78話:領主館
城塞都市フェアリー・ベルの北東に位置する貴族街。
その丁度中心に領主の館は建っている。
それはゴシック様式を用いて設計された、城と呼んでも差し支えのないほどの大きな建築物。
しかしここリーリア王国では、城に住まうことを許されるのは国王とその家族だけと決められていた。
いくら王家の血を引く公爵家と言えど例外ではない。
その為、ランスロット領ではこの城を、
そんな領主館の一室。執務室にて、現当主ディート・フォン・ランスロットは頭を悩ませていた。
各国の要人を招いたパーティーまで時間がない。
早い者は今にでも訪ねて来るだろう、事態は急を要する。
どうすべきかは決まっている。しかし、だからこそ確信が欲しかった。
ややくせっ毛の茶髪をかき上げ眉を顰めると、碧眼の瞳に映る一人の騎士にたずねた。
「ベルンハルト、勘でいい、お前の目にはどう映った?」
「ふむ、そうですな……。一言で言えば、アンバランス……ですかな」
「それはどう言う意味だ?」
「子供とは思えない実力と勘の良さを持ちながら、些か思慮に欠ける言動と行動。更に言えば、子供達の為にその身を危険に晒す様な、自己犠牲とも取れる正義感を持ちながら、その手で人の命を奪った事を意に介した様子もない。それらの行動が子供っぽいと言われれば、確かに彼は子供ではあるのですが……」
「なるほど……アンバランスか……。では言霊証明の際に、勇者殺しの名を出した事はどう思う?」
途端、ベルンハルトは黙り込んでしまう。
これに関してはベルンハルトも考え倦ねていた。
当初、彼はノエルの言霊証明の宣言者として、神の名を勧めるようにブルートに願い出ていた。
それを渋々ながらも承知したブルートは、要請通りノエルへの助言を行った。
が、ノエルはそれを断り別の人間を指定したのだ。
それはいい。ただそれだけなら問題はなかった。
しかしノエルはブルートの、更にはその後ろにいる領主の影を感じ取っていたのではないだろうか。
ベルンハルトには、そう思えてならなかったのだ。
現にノエルは宣言を、フリーの魔法使いとしては破格の厳しい内容にした。
『我が師オンディーヌに恥じることなく生きる事を誓う』と。
人間とは、うつろうものだ。
それはかの英雄であっても、聖職者であっても変わりはしない。
何を是とし、何を非とするかは、その瞬間までは分からないものだ。
そしてそれを、あの聡い少年が気が付いていないとは思えない。
おそらくは分かった上でのメッセージなのだろう。
ベルンハルトと、しいてはその裏にいるであろうディート・フォン・ランスロットへ向けての……。
「恐らく、自分は無害であると証明したかったのではないかと……」
「お前もそう思うか……」
「はい」
「しかし私は寧ろ裏に何かあるのではないかと、危機意識を持ったがな……。そこまで計算できないところが、お前の言った思慮に欠けると言う事か?」
「そう言う事になりますな……」
「ふむ、一応辻褄は合うか……。まぁいい、予定通り後は私の目で見て判断しよう。下がっていいぞ」
「はっ、失礼いた――」
――トントンッ
「入れ」
「お話中失礼いたします。お屋形様、お客様がご到着なされました」
「セバスか、分かった。第二執務室へ通してくれ」
「かしこまりました」
「第二……ですか……」
「あぁ、問題は無いとは思うが、やはり何かが引っかかってな。予定を変更する、人員に関してはお前に一任する。うまくやってくれ」
「はっ、お任せください」
ベルンハルトはディートの洞察力に舌を巻いた。
やはり欲望渦巻く貴族社会で、生き抜いてきただけの事はある。
恐らくは彼も気付いたのだろう。
ノエルからのメッセージに隠されているかもしれないもう一つの意味を……。
………………。
…………。
……。
「なんだか凄い所ですね……」
ノエルは煌びやかな廊下をキョロキョロと見渡す。
窓一つない長い廊下には、足が沈みそうな程の柔らかな紫色の絨毯が敷き詰められている。
壁には等間隔に燭台が並び、魔石を用いた魔道具ではなく蝋燭が使われていた。
メイ曰く、経済的な魔道具を使うよりも、蝋燭を使う方が粋らしい。
「ふふっ、そんなに緊張しなくても大丈夫よ。ほらっ、肩の力を抜いて」
「ぬいてぬいてぇ」
緊張した面持ちでガチガチに固まるノエルの肩を、メイが笑いながらムニムニと揉むと、その傍らではアリスが腕を掴んで振り回す。
そうして漸くノエルはぎこちない笑みを浮かべた。
緊張するなと言う方が無理な話なのだ。
これから始まるのは、駆け引きというなの戦争。
しかも想定外な事に、鉄火場がパーティー会場になってしまった。
そうなればノエルにとっては戦うべき相手がやたら増える事になる。
ここから先は一瞬の気の緩みも許されない。
なにせ相手はノエルとは違い、百戦錬磨の貴族達なのだから。
「ノエル様ですね? 本日はお越しいただき、大変ありがとうございます。私、当館で執事長をしております、セバスと申します」
「はい、ノエルといいます。本日はお招きいただき、ありがとう御座います」
気配もなく突然、現れたのは白髪初老の一人の老人。
見た目には60台前半から半ばと言ったところだろうか。
にも関わらず、その物腰はやけに年のいった老人の様な立ち振る舞いで、ノエルは妙な違和感を覚えた。
「ところでメイ……。少しお客様に対して、馴れ馴れしくはありませんか?」
「し、執事長! い、いやその、これは……」
言われたメイは、途端に背筋を伸ばして直立不動の姿勢になると、視線を辺りにとっち散らかして挙動不審な素振りをみせ始めた。
「問答無用!」
「ひゃっ、ひゃいっ! 申し訳ありませんでしたぁ!」
「ふむ、以後気を付けるように」
………………。
…………。
……。
執事長のセバスに促され、ディート公爵が待つという執務室へと向かう。
道すがら、メイはセバスに叱られたのがよほど堪えたのか、しゅんとした様子でとぼとぼと後ろから付いて来る。
なんとか機嫌を取ろうと、振り返ってニコリと微笑んで見るものの、返って来たのはぎこちなく引きつった笑顔。
先程までと完全に逆転してしまっている。
メイもメイだが、前を行くセバスも大概おかしい。
この人は本当に執事なのだろうか?
後ろから見ていても、まったく隙が見当たらない。
足音一つ立てずに歩き、魔力の気配も完全に殺しきっている。
――これでは執事と言うより暗殺者だ……。
「こちらで御座います」
「え? あ、はい……」
ノエルがセバスの挙動に気を取られている間に、どうやら目的の執務室まで来てしまっていたらしい。
――しくじった……、まったく道順を覚えていない。
なにせ窓一つない廊下の続く館内だ。
せめて自身が歩いてきた道順ぐらいは覚えておかないと、いざという時致命傷になりかねない。
(まいったな……、思ってたより緊張してたらしい。気を引き締め直さないとな)
――トントンッ
「ノエル様をお連れして参りました」
「入れ」
返って来た返事に、ノエルは目端を鋭く尖らせた。
どうやら随分と警戒されているらしい……。
扉一枚隔てていると言うのに、ピリピリとひりつく様な魔力を感じる。
――なるほど、警戒心を隠す気は無いと言うことか……。
まぁいい、お陰で集中力が高まった。
鬼が出るか蛇が出るか――。
まずは第一ラウンド開始と行こうか。
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