60話:それぞれの思惑
睨み合いの中、ノエルの放った一言が遂に男の逆鱗に触れる。
男は右手の剣を振り上げると、飛び込みざまにノエルの脳天へと力一杯振り下ろす。
「死ねぇ糞ガキ!」
相手は子供だと舐めてかかっていたのか、男の動きには速度もなければ切れもない。
どうやら身体強化すら使っていないようだ。
振り下ろされた刃を身体を捻るように交わすと、その切っ先はノエルの鼻先を掠めるように通り過ぎていく。
(下っ端がどの程度の力量なのか計らせてもらうとしよう)
当初、断末魔すら上げさせずに対処する予定であったが、出来る限り相手の持つ力を引き出す方向へと作戦が移行する。
上位の実力を持つミルファと目の前の男。
二人の力量を計ることで、連中の戦力を推し量れるかも知れない。
ヒラリと先制攻撃を交わされた男は、今度はなき払うようにノエルの首元へと切り払う。
ノエルはそれを屈んで交わすと、切り落とされた黒髪がハラリと宙を舞う。
振り下ろし、切り払い、突き出し、切り上げる。
息をする間もなく続く男の連戟。
しかしノエルはその
それはやがて振り回される刃から、ノエルまでの距離を徐々に10cm、5cm、3cm、1cmと縮めていく。
その後も最小限の動きで交わされ続ける剣閃に、男の瞳から焦りの色が浮かび上がり始めた頃。
――その程度か?
ニタニタと笑みを浮かべながら男を見つめるノエル。
その瞳から流石の男も自身へ向けられた落胆の色を感じ取っいた。
落胆の眼差しは、憐憫のそれとよく似ている。
ただの子供だと、僅かながらも手を抜いていた男から殺気混じりの魔力が立ち上る。
――何かくる!
瞬時にそう判断したノエルは力一杯地を蹴ると、仰け反るように一足跳びに距離をとる。
睨み付ける様に見ると、男の表情からは最早当初の余裕は感じられない。
寧ろその様子から垣間見えるのは、命を
――この目をした奴は何をするか分からない。
ノエルの脳裏に蘇るのは、炎に身を焦がしながらその命ごと刃に替えて燃え尽きた
二度、三度のと小さくステップを踏むとボソリと呟くように呪文を唱える。
「インベントリ」
いまだ男の一挙手一投足を観察するように見つめながら、取り出した短槍の穂先を上に、石突きを下にして地に立てる。
――無構え。
脱力したその姿は、敵意があるのかすら朧気な独特の立ち姿。
その様から何やら薄ら寒いものを感じ、男にほんの一瞬わずかな動揺が生まれる。
「どうした、何かあるんだろ? 見せてみろよ……」
煽るように口にしたノエルの言葉が、男の中に生じた心の緩みを瞬時に正す。
「ひゅぅ」
短く息を吐くと、ここに来て初めて男は構えらしい構えをとって見せた。
それは低く腰を落とし、右手の剣を弓を引くように耳の横に突きの姿勢で構えると、対する左掌をノエルへ向けて突き出す半身の構え。
およそ実践向きとは思えない奇妙な構え。
それこそアクション映画でよく見る見栄え重視の
本当にこんな物に意味が有るのだろうか?
それとも只の
――いや、違うな……意味がある筈だ。
ここは生死の境目。
生き死にの境界線上で、虚仮威しなどするはずがない。
ましてや、あの様な目をした男が……。
互いに対照的な構えを取った二人の距離は大凡6m弱、いくら剣を持っているとは言え、手を伸ばした程度で届く距離ではない。
(突きと見せかけて魔法を使うつもりなのか? 属性魔力の気配は全くないが……。……何だ……何をする気だ?)
――刹那。
男が引いていた右手の剣を、ノエルの眉間目掛けて突き出した。
流石にこの距離は届かない。
そう思った矢先――男の放った剣の切っ先がノエル目掛けて飛んでくる。
奇妙な構えと揶揄したそれは、突きではなく投擲の構えだったのだ。
予想外の男の行動にノエルは一瞬面を食らうものの、なんとか首を傾げる様にして飛んできた剣を回避する。
と、思ったのも束の間、いつの間にか一瞬にしてノエルに接近した男は、自らが放った剣を握り直すと、勢いもそのままに袈裟切りに振り下ろした。
「――ッ!」
咄嗟の事に反応の遅れたノエルは、仰け反るように仰向けに倒れ込みながら交わすと、堅い岩盤の地面に強かに背中を打ち付ける。
「がっ、いってぇ……」
ノエルはしばしの間、ゴロゴロとのた打ち回るように転げると、痛みをかみ殺す様に渋い顔で立ち上がる。
「くっそぉ……、完全に油断したわ」
立ち上がり、少々涙目で背中をさするノエルの背後からシュタールの声が掛かる。
「おい坊主、無事か?」
「あぁ、まぁね。心配してくれてあんがとよ」
「そうか、まぁ無事ならそれでいい」
シュタールはいささかバツが悪そうに顔を
それもその筈、この一連の戦闘行為はシュタール達傭兵団の課したノエルへの要求だったのだ。
ノエルの事を疑い続けていたラング曰く、ノエルは間者で、自分達が暴れるかどうかを監視していたのではないか、と。
彼らからしてみれば、攫われる寸前に現れたノエルはその言動も相まって余程疑わしく見えていたのだろう。
しかしながら、その疑いを掛けられた当人が、こうも容赦なく看守二人を惨殺する様を見せつけられては返す言葉も見あたらない。
「しっかしまぁ、お前よく生きてたな。今のは流石に死んだかと思ったぞ」
「あぁ、確かにあれはビビった。だけどあんな戦い方もあるんだな……。良い勉強になったよ、死にかけたけど」
「そうか、だが俺に言わせれば、お前の方が驚きなんたがな……。なぁ坊主、お前は狙ってこれをやったのか?」
いささか無様な格好を見られて、コリコリと照れ隠しに頭を掻くノエルに、シュタールは親指を立ててクイッと死んだ男を指し示す。
「ん、まぁ、一応そうかな……」
そう口ごもった視線の先にあったのは、先ほどの男。
短髪の看守の死体。
喉元から突き入れられた槍の穂先が後頭部から突き出し、つっかえ棒の様に男を支え、正座したまま事切れている。
先の男の一撃の際、倒れ様に槍の石突きを蹴り上げてその喉元を貫いたのだ。
咄嗟にとった行動がこうも綺麗に決まるとは、流石のノエルも予想外だった。
まぁ、その所為で受け身を取り損ね、ひどく背中をたたきつけられる羽目になったのだが……。
ともあれ。
「これで文句はないよな?」
「あぁ、勿論だ。お前もこれでもうお終いにしろ。分かったな? ラング」
「あぁ、確かにコイツは間者じゃなかった。こんな物を見せられれば是非もねぇ」
――だが……。
死んだ男の遺体を睨み付けながら、忌々しそうに吐き捨てたラングは視線をノエルへと向ける。
「だが俺にはお前が、ガキの形をした老獪な化け物に見えるぜ。一体お前は何者だ?」
「ラング! いい加減にしねぇか! 時間がねぇんだぞ?」
「…………」
だだをこねるラングと諭すシュタールの言い合いに、ノエルが仕方なしにと割ってはいる。
「アンタの見た物が全てだよ、ラング。それとも人を疑いすぎて、自分の目すら信じられなくなったのか?」
「チッ! 行くぜ、時間がないんだろ?」
言うとすぐさま
ノエルはその後ろ姿を眺めながら、『心にもないことを』と、心の中でごちた。
恐らくラングのそれは、ノエルを苛つかせ揺さぶるための演技なのだ。
そもそも本当に身の危険を感じているのなら、とっとと始末すれば良いだけの話しなのだ。
それなのに、ご丁寧に何度もノエルの
現に、ノエルが彼らの立場ならとっくに手を下していたであろう筈なのだから……。
(悪いな、作戦を変更するつもりは無いんだわ)
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