151話:ヘイトコントロール

「なにを……」


 続く言葉は出てこなかった。まるで理解が追い付かないのだ。100を超える構成員をなぎ倒し、扉を吹き飛ばして来店する化け物。そんな者を前にして、いったい何をどう言えばいいのか……。ルドワの中では恐怖でも怒りでもなく、困惑の感情だけが膨れ上がっていく。


「ルドワ・コルネーリオさんですね?」


「…………」


 ノエルが話しかけるが返事がない。見ればルドワは茫然自失といった表情でへたり込んでいる。


――仕方ない、少し待つか。


「へぇ……、いい剣だな。オン婆が使っていたやつによく似てる」


 いまだ自身に向けられているレイピアを見て、不意にノエルがこぼした。その曇りのない薄紫色の刀身は、ミスリル製であることを示し、螺旋描く鍔と一体になったナックルガードは銀色に輝いている。その出来栄えは、素人目に見ても感嘆を覚えるほど見事なものだった。


「取り敢えず渡してもらうぞ? こんな物騒なものを向けられたままじゃ、こっちも気が気ではないからな」


 身動き出来ず固まったままのルドワからレイピアを奪い取ると、ノエルはその足で向かい合うように置かれたソファーのひとつに腰を下ろした。


「はっ? なっな……。何でそんな所で寛いでる? 私を殺しに来たのではないのか?」


 得物を奪われ、我に返ったルドワが慌てて立ち上がる。見れば侵入者は攻撃する素振りすら見せずに、ひとりソファーで寛いでいる。


――何だコイツは?


「買い物に来ただけって言っただろ。それとも営業時間外だったか?」


 馬鹿にした物言い。ノエルには冗談のつもりかしれないが、ルドワにしてみればてんで笑えない。これには流石のルドワも頭に血が上ったのか、声を荒らげて詰めよった。


「当たり前だ! 何時だと思ってる? こんな時間に営業している店などあるか!」


「そう怒鳴るなよ。手荒い接客を受けたのはこっちの方なんだぜ? それともアンタはの方がお好みか?」


 ヒュンという風切り音。チクリと傷んだ胸元を見ると、いつの間にかレイピアの切っ先が押し当てられていた。ゾクリ――全身が総毛立つ。あと一歩踏み込んでいたらルドワの生命はなかっただろう。


 ここでルドワはようやく冷静さを取り戻した。相手の思惑が何であれ、短気を起こせば先はない。とにかく言い分とやらを聞くとしよう。武力では叶わなくとも商談なら話は別だ。


「いいだろう……話を聞いてやる」


 言ってルドワが真向かいに腰を掛けると、ノエルは被っていたフードを脱いで右手を差し出した。


「それは助かる。俺はノエルだ、よろしく商会長さん。……んっ? どうした?」


「黒髪黒目……。そうか、お前は例の……」


 ノエルの顔を見たルドワが言い淀む。手配書に描かれた通りの姿をした少年がそこにいた。その瞬間、ルドワの頭に浮かんだ言葉は、、その一言。確かに危険な人物とは書かれていたが、これほどの化け物だとは聞いていない。


――くそっ……、ベルンハルトめ!


 ルドワの思考が目まぐるしく回転を始めた。次から次へ想定と結果が浮かんでは消えていく。どうすればイニシアティブを取れるのか、商業的、政治的、総括的に判断しなくてはならない。なにしろ生命が掛かっているのだ。手段を選んでいる場合ではない。


「あぁ、そう言えばあんたらは、俺を探してたんだったな」


「知っていたのか?」


「いや、下でアンタの部下に聞いたよ。よかったな、探す手間がはぶけてさ。で、俺になんの用だったんだ?」


 ルドワの頭の中にいくつもの選択肢が浮かび上がる。このまま時間を稼いで騎士団を呼び込むか。それとも商談を利用して顔を繋ぎ、ランスロットへの手札に加えるか。または――


「とある人物に頼まれてな。悪いが商売上、依頼人の名を明かす事は出来ない。だが会えて良かったよ、随分と人手を割いたがなかなか見つけられなくてね」


 結局ルドワは濁したように言葉を返した。自分から確信には触れず、相手の思惑を引きずり出す。どう対処するにせよ情報がなければ取得選択のしようがない。


「別にいいさ。おおかたランスロット辺りの依頼だろ?」


「言えないと言ったはずだが?」


「なぁに隠す必要はないさ、連中の腹ン中は読めてんだ。それにアンタは主導権を握ろうとしてるようだが、それは無理だ諦めろ」


 見透かすような言動に、ルドワは眉をひそめた。ノエルに興味が湧いたのだ。特に自分が知らないランスロットの事情を知っていそうな雰囲気。気にならない筈がない。


「お前にはどこまで見えている……?」


「結末までさ」


「買い物に来たと言ったな? いいだろう、何であれ用意してやる。ただし、コチラの質問にも答えてもらうぞ?」


 やっと話が進んだか、とノエルは一つ息を吐く。モゾモゾと懐をあさり、用意してあったバイパス用の設計図を取り出すと、テーブルの上にバサリと広げる。


「俺が答えられることならな、だがその前にコイツを用意することはできるか? 出来なければコッチも情報を提供する訳にはいかないが」


「何だこれは……魔道具……いや、部品か? こんな物いったい何に使うんだ? っておいおい、総ミスリルで作らせるつもりか?」


 ルドワが設計図を眺めながらひとり百面相を始めた。おそらくは理解できないのだろう。ノエルが提示したそれは、傍目に見ればただの湾曲した金具でしかない。あらかじめ用途を知るものでない限り想像すら付かない代物だ。


「で、どうなんだ? どんなものであれ用意すると言い切ったんだ、吐いたツバを飲むような真似はしないだろうな?」


「あぁ、分かってる。なんに使うかはわからんが、素材がミスリルならうちに来たのは正解だな。少々時間は掛かるが問題ない、用意しよう」


「そうか……、なら手付金代わりにコチラも一つ良い事を教えよう」


「…………」


「どうやらランスロットは、コルネーリオ商会を潰すつもりらしいぞ」


「なに?! どういう事だ!」


 ルドワは思わず身を乗り出した。寝耳に水とはこの事だ。ランスロットの呪縛から逃れようと、画策していたのがバレたのだろうか? 混乱と焦りが渦を巻き、挙動が慌てたように忙しなくなる。


「考えても見ろよ、今アンタが置かれた状況を……。いったいこうなったのは誰のせいだ?」


「誰のせいって……それは……」


 お前のせいだ、と言いかけて口をつぐんだ。


 考えてみれば先に手を出したのは商会側だ。


――では、なぜ手を出した? ランスロットに捕縛を命じられたからだ。


――では、あわや壊滅寸前にまで追い込まれてのはなぜだ? 渡された情報が不十分だったからだ。


 ハッとした表情で空を見つめていたルドワの顔色が、徐々に色を失い蒼白に変わる。そこへタイミングを見計らったようにノエルが囁やいた。


「そうだ、考えてみれば何もかもがおかしい……。なぜ俺の捜索をリッジには命じなかった? なぜアンタらがリッジに襲われてるのに連中は見て見ぬ振りをした? 今日に至るまでに、いったいどれだけの一族を失った?」


「そんな、偶然じゃ……」


「現実を見ろ、ルドワ・コルネーリオ! こんなものが偶然である筈がないだろ?」


 ルドワは脱力したようにソファーへ腰を落とした。押し潰されるような虚無感と絶望感。相手は領主本人だ。どうしたって勝ち目はない。しかし――


「くそ、糞クソくそぉ!」


 叩き壊さんばかりにテーブルを殴りつける。ノエルがしようとしているのは、所謂いわゆるヘイトコントロールである。元々コルネーリオ商会にとって、ランスロット家は目の上のたんこぶ。何かに付けて難癖をつけてはその力を削ぎ落とされてきた。金や組織力があるにもかかわらず、彼らの中には魔法使いはいても魔導師はいない。それは、いざという時に弓を引く力を削ぎ落とすという、権力者の思惑が煤けて見える。しかし彼らにとってはそれが日常だった。だからこそ視界が曇る。権力者に対する苛立ちが、ルドワを猜疑心という名の底なし沼へと引き摺り込んでいく。


 だからこそ気付けない。ノエルが企む悲惨な結末や、微かに笑んだその口元にさえ……。

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