77話:小さな紳士
時刻は正午を過ぎて午後三時の鐘が鳴った頃。
ノエル達四人は、こぢんまりとしたカフェに来ていた。
地下水路を出てからと言うもの、ノエルは三人からの質問責めに合っていた。
後で説明すると言った手前、無視する訳にもいかないと出来る限り掻い摘まんで説明していく。
無論、中には言えない事もある。
終始セバールの足元で気を失っていたキンドーの事や、秘密基地だと思っていた場所が、本当はダンジョンだった事だ。
キンドーに関しては、ホームレスが生き倒れただけだと言ってある。
が、ダンジョンについては黙っておくことにした。
好奇心旺盛な彼らのことだ。
もしその事を話せば、きっと冒険に出かけてしまうだろう。
せめて事の真相が分かるまでは、子供達をあの場所へは近付けたくはない、ノエルだった。
「約束通りにおごってやったんだから、しばらくの間はあの場所へは近付くなよ?」
「分かってるって。アニキ、俺はこう見えても約束は守る男なんだぜ? あっ、おねぇさーん、ショートケーキあと二つ頂戴!」
「おいおい、そんなに食えるのか? また食い倒れたりしないだろうな? 頼むぜ、マジで……」
三人は口元をクリーム塗れにしながらケーキを頬張っている。
この世界の砂糖は、他のライトノベルの御多分に漏れず値段が高い。
その為か、孤児と言う立場で高価なお菓子を食べる機会のない三人は、ここぞとばかりに詰め込んでいるのだろう。
話しかけても頷くばかりで口も利きやしない。
ノエルはメニューを開き、ショートケーキの値段を見て溜め息を吐く。
――本当に子供って奴は、手加減ってものをしらないから困る。
◇――――――――◇
散々飲み食いされたお陰で、結局金貨一枚も使わされてしまった。
このまま街をぶらついていたら、その後いくら支払わされるか分かったものではない。
子供達の次なる物欲に火がつく前に、教会へ帰ることにした。
道中、散歩中の犬を見ては撫で回し、猫を見ては追いかけ回し、実演販売の前で立ち止まり、大道芸人に手を叩く。
ノエルはそんな彼等をなんとか促し教会付近まで来ると、入り口に停車している馬車を見て足を止めた。
それは街中でよく見かけるような無垢の木材を使ったものとは違い、濃い茶色に塗装され美しい彫刻まで施された箱馬車。
おそらく貴族か大商人でも教会に祈りを捧げに来ているのだろう。
「みんな、裏から回って帰ろうか」
「え? 何でだ?」
「彼処に止まっている馬車、あれはどう見ても貴族のものだ。いいか? 身分差ってのは、皆が考えている以上に大きなものなんだ。ちょっと遠回りするだけで関わらずに済むのなら、そうした方がいい。分かるか?」
言われて首を傾げるダンの横でフランは大袈裟に頷く。
「そうよ、身分差は大きいのよ! 覚えておきなさい?」
「おぉぉ……、すげーな、フランはアニキの言ったことが分かったのか」
「ふんっ、当然ね。初めから知ってたわ!」
「「おぉぉ……」」
手を叩いてフランを褒め称えるダンとコリン。
ノエルはそんな三人のやり取りにポリポリと頬を掻く。
「よし、じぁ行くぞ」
「おう、分かったぜ」
「勿論よ!」
「はーい」
三人を連れて教会の裏手へと回る。
と、そこへ先程の馬車が、ノエル達を追いかけるように走ってきた。
轢かれては堪らないと、四人は慌てて道を空ける。
すると馬車はどう言うわけか四人の行く手を遮るようにして停車した。
「もう……、せっかく待ってたのに、違う方に歩いて行っちゃうからビックリしたわ。まさかっ、私ってノエル君に嫌われてないわよね?」
そう言って停車した馬車から顔を覗かせたのは、メイド服に身を包んだ女性。メイだった――。
どうやら豪華な箱馬車は、ノエルにとっての次なる厄介事を運んで来たようだ。
◇――――――――◇
「お久しぶりね、ノエル君。元気だった?」
「久し振りって、メイさんまだ一日しか経ってませんよ?」
一緒に行くと言ってきかない子供達を、なんとか宥めて孤児院へ送り出し、ノエルはメイと共に馬車で領主邸へ向かっていた。
今朝方、ノエルが無事に言霊証明を取ったことが伝わった為、晴れて領主であるランスロット公爵への拝謁が許可されたとのこと。
別に拝謁を申し入れた訳じゃないし、むしろあまり会いたくもないのだが、来いと言われれば行かない訳にもいかない。
下手に目を付けられれば、それこそ事が大きくなりかねない。
ダンにも言った通り、この世界の身分差はえげつない程に大きい。
それこそ無礼討ちが許されるぐらいには。
まぁ身軽な身としては、最悪他国へ逃げることも出来るが、それはあくまで最終手段に取っておきたいところだ。
「ところで他の子供達は元気ですか?」
「えぇ、みんな元気にやってるわよ。ノエル君のおかげで全員無傷で保護されたから。それに親御さん達も皆、ノエル君にお礼がしたいって言ってたわよ?」
「親御さんて、全員貴族ですよね? なんだか怖いですね……」
「ふふふっ、そんなに心配しなくても大丈夫よ。何かあってもランスロット様が守ってくださるわ。ただし……、ノエル君の師匠の事は黙っていること。良いわね?」
「はい……」
今朝の事がもうメイにも伝わっているらしい。
おそらくランスロット公爵が自分を呼びつけたのは、この事が原因なのだろう。
ノエルは、行った先で自分に何が待ち受けているのか想像しては、遠い目で馬車の外を眺めていた。
………………。
…………。
……。
「さっ、着いたわよ。降りておりて」
「え? ここですか?」
ノエルは促されるままに馬車から降りると、驚いたように声をあげる。
てっきり大きなお屋敷に連れて行かれると思っていたが、どうやら違うらしい。
別邸だろうか?
「まずはここで、おめかししていくのよ。ささっ、行ったいった」
「ちょ、おめかしってどういう事ですか? メイさん、ちょっ……」
グイグイと背中を押され、連れて行かれた先は、見るからに高級そうな衣服が並ぶ
何事かとメイの顔を伺うと、さもイタズラが成功した子供のようにニコリと微笑んだ。
「実はね、今夜は他国の貴族の方々を招いて、お屋敷でパーティーが開かれるの。因みに主賓はノエル君よ?」
言ってウインクをして見せるメイに、ノエルは思わず目を見開いた。
「えええええっ!」
ゴネまくっては見たものの、結局ノエルの立場では断る事にもいかず、なすがままにあれやこれやと試着させられていく。
白と水色のストライプのタキシード。全身真っ赤な燕尾服に、キラキラとなにやらラメの入ったモーニングコート等々、もしかするとメイは壊滅的にセンスが悪いのかもしれない。
このままメイに任せていては、礼装どころか変装。
それこそ
そう恐れたノエルは、ニコニコと手揉みする店員にこっそりと耳打ちする。
店で一番地味で無難なものを一着、用意して欲しいと……。
そうこうしている間に、またもや奇抜な衣装を両手に抱えて戻ってきたメイを押しとどめ、店員が用意した黒いオーソドックスなタキシードへと袖を通す。
――素晴らしい。実に無難だ。
「メイさん、俺これが気に入りました。これにします」
と、持ってきた店員にサムズアップ。普通って素晴らしい。
「え? そんな地味なのでいいの? それじゃあ目立てないわよ?」
「いやいや、地味で良いんですよ地味で。そもそも平民の俺が貴族様より目立っちゃマズいですよ」
「そう……、そう言われればそうかもしれないわね。でもっ、せめてコレとコレとコレはもって頂戴」
そう言ってステッキにシルクハット、さらにはモーニングコートを手渡される。
見ると、目立ってはマズいという言葉を考慮したのか、メイにしては些か地味めな色である。
が、シルクハットはまだしも、モーニングコートには袖口と襟元に真っ白な毛皮が付いていて、ステッキに関しては、黒を基調としてはいるもののL字型の取っ手が銀製で、おどろおどろしい髑髏の彫刻までが施されていた。
是が非でも目立たせたいらしい。
とは言え、あれもこれもと否定して、へそを曲げられても困る。
ノエルは、ヒクヒクと顔をひきつらせながらも、促すメイに任せてコートを着て帽子を被った。
――まぁ、向こうへ着いたら脱げばいいだろう……。
「さて、買うべきものも買ったし、そろそろ行きましょうか? あっ、店員さん、お代はランスロット公爵様に付けといて頂戴」
「はい、かしこまりました」
深々と頭を下げる店員の傍らで、手にした髑髏のステッキをじと目で見つめるノエル。
メイはそんなノエルに微笑むと、思いついたように口開いた。
「それじゃぁ行きましょうか? 小さな紳士さん」
言われて顔を上げると、メイの視線の先を見て、思い至ったように扉を押し開く。
「それでは参りましょうか? マドモアゼル」
――ノエルは優雅に手を差し出した。
こうして舞台は次なる戦場、貴族の社交場、伏魔殿へと移行する。
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