155話:ノエルの誤算
「「下がってください!」」
抜剣と同時に二人がノエルを庇うように前へ出た。リリーはバスタード・ソードを、エイダはグラディウスを構えて接近してくる気配を睨みつけている。
すると、背後から鍔口が擦れる音を耳の端で捉え、先頭で待ち構えるように腕を組んでいたシスルが振り返った。
「落ち着け二人共、ありゃ仲間の気配だ。大将にいい所を見せたい気持ちは分かるが、仲間に刃を向けるような真似はするな」
「すいません……」
咎められ、シュンとしたリリーが、手にした剣を鞘へ収めようとした時――スルリと横から伸びた手がその動作を止めた。
「リリー、謝る必要はないわ。目視で確認するまでは警戒を続けなさい。いいわね?」
「はい!」
エイダに諭されたリリーの顔色が途端に引き締まる。二人は揃って眉間にシワを寄せ、手にした剣を構え直す。さも戦場へ出るかの様な面持ち。ノエルには、警戒するにしても大げさに思えた。
「うはっ……、大将……こいつぁ随分と好かれちまったな。頑張れよ!」
「シスルうぜぇ!」
ニカッと笑みを浮かべて茶化すシスルに、思わずノエルは声を上げた。
「「始末しますか?」」
「「こわっ!」」
エイダ達二人の真剣な顔。わりと本気で洒落にならない様子に止めに入る。これで二人がシスルに斬り掛かろうものなら、自分のせいに成りかねないと……。
「いやいや、大丈夫だから。この程度で斬るのはマズいから、ね? せめて骨の一本や二本で許してやってほしい」
「「はい!」」
「ちょっと待てぇ! 大将、そりゃないぜ……」
「冗談だって。それよりほら、お客さんが到着したみたいだぞ」
遙か前方に、おぼろげながら人影が見えてきた。見る見るうちに近付いてくるそれは、確かに3人のダーク・エルフで、それぞれが鬼気迫る表情を浮かべている。
――嫌な感じだな……。
ノエルはやって来る不穏な気配に、うんざりしたように呟いた。
「伝令ぇ! 主様は居られるかぁ?」
「おう、コッチだ。いったい何があった?」
防壁のように道を塞いでいた隊列が、静かに左右へと割れると、出来上がった小道に三人のダーク・エルフが飛び込んでくる。シスルはトンッと足を踏み鳴らして前へ出ると、ここまでだと言わんばかりに両手を広げた。
「よぉし、まずは息を整えろ。そんなに顔を歪ませてちゃあ、情けなくて大将に笑われっちまうぞ?」
「せ、戦士長……、ハァハァハァ……」
休憩も取らずに駆け抜けて来たのか、三人は疲労困憊といったありさまで、その場にへたり込んでしまった。様子を見る限り、緊急を要する事態らしい。ノエルは自身を守るように立っている三人をすり抜けると、いまだ苦しそうに息を荒らげた伝令の元に駆け寄った。
「あっ、主様いけません!」
「大丈夫だ、それより早いとこ話を聞いたほうがいい気がする。シスルさん、お願いできますか?」
「大将……、部下にさん付けはねぇだろ? ほれ、呼び捨ててみ? ホレホレ」
「シスルうぜぇ!」
まんまと乗せられたノエルが叫ぶ。そのおかげか場の空気もいくらか和らぎ、慌てた様子のエイダ達ふたりも落ち着きを取り戻した。ノエルはふくれっ面のまま、改めて向き直ると伝令の男たちの前に腰を落とす。
「それで、なにがあった?」
「大変です主様、ご友人が拐われました!」
その場の空気が凍り付いた。
………………。
…………。
……。
一族随一の俊足の持ち主であるチェスターを先頭に、ノエル、エイダ、リリーの四人はダンジョン内を全速力で駆け抜けていた。
聞けばノエルを頼りに一人の少年がダンジョンに駆け込んできたらしい。当初、それを見つけたセバールが話を聞くと、子供達はいなくなったノエルを探しに地下水路へ向かう途中で襲われたという。ノエルを探しに来るような子供――どう考えてもダン達三人組しかいない。
「くそっ、俺のせいだ……」
苦々しい顔でノエルが呟く。考えが甘かった。子供達は孤児院に保護されている。それは同時に教会の後ろ盾に守られているという事。その事実が、ノエルから子供達の身の安全を守るという選択肢を見えなくさせていたのだ。
「前方にオーク4、主様どうしますか?」
「全て無視しろ! 今は最速で駆け抜けることだけを考えてくれ」
事は一刻を争う、足を止めている暇はない。危険だろうが強引だろうが構うものか、全力で押し通るまで。
「了解しました! 副長、お願いします」
「分かってるわ! いくわよ?」
一瞬にして練り上げられた魔力が構築と同時に放たれた。弾幕の如き無数の魔法は、前方で待ち構えていたオーク達を襲い、獣じみた悲鳴が轟く。
ノエル達四人はバタバタと狼狽えるオーク達をすり抜けると、速度を落とすことなく駆け抜けていく。
「主様、大丈夫です。必ず間に合わせます」
「あぁ……」
その後、5時間以上も掛けて進んできた道のりを、ノエル達四人はたった一時間で駆け抜けた。チェスターやエイダはともかく、ノエルとリリーに至っては身体中から汗が吹き出し、膝もガクガクと笑っている。満身創痍だ。
「着いたか……、行こう」
心配そうに振り返ったエイダを押し留め、ノエルは前に出ると5階層への扉を押し開く。
「あにぎぃ!」
――瞬間。小さな人影が飛び込んでくる。
コリンだ。泣きじゃくりながらノエルにしがみつき、嗚咽混じりに叫び声をあげている。『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……』呪文のようにくり返す。よほど酷い目に合ったのだろう、身体の震えが伝わってくる。
おそらくは、地下水路へは行かないという約束を破ったことを謝っているのだろう。しかし――
――こうなる可能性を消すべきではなかった。いたはずだ、教会にすら敬意を払わずに、傍若無人に振る舞う者たちが。知っていたはずだ、その者たちがノエル自身をつけ狙っていたことを。
吐き気がする……。自分の不甲斐なさに鳥肌が立つ。
「コリン、もう大丈夫だ。怖い思いをさせてごめんな……」
「あに゛ぎぃ……」
ノエルはコリンを抱きしめると、優しく背中をさすった。と、途端に目の色が変わり、背後に控えていたセバールへ目を向けた。
「猶予はどれぐらいある?」
「3時間ぐらいかのう……」
――思ったよりもあるな……。計画的犯行って奴だろうか? とりあえず詳しい話を聞いてみないことには動くに動けない。
「分かった。先ずは事のあらましを教えてくれ、出来るだけ手短にな」
「うむ――」
セバールの語った内容に、この後ノエルは思わぬ決断を迫られる事になった。
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