158話:救出作戦――その2

「それで? どういう状況なのか詳しく教えてもらえるかしら?」


 ノエルはエリスを連れて、真夜中の商店街を走り続けていた。約束が違うと不満をもらすリッジに、ノエルが構成員に襲われた事実を叩き付け、半ば強引に早退を認めさせた。帰り際に仕返しと称した構成員馬鹿共に私の従者が襲われたらどう責任を取るつもり? そう切り替えされては是非もなく、リッジは渋々だが認めざるを得なかった。


「以前街中でチンピラに絡まれて返り討ちにした事があってな。その時の連中が俺に仕返ししようと孤児院の子供を人質にしやがったんだ」


「どうしようもないクズね……。いいわ、私がその馬鹿共の相手をしてあげるから、アナタは子供達を連れて安全なところまで下がりなさい」


「いや、連中の相手は俺がする。エリスは俺が注意を引き付けている間に子供達を連れ出してくれ」


「ちょっと! 手を貸してるのは私の方よ? 言うことを聞くのが筋じゃないかしら?」


「子供達の生命が惜しければ、オレ一人で来いってのが連中の要求なんだよ。悪いが言う通りにしてくれ。じゃないとアイツらは、本当に何をするか分からんからな」


 元々コレは子供達の救出作戦だ。一人でも犠牲を出せばノエルの負け。何が何でも死なせるわけにはいかない。多少の危険を冒してでも、子供達の安全を確保するまでは連中の言うことを聞くしかない。考えれば考えるほどに腸が煮えくり返る思いだ。


「……しょうがないわね。その代わり無理をするんじゃないわよ?」


「心配すんなって……チンピラ相手に遅れは取らねぇよ。あぁ、それとシスターが一人、子供達と一緒に拐われたんだ。悪いがついでにそっちも頼むよ。一応彼女も魔法が使えるらしいが、どうにも肝っ玉が小さいらしくてな、人に向けて魔法を放つ事が出来ないようなんだ」


「了解、でも最悪の場合は子供達を優先するわよ?」


「出来ればそうならない様に頼む……」


 商業地区から工業地区へと入り、やがて辺りが閑散とした景色へと変わっていくと、ノエル達ふたりは身を隠すように綿畑の中を突っ切った。

 そうして見えてきた自宅の光景に顔をしかめると、エリスを促しその場にしゃがみ込む。希望した自宅の場所が完全に裏目に出てしまっている。薬師という職業柄、近隣に臭いが及ばないような場所を指定していた。そのためにポツリと建つ一軒家を充てがわれたのだが、お陰で身を隠せるような建物が全く無いのだ。これでは気付かれずに建物に近づく事は出来そうにない。


 ノエルは気合を入れるように息を吐くと口を開いた。


「まずは俺が出ていって連中の気をひく。エリスはその隙に建物の裏から侵入してくれ」


「それしかなさそうね……」


 エリスは前を見据えたまま小さく頷くと、ノエルの肩へと手を回しグッと引き寄せた。


「いいこと、ノエル……。たとえ相手が魔法一つ使えないチンピラだとしても、絶対に油断しちゃ駄目よ? 数は力なの、死に物狂いで一斉に襲い掛かって来られれば、いくらアナタでもどうなるかわからないわ。分かったわね?」


 額がくっつきそうな程の距離で凄まれる。と、ノエルは目を丸めポカンとした表情で固まってしまう。エリスと出会って以来、名前を呼ばれたのは初めての事だ。どういう風の吹き回しか、彼女は本気でノエルの身を案じているらしい。


「ちょっと、聞いてるの?」


「あっ、あぁ……名前を呼ばれたのが初めてだったから少し驚いただけだ。心配しなくても油断はしないさ。ただ――」


 ノエルは緩んだ顔を引き締めると、ゆっくりと立ち上がる。


「連中は俺がる! エリスは絶対に手を出すなよ?」


 怒りに歪んだ表情。鋭さを増したまなこが、いつにも増して陰を差し、不釣り合いな幼い容姿が危うさを思い起こさせる。エリスは頑として譲る気配を見せないノエルに、薄ら寒い何かを感じながらも渋々と受け入れるしかなかった。


 こんな世界だ、人死になんて珍しくもなんともない。ただ、これほどまでに殺しを望む子供は珍しい。エリスの危惧するところ――悪戯に厄災を振りまく。暗く澱んだ目を見た瞬間、エリスの脳裏にはその陰がチラ付いていた。


「落ちるんじゃないわよ……」


「なんの事だ?」


「何でもないわ。ほら、とっとと行って連中の気を引いて来なさい。じゃないと私が動けないでしょ!」


「あぁ、行ってくる」



………………。

…………。

……。




 手に入れて以来、一度として使われることのなかった家屋には、家具もなく床一面にホコリが積もっていた。その2階にある一室で身体をきつく縛られたアナベルが身をよじると、フワリと微かにチリが舞い上がる。


「くぅ……、みれば見るほどいい女だな……」


 下卑た笑みを浮かべながら見下ろしているのは、愚連隊のリーダーであるウルグ。その後方には腕を組み壁に背を預けて白仮面の男が黙ったままその様子を見つめている。


「手を出ズなよ?」


「あ? テメェの女じゃねぇだろ? 口出しすんじゃねぇよ」


 身をくねらせるアナベルの肉体に食い込んだ縄が、豊満な胸元をより強調すると、眺めていたウルグが生唾を飲む。


「やめて、触らないで!」


 身動きの取れないアナベルが悲鳴をあげた。目には薄っすらと涙を浮かべ、憐れみを誘うような表情を浮かべている。


――たまらねぇな……。


 加虐心を刺激されたウルグの手が伸びる。その瞬間――


「シスターに触るんじゃないわよ、このばかぁぁ!」


 ポスッとウルグの脇腹に何かが当たる。見れば両手を縛られたフランがぴょんぴょんと飛び跳ねながら懸命に頭突きを繰り出していた。


「なんだぁ? 邪魔くせぇガキだな。どけっ、オメェ見てぇなペッタンコには興味ねぇんだよ!」


「ぎゃ!」


 ウルグの払った手がフランの頬を打つ。小さな悲鳴をあげたフランは、小枝のように飛ばされると床をゴロリと転がった。


「フランちゃん!」


「いい加減にジろ! 次はないぞ?」


「テメェ……」


 後頭部に感じた冷たい感触にウルグが動きを止めた。白仮面の男、ラングは構えた銃器型魔道具の銃口をウルグの後頭部に押し当てたままゆっくりと撃鉄を引き上げる。


「あんた……、向ける相手を間違えてねぇか?」


「間違えデはねぇな……。言っダはずだ、女には手を出ズなと」


 ザラ付いた掠れ声。そのひどく冷淡な口調が引き金の軽さを連想させると、堪らずウルグは両手を上げておどけてみせた。


「分かったよ、アンタの言うことに従うさ。ったく……、ちょっと味見をしようと思っだけじゃねぇか」


「仕事の前に女を怒らせるな、縁起が悪いだろうが」


「チッ、いい年こいて験担ぎかよ。臆病なこって」


 吐き捨てるように口にしたウルグが、苦々しい顔もそのままに部屋の外へと去っていく。ラングはその後姿を見送ると、扉が閉まると当時に構えていた銃器を腰に戻した。


「フランちゃん! ねぇ、返事をしてフランちゃん!」


 甲高い声を張り上げながら、アナベルが床を這いずっている。見れば打ちどころが悪かったのか、フランは白目を剥いて気を失っている様子。ラングはそれを一瞥すると、とくに気にした様子もなく定位置へ戻り再び壁に背を預けた。


 阿呆のせいで、余計なケチが付いてしまった。思えばあの時もメイドの女にひどく睨まれた気がする。


――くそっ、嫌な事を思い出させやがって……。


 付けた仮面の奥が疼く。焼けただれた皮膚が引き攣り、チクチクと針をさすような幻痛に思わず顔をあげると、恨めしい顔で睨みつけてくるアナベルの姿があった。



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