65話:百年都市
総勢120名もの騎士団の精鋭に護衛されながらの馬車移動は中々に快適なものだった。
あの夜メイが言ったとおり彼等はランスロット公爵家に仕える聖なる鐘騎士団で、アリス奪還作戦の任を受け進軍中の最中、偶然ノエル達を見つけたらしい。
らしいと言うのは、ノエルが彼等の言い分に僅かながらも違和感を覚えたからだ。
そもそもの話、この広大な平原で日の光すら無い中、ノエル達の居る場所に偶然通りかかるなどと言うことがあるのだろうか?
息を吐く暇もない程に、次から次へと厄介ごとに巻き込まれ続けた身としては、偶然だの奇跡などというものに縋る気には到底なれそうにないノエルだった。
「フェアリー・ベル?」
「そう、良い町よ。住民は皆やさしい人ばかりだし、犯罪も滅多に起きないわ。それに町にはスラムだって無いのよ」
自慢げに話すメイを見て、ノエルは当たりを引いたようだと安堵する。
しかし聞けばかなりの大きさの城塞都市らしいが、本当にスラムが無いのだろうか?
どんなに裕福な国でも貧困層は少なからず存在すると思うのだが……。
(領主がよほど優秀なのか、それとも何か別の理由があるのか……。行ってみなければ分からんが、気を許す気にはなれそうにないな)
ガタガタと揺れる馬車の中で、ノエルはこれから向かう町の話を聞いていた。
それぞれの馬車の手綱は、すでに騎士団が握っている。
そうなれば向かう先にノエルの意志が乗ることはなく、かと言って今更一人で別行動も許されないだろう。
となれば、出来ることは不測の事態に備えての情報収集ぐらいしかなかった。
保護された当初、メイから詳しい事のあらましを聞いた彼等は、ノエルを一人呼びつけると、かなり厳しい尋問を行った。
それでも暴力や拷問の類ではなく、あくまで厳しい言葉での追求にとどまっていた所をみると、彼らなりに手加減はしたのだろう。
とは言え奇異の目に晒されるのは間違いない。
そう思うと気が重くなるのも無理からぬ事だった。
「ほら見えてきたわよ。ノエル君、こっちに来てご覧なさい」
操車席の方へ身を乗り出したメイが手招きをする。
ノエルは一瞬身じろぐが思いとどまるように肩を竦めるとぽりぽりと困り顔でこめかみを掻く。
「あらあら、本当に懐かれちゃったわね」
見るとノエルの足を抱き枕にして、アリスが小さな寝息をたてている。
二人してそんな微笑ましいアリスの寝顔を眺めていると、不意に手綱を握る騎士から声が掛かる。
「メイさん、そろそろ到着します。下車の準備をお願いします」
「はい、分かりました。あの……、ノエル君は、この後どうなるんですか?」
「あぁ、あの少年ですか。彼には一時的に教会で保護して貰うことになるでしょう。子供とは言え、魔法使いを何の制約もなくランスロット様の元へお連れする訳にはいきませんから。ご理解ください」
「そんな! この子はアリス様の命の恩人なのよ? どうにかならないの?」
「すいません、ご理解ください……」
「そう……」
申し訳なさそうに振り返るメイに、ノエルは手を上げて応える。
「気にしないで、俺なら大丈夫だから。『怪しい者め!』とか言って、いきなり牢屋送りになるよりはましさ」
「すまないな少年……」
「ノエル君……」
「いやいや本当に気にしないで、ねっ?」
この世界において魔法は最大の兵器である。
その為、魔法使いは自身が邪悪でない事を証明しはなくてはならない。
その方法が古代語を用いた言霊による制約だ。
ノエルの様に、主を持たないある種もぐりの魔法使いは、通常軽めの制約を立ててその身の潔白の証とするのだ。
が、ノエルは未だ制約を立てていない為、何するか分からない危険な魔法使いの扱いを受けることになる。
因みに貴族や騎士などは、かなりハッキリとした制約を立てる事が多くまた、よりきつい制約を立てた者ほど王家や主からの信頼が高くなることは想像に容易い。
故に先の騎士としては、未だ制約を立てていないノエルを自身の主の元へ連れて行かないと言う判断は当たり前の事と言える。
「後から私も様子を見に行くから心配しないでね」
「うん、ありが「ふわぁぁ……」」
大きな欠伸と共に身を起こしたアリスが愚図る様に身を捩る。
そんなアリスを、ノエルはあやす様に抱き抱えるとメイへと預けて操車席へと顔を除かせた。
「凄い……。城塞都市とは聞いていたけど、これほどの規模とは想像もしてなかった……」
高さにして凡そ20mもあろうかと言う巨大な石造りの壁が、見渡す限り地平線まで延びている。
これ程の物を作り上げるのに、いったいどれほどの労力を有したのか、想像すらできない。
(何があっても領主とは敵対しないようにしよう……)
只只圧倒的な力の象徴を目の当たりにし、ノエルは一人、心の中で呟いた。
「ふふ、凄いでしょ? 王都に勝るとも劣らない百年都市よ」
「百年都市?」
「そう、町を囲う壁を建てるだけで百年は掛かると言われる、大きな規模の城塞都市の事よ」
「なるほど、百年……。凄いね……」
………………。
…………。
……。
町へと続く大きな門。
そこには長蛇の列が伸び、大勢の人々が列を成して順番を待っている。
家族連れでもいたのか楽しげに走り回る子供達の姿もあり、中には酒盛りをする男達や露店を開く商人など、思い思いに待ち時間を過ごす人々の姿が見て取れた。
そんな彼らを尻目に、ノエル達の乗った馬車は正門らしき門からやや離れた場所に位置する小さめの門への進んでいく。
恐らくは、貴族専用の入り口でもあるのだろう。
「ノンたんはアリスのお家に来ないの?」
ノエルが騎士と門番とのやり取りを横目に、壮大な景色に感嘆としていると、メイの膝の上にちょこんと腰掛けたアリスが不思議そうに首を捻る。
メイに何か言われでもしたのだろう。
「うん、俺はしばらくの間、教会で寝泊まりさせて貰うことになったから。残念ながらアリス様とはここでお別れかな」
「やー! ノンたんも一緒にアリスのお家に行くのー」
案の定手足をバタバタとさせて駄々をこねるアリス。
見るとメイも予想していたのか苦笑いをしていた。
「アリス様、我が儘をいってはいけません。ノエル君にはノエル君の事情もあるんですから」
「やー! やーなのー!」
「はははっ、一緒には行けなくてもそのうち遊びにいきますから、ね?」
「ほんとう?」
「はい! 御領主様のお許しが出れば、てすが」
言うと、アリスを宥めていたメイがノエルへと口を開く。
「それは大丈夫だと思うわ。私の方からもランスロット様にお伝えしておくから」
「メイさんてもしかして偉い人なんですか?」
「んん? どういう意味かしら?」
「いや、さっきもどちらかと言えば騎士様の方がメイさんに気を使っているような気がしたので……」
そうなのだ、そこの所がどうにも腑に落ちない。
いくらメイが魔法使いとは言え、それは騎士も同じ事。
しかも彼らは剣も魔法も扱える騎士の中でも精鋭なのだ。
「さぁ、どうなのかしらね?」
と、ウインクするメイ。
何か事情がありそうだと察するが、あまり突っ込んで聞き返さない方が良さそうだと、笑って誤魔化すノエル。
信用も信頼も足りない間柄で、無理に突っ込んだ話をするのは不信感を与えかねない。
気にはなるが、今は流しておくのが最善だろう。
未だゴネるアリスを宥めていると、入門の手続きが終わったのか騎士が顔をだす。
「君、確かノエル君だったかな? 悪いけどここからは君は別の者の案内で教会へ向かって貰う事になるから」
「はい、わかりました。それじゃ、メイさん、アリス様、お世話になりました」
泣き叫ぶアリスを背に、そそくさと馬車を降りると案内役と思しき門番の後をついて行く。
この日より、城塞都市フェアリー・ベルでの新たなノエルの日常が始まろうとしていた。
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