるのか?」


 折り重なる様に倒れ伏せた遺体の下から、助けを求めるように何者かの手が伸びる。

 もはや言葉もでないのか、掠れるような息使いだけが微かに聞こえてくる。


「おい、生存者がいるぞ! 引っ張り出せ、死なせるなよ」


 トードの指示を受けた騎士達により助け出されたその男は、息をしているのが不思議なほどの怪我と火傷を負っていた。


 トードは、辺りに死体が散乱する中、身動ぎすら出来ずに辛うじて命を繋ぐ男を見下ろすと、いつもの穏和な顔から表情が消え失せ、冷たい陶器の様な雰囲気へと変貌する。


 腹部には木切れが突き刺さり、顔の右半分は焼けただれ、右目も色を失い白濁としている。

 そう長くは保たないだろう。


「団長、どうしますか? このままでは話を聞けるとは思いませんが、治療しますか?」


「ふむ、名を聞いて答えられたら治療してやれ。話を聞きたい」


 トードの指示に、いつの間にか傍らに立っていたサンドが不思議そうな顔をする。


「なぜ名前を?」


「ん? おぉ、サンドか、何か手がかりは見つかったか?」


「いえ、残念ながら。倉庫の中身は全て持ち出されているようです。ただ、執務室と思われる部屋だけはまったく荒らされた形跡がありませんでした。今、部下に調べさせていますが……」


「そうか……。あぁ、なぜ名を聞いたのか、だったな?」


「はい」


「あれだけの手傷を負った者は、よほど生きる意志がなければ助からんだろう。せめて名乗れる程度の気概がなければ物資の無駄使いだからな」


「なるほど、勉強になります」


 大袈裟に頷くサンドに苦笑いしつつ死にかけている男へ振り向くと、指示を出した部下がいそいそと治療を始めていた。


――男はどうやら名乗ったらしい。


 例え生き延びたとしても待っているのは拷問と言う名の生き地獄だというのに、バカな男だ……。


「名乗ったのか?」


「はい――」

 

 

 

 

 

 

――ラング・・・、だそうです――



 

 

◇――――――――――――◇





「ふわぁぁぁ……」

 と、盛大な欠伸を一つ。


 洞窟から逃げ出して以来、夕餉の時間に一度停車してからと言うもの夜通し掛けて走り続けている。

 追っ手がいないとも限らないのだ、出来うる限り距離を稼ぎたいところ。

 とは言え、馬車を引く馬にも流石に疲れが見えてきた。

 今夜は野宿せざるを得ないだろう。


「うぅぅぅ、ひーまーだーよー」


 操車席で手綱を握るノエルの膝の上に、うつ伏せに寝ころんで手足をバタつかせる少女。

 腰元まである美しいプラチナブロンドに蒼い瞳の妖精のような面持ち。

 そんな少女が、まるで子猫のように膝の上で駄々をコネている。


 殆ど休み無しでの移動に、馬車の中で座っているだけの子供達も些か暇を持て余しているのだろう。


 この、ノエルに構ってと抗議のバタバタアピールを繰り返す少女の名はアリス。

 リーリア王国の国境領を自治する大貴族、ランスロット公爵家の長女にして嫡子である。


 なぜか昨晩の食事時にノエルに懐いてしまったアリスがそれ以来そばを離れようとしない為、仕方なしにノエルが相手をする羽目になったのだ。

 

 とは言え、こうしてアリスが親しげに接してくるお陰で、他の子供達のノエルに対する警戒心は見る間に下がっていった。

 それを感じたノエルは、当初なぜメイは護衛対象であるアリスを自分の手元からノエルへ預けたのか、ここに来て漸く理解するに至った。


 それもあって、少々面倒ながらも子供達の相手を続けている。


「ねぇねぇ、またお歌うたってぇ」


「歌かぁ……。今度は何を歌おうかなぉ」


 子供というのは一度懐いてしまうと現金なもので、まったく遠慮と言うものが無くなるようだ。

 振り返ると、他の子供達も楽しげな笑顔で見つめている。

 本当につい昨晩までビクビクと脅えていたのが嘘のようにグイグイ甘えてくるのだ。


 そう言えばと、ノエルは前世で保母をしていた友人から聞かされたことを思い返していた。


『子供って言うのは、何をするときも何時だって全力なの。だから手を抜くと直ぐにバレちゃうよのね。あなたも何時か自分の子供が出来たら手を抜いちゃだめよ?』


(確かにお前の言うとおりだったよ……)


 思い返し、苦笑いしつつもアリスの頭を幾度か撫でると、ノエルは大声で歌い始めた。

 童謡に子供向けのアニメソングなど、思いついた歌を次から次へと歌って聞かせていく。


 すると、前を行く馬車の荷台にいる子供達も、何やらノエル達の楽しげな様子に興味を引かれたのか、身を乗り出すようにして伺い始める。

 その後も歌詞を教えながらの大合唱は続き、日も傾きかけた頃、漸くメイが馬車の速度を落とし始めた。


 どうやら今夜はここで野宿の様だ。


「はーい、お歌はここまでぇ。今から馬車を止めるから皆ちゃんと座っててねぇ」


「「「はーい」」」




………………。

…………。

……。




「メイさん、寝床の用意が出来ました。先に休んでください」


 食事を済ませ子供達を寝かしつけた後、片付けをしていたメイに話しかける。

 馬車と馬で四方を囲う様にして中央に寝床を設置したのだ。

 いざと言う時に逃げ場はないが、元より子供達を連れて走って逃げることなど出来るはずもないので、あくまで防衛のための配置を考えてのことだ。


「私はまだ大丈夫よ。それよりカラス君こそ休んで、ね?」


「いえ、たぶん俺一度寝たら起きれそうにないから、メイさんの方が先に休んでください。……それと……」


「ん? どうしたの?」

 

 言いずらそうに口ごもるノエルにメイが聞き返す。


「すいません、カラスは偽名で、俺本当はノエルって言います」


「ふふ、いいわ。カラス君、じゃなくてノエル君の気持ちは分かるもの。相手に悪い魔法使いると分かれば、同じ魔法使いなら簡単に真名マナは名乗れないものね」


「はい……すいません」


「そんなに気にしないで。それじぁ、お言葉に甘えてお先に休ませて貰おうかしら」


「はい、是非そうしてくだ……。――ッ!」


 言い掛けて慌てた様に振り返るノエル。

 地を駆ける幾つもの足音をその耳の端で捉えたのだ。


「何? どうしたの?」


「何かくる!」


 ノエルは迫り来る足音の方角へ躍り出ると、弓を取り出し矢を番える。


 魔力を両の眼へと注ぎ耳を澄ませて遠くを見ると、月明かりに照らされた何かが確かに向かってきているのがわかる。


――多い……、流石に護りきれないかもしれない……。


 最悪の展開が頭を過ぎり、悲痛に顔が歪んでいく。

 と、その時――。


「おーい! おーい! こっちよー、子供達は皆無事よー!」


 両掌を口元に当ててメイが大声を張り上げる。

 

「ちょっ、メイさん何してるんですか?」


 慌てたように詰め寄るノエルを押しとどめ、メイは落ち着かせんと、そっと頭に手を置いた。


「大丈夫よノエル君。あれは味方、ランスロット公爵家が誇る聖なる鐘騎士団よ!」

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