153話:ダンジョン攻略組

 ダンジョン地下6階層入口付近。周囲に魔物が居ないことを確認すると、ノエルは体内魔力を土属性へと変換し、開放。イメージしたのは一本の巨大な石の杭。直径15cm長さ2.5mの大きなもの。


「うん、悪くないな」


 出来上がった魔法を見て、満足そうにうなずいた。


 作戦決行に向けての初期段階が無事に終わり、ノエルはダンジョン攻略組に合流する事にした。バイパス用の魔道具が完成するのに2週間の時間を要すため、その間に少しでも冒険を楽しみたい。囚われのダーク・エルフ達のために結構な危ない橋を渡っているのだ、これぐらいの我儘は許されて然るべきだろう。


 また、その事は彼らも感じていたらしく、お礼と言うか貢物というか、ダンジョン攻略の際に手に入れた土属性の魔導書を貰い受けた。もちろん遠慮はしない。先のことを考えれば、戦闘力の強化はありがたい。ただ、欲を言えば自力で入手したい所ではあった。


「相変わらず魔法だけは器用に使いこなすわね」


 宙に浮かぶ石の杭を眺めて、エリスが感心したように言った。


「だけって何だよ。他にもっと言い方があるだろ。ってそれより用心棒の仕事はどうした? こんな所でいつまでも油を売ってていいのか?」


「あぁ……それね。何ていうか、暇なのよねぇ……。結局、嫌がらせも抗争も私達が仕掛けた訳じゃない? なら襲ってくる相手なんて初めからいないって事だもの……」


 そりゃそうだ。と、ノエルは頷く。一連の騒動は全てノエルが描いた作戦、マッチポンプでしかないのだ。警備が手薄になった所で、問題が起こることはない。


「だからと言ってサボりはダメだぞ? ここにきて連中に疑われたんじゃ、苦労して内部に潜り込んだ意味がないだろ。ほらっ、とっとと仕事に行ってこい!」


「むぅ、私もそっちが良かったわ。2週間は自由なんでしょ?」


「そう言うなよ、コッチはこっちで色々大変なんだぞ?」


「へぇ、へぇ……まぁいいわ。みんなを助けるためだもんね。じゃっ、行ってくるわね!」


「おう! あんまり無茶するなよ。さて、試射でもしますかね」


 グズっていたエリスの出勤を見送ったあと、土魔法についての考察を再開する。とりあえず見様見真似で石槍――もとい、石の杭を作り出して見たものの、どうにも理解が追い付かない。


 確かに魔法は発動したし、イメージ道理の杭が出来上がったのだが、なぜ土属性で石が出来上がるのだろうか?

 土を押し固めて石を作る? そんなばかな……。もしもそんな事が可能なら、水魔法で氷を作り出すことだって可能なはずだ。


 ノエルは石杭を勢いよく打ち出すと、続いて巨大な水球を作り出した。


 水は性質上、圧縮する事で沸点を低下させることが出来る。また、更に圧力をかけることにより、氷へと変化していく性質を持つ。そこでノエルは試しに風魔法も使って、水球に圧力を掛けていくが、とてもではないが変化までは程遠い。


「こりゃ無理だな……。となると――」


 今度は空気を圧縮して温度を上げ、水球に滑り込ませてみる。これは以前に試したことがある。結果は熱湯が出来上がるだ。


「あの、主様? 一体何をしておられるのですか?」


 傍らでナインと戯れていたリリーが不思議そうに首をひねった。


「いや、魔法で作り上げたものと、自然界に存在する物質は、もしかして別物なんじゃないかと思いまして」


「えっ、別物なんですか?」


「分からないですね、調べようにも変化を促せるほどの圧縮が出来なくて……。ただまぁ、気体だけなら何とかなるみたいですが、水や土となるとどうにも上手く行かないんですよ」


 残念だが、機材も設備もないダンジョン内では、これ以上の考察は無理だろう。とりあえず石杭は作れた。今はその使い方を考えることにしよう。


「主様、お待たせしました。今から攻略を再開しますが、よろしいですか?」


 ふいに掛けられた言葉に振り返ると、ハルバードを担いだシスルが立っていた。傍らにはエイダ、その後ろにはダーク・エルフの戦士たちもいる。彼らはノエルの指示に従い、何回かのダンジョン・アタックを繰り返し、既に35階層までを攻略していた。今日はこれこらその先にある40階層を目指そうというわけだ。


「えぇ、もちろん!」


「それでは参りましょうか」


 シスルとエイダを先頭に、総勢22名の一団がダンジョン内を進んでいく。ノエルは彼らのちょうど中央に配置され、まるで護衛でもするかのように戦士たちが周囲を取り囲んでいる。


――暇だ……。


 せっかく新しい属性魔法を得たというのに使い所がない。というより使わせてもらえない。少しでも前に出ようものなら、『主様を守れ!』と、どこからともなく号令が掛かり、結果ようやく現れた魔物が一瞬で殲滅されてしまうのだ。


 かといって自分にも戦わせろとは言い辛い。一人ひとりが、それはもう鬼気迫る表情を浮かべているからだ。元々彼らとの距離感を測りかねていたノエルとしては、年の差も相まってなすがままで今に至っている。


 なにしろ前世での年齢を足しても5倍近くの年上を相手に、何だかんだと文句は言えない。こう見えて、ノエルは意外と常識人なのだ。自称だが……。


「流石にこれだけの人数だと、攻略も捗りますね」


「戦士長と副長が一緒ですからね。それにずいぶん昔のことらしいですが、45階層までは攻略済みらしいですよ」


 と、リリーが返した。


 リリーに聞いたところによると、このダンジョン自体は、先代の神子みこにより一度完全に攻略されているらしい。そのため、最深部が80階層であることは判明している。しかし、先の通り彼らは45階層までしか攻略をしてこなかった。リリー曰く、ダーク・エルフ達にとってこのダンジョンは先代神子の墓であり、そこに暮らす自分たちはさしずめ墓守のようなものなのだと。


 攻略する事が墓を暴く行為と同じ意味を持つのなら、いまだ最深部へ到達したのが当の神子だけだった事にも頷ける。


 道中、そんな事をリリーや他の戦士たちと話しながら進んでいく。戦えないのならせめてコミュニケーションを取って、彼らとの距離を近づけたい。


 話題の中心は、もっぱら地上の様子について。特にリリーはダンジョン生まれのダンジョン育ちのため、外の世界へのあこがれも一入ひとしおだ。終始無表情でクールな印象の彼女だが、どこまでも続く青い空、大陸よりも広大な大海原、様々な話が飛び出すたびにコロコロと表情を変えていく。


 それに対して他のダーク・エルフ達の関心事は国家間の勢力図や、国境線に付いてだろうか。もともと彼らの出身はイグニス王国の隣にあるケリドティア王国で、住処であった森が焼き払われた際に二つに分裂したらしい。しかもその片割れがイグニス王国と言うことだから驚きだ。


 今や両国間の間にはハッキリと国境線が引かれ、良好とは行かないまでも一応の友好関係を構築するにいたっている。ただ、元は一つだった国が二つに分かれると、得てして起こるのが武力による小競り合いだ。ノエルが生きていた近代日本でもそうしたニュースは何度となく耳にしてきた。世界が変わっても人間はそう簡単には変わらない、という事だろう。


「皆さんはここを出たらどうするつもりですか?」


 ノエルが問いかける。すると、彼らは決まって同じ顔をする。畏まったような、思い詰めたような……。


――ここまで意志の統一がされているとはな……。小さく息を吐いた。


 ノエルはこの質問をできる限り多くのエルフ達に聞いて回った。最初はなんの気無しの質問だったのだが、返ってきた答えがどれもみな一様にノエルを困らせたのだ。


『何処までも主様に付いていきます』


――正直な話、迷惑なんだよなぁ……。


 言いかけて飲み込んだ。今話しても行く行かないの問答になるだけだ。先の事は生きて街を出てから考えればいい。


 そうして時間が過ぎていき、40階層へと到達した頃。前方に大きな扉が見えてくる。戦士たちはすぐさま隊列を組み直し、ノエルはやや後方へと追いやられてしまう。どうやらここが目的のボス部屋のようだ。



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