154話:誤解を解いたら誤解が生まれた件

 ダンジョンのボス部屋には一種のパターンが存在する。それはボス部屋に足を踏み入れた人数によって難易度が変わる事。通常は一人から五人が最も低い難易度となり、以降は五人おきに上がっていく。難易度によって魔物の出現数が自乗されていくことになるのだ。そのため、最大でも五人一組でことに当たるのが通例となっていた。


 しかし、大人数でボス部屋に突入するというデメリット、それをおかす事で得るメリットも存在する。出現する宝箱の中身に、魔導書が入っている確率が上がるのだ。


 この世界での魔法とは、国家戦力の要である。当然、国はより多くの魔導書を欲し、ダンジョンに挑む騎士たちはその度に修羅場を乗り越え練度を上げていく。つまり、国内に存在するダンジョンの数で国家戦力が決まるという事になる。


 だからこそノエルはダンジョンを殺すことに決めた。ランスロットにこれ以上の力を付けさせるのは危険だ。主に自分の身が……。


「ここでしばらく待機となりますがよろしいですか?」


 エイダは畏まった様子でノエルに言った。道中ほかのエルフ達とはだいぶ打ち解けたが、彼女だけはどうにも距離が縮まらない。せめて口調だけでも気安くなってくれるとありがたいのだが、頑として譲らないのだ。


「はい、問題ありません。しかしこんなに人員が偏ってて大丈夫なんですか?」


 ノエルは先発隊として先に進んだ五人を思い浮かべた。現在、ノエル達は22名で行動してきた。その為、安全を考えて5人パーティが二つ。四人パーティが3つに分かれてボス部屋を攻略する事になる。


 となれば当然、人数の少ない四人パーティに、それぞれ熟練者が配置されるのだが、どう考えてもノエルの居る5人パーティが戦力過剰に思えてならなかった。


 ノエルとリリーに加え、戦士長であるシスルと副長のエイダ、さらには若手ナンバーワンと言われるチェスターの5人で構成されたパーティ。完全に戦力過剰である。と、言うより彼らはノエルを鼻っから戦わせる気が無いように思えた。


 お荷物。お邪魔虫。ミソッカス。ノエルの頭の中に浮かんでくるのは否定的な物ばかりだ。


「ご心配なく、ああ見えても彼らは優秀な戦士ですから。それに、我々は300年もここで過ごしてきたのですから、各自の属性取得数やダンジョン内での戦闘も、地上の誰にも引けは取りません」


「あぁ、そうですよね……、なんかすいません……」


「なっ! 頭をお上げください。上の者が下のものに簡単に頭を下げては示しがつきません」


「あっはい。すいません……」


「アーアー見ちゃいらんねぇなぁ。エイダ、お前のその畏まった態度のせいで大将が萎縮しちまってんだろうが」


 ノエルとエイダのやり取りを端から見ていたシスルが呆れたように口を挟む。このシスルという男。ノエルが最初に抱いたしメージは、ちゃらんぽらんでダメなおっさん。だったのだが、ここに来るまでの度重なる戦闘を見る限り、実はかなりの切れ者ではないかと評価が一変した。とっつき安く話しやすい、彼が居たからこそ他のエルフ達とも親しくなれたし、彼自身とも互いに言葉を飾らずに話すことが出来ていた。おそらくシスルは、そういった事をさらりと計算尽くでやってのけるタイプの人間なのだろう。


「うるさい! お前こそ少しは主様に敬意を払ったらどうだ?」


「それを言うなら戦士長である俺にも敬意を払え!」


「はんっ! 誰お前みたいな脳天気なお調子者を敬うか!」


「グハッ……。キッツい! エイダの言い方マジキッツい! そんなんだからいつまで経っても嫁の「ああ? なんか言いましたか? 戦士長……」ひぃ……」


「まぁまぁ落ち着いて……」


「――っ! し、失礼しました!」


 エイダは途端にビッと背筋を伸ばすと、赤らんだ顔を隠すように天井を見上げた。ふと見ると、その後ろではシスルが舌を出しながらウィンクをしている。今がチャスだとでも言いたげな様子。


――仕方ない、もう一度チャレンジしてみるか。


「エイダさん、子供相手にそんな畏まらないでください。私もどう接すればいいのか分からなくなってしまいすので……」


「で、ですが主従の節度がありますし……」


「ではまずそこを何とかしましょう」


「どう言う事でしょうか?」


 不安そうな顔で聞き返すエイダに、できる限り優しい言葉で語りかける。


「いや、実際のところ私はまだ皆さんを率いるなんて約束はしてないんですよね」


「えっ?! もしかして私のせいですか?」


「イヤイヤイヤ……、そうではなくてですね。困ったなぁ」


 ノエルはポリポリと頭を掻いた。説得を試みた結果、要らぬ誤解を招いてしまった。今のところ、主とやらになる気のないノエルとしては、誤解を解こうにも言葉が見つからない。


 そこにまたもやシスルが割って入る。ヤレヤレといった表情をした彼は、労うようにノエルの肩をポンと叩くと口を開いた。


「ったく、しょうがねぇな。おいエイダ、つまり主殿が言いたい事はだな、お前ともっと仲良くしたいってことだ。分かったか?」


「私と……仲良く……」


 一瞬目を丸くしたエイダが耽ったように俯き、ボソボソとなにやら口籠っている。見れば先程よりも幾分か表情が和らいだ様に感じる。


――シスルやるじゃん!


 誤解が解けたようすにノエルはホッと肩を撫で下ろした。


「おうよ、ですます調で話されちゃいつまで経っても二人の距離が縮まらねぇ。な? そうだろ大将!」


「そう、正にそれです! エイダさん、せっかく知り合えたんですから、他人行儀は止めましょう。ね?」


「ふぁ、ふぁいっ!」


「くはっははは……、じゃ大将エイダをよろしくな!」


「へっ?」


 大口を開けて笑い出すシスルと、耳まで桜色に染まったエイダ。一瞬、何の事やら訳も分からずポカンとしていたノエルは、モジモジと身をくねらせるエイダを見て頭を抱えた。誤解が解けたと思ったら、違う誤解が発生していた。しかも一番厄介なヤツだ。


――やめてくれ……、変態シスターだけで十分だ。


 やってくれたな? と、怒りを込めてシスルを見やると、彼はまたもや舌を出しながらウィンクしていた。完全に確信犯である。


――シスルは意外と曲者だ。ノエルはシスルの評価をちょっと下げた。


――その後、何やかんやありつつも、すっかり皆と打ち解けたノエルは、暫しの休憩をとっていた。既に先に行ったパーティから、扉越しにボス部屋の状況も聞いているため、準備は万端。にも関わらずこうして呑気にお茶を啜っているのは、シスルの提案によるものだった。


『せっかく打ち解けたんですから、このチャンスを逃しちゃいけませんよ、大将』


 迷惑な話だ……。ノエルは膝の上でコロンと丸くなって寝ているナインをもふもふと撫でながら溜め息を吐いた。両脇にリリーとエイダが陣取り、競い合うようにノエルの世話を焼き始めたのだ。


 コレではどこぞのハーレム主人公だ。本当に勘弁して欲しい……。


 ノエルは終始楽しげに笑い転げているシスルをひと睨みすると、唯一の癒やしを撫で付ける。そうやって数十分が過ぎた頃。突然、複数の気配が近付いてくるのを感じた。


 数は3人。十分に練られた身体強化を使い、猛烈な速度で近づいてくる。


――ただ事ではない。


 その場に居た者たちは一斉に立ち上がると、ノエルを守るように陣形を組んだ。



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