145話:口の悪い従者と食いしん坊な御令嬢

 紳士淑女の社交場。その造りは三階建ての大きな洋館で、だだっ広い庭の中心には白亜の噴水があり、周囲では上流階級と思しき男女が会話に花を咲かせている。

 未だあどけなさの残る顔立ちをした青年に、ペコペコと頭を下げながら愛想笑いを浮かべる中年男性。上流階級といってもピンキリだ。この場にいる者達は、領地を持たない下級貴族。そしてそれを利用しようとする商人達。一見煌びやかに見えるこの景色も、狐と狸が化かし合う戦いの場でしかない。


――ご苦労な事だな……。


 馬鹿にするように鼻を鳴らすと、左手に填めたの指輪をグリグリと回す。


 現在二人は、リッジ・ファミリーが主催するカジノに来ていた。


 ノエルは以前に入手したパーティー用のタキシードに身を包み、シルクハットとステッキといった装い。たいしてエリスは薄紅色のカクテルドレスで、幻視魔法を解除したエルフの姿に戻っていた。


 因みに二人の設定は、物見遊山で街を訪れている、さるエルフ族のご令嬢とその従者。

 当初この設定には些か無理があると思ったノエルだったが、ドレスに身を包んだエリスはなかなかに美しく、当人も乗り気だったため決行へといたった。

 しかし蓋を開けてみれば、やはりエリスはエリスでその行動は令嬢とはほど遠い。今も見た目の美しさに惹かれ、通りがかった男達が振り返るも、その奇行ゆえに誰一人として声を掛けてくる者はいなかった。


 まぁそれも、本人は気付いてすらいないようだが……。


「おい、いくらなんでも食べ過ぎだぞ」


 皿いっぱいに盛り付けられた料理を持たされ、呆れ顔のノエル従者エリスお嬢様のわき腹を肘でつつく。どこの世界にカクテルドレスで、食事にがっつく令嬢がいるというのか。少しは考えて行動して欲しいものだ。


「むぐむぐ……。らってもっらいないれひょだって勿体ないでしょこっひはおかねをはらっれるのひぉこっちはお金を払ってるのよ?」


「食べながらしゃべるな、みっともないだろうが! もういい、とっとと行くぞ」


まひなひゃいよ待ちなさいよ!」


 主導権をエリスに与えたのが悪かった。彼女は本能に忠実だ。手綱を握っておかないと、ドコへ向かうか分かったものではない。ノエルは仕方なしにエリス腕を引いて、本来の目的であるギャンブル会場へと向かった。


 会場である館内に足を踏み入れる。まず出迎えたのは、ふかふかの絨毯とざわついた人々の声。熱気とでもいうのだろうか。当たり前のように金貨が飛び交うギャンブル場特有の空気が漂っていた。


――問題は参加するゲームの選別だな……。



 会場内を見回しながら吟味する。ポーカーにバカラ、ブラックジャックなどのカードゲームが並び、その奥にはビンゴにルーレトなどの大きな台が置かれている。更によく見れば麻雀と思しきものまであり、ギャンブルに一喜一憂する人々が群がっているさまが見て取れた。


 だか、今のノエルはあくまでも従者である。実際に賭けに参加するのはエリスの役目。となると、あまり複雑なものは選べない。


 まずカードはない。エリスに心理戦や読み合い、ポーカーフェイスを期待するだけ無駄だろう。

 同じ理由で麻雀もない。となると――


「ルーレットだな! エリス行くぞ」


「はいはい、で? 私は取りあえず普通に遊んでいればいいのよね? あっ、これスゴく美味しい」


 ノエルの手から料理を引ったくると、もしゃもしゃと食べ始める。頬を膨らませ、ハムスターのように貪るエリスを見て呆れ顔でうなだれる。せっかくの美人が台無しだ。本当に残念なエルフだ……。


「あぁ、卓に付いたら後は好きにしていい。ただし――」


「死人は出さない。でしょ? 何度も言わなくても分かってるわよ」


「へいへい……。んじゃ行きますよ、お嬢様」


 ノエルはエリスをルーレット台まで連れて行くと、簡単にルール説明をしてその場を後にした。

 作戦上は、勝とうが負けようがどちらでもいい。そもそもが相手だ。結果は見るまでもなく明らかだろう。絶対にろくでもない終わり方に決まってる。


 それよりも今は、会場内で得られる情報の方が優先だ。壁際をゆっくりと歩き回りながら様子を伺う。客と思しき人々の他に、ディーラーとは毛色の違う者達がチラホラ見える。おそらくはいざという時の為の用心棒かなにかだろう。


 黒いタキシードに赤い蝶ネクタイ。制服なのか、全員が同じ服装をしている。感じた魔力量も大したことはなく、魔法使い未満、魔術師以上といったところだ。

 更に、見れば二人一組で同じ様なところ行ったり来たりしている様子から、予め決められた持ち場を守るように警備していることも分かった。


 もしかすると、警備と言っても不正を見張るためのものかもしれない。

 なにしろこの世界には魔法が存在しているのだ。イカサマを働こうと思えばいくらでも出来る。現にこうしてこの場にいる全員が、魔牢石の指輪を填めているし、会場内では外すことも禁じられている。


(アイツだな……見るからに負けが込んでいそうだ)


 会場中を歩き回り、ようやくお目当ての人物が目に留まった。年の頃は三十代半ば、でっぷりとした腹に、蛙のようなニキビ面。額からは脂汗を流し焦った表情で手にしたカードと睨めっこをしている。彼ならきっと予想通りに動いてくれるだろう。


 ノエルは男の姿がよく見える位置に移動し、壁に背中を預けるようにして、素知らぬ素振りで様子を伺うことにした。


 男が動きを見せたのは3ゲームほど過ぎた後。負けが込んで苛々していた様子から一転。急に忙しなく、目元だけがキョロキョロと踊り始めた。

 見ると、蛙男の左手が、いつの間にかきつく握られていた。


 リッジ・ファミリーが主催するカジノでは、絶対に守らなくてはならないルールが二つある。一つ目は魔牢石の指輪を決して外さないこと。二つ目は指輪を填めている方の手を、ギャンブル台の上に乗せて置くこと。

 この二つを守らなければ、即座にイカサマとして判断されることになる。


――やるつもりだ。


 ノエルは注意深く周囲を見渡した。ディーラーの男はポーカーフェイスを装ってはいるが、その目はプレイヤーであるカエル男の左手に注がれており、後方からは四人の警備員が挟み込むように近付いて来ていた。


 そうとも知らないカエル男がテーブルを二度たたき、カードを要求する。そして――。


「お客様……、イカサマは困ります」


 突然左腕を掴まれ、男は呆けた顔で固まった。


「なっなにをする! 離せ、離さないか!」


「それは出来ません。見たところ、あるはずの指輪がどこにも見当たりませんが、どうなさいました?」


 周囲を完全に取り囲まれ、逃げ場を失ったカエル男がうなだれる。決定的な瞬間を抑えられたのだ。言い訳のしようがない。


「失礼します」


 覚悟を決めたのか、カエル男はなすがままに魔牢石の腕輪を嵌められると、男達に抱えられるようにして連れ出されていく。


(流石に手慣れたものだな……)


 ノエルはやや遅れて気付かれないように男達の後を追い始めた。知りたいのはどこに連れて行かれるのかだ。

 どんな目に遭わせるつもりなのかは知らないが、この手の不正者を招き入れる為の部屋にはそれなりの人数が控えている可能性が高い。

 後々でエリスに暴れて貰う時のために知っておきたいところ。


 会場を抜け、裏口から外へと出ると、隣に建つ別の屋敷に入っていく。何の変哲もない二階建ての建物。その二階部分へと目を向けると、見覚えのある顔が、窓から顔を覗かせていた。


「確か、アレンだったか? いいね、実に好都合だ……」


 ノエルは去っていく男達を見送りながら、内心で舌なめずりをした。

 

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