8話:長男は反抗期

 まだ日も開けぬ薄暗い闇の中、一人の少年が広大に広がる麦畑のそばを足音一つ立てずに走ってゆく。


「フッフッフッフッフッ」


 精密な魔力操作により右足・左足・右手・左手、一切の無駄がないその動きは、およそ子供の速力とは思えない程の速度を生み出していた。

 

 薬師の修行を始めてからと言うものノエルの魔力操作の精密度と体内魔力量は格段にあがっていた。

 もうかれこれ3時間走り続けているが、まだまだ底が見えてこない。


「しかし基礎も大事だが、何とかして魔導書を手に入れないことには何年たっても魔法が使えるようにはならないぞ……。

うーん。金か、結局金なのか。

一番安い魔導書でも金貨30枚って言ってたよなぁ」

 

 この世界の貨幣は

 銅貨:100円

 鉄貨:1000円

 銀貨:1万円

 金貨:10万円

 白金貨:1000万円

 ミスリル貨:1億円  

 

 ぐらいの価値観になっている。

 

 つまりどんなに安い魔導書でも300万円はするのだ。

 

「厳しいな……。6歳の子供がどうこうできる額じゃないぞこれは。多少無理をしてでもどうにかするしかないか」 


 ラノベの主人公に習うなら、冒険者になって魔物狩りに勤しむのがセオリーなのだが、如何せんこの国には冒険者ギルドと言う物は存在しない。

 かといって未だ薬師としては見習いの身、受け取る給金も雀の涙程度である。 

 そこでノエルが考えたのが自分で狩ってきた獲物まものを自分で売りさばく、いわば狩人だ。

 問題は6歳の子供が魔物を狩り売り捌くという異常性である。

 店頭でまともに取引をしようものなら大騒ぎになるは間違いないだろう。

 

「あぁ、そうか、魔石ならオン婆が買ってくれるんじゃないか?

 肉や毛皮はこの際諦めるか。あまり目立つと厄介なフラグが発つよな絶対。

よし、そうと決まれば村に戻って狩りの準備だ! うぉーテンション上がるぜ」

 

 

――朝靄の中、アルル村へ走り去っていくノエルの背中を朝日が照らし始めていた。

 

 

 

◇―――――――――◇


 

 朝の修練を終えたノエルは、アルル村東商業区画に向かっていた。

 村には東と西両方に商店街があり、行商人でもない限り村の商売人は商業地区以外で店を構えることを禁じられていた。

 理由はひとえに警備のしやすさである。

 アルル村は人口が多いにも関わらず、あくまで村という括りになっている為、駐在している騎士の数が少ないのだ。

 

「えーっと。今あるお金は、銀貨15枚に鉄貨25枚か……。

 んー、日本円で17万5千円ぐらいか。子供の小遣いにしては多過ぎるぐらいだが、武器を買うには足りるのか微妙だな」


――やがて前方に商店街が見えてくる。

 特にこれと言った入り口は無いのだが、住宅地区と違い石畳の色がクリーム色に近い薄い茶系統の色をしている。

 村では石畳の色を変える事により各区画の境界を分けているようだ。

 

 朝が早い事もあり歩いている客はまばらであったが、殆どの店舗が既に営業を始めているようだ。

 ノエルは他の店には目もくれず、商店街の南にある武器屋を目指して進んでいく。

 場所は既に調べてある。お金も貯めた。後は手に入れるだけだ。

 ワクワクしながら歩く。急いで走ったりはしない。

 はやる心も楽しみの一つだ、味わなければ損である。

  

 どんな武器にしようか歩きながら考える。

 その武器を装備している自分を想像する。

 買い物の醍醐味だ、思わず顔もニヤケてしまう。


 そんな風に気分良く商店街を歩いていると、聞きたくも無い声が耳に届く。 


「おいっ、ノエル!」 

 

「んっ?」


 振り返った先に立っていたのはダズだった。

 マイケルが聖都の聖騎士学園に行ってからと言うもの、何やらダズは荒れている様に見えた。

 出来の良い次男への嫉妬心か自身への苛立ちか、はたまたその両方かどうやらダズは反抗期真っ只中らしい。

 しかもここに来てノエルが薬師の元で修行を始めた為、ダズが心に抱えていた疎外感が大きくなったのだろう。

 

「お前最近、薬師の所に入り浸ってるらしいなぁ?

 ノエルは薬師の弟子になって働いてるって母さんが言ってたぞ?」

 

 そう言って近づいて来たダズは、黒い革のブーツに麻のパンツ茶色の革ジャケットを着て、腰には大振りのダガーを差していた。

 いかにもチンピラ風な格好を見てノエルは一瞬眉をしかめる。

  

「おい、聞いてるのかノエル!」

 

「んっ」

 

「ふんっ。相変わらず無愛想な奴だな。あぁそうだノエル、薬師って儲かるんだってなぁ?」


 ニヤニヤと歪んだ笑顔を見せながらダズは右手でノエルの髪を掴み強引に顔を上に向けた。

 

(くっ、このくそガキめ。確かダズはもう15歳成人になっているはずだ。なんだってこんなチンピラみたいに育ってんだよ)

 

「聞いてんのかよぅ、ノエルゥ~」


 ダズはノエルに顔を近づけ、ゆっくりといたぶるように話しかける。

 

「おい、その腰に付けてる革袋を俺に見せてみろよ、ノエル」


 左手をノエルの顔の前に出しクイッっと手招きしてみせた。


「やだ」


 途端――ダズの表情が変わる。

 怒りと憎しみに満ちた歪んだ目だ。この目には覚えがある。

 ノエルは思い出していた、以前自分を利用しようと近づいてきた連中を……。

 全身を不快感が包み鳥肌が立つ。トラウマとまでは行かないが、不愉快極まりない気分である。


――パーン


 辺りに乾いた音が響く……。

 それはダズがノエルを平手打ちにした音だった。

 続けざまに返す手の甲で平手打ちを入れる。

 何度も何度も繰り返す。何も言わず濁った目で、歪んだ笑顔を浮かべながら……。


 殴られながらノエルは考えていた、どうしたものかと……。

 身体強化を施したノエルには平手打ちなど大したダメージにはならない。

 しかし、痛い物は痛いしやられっぱなしは腹が立つ。

 かと言って今ここで自分が説教した所で聞く耳など持たないだろう。

 

 さて……、一体全体どうした物か……。




――瞬間、ダズが宙を舞う。

 その後ドンドンッっと2度ほど地面を弾み辺りには土煙が広がった。

 ヒューっと言う風に土煙が流され視界が開けると、そこには大の字なってノビている青年とまるで鷹の目のような鋭い目をした小さな少年が立っていた。

 

「んっ、面倒臭い」


 結局ノエルは考えるのを止めた。

 子育ては親の役目だリードがやれ! 

 

 先ほどまで静まり帰っていた朝の商店街に、ワーっと言う歓声が鳴り響く。

 

  

 

 

 朝の商店街が盛大な歓声に包まれる中、ノエルは頭を抱えていた。


(やっちまった。しかもよりによってこんな目立つ場所でやっちまったよ……)


 ノエルが一人、ほうけるけるようにたたずみ心の中で七転八倒を繰り返していると、「ガハハハ」という豪快な笑い声とともに恰幅のいい大男が現れた。

 

「おいっ、坊主やるじゃねーか。ガハハハ」

 

 男はそう言って笑うと大きく分厚いてのひらでドンドンとノエルの背中を叩いた。

 あまりの力に前のめりに倒れそうになるノエルを、ヒョイと片手で持ち上げ立たせると今度は右手で頭を撫でながら「スマン、スマン」と言って笑う。

 

(な、何だこの面倒臭そうなオッサンは)

 

 なすがままに頭を撫でられていると、次々と商店街の人々が集まっては「よくやった」だの「スカッとしたぜ」だのノエルに声を掛けていく。

 商店街の人々の話を総合すると、どうやらダズは村の東側を牛耳るギャング団の一員で、商店街に来ては悪さを繰り返していたらしい。


(ダズ……おま、流石にギャングはねーだろギャングは)

 

 ふと、大の字にノビているダズに目を向けると、仲間らしき青年たちがダズを抱えて立ち去っていく後ろ姿が見えた。


(まいったな……、やな予感がする。お礼参りとか勘弁してくれよな……)

 

「おいっ坊主、聞いてんのか?」

 

「んっ、問題ない」

 

「いやいや、聞いてなかったろ。ってまぁいいか。」


「とにかく、商店街を代表して改めて例を言うぜ”ありがとな”坊主」

 

 そう頭を下げる男の顔をマジマジと眺めて眠そうな目をした無愛想な少年は衝撃的な一言を言い放った。

 

「誰?」

 

「「「おいっ」」」 

 

「ったくよ、俺はモーリスってもんだ。ほら、そこの屋台でラーメン屋をやってんだが「ラーメン!」ってうぉ!?」


「なんだ坊主、ラーメン好きなのか?」

 

「好き!」

 

「おぉそうか好きか。なら食ってけ食ってけ」

 

「んっ!」

 

 ノエルはモーリスに連れられ真新しいラーメン屋台に向かった。

 屋台がずらりと並ぶ商店街の一画で、モーリスの屋台だけが何やら不自然に浮いて見えた。

 

「どうだ? 買ったばっかりの新品の屋台だ。大したもんだろぅ?」

 

「モーリス、大盛り」

 

「お、おぅ。しかし、坊主がラーメンを知ってるとはなぁ」

 

「ラーメンを知らない奴はいない!」

 

「へい、大盛り一丁おまちっ」

 

 そういってラーメンを出すと、モーリスは聞いてもいないのに自分語りを始めた。


「俺がラーメン屋を始めたのには、そりゃーふけー訳があんのよ。

 俺の生まれたのはここよりずーっと東にあるソラリス王国って所なんだけどな。

 帝国との戦争で滅ぼされちまったのよ。戦争って知ってるか?

 坊主、戦争はこえぇぞー。当時俺は冒険者を生業にしてたんだけどな。

 坊主、冒険者って知ってっか?」

 

 モーリスは大袈裟に腕を組み、渾身のドヤ顔でチラリとノエルを見る。

 

(う、うぜぇ……。しかし、ここは黙って聞いておこう。誇張された情報の中にも得るもの有るはずだ。)

 

「んーんっ」

 

「そうか知らねーのか。いいか? 冒険者ってのは凶悪な魔物と死闘を繰り広げたり、そりゃー恐ろしいダンジョンに潜ったり、前人未踏の未開の地を旅したりするスゲー職業の事よ」

 

「んっ、問題ない」

 

「なっ、やけに反応薄いなおぃ。と言うかそりゃあれか? お前の口癖か?

 まぁ別にいいけどよ。とにかくだ、帝国との戦争となりゃどうやったって総力戦になるだろ?

 だから俺みたいな冒険者も否応なしに徴兵されるってわけだ。

 あんな馬鹿げた戦いは初めてだったぜ、今考えても震えてくるぐらいだ。

 とくにあの、んー。何て言ったか……。戦車……そぅ、戦車だ!

 想像できるか坊主、でっけー鋼鉄の箱が馬も無しに走り回るんだぜ?

 しかも箱の上についた筒の先から無尽蔵に魔法をぶっ放しやがるのさ。

 あれは戦争と言うより一方的な虐殺だったな……。

 俺も魔法の余波でぶっ飛ばされて気を失っちまったんだが、目が覚めた時には辺り一面血の海だったぜ。

 その後命からがら逃げ出して今に至るってわけだ。

 まっ、こっちに来たら来たで今度はギャングどもの相手だからな、やってらねーって話だ」

 

「んっ」

 

「だがよ、坊主も気を付けろよ、あいつ等根に持って何してくるかわかんねーからよ。

 最近じゃ東と西で縄張り争いなんか始めたらしいからよ。」

 

「んっ、問題ない」

 

「カーッ、いい度胸してるじゃねーか坊主、気に入ったぜ!」

 

 また来いよ。っと手を振るモーリスに別れを告げノエルは商店街の先にある武具店へと歩き出した。

 

(戦車……。どう考えても転生者だな。いや、転移者の可能性もあるのか?

 どちらにしても初めから想定しておくべきだったな。俺に起こりえたことは他の人にも起こりえると言う事に。

 まいったな……、この世界は思ってた以上にダークファンタジーかもしれん)


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