84話:貴族の戦い方――その2

「お主もじゃ、よいな? マガーク」


「やめてください学園長。ここはあなたの学園ではないし、今の私はあくまでも、レリック公爵家の代表として来ているのですから」


「そうか、ならば尚の事じゃな。これ以上は公爵家の恥になる。流石の儂も庇いきれんぞ?」


「ではいったいどうしろと? 事の重要性を理解できない訳ではないのでしょう?」


「若いのう……。まさかこんなところで仕掛けて来るとは想定外じゃわい」


「……それはどう言う意味ですか?」


 二人のやり取りに聞き耳を立てていたノエルの前に、ヘインズが割って入ろうとのぞき込む。

 それに気付いたノエルは慌てて止めるべく、思わずヘインズの肩へと手が伸びる。


「なんだい? 僕は二人の言い争いを止めようと思っているだけなんけど?」


 振り返りざまにしれっと言ってのけるヘインズに、顔を顰めるノエル。

 悪戯のつもりなのか、それとも別の思惑があるのか、このヘインズと言う少年はワザと事を荒立てようとしている伏がある。

 このまま彼のやりたい様にやらせていては、ノエルにとって状況は悪くなるばかりだ。

 本当の意味での危機的状況に陥る前に、まずはヘインズをどうにかしなくてはならない。


「お待ち下さいヘインズ様。ことは国どうしの政治に関わる問題。安易に関わっては、お父上にご迷惑が掛かるやも知れませんよ?」


 言われたヘインズは、楽しげにニヤリと笑みを浮かべ、だからこそだとでも言いたげな表情を見せる。


 やはりこの少年を野放しにするのは危険だ。


 ノエルはヘインズの手を取り、その場を離れようと踵を返す、が――


「これはどう言うことかな? 誰か説明しては貰えんかね?」


 現れたのはディート・フォン・ランスロット。

 パーティーのホストにして、アリスの父親。

 ランスロット公爵その人だった。

 

――最悪のタイミングだ……。


 事もあろうにディートはノエルの行く手を遮るように登場したのだ。

 お陰でノエルは、避難する機会を完全に失う格好となった。


「残念だったね」


 耳元で囁くヘインズに溜め息を吐く。

 おそらく、ここから先は少しでも選択肢を間違えれば命に関わる。

 慎重に掛からねばならないだろう。


「ほっほっほ。これはランスロット殿、お騒がせして申し訳ない。なぁに、ちょっとした痴話喧嘩ですよ。そう気にする事もありますまい」


「成る程、ですがそう言う訳にもいきますまい? 私の開いたパーティーで、主賓である彼に殺気を向けたのですぞ? その意味が分からないあなたでも無いでしょう? レーゲンシルム公爵」


「ほっほ、まぁそう目くじらを立てんでも良いじゃろう。若いうちは血気盛んなのも致し方あるまい? お主も若かりし頃は相当なものじゃったぞ?」


「確かに……。あなたとも何度か矛を交えた事がありましたな」


 ノエルを挟んでの二人の公爵のやり取りは、表情こそ笑みを浮かべてはいるものの敵意剥き出しで、漏れ出る魔力による殺気の押し合いが続いていた。


 そんな中に放り込まれたのだから、ノエルとしては生きた心地がまるでしない。

 たらたらと人知れず冷や汗を流しながらも、今なお続く危機的状況を回避すべく必死で頭を巡らせていく。

 今考えなければならないのは、この後どうなるのかでは無く、むしろどうしてこうなったか、だ。


 事の発端はノエルが婚約者であるマガーク男爵を差し置いて、アリスをエスコートした事から始まった。

 だとしたらこれはディートによるはかりごとの可能性が高いのではないだろうか?


 パーティーの主催者であるディート本人が、マガーク男爵が出席している事を知らない筈がない。

 にもかかわらず、ノエルがアリスをエスコートする事を許可したと言う。

 その結果、どうなるのかが分かった上で、だ。


(くっそ……完全に嵌められたな。だが何でこんな回りくどい方法をとる?)


 思えばノエルを始末したいのならば、直接手を下せばいいだけの話。

 それこそ公爵家自慢の精鋭部隊に一言、殺せと命令を下すだけで済んだこと。


――もしかすると本当の目的は別にあるのか?


 些か情報の乏しい現状において、考えられられる選択肢は数えるほどしか存在しない。


 例えば、案外ディートは子煩悩で、アリスの婚約を快く思っておらず、婚約を破棄させるために当て馬に使った。

 もしくは主賓であるノエルを傷付けさせる事で、相手を責め立て、貸しを作るため。


 ここまでは良い。その程度なら何とか切り抜けられるだろう。

 しかし、もし考え得る最悪の目的が正解だった場合、かなりマズい事になる。


 元々このリーリア王国と、マガーク男爵が属するイグニス王国には、和平協定が結ばれていた。

 イグニス王国側からすれば、生命線とも言うべき大切な協定だ。

 なにしろ彼の国は永世中立を歌っている。

 その為、どの国とも軍事同盟を組むことが出来ないのだ。

 なればこそ、アリスとマガーク男爵の婚約は、イグニス王国にとっては、それこそ国防に直接関わる大事である。

 是が非でも成立させたい事だろう。


 たが、それはあくまでもイグニス王国側の思惑だ。

 もしもリーリア王国側がそう思ってないとしたらどうだろう。

 いや、むしろ和平協定を破棄させたいと企んでいたとしたら?


 ノエルには国家間の協定の内容など知る由もないが、この世界ではほんの小さな火種ひとつで、簡単に戦火の炎が燃え広がることは、想像に難くない。


 この予想が正しかった場合、ノエルの死と同時に両国の間で戦火の火蓋が切って落とされる事になる。


――ゴクリッ……。

 思わず生唾を飲む。


 ノエルとしては大して思い入れのない両国が、どうなろうと知った事ではない。が、巻き込まれるのはごめん被りたい。

 出来れば自分の関係ない所で、勝手に殺し合っていただきたいものだ。


 と、ノエルはここまで考えてハタと気付く。

 結局の所、マガーク男爵が考え無しだからこうなったのではないだろうかと……。


 僅かな情報しか持ち合わせていなかった、ノエルですら気付いたのだ。

 本来であれぱマガークだって察して然るべきだろう。

 しかし、彼は今尚ノエルの事を敵意剥き出しで睨み付けいる。


 これが演技なのか本心なのかは分かりかねるが、彼の言動一つで状況がガラリと変わる事になるだろう。

 そうなると、一番の安全策は、マガーク男爵に無言のまま御退場願うことだ。


「レーゲンシルム公爵様。失礼ですがマガーク男爵様は、些か酒に酔っておられるご様子。酔い醒ましの為にも、少々夜風に当たられては如何でしょうか?」


「ふむ、確かにそうかもしれんな。では私が案内してこよう」


「いえいえそれには及びません。ここは私がご案内致しましょう。その方が何かとご都合が宜しいかと……」


「ほぅ……、そこまで察するか……。ランスロット公爵殿は、良い教育をなされいるようじゃのう」


 ノエルは何とかその場を収めるべく取り繕うと、傍らでニヤつくヘインズを促した。


「やっぱり良いね、ノエル君は。それはもはや才能だよ。天才的と言っても良い」


「何の事だか分かりかねますが、そろそろ参りましょうか。マガーク男爵様、此方です」


 ノエルは言ってそそくさとその場を後にする。

 先程から背中に射殺すような視線を感じるのだ。

 これでまたしてもランスロット公爵に睨まれる事になるだろうが致し方ない。

 それに、二人もの老獪を同時に相手にするよりはましだろう。

 

 レーゲンシルムに促され、マガークは渋々ながら先を行くノエルを追いかける。

 その表情からは今尚敵意が浮かんで見える。

 ノエル、ヘインズ、マガークの三人は、遠巻きに声を潜める野次馬を後に、テラスへと向かう。


 後はどうにかして青年を説得しきれれば、ノエルの首は繋がる算段だ。

 とは言え見るからに思慮の浅い青年だ、言いくるめるのはどうにでもなるだろう。


 問題があるとすれば……。

 チラリと視線を横へと向けると、スキップでもすかの様に楽しげに歩くヘインズがいた。


――此奴は一体何がしたいんだ?


 ノエルは未だにヘインズの行動を計りかねていた。

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