157話:救出作戦――その1
ゾッとする程の冷たい瞳。今にも爆発しそうな感情を押し殺すと、猛禽類の如き鋭い視線がセバールへと向けられた。ノエルの頭の中ではドス黒い殺意がとぐろを巻き、同時にコリンを抱きしめる手は優しく慰めるように背中をさすり続けている。
セバールから聞かされた話によれば、その後、シスターと子供達は仮面の男に連れ去られ、コリンだけがその場に残されたと言う。『子供達の生命が欲しければ、ひとりで工業地区にある自宅に来い』ノエルは男の残したメッセージを聞いた瞬間、己の身が引き裂かれるような痛みを感じた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
コリンは未だに泣きじゃくりながら謝罪の言葉を繰り返している。どんなに辛かっただろう、悲しかっただろう、怖かっただろう。理不尽な暴力に晒されて、それを自分せいだとしながらも、たった一人で恐怖に耐えながらここまで辿り着いたコリンに、どう声をかけてやればいいのだろうか?
――野郎……、グシャグシャにひねり潰してやる!
「コリン、よく聞くんだ。お前はなにも悪くない、悪いのは皆を攫って行ったクズどもだ。わかるな?」
「だけど、ボクが約束を破ったから……ひっぐ……だからみんなが……」
ようやくコリンが顔を上げた。すがるような眼差しでノエルを見つめ、これ以上泣くまいと必死で歯を食いしばっている。
「大丈夫だ、俺が必ず助け出す。約束だ、俺を信じろ!」
「アニギィ……」
ノエルは最後にコリンをひと撫ですると、セバールに預けて外へと走り出した。ダンジョンから工業地区まではどんなに急いでも一時間は掛かる。もたもたしている時間はない。
5階層、4階層、3階層――身体強化に加え、風属性も使って速度を上げる。今回はただ勝てばいいという訳にはいかない。なによりも、優先すべきは人質の確保だ。
だから――今は殺意を抑え込む。今は……だ……。拳を握る手に力が入る。悔しいが、自分ひとりでは助けきれない。
――増援が必要だ。
「主様、お待ちください!」
「なんだ? 今は時間がないんだ、手短にしてくれ」
いつの間にか並走するようにチェスターがピッタリと付いてきていた。ノエルは急かすように告げると、すぐさま視線を前へと戻した。
「カリーネ婆からの伝言です。無事に保護したあかつきには、子供達とシスターをダンジョンに連れてきて欲しいとの事です」
「は? 子供達は分かるが、なぜシスターまで?」
「詳しくは知りませんが、そのシスターが鐘護だからではないでしょうか?」
なるほど、理屈はわかった。だがそうなれば、作戦終了までアナベルをダンジョンに軟禁しなくてはならなくなる。ノエルは一瞬言い淀むがすぐに頷いた。考えるのは後回しでいい。とにかく救い出す、話はそれからだ。
「分かった……、それだけか?」
「いえ、最後に長老から――『悪党の犯した罪を、主様が背負ういわれは一つもない』そう伝えておくようにと……」
「……覚えておくよ」
『分かってるさ……』心の中でごちる。かと言って捨て置くわけにはいかない。こればっかりは矜持の問題だ。理不尽な悪意には屈しない、この世界で二度目の生を受けた瞬間に、ノエルは心にそう誓っていた。
だから3人共助け出すし、攫った連中は一人残らず皆殺しにする。絶対に――
「じゃあ行ってくる」
「ご武運を……」
走る速度はそのままに、ノエルは軽く右手を上げて答えると、夜の街へと飛び出して行った。
………………。
…………。
……。
倉庫街から急転し、商店街方面に向かって屋根の上を飛び跳ねる。まずはエリスを拾いに行かなくてはならない。訳を話せば、きっと彼女は手を貸してくれるだろう。残り時間は約二時間半。急げば十分に間に合いそうだ。
「ん? どうした坊主、こんな時間に一人でふらついてたら危ねえぞ。それとも家に何か用か?」
「えぇ、お嬢様はどちらに?」
「あっ! あの時の従者のガキか!」
「どうも、お久しぶりです。と言っても3日ぶりですが……」
リッジ・ファミリーの本拠地。その門を潜ってすぐに数人の男たちに囲まれた。ノエルは面倒だと思いながらも早る気持ちを抑え、彼らの言葉に愛想を付けて答えた。
「そういや聞いたんだが坊主も結構腕が立つらしいじゃねぇか」
「へぇ、こんなちびっこいのに大したもんだ」
感心したように頷く。エリスの話では、彼らはすっかり大人しく言うことを聞くようになったらしい。曰く、生意気な奴は手当たりしだいに調教したと言う。いまさら更生されても困るので、やり過ぎるなとは言っておいたのだが、エリスには無駄だったようだ。
「ほら、あの最近入った新人がいたろ? アイツが坊主にコテンパにされたらしいぜ」
「あぁ、あの生意気なやつか……」
「生意気って……、お前も昔はあんな感じだったぞ」
「言うな、あれは俺の中では忘れたい過去なんだからよぉ」
「「ぶわっはっはっは」」
男たちはノエルそっちのけで雑談を始めた。その様子に流石に業を煮やしたのか、ノエルは声を荒らげた。
「すいませんが、お嬢様に用がありますので失礼します!」
「まぁそう言うなよ。坊主がどれぐらい強えのか、少しばかり見せてくれよ、なぁ?」
ノエルを囲みながらニタリと笑う。嫌な顔だ。エリスにやられた腹いせでもしたいのだろうか? 後先を考えない馬鹿な連中――ノエルはあまりにも短絡的な男たちの態度に呆れ返った。
「どけよオッサン……。二度は言わねぇぞ?」
「そうか……、どうやら目上のモンに対する口の聞き方ってやつを――ぶべっ!」
ノエルの魔力が膨れ上がった瞬間――男たちが一斉に弾き飛ばされた。仰け反るように地面に叩き付けられると、そのまま頭を抱えてのたうち回っている。
至近距離から無防備に、水球の一斉射撃を顔面に受けたのだ。これでしばらくは痛みに悶える事になる筈だ。
「失礼します……」
所詮チンピラはチンピラだった。当たり前の事だが、エリスの言う所の『大人しくなった』は、結局自己保身の演技でしかない。この手の連中に期待してはいけない。時間を掛けるだけ無駄な事なのだ。ノエルは彼らに視線を向けることもなく、そのまま屋敷の中へと足を進めた。
エリスの居所はすぐに分かった。感じ取った魔力の気配が一つだけやけに美しく流れている。間違いなくエリスだ。
「お嬢様、お食事中のところ申し訳ありませんが少しよろしいですか?」
「何ふぁしらぁ?」
モグモグとパスタを頬張っていたエリスが振り返った。ノエルの纏っている雰囲気がいつもと違う。冷たく研ぎ澄まされた魔力をまとっている様は、まるで戦場を闊歩する兵士のそれだ。エリスは慌ててパスタを飲み込むと、途端に真剣な面持ちへと変わる。
「何かあったの?」
「えぇ……、親しい友人が攫われました。私一人ではどうにもならないんです。子供達を助け出すのに力を貸してもらえませんか?」
ノエルは出来る限り平静を装うよに、お弁当をこさえたエリスの口元をハンカチで拭う。
「聞かれるまでもないわ。私に任せなさい!」
「ありがとう……」
この時、出会って初めてノエルは深々とエリスに向かって頭を下げていた。
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