156話:誘拐事件

「大変だ! アニキが行方不明になったらしい!」


 開口一番、ダンの口から衝撃的な言葉が飛びだした。


 行商人でごった返す中央広場。秘密基地ダンジョンへの出入りを禁止されて以来、ダン、コリン、フランの三人は、最近もっぱらこの辺りを遊び場にしていた。教会の近くという場所柄、子供達にとっても安心して遊べる中央広場は、商人だけではなく親子連れも多く見られた。そのためか孤児である三人にはいささか居心地が悪く、何処か別の遊び場はないものかとアイデアを出し合っている最中さなかのことだった。


「アニキのことだからきっと大丈夫だよ。あの時だって悪い大人の人をコテンパにやっつけたもの」


「そうね、ノエルは私の次に強いもの。大丈夫だと思うわ」


 二人は顔見知りの露天の店主から貰った、余り物の肉串を頬張った。


「でもよぉ、行方不明になったのは本当なんだぜ? 探しに行ったほうが良いと思うなぁ……」


 と、ダンは不満顔。この場所は何だか落ち着かない。そこかしこで、はしゃぎ走り回る子供達。そしてそれを見守る大人たち。それが3人に疎外感を思い起こさせる。


 どこでもよかった。ここではない場所で過ごせるなら、理由なんて何でもよかった。ダンは二人を何とか説得しようと力説を続けた。


「だってさ、あの時は相手が少なかったけど、いつもそうとは限らないだろ? 大勢に囲まれたらアニキだって危ないぜ? あっ、そうだ! アイツラが仕返しに来たのかも知れない! なぁ、やっぱり探しに行こうぜ」


「そうねぇ……。でも基地に行かないって約束はどうするのよ」


「うんうん、約束を破ったらケーキ屋さんに連れて行ってもらえなくなるよ? 僕はやだなぁ……」


「そうね! ケーキは重要だわ! あれはとてもいいものよ」


 コリンとフラン、二人にとって重要なのはケーキだ。とくにイチゴの乗ったショートケーキ。それが食べられなくなるのは世界の終わりに等しいこと。ダンの言いたいことは分かるが、こればかりは譲れない。甘味は正義。異論は認めない。


 結果、ノエルを探しに秘密基地へ行こうと主張するダンと、約束は守るべきだとするフラン達ふたりとの言い争いに発展してしまう。もとよりフランに頭よ上がらないダンだったが、2対1となれば尚更敵うはずもない。いつものようにダンが負け、毎度のごとく泣きべそをかいてコリンに慰められる。と、なる筈が、どういう訳か今日に限って、ダンは一歩も引かなかった。


 遂には、言い争いにまで発展したダンとフランが取っ組み合いを開始する、その寸前――不意にふたりの襟首が引っ張られ、何者かに強引に引き離された。


「こら、二人共、いつも言ってるでしょ、お友達とは仲良くしなさいって」


「「シスター!」」


 見上げた先には、教会の鐘護シスター・アナベルの姿があった。週に一度の休日に、彼女はノエルの行方を探しに街へ出ていたのだ。やや青白い顔に紫がかったくちびる。見るからに体調を崩した様子の彼女だったが、流石に二週間以上も帰って来ないノエルを心配し、居ても立っても居られなくなってしまった。


 かと言って宛もなく、ひたすらに街なかを歩き回りながらノエルの姿を探し求めていた。


「ダン君にフランちゃん。仲良しのふたりが喧嘩をするなんて、私とっても悲しいわ。良かったら理由を聞かせて貰えないかしら?」


「…………」


 フランは風船のようにほっぺたを膨らませると、『アタシは悪くない!』とそっぽを向いた。


「行方不明のアニキを探しに行こうとしたら、ふたりが嫌だって言うんだ」


「ダン! 教えたらダメじゃない!」


「うがっ!」


 フランのゲンコツが落ちる。ダンが頭を抱えてうずくまると、アナベルは慌てて膝を付いた。


「あらあら大変、ダン君大丈夫?」


「うぅ……、だって……。ノエルのアニキが心配だったんだもん!」


「ノエル? ダン君、アナタ今ノエルって言ったわよね?」


 アナベルの声色が変わる。未だ涙目で頭を擦るダンの頬に両手を添え、真剣な面持ちで覗き込んだ。


「…………」


「お願いダン君、知っているなら教えて頂戴。何かあってからでは遅いのよ?」


「ダン!」


 フランの上げた金切り声に、ダンは不貞腐れたように黙ったまま俯く。子供の世界にだって仁義は存在する。とくに親の居ない彼らにとって、同じ境遇におかれた仲間との約束を破るのはもっとも忌諱すべき行いだった。ダンはそれを破ってしまったのだ。しかも寄りにもよって大人に告げ口をする形で。フランにはそれが許せなかった。


「だけどフラン、シスター言うのも分かる気がするよ。なんだか僕もアニキのことが心配になってきちゃったよ……」


「コリン!」


 打って変わって今度はコリンが怪しくなってきた。フランはキッと目端を釣り上げると、掴みかかろうと身を翻す。と、咄嗟とっさにアナベルに抱き上げられてしまった。


「フラン、それはだめよ? お友達にそんな事をしちゃいけないわ」


「むぅ……」


 と、フランは抱えられたままコリンを睨み付ける。しかしコリンの口は塞がらなかった。大人であるシスター・アナベルが心配するぐらいだ、本当に何かに巻き込まれたのかもしれない。一度そう考えてしまうと、次から次へ悪い予感が脳裏を過ぎる。


「シスター……、僕が話すよ。だから二人には聞かないであげて。約束を破るのは僕だけでいい……」


「コリン……」


 悲しげな顔をしたコリンを見て、思わずアナベルは言葉に詰まる。


「ダメよコリン、アタシは絶対許さないんだからね!」


「いい加減にしろよフラン! お前は心配じゃないのかよ」


「ダメなものはダメなの。一度した約束は守らなくちゃいけないの!」


 頑として譲らないフランに、一同はいささか呆れ顔。それでも聞かない訳にはいかないと、アナベルはコリンに再び訪ねた。


「コリン君、もしもノエル君が無事で約束破った形になった時は、私が一緒に謝るわ。だからお願い、あなた達の言う秘密基地に連れて行って」


「うん……」




………………。

…………。

……。




 コリンを先頭にして、4人は商業地区から倉庫街へと移動を開始した。道中は終始無言が続き、フランにいたっては、少し離れた後方からジッと3人に咎めるような視線を送り続けていた。


「おう、悪いがここから先は通行禁止だ」


 倉庫作業員だろうか? コレばっかりは仕方がない。アナベルは前を行く二人を呼び止め、順路を変えようと踵を返した。その時――道を塞ぐように数人の男たちが飛び出してきた。


「悪いな、コッチも通行止めだ」


「なんの……用ですか……?」


 アナベルは怯えながらも子供達を引き寄せる。ただでさえ人通りの少ない場所だ。助けを呼ぼうにも声を上げた瞬間に危害を加えてくるかもしれない。


「なぁに、ちょいと聞きたい事があるだけだ。そこにいる子供達にな」


「なにを……」


 言った男は恐怖に声を震わせるアナベルを見て、満足そうにニヤリと笑った。甚振るような下卑た笑み。加虐心を誘ったのか、男の手がアナベルへと伸びる。と、それを別の手が押し留めた。


「正直にゴダえろ、ノエルはドゴにいる?」


 掠れ、潰れた不気味な声色。真っ白な仮面の奥、ギロリと瞳を血走らせた男が詰め寄った。


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