152話:詐欺師は甘く囁やく

「なぁルドワさん、俺はアンタを手放しで信用するほど馬鹿じゃない。それは分かるよな?」


「あぁ……、だからなんだ? 信用できないのは私も同じだ!」


 湧き上がる怒りを抑えきれないのか、ルドワの声色も強くなる。


 怒りというのは感情の昂りだ。それはつまり、冷静さを欠くということ。動揺して混乱に陥った人間を騙すのは意外と容易い。煽れるだけ煽り、ルドワの持つ敵意をリッジとランスロットへとすり替える。尚且、自分が危機的状況にあると錯覚させた。すると、彼はどんな行動に出るだろうか?


 答えは、救ってくれる誰かを探し求めて縋り付く、だ。


 人間という生き物はとにかく弱い。一度でも絶望してしまえば、自身の力で巻き返そうという考えは頭の中から掻き消えてしまうもの。


『あぁ、私はなんて不幸なんだ』そう悲観にくれこそすれ、結局自分からは動かない。だからこそノエルの垂らす一本の糸に縋り付く。実はそれが蜘蛛の糸で、獲物を絡め取る罠だとは思いもよらずに……。


「まぁ、聞いてくれ。アンタを信用した訳ではないが、この街でアンタほどミスリル商品を扱える者を俺は知らない」


「回りくどい言い回しはやめろ! 言いたい事があるならハッキリ言ったらどうだ?」


「そうだな……じゃあ端的に言おう。俺がアンタを救ってやるよ」


 ルドワの目の色が変わった。こんなにも分かりやすい悪魔のような囁きに、簡単に食い付いてしまう。こうなってしまえば、人はもう疑うどころか信じるための理由を探すようになる。それはルドワも例外ではなく、どうやってノエルを利用するか、その事で頭の中はいっぱいだった。


「救うったって……、実際お前に何が出来る?」


「そうだな、ひとつ状況の整理と、成すべき目標ってヤツを見定めようか――」


 ノエルはピンと人差し指を立てると、説得力を演出するため、ゆっくりと真っ直ぐ目を見て語りかけた。


――まず大前提として、ランスロット家がなぜコルネーリオ商会を潰そうとするのか?


 答えは単純、管理が面倒くさいからだ。一つの街に二つもの裏組織は必要ない。どちらか一方に一括で管理させ、利益を吸い上げたほうがよほど効率がいい。さらに言えばいざという時のために、監視の目を光らせる事も楽になるだろう。だからコルネーリオ商会を潰そうとしている。これがノエルが初めに語って聞かせた大前提と言うやつである。


 もちろん聞いたルドワは心中穏やかではない。言っていることの理屈は分かっても、リッジ・ファミリーを選んだ理由が分からないのだ。


「何故俺たちなんだ? リッジの阿呆より、俺の部下の方がよほど教養がある。あんな感情で動くチンピラ連中を選ぶ理由とはなんだ?」


 と、当然ルドワは食って掛かる。これも計算通り。ノエルはただ用意していたセリフを囁くだけ。甘く、自尊心をくすぐる耳障りのいい言葉を……。


「ルドワさん、それはアナタが


「…………」


「支配者側から見れば、有能な悪党ほどやっかいなものはないでしょ? くわえてリッジは猪突猛進の猪ときてる。ならば扱いやすい鹿に首輪を付けて、手に余る知恵者を排除しようとするに決まってる。分かるでしょ? ……ルドワさん」


「それでは益々詰ではないか……」


 奥歯を噛み締めるように呟いた。見れば血の滲んだ拳を震わせている。激情を飲み込み、策を練る余裕が出てきた証。もちろんそう誘導したのはノエルで、ルドワも続く言葉を待っている様子。


――ルドワはノエルにしがみついた。頼ってしまった。信じてしまった。


 その様子を見て、ノエルは心の中でほくそ笑んだ。これでもう逃げられない、と……。


「ひっくり返す方法はあります。それも確実かつ簡単な方法がね」


「なんだ? 他に何か知っているのか?」


「そういう事じゃありませんよ。さきほどお話したでしょう? ランスロットは、今まであった二つの窓口をひとつにまとめようとしていると。なら、我々で先んじてまとめてしまえば良い」


「リッジを潰せば俺の勝ち……、と言う事か……」


 微かに見えた光明に、ルドワは獰猛な笑みを浮かべた。元々リッジ・ファミリーとは事を構えるつもりでいたのだ。むしろ好都合だ。


「その通り。結果的にはランスロットの思惑はついえる訳ですが、連中も全てを失うよりはアナタを選ばざるを得ないはずです。なにせ首輪も付けずに野良たちを野放しにしては、スラムが形成されるのも時間の問題ですからね」


と言ったな?」 


 ノエル見つめ、確かめるように口にする。ルドワは既に術中に嵌っている。何とかしてノエルを引き入れ、戦力にしたい。その為ならば、大抵の事は受け入れるだろう。


「えぇ、お手をお貸ししますよ。ただし……」


「コイツと引き換えに、か?」


「そう言う事になります」


 テーブルの上に広げられた設計図を見下ろした。報酬は純度の高いミスリルインゴットを40kg、それも精巧な加工込みでだ。普通の商人なら渋るだろう。しかしルドワは即決した。これは決して高くはない。何しろリッジ・ファミリーが居なくなれば、街にある裏の利権は全てコルネーリオ商会のものになる。


――それに比べれば、この程度は端金だ。


「いいだろう、必ず用意してやる。その代わり……、わかってるな?」


「約束は守りますよ。私は商品を手に入れてアナタは街を手に入れる。互いに悪くない取引ですからね」


「街を……か……。所詮は首輪の付いた飼い犬に過ぎんがな」


「それでも負け犬になるよりはましでしょ?」


「確かにな……」


 言って金勘定を済ませたルドワが、レイピアの鞘を投げ渡す。互いに信用がないのなら、もので釣ればいい。とにかく何としてでもノエルを取り込みたい、そんなところだろうか。


「良いんですか? 随分な業物みたいですが……」


「必要経費だ。いざという時に武器がないとゴネられても困るからな」


「そう言う事なら遠慮なく。では私はこれで……」


「出来上がりは一週間後だ。必ず受け取りに来いよ?」


「もちろんです」


…………………。

……………。

……。




 ノエルが去ったあと、残されたルドワはしばしの間、放心状態へと陥っていた。開け放たれた扉の外からは、今もなお痛みに耐える部下たちの悲鳴が聞こえてくる。


 自分の判断は本当に正しかったのだろうか? アレは制御不能の暴力装置だ。扱い方を間違えれば、手痛いしっぺ返しがくるだろう。


 たが、他に選択肢がなかったのも事実だ。それに――もう後戻りは出来ないのだ、覚悟を決めるしかない。


「それでも、負け犬よりはましか……」


 去り際に放ったノエルの一言が、ルドワの脳裏にこびり付いていた。

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