83話:貴族の戦い方――その1

「君とは一度、こうしてじっくり話がしてみたかったんだ」


「それは……光栄です」


 上機嫌のヘインズに連れられて、テラスへと移動する。

 この少年は何処かがおかしい。

 口調に仕草、行動の全てが大人びている。

 それに、感じる魔力の流れに全く淀みが感じられない。

 魔法が使えるかどうかは分からないが、身体強化の練度が高いことが伺えた。


 くわえてノエルがついた嘘をあっさりと見破ったのも解せない。

 聴き方も何かしらの根拠があるような言い回しだった。


 このヘインズと言う少年の目的は何だろう?

 ノエルの中で不安が膨れ上がっていく。

 下手をすれば貴族と敵対することになるかもしれない。

 それも辺境伯と……。


 必死で頭を巡らせて回避手段を探すが、出てくるのは凡そ勝ち目の薄いものばかり。

 こうなればとにかく聞いてから判断するしかないと、ノエルはそうそうに話を切りだした。


「私に聞きたい事とは何でしょうか?」


「ん? 特に無いよ。何も知らない方が面白いからね」


 言ってニコリと微笑むと、ヘインズはポケットから小石を一つ取り出した。


「君はこれが何だか分かるかい?」


 ヘインズが指先で摘まむようにして掲げたそれは、直径2cm程の真っ黒な小石、闇属性の魔石だった。


「魔石ですよね? 色が付いているものは高価だと聞いたことがあります」


「うん、そうだね。これだけで金貨30枚はくだらない」


「そんなに……」


「まぁこれは闇属性だからね。属性の入った魔石の中でも値が張るものなんだ」


「そうなんですか……」


 ノエルは話を合わせながらも、内心では別の事を考えていた。

 金持ち特有の自慢話がしたいのだろうか?

 それとも何か別の企みがあるのだろうか?


 どちらにしても続く言葉に良い予感がまったくしない。


「はい、これは僕からのプレゼントだ」


「え? 良いんですか? そんなに高価なものをいただいても」


「うん、良いのいいの。と言うより君に持っていて貰わないと困るんだ」


「困る? どう言う事でしょうか?」


「君は魔法使いだよね? それなのに魔力隠蔽をまったくしていない。自分の力を無防備に他者へ知られる事は、とても危険なことなんだよ。分かるかい?」


「はぁ、何となく」


「まぁ今は分からなくても良いよ。それを持っていてさえくれればね」


「はい、ありがとう御座います」


「それじゃ、そろそろアリス嬢を助けに行こうか!」


「え?」


「ほらほら行ったいった」


 訳が分からないままに、またも背中を押されて会場へ戻ると、ピンと張り詰めた空気が出迎える。

 その様子に何事かと辺りを見渡すと、メイがアリスを庇うようにして一人の青年の前に立ちふさがっていた。


「これから君に最初の試練が訪れる。良いかい? 力押しではどうにもならないよ? 君らしく頭を使って立ち回るんだ。あの時のように、狡猾にね……」


 耳元で囁くヘインズにギョッとしたノエルが振り向くと、とうの本人は何事もなかったかのようにアリスの元へと歩いていく。

 その後ろ姿を怪訝な顔で見送っていたノエルは、手にした魔石を握り締めると、後を追うように足を進めた。


 これからいったい何が始まると言うのだろう。

 帰りたい。物凄く帰りたい……。


「マガーク様、これ以上無粋なまねはお止めください。ご自分が何をなさっているのか、お分かりですか?」


「あぁ、勿論分かっているとも。寧ろ分かっていないのは君の方じゃないかな? 分をわきまえろよ? メイド風情が!」


 ひそひそと、ニタニタとした人並みをかき分けて前に出ると、ヘインズがノエルへ耳打ちをする。


 どうやら今まさに繰り広げられている言い争いの原因は、ノエルにあるらしい。

 聞けばこのマガークと呼ばれた男は、アリスの婚約者だそうだ。

 見た所成人したばかりの15歳かそこらの、未だあどけない面影のある青年で、赤らんだ顔から察するに少々酒に酔っているようにも見えた。


「彼は魔法王国の貴族でね。アリス嬢との婚姻は、国の防衛に関わってくる重大な問題なんだよ。それなのに君が横からアリス嬢をかっさらっていったものだから、彼らは相当焦っているんだろうね」


「ちょ、ちょっと待ってください。私はそんなつもりは全くありませんよ?」


 聞いたノエルは、あからさまに狼狽えた。

 それはそうだろう、ヘインズの話を鵜呑みにするなら、ノエルは貴族どころか一国相手に喧嘩を売っているに等しい行為をした事になる。


 そうなれば勝負にならないどころか逃げる事すら不可能だ。

 冗談ではない。早急に誤解を解かなければ。


 慌てて前に出ようとするノエルを、ヘインズが押さえつける。


「待ったまった。言った筈だよ? 頭を使わないと命に関わるってね」


「――っ!」


「今出で行って誤解を解いても彼は君を恨むだろう。何しろこれだけ大勢の中で恥を掻いたのだからね。下手をすれば、汚名をそそぐ為に決闘を申し込まれるかもしれないよ? さぁ、どうする?」


 言われたノエルの顔は見る見るうちに青くなっていく。


 どうすると言われてもどうにもならない。

 最善策があるとすれば、今すぐに逃亡を試みるぐらいしか思い付かない。


 ノエルがソロリソロリと後退り、野次馬の中に身を隠そうとした、その時――。


「やぁ、ノエル君、良いところに来たね。今、君の話題で持ちきりになっていたところさ。そうだろ? マガーク男爵」


「――っ!」


 ノエルは不意に突き飛ばされて、前のめりに躍り出る。

 振り向くと、したり顔で笑うヘインズが、声を殺し口だけを動かす。


『抗ってみせろ』と。


(このガキ……。始めからこうするつもりだったのか)


「貴様がノエルか?」

 

 その低く、怒気のこもった声にノエルが恐る恐る振り返ると、苦々しい顔でマガークが睨みつけていた。


――終わった……。これはもう、完全に積んだ。


「は、はははっ……、なんか……すいません……」


 思わず乾いた笑いがこぼれる。

 と、同時にマガークから殺気混じりの魔力が立ち上った。


 周囲にいた野次馬達は、慌てたように逃げ出し、ひとりポツンと残されたノエルは後ずさる。

 どう考えてもまともじゃない。

 仮にもここは公爵家の屋敷内で、来客はその殆どが他国の要人だ。

 そのような中で魔法を放てばどうなるか。

 結果は目に見えている。にも拘わらず、感じる殺気は見る間に膨れ上がっていく。


(ヤバいな、完全に我を忘れてやがる……。ガキの癖に酒なんか飲むからだ。馬鹿やろうが)


 一瞬、逃げ出そうかと試みるが、諦めたように息を吐くと身構える。


 もしここで背中を見せれば、この男は問答無用で魔法を放ってくるだろう。

 そうなれば周囲の貴族達は勿論の事、メイやアリスにまで危険が及ぶ事になる。

 そして、その際に責任を問われるのは――おそらく自分だろう。

 なにしろ相手は貴族だ。その場に平民がいるのなら当たり前のように人柱にするはずだ。


――ならばどうすればいい?


 緊迫した状況の中、必死に頭を捻った結果。

 ノエルの選択した決断は、迎え撃つこと。

 放たれる魔法の尽くをたたき落とし、被害を最小限にくい止めることだった。


 これ以外にはない。覚悟を決めたノエルが魔力を解放しようとしたその瞬間。


「いい加減にせんか、この馬鹿者が!」


 大声を張り上げ、ひとりの老人が現れた。

 年の頃は七十代後半で、やや背筋の丸まった白髪碧眼の男性。

 言い方から察するに、かなり身分の高い立場の人間なのだろう。

 少なくとも男爵よりは。


「すまぬな、少年。悪いが矛を下げては貰えんかのう?」


「勿論です、貴族様に刃向かうなど以ての外。もとよりその気は御座いません」


「そうかそうか、賢い子じゃな。過ぎるぐらいに……」

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