143話:状況開始
月明かりの下、商店街の物陰で蠢く二つの人影があった。一つはノエル、もう一つはエリスである。
リッジとルドワの会談から、既に10日ほどの時間が経過している。その間二人はひたすらに両陣営の監視を続けていた。
最初に動きを見せたのは、コルネーリオ商会側。見回りか犯人探しか、もしくはその両方か。とにかく彼らは日夜問わず街中を徘徊し始めたのだ。それぞれに八人から十人程度の分隊らしき物作り、東西南北と虱潰しに歩き回っている。
おそらくはノエル達の襲撃を恐れての事だろう。が、どうにも腑に落ちないことが一つあった。何故だか一分隊が教会を監視するように張り付きはじめたのだ。
これには流石のノエルも焦りを隠せず、すぐさま尋問を試みようとするも、間の悪いことに今度はリッジ・ファミリーが動きを見せ始めた。
ここで下手に動いて作戦に支障をきたしては元も子もない。仕方なしにと、ノエルは不安を抱えつつも監視を続けていた。
「エリス……、もしかすると俺の存在がバレたのかもしれん」
「えっ!? ちょっと、どうするのよ?」
「様子を見るしかないだろうな……。もしもの時は作戦を変更する。だがその前に色々と確かめてみたい事があるんだ。移動するぞ」
「あっ、ちょっと!」
ノエルは教会を後にすると、夜の闇に紛れるように走り出した。商業地区を駆け抜け、住宅街を横切ると辺りは一際静けさをまして行く。やがて建ち並ぶ建物も徐々にまばらになっていき、今度は油と薬品の臭いが辺りを漂い始める。工業地区特有の臭いだ。
ノエルは更に速度を上げると、身を隠すように点在する綿畑の中を突っ切った。そうしてようやく見えてきた光景に、思わず足を止めると顔を歪めた。
――どうやら連中の狙いはノエルのようだ。
ランスロットから与えられたばかりのノエルの家。その周囲には凡そ二個分隊もの監視が展開していた。
「参ったな……。こりゃエリスに動いて貰うしかないかもしれん……」
「おっけい、私の出番ね! ちょっと待ってなさい。三分で終わらせて来るから!」
「ちょっと待て脳筋!」
腕捲りをしながら鼻息荒く飛び出そうとするエリスをひっつかむ。エリスは決まって人の話を最後まで聴かない。困ったものだ……。
「ちょっと待て、説明するから」
「むぅ……」
と、エリスはやや不満顔。結局この脳筋は、ただ暴れたいだけなのだ。ノエルは困ったものだと苦笑いしつつもこれはもう仕方がないと、噛み砕くように説明を始めた。
元々の作戦は、エリスが持つ行商人としての顔を利用し、コルネーリオ商会に接触を試みるというものだった。
その際のノエルの役割は、行商人に雇われた用心棒で、後々には腕を買われてコルネーリオ商会へ――。というのがノエルの書いた大まかな脚本である。
しかし、連中がノエルを探しているとなると話が変わってくる。いくら幻視魔法で姿を偽っているとはいえ、背丈までは変えようがない。腕の立つ魔導師で、子供の用心棒。そんな肩書き一つで簡単に正体がバレてしまうかもしれない。
そこまで説明してノエルは『うーん』と唸り声を上げる。
単純に作戦を変更するだけならば、エリスひとりに任せてしまえばいい。実際に彼女はノエルよりも強いし、実力さえ見せ付けてしまえば売り込むのは簡単だろう。
ただ――見ればエリスは心ここに在らずといった表情で、空を見つめていた。足元を貧乏揺すりでもするかのように揺らし、時折チラリとノエルに視線を送る。
この女、全く話を聞いていない………。
やはりエリス一人に任せるのは心配だ。ここはリッジ・ファミリーの動きを見てから決めた方が良い。
「エリス、俺の話しちゃんと聞いてたか?」
「もちろんよ! で、誰を殺ればいいの?」
「だから殺すな! お前は
………………。
…………。
……。
それからの三日間、ノエル達二人はリッジ・ファミリーの監視に時間を費やした。
結果、彼らの動きの変化は外出の際に集団で行動する。ただそれだけだった。
夜の見回りはあるものの、それはノエル達が散々悪戯を仕掛けたのだから当たり前。とくにおかしな事はない。
更に監視を続けたことで分かった事がある。それはリッジ・ファミリーの
彼らの主な収入は、商業地区に存在する各店舗からの用心棒代とテキ屋家業、それに定期的に開催される賭場での上がりが基本となっていた。
分かりやすく言えば、コルネーリオ商会がインテリヤクザなら、リッジ・ファミリーは極道と言ったところ。
二つの組織が仲良く鎬を分け合って運営している様は、ノエルには滑稽にすら思えた。
我が物顔で街を練り歩く彼らも、結局は権力者に刷りより頭を下げて生活しているという事実が煤けて見える。笑いたくなるのも無理はない。
ただ、一つだけいい意味で ノエルの予想が外れてくれた。リッジ・ファミリーの見回りは、あくまでも夜間に屋敷の周辺だけに限定されているという事。つまり、ノエルを探しているのは、どうやらコルネーリオ商会だけらしいのだ。
こうなれば俄然作戦が立てやすくなる。
そんなこんなでノエル達二人は、いよいよ行動に出るべく、夜の倉庫街へと赴いて来ていた。
「いよいよね……」
「あぁ、失敗すんなよ?」
「大丈夫よ、壊すのと殺すのは得意なの」
「嫌な特技だな、それ……」
些か物騒な軽口を交えながら、屋根の上を飛び跳ねて進んでいく。今夜の標的はコルネーリオ一味だ。連中の戦力を減らし、危機感をさらに煽るのが目的。それが上手くいけば、その上で後日リッジ・ファミリーにぶつけてやろうという魂胆だ。
「いたいた、なんか随分とやつれてんな……可愛そうに」
建ち並ぶ倉庫の間、細い路地裏を見下ろしながら呟いた。連日連夜の捜索で、肉体的、精神的に削られ続けた彼らは、くたびれた様子でフラフラと辺りを見渡している。
「あれってだいたいキミのせいよね?」
「ぐぅの音もでない!」
「ふふふっ……。で? やるのやらないの?」
彼らが向かったのは、隣り合うように建つ倉庫の間の細い路地、両側から挟み撃ちにしてしまえば逃げ場はない。
「殺る! 丁度お
「はっ? なんでよ、私だって戦いたいわよ!」
猛るエリスの勢いに圧され、二歩三歩と後ずさる。今日まで監視続きで欲求不満が溜まっていたのだろう。ここいらで発散させないと面倒なことになりそうだ。
「あー、じゃあエリスに向かっていった奴らは任せるよ。それと魔法使いも、それでいいだろ?」
「いいわ、任せておきなさい!」
「へいへい、頼りにしてますよ。……んじゃ行くぞ!」
言ってノエルは、月明かりすら遮られた暗闇の中へと飛び降りた――。
漆黒の中ドサリッと、風に揺られた大きな果実が落ちる音が、男の耳に鈍く響いた。
「誰かいるのか?」
先頭を行く男は、今し方聞こえた物音に向かって瞬時に身構えた。
すると、呼応するように男の背後にいた仲間達も警戒を露わにする。それぞれにナイフを抜き去さると逆手に握る。見るとさらにその後方では魔法使いらしき者が、魔力を練り始めているのも分かった。
――チンピラにしては手慣れている。
ノエルは彼らの動きから、ほんの少し警戒度を引き上げた。これまで始末してきた連中とは毛色が違う。
暗闇の、それも仲間同士が密集している中でのナイフの扱いに長けている。男達が身構えた瞬間、ノエルはそれを察した。
――ツイてる。どうやら当たりを引いたようだ。
「お前らただのチンピラじゃないだろ? 色々知ってそうだな……、吐いてもらうぞ?」
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