144話:臆病で狡猾な危ない子供

 暗闇の中、微かに息を飲む音だけが耳に届く。掲げたナイフのくすんだ刃が、薄い月明かりを照り返す。と、反射した光が、ニヤケ顔で微笑むノエルの顔を浮き彫りにした。


「なんだ……このガキは」


 怪訝な顔で男が呟くと、連鎖的に後方の仲間達がガヤつき始める。


「ガキ? おい、もしかして?」


「いや、違う。手配書のガキじゃねぇ……」


「なんだよ、警戒して損したぜ。おいガキ、こんな夜中にひとりで外をフラ付いてたら、人攫いに捕まっちまうぞ?」


 仲間達をかき分けるように一人の男が前へ出る。懐から手配書を取り出すと、ノエルの顔と交互に見比べ、ニターッと笑んだ。


――コイツは上玉だ。


「おい、これなら変態貴族に高値で売れるんじゃねぇか?」


 今のノエルは幻視魔法を用いて容姿を変化させている。この魔法は術者が精霊にたいして、明確なイメージを教え込む必要がある。そのため、限られた時間の中で、ゼロから新しく幻視魔法用のイメージを作り出す余裕の無かったノエルは、自らの記憶の中で、もっともイメージしやすいを選んだのだ。

 つまり、いまのノエルは端から見ればどびっきりの美少年というわけだ。


「どれ、俺にも拝ませろ。へぇ、悪くねぇな……」


 男の言葉を皮切りに、次々とノエルの顔を覗きに来ては感嘆の息を吐く。

 全くもって嬉しくない――。ノエルは彼らの勝手なやり取りに、嫌悪に満ちた表情を浮かべた。


「お前らは人身売買もやってやがんのか?」


 不意に投げ掛けられた刺々しい台詞に、男は事も無げに言い切った。


「あ? 商人が物を売って何が悪いってんだ?」


――瞬間。男達の向こう側で猛烈な魔力が立ち上った。


「あーあ、お前ら見事に地雷を踏んだな……。エルフの前で子供を食い物にしている事を自白するとは……」


「なに言ってやが「エリス、殺っていいぞ!」――ッ!」


 被せるようにノエルが叫ぶ――が、その時にはすでに男が一人、宙を舞っていた。

 唯でさえ沸点の低いエリスが、あんな事を聞かされて我慢できるはずがない。ノシリ、ノシリと大地を踏みしめて、肩を怒り上げたエリスが男達に歩み寄る。


――あぁ、ヤバいな。完全に我を忘れてやがる……。


 ノエルの視線が宙を舞っている男へ泳ぐと、それをなぞるように全員が振り向いた。

 息を飲む者、悲鳴を上げる者。彼らの反応は様々なれど、間違いなくその場にいる全員が直感した――


――死が歩いてくる。


 鬼。修羅。羅刹。暴力を人の形で表現すると、こんな姿になるのだろうか。


 ノエルはブルリと身体を震わせると、慌てて目の前の男を引き寄せ、強引にその場に組み伏せた。


「なっ! なにしやがる、このっ!」


「うるせぇ! 死にたくなければ黙って伏せてろ!」


 身をよじり、起き上がろうとしてもたげた頭を力一杯地に押しつけた。更に掴んでいた手首を捻ると、背中へ回し間接をきめる。

 別に加虐趣味があるわけではない。こうでもして一人は確保しておかねば、怒れるエルフに皆殺しにされかねない。ノエルとしては、色々と彼らに聞きたい事があるのだ。全滅は勘弁願いたい。

 

 ノエルの背後で次々と悲鳴が上がる。続いてドサリと何かが地面に叩きつけられる音。見なくても分かる。きっと彼らが地獄を味わっているのだろう。


 次々と背中越しに消えていく悲鳴を数えながら、そろそろ始末がつきそうだと、ノエルは組み伏せた男の懐を漁り始めた。


「あった、これか……。マジか、ご丁寧に似顔絵まで付いてやがる」


 取り出した手配書を広げ、一通り目を通す。容姿についての特徴。出没しそうな地域。更にはノエルをプロファイリングでもしたのか、性格および行動分析までもが添付されている。


 臆病で狡猾。子供の姿をしてはいるが、その行動心理は成人男性と同じ。暴力に対して忌避感が薄く、命を奪うことにも躊躇いはない。また、魔法にたいする知識もあり、対処する際には危険が伴うため、複数人で当たること。


「誰だ……、この危ない子供は……」


「どう見てもキミの事だと思うけど?」


 ヒョイと肩口から顔を覗かせたエリスが突っ込みをいれた。


――もう終わったのか……。


「失礼な、俺はこんなにイカレちゃいない。訂正を要求する!」


「そうかしら? 良くできてると思うけど? それにこの似顔絵。まさに瓜二つね!」


 ノエルから手配書を奪い取ると、エリスは感心したように何度も頷いている。その様子に自分はそんな目で見られていたのかと、ノエルは悲憤慷慨に空を仰いだ。


「まぁいいさ、それよりもう片づいたのか?」


「言ったでしょ? 壊すのも殺すのも得意だって」


「あぁ、そうみたいだな……」


 言ってノエルは屍となった男達を見渡した。エリスは意外な事に事を済ませたようだ。見れば死体には欠損もなければ血溜まりもない。

 あれほど怒りを露わにしていたわりに、指示通りの冷静な仕事っぷりだ。

 どうやら我を忘れていた訳ではないらしい。


「どう? 言われたとおり魔法を使わずに殺ったわよ」


「あぁ、上出来だ。しかし意外だな、俺はてっきり怒りにまかせて、バラバラに切り刻むんじゃないかと思ったよ」


「馬鹿ねぇ、戦闘中に我を忘れるような素人じゃないわよ」


「そうだった……」


「おいっ、いい加減に放しやがれ! 腕が折れちまうだろうが」


 自分の置かれた立場を理解していないのか、ノエルの尻の下で男が喚き散らす。


「ん? あぁ、そうだった。それじゃあ色々と聞かせてもらおうか」


 もがく男の髪をひっ掴むと、強引に顔を持ち上げ問答無用で口の中に薬を流し込む。無理矢理に飲ませるコツは、相手を手加減なしでエビぞりに引き上げること。そうしてやれば、後は勝手に飲み込んでくれる。何度も尋問を繰り返すうちに掴んだ、ノエルの豆知識である。


「ウォゲッ、ンガッ……」


「よぉし、飲んだな? それじゃあ何もかも吐いてもらおうか!」




………………。

…………。

……。




 足下に転がっている死体の懐に手配書を戻すと、ノエル達二人はその場を後にした。

 尋問の末、新たに分かったことが三つ。コルネーリオ商会とリッジ・ファミリーとの間で行われた会談は、両者の意見が対立し、完全に決別したらしい。もはやいつ抗争が始まってもおかしくない状況。

 さらに、ルドワはノエルを捕らえた後に、ランスロットとの取引に使おうとしているようで、生死問わずと依頼を受けたものの、捜索隊には生け捕りが言明されていた。これはかなり有益な情報だ。三者の間は思っていた以上に乾ききっている様子。ちょっとした火種を飛ばすだけで、簡単に燃え広がってくれそうだ。


 最後に得た情報は、リッジ・ファミリーが開いているという賭場について。時間と場所。それに出入りする客層に賭に参加するための条件を聞き出すことがた。


 夜の商店街。人気のない裏通りを歩きながら、ノエルは作戦の絵図を描き直し始めた。

 コルネーリオがノエルを交渉材料にしようとしているのなら、堂々と正面から行ってやればいい。大事なのは目的を果たすまで、連中と良好な関係を築くこと。しかもそれは、あくまでも表面上だけで事足りる。それならばこの状況は、この上なく都合がいいと言える。


「エリス、ひとつ仕事を頼めるか?」


「ものによるわね。向かない仕事はやらない主義なの」


 大袈裟に両手を掲げながら、エリスが芝居がかった言い訳を始めた。度が付くほどの脳筋の癖に、脳筋呼ばわりを殊更嫌う。ノエルは面倒だが、少しだけ可愛らしいエリスの一面を見た気がした。


「そいつは賢明な心掛けだな……。だが安心してくれ、頼みたいのは荒事だ。好きだろ? そういうの」


「いいわ、聞いてあげる!」


 即答。分かりやすくて助かると、ノエルはクククと笑った。




――さて、お次はリッジ・ファミリーに仕掛けるとしようか。



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