7話:ポーションと魔導士

 両手を掲げ背伸びをすると、首を左右へと曲げコキコキと鳴らす。

 衣服にチクチクと刺さった藁を一通り払い落とすと物置の扉を開けて裏庭へ出る。

 未だ朝日も昇らぬ肌寒い中、ストレッチをして徐々に体を起こしていく。


「ふぅ……、行くか!」


 裏庭を囲む壁につい最近取り付けられたばかりの扉を開いて外へ出ると、村の外へ向けて走り出す。

 どうやらリードは本気でノエルの事を疎ましく思っているようだ。

 わざわざ手間を掛けて扉を取り付けることで、ノエルが外へ出入りする際に家の中を通らなくて済むようにするぐらいには……。

 

 あの日、マイケルが攫われた事件から既に10ヶ月もの月日が流れていた。 

 マイケルを含め捕らわれていた子供達は、助け出された当時の事を覚えておらず、真相は闇の中……、とされている。

 因みに風の噂では実行犯と奴隷商は聖都へと連行された後、公開処刑されたらしい。なんとも野蛮な話である。

 

 ノエルはと言えば号泣するマイヤをなだめて、ただただ平謝りしていた。

 朝帰り鳴らぬ夕帰りの言い訳を、全く考えていなかったのだ。

 当然の如くリードにはここぞとばかりに罵倒され、ついには家に入ることを禁止されてしまった。

 突然のホームレス宣言に絶望していたのだが、マイヤとマイケルの説得のお陰で何とか裏庭の物置に住まわせて貰うことを許された。

 

 本当に良かった、5歳で家無き子とか笑えない……。


 とは言え物置生活は中々に快適で、ノエルは日々伸び伸びとした生活を送っていた。

 ノエルのような状況の者てんせいしゃにとっては、いつ出掛けようが何時戻ろうが周りを気にせずに済むと言うのは寧ろ好都合だったのだ。

 お陰でこうしてまだ暗い内からトレーニングに勤しむことが出来ると言うわけだ。


「ふっふっふっふ」


 毎朝のランニングのお陰で村の地理を大体把握することが出来た。

 この村の名はアルル村と言い聖法国の最南端に位置する辺境の村だ。

 村と言っても人口にして大凡1万5千ものヒューマンが住んでおり、町言っても差し支えのないレベルである。

 村の周囲は東から南に掛けて魔の森と呼ばれる魔物が住む森に囲まれている。

 不思議なことに魔の森に住む魔物は決して森からは出てこないようで、魔物による村への被害は心配ないようだ。

 西には飛竜山脈がそびえ立っており、東西南と天然の城壁に囲まれた実に平和な村である。


「今日は、このままオン婆の所に行こうかな」


 ノエルはオンディーヌと言う名の村で唯一の薬師の元へ入り浸っている。


 ある日突然マイヤに言われて、オンディーヌの元で読み書きを習う事になったのだ。

 言われた時には気付きもしなかったのだが、実はこのオンディーヌと言う薬師は、あの事件の日に世話になった婆さんの事だった。

 初めの内はかなり疑って掛かっていたのだが、オンディーヌの言動や行動を見る限りどうにも善意しか伝わってこないのだ。

 それはそれで怪しいとも言えるのだが、端から人の善意を否定するのは流石に気が引けるので、色々と甘えることにした。


 こうしてノエルは無口で無愛想な子供から、無口で無愛想な見習い薬師へと華麗なジョブチェンジを果たしたのだった。 




◇――――――◇ 



「――ドンドン」

 

「どちら様かね?」


「ノエル」


「あぁ、ノエル坊かい、鍵は空いてるよ入っておいで」


「んっ」

 

 この無口な少年は半年ほど前から毎日のように家に通ってきている。

 読み書きを習いに来たらしいのだが、ほんの少し手ほどきしただけですぐに覚えてしまい、今では私の仕事を手伝いながら空いた時間に家に有る書物を読み漁っているようだ。


「オン婆、今日、何する?」


「あんたは何でそう片言で喋るのかねぇ。まぁいいわい、それよりノエル坊は今日もまだ食事してないんだろう?」


 私がそう質問すると少年は悲しそうにうつむき「ごめんなさい」と呟いた。


「なっ、何であんたが謝るんだい? あたしゃ別に怒っちゃいないよ。あたしが気に入らないのはあんたの両し……いや、まぁいいわいついといで、あたしもこれから朝食にするところさね。あんたも食べるだろう?」


「んっ」


 少年はそう呟くと子犬のようにチョコチョコと私の後ろをついてくる。


(しかしなんだってこの子の親は、まだまだ小さな我が子にこんな仕打ちをするのかねぇ。本当に頭に来るったらないねぇ)

 

 とはいえかく言う私も大方の予想はついているのだ。

 金髪碧眼の父親と茶髪茶目の母親の子供が黒髪黒目というのは確かに不自然だ。

 しかし、だとしてもこの子に何の落ち度が有るというのだろうか、考えれば考えるほど本当に頭に来る話である。


「椅子に座ってまってな。今スープを温めてあげるからねぇ」


 そう言って釜戸にひょいっと火を飛ばすと、すぐそばで少年が食い入るような目付きで私の指先を見つめていた。


「ななっ、なんだい? 何か気になる事でもあったかい?」


「んっ。……指から……火が出た!」


 そう言うといつもの眠そうな目がカッっと見開き、キラキラと瞳を輝かせて私を見つめている。

 

「アハハハハ。そうかい魔法が珍しいのかい」


「んっ」


 そう頷くと少年はじーっと釜戸の中で燃えつづける火の玉を見つめていた。

 

「よし、いいだろう今日は魔法についてノエル坊に話して聞かせることにするさね。そらっとっとと席に着きな」


 言うが直ぐに少年は席に座りキラキラとした目で私を見つめている。

 あまりにも真っ直ぐなその目に苦笑いしながらパンとスープをテーブルに並べると、席に座り魔法についての講義を始めた。

 

「魔法とは大きく分けて2種類存在する。

 一つ目は魔力を練り上げ、体内で属性に変換しイメージを元に発動するもの。

 二つ目は魔方陣を体内に転写し、決められた呪文を唱えることで発動するものだ。

 因みに前者は魔法または魔導とよばれ、後者は魔術と呼ばれることもある。

 さらに両者とも技術を身に付ける際には魔導書、もしくは魔術書を読み解き理解し取り込まなくてはならない。

 ここまではいいかい?」

 

「んっ」

 

「そうかい? この程度の説明で理解するなんてたいしたもんだ。ハハハ」


「それじゃぁ説明を続けようかねぇ」


 少年は左手にスプーンを握りしめながら食い入るように聞き入っている。


「まずは前者の魔導からだ。

 魔導とは魔導書を読むことで身に付けることが出来ることはさっき話した通りなんだがねぇ。

 実は問題があってねぇ。魔導書は人の手で作り出す事が出来ないのさ」


 勿体付けるようにゆっくりとスプーンを動かし、スープを一口スーっと飲み込んだ。

 少年はその間も食い入るように私を見つめ、キラキラとした目で話の続きを催促している。


(この子がこんなにも感情を表に出したのを見たのは初めてだねぇ。なんだかこっちまで楽しくなってきたよ)

 

「では、魔導書は一体どこで手に入るのか? それはねぇ『ダンジョン』さ!」

 

 瞬間――少年は右手に持った黒パンを握り潰しダンッと音を立てて勢い良く立ち上がった。

 それを見た私は必死で笑いをこらえながら、取り澄ましたような顔で少年を席につくように促す。

 

「話を続けてもいいかねぇ?」


 澄まし顔でそう言うと少年はブンッブンッと音を立てそうな勢いで頷いて答えた。


「実際のところダンジョンについては、まだまだ解らないことだらけでねぇ。あたしもよく分からないのさ。

 でもねぇ魔導書がダンジョンでしか手に入らないってことは確かなのさ。

 だから魔導師を目指すものはダンジョンに挑むか、お金を払って手にいれるかしかないのさ。

 しかしねぇ魔術は別さね。魔術書だけは人の手で作り出すことが出来るのさね。

 このアルル村でも教会に行ってお布施をすれば、魔術を覚えることは出来るさね。

 ノエル坊も5歳になったんだから、生活に必要な最低限の魔術は覚えられるはずさね」


 少年は握った手のひらを緩めると、うなだれるように顔を傾けゆっくりと振った。

 

(あぁ、そうかこの子の親がそんな事をする訳がないねぇ)


「いいさね。教会なんぞに行かなくても、魔術書ならあたしが持っているさね。時期を見て読ませてやるさね」


 ニカーっと笑顔になった少年は、またも右手の黒パンを握りつぶした。


「それよりこの後、調合の仕事があるさね。その……元黒パンを……とっとと……食べる……さね」


 少年はハッっとした表情を浮かべ、右手に握った黒い棒の様な元黒パンを見つめるといそいそと食べ始めた。

 その耳元はうっすら赤みがかっている。

 

 それを見た私はついに笑いを堪えられなくなりアハハハハと大笑いをした。


 

 

◇――――――――――◇

 

 

 

――先程の朝食時の魔法講義も冷めやらぬまま、俺は今オン婆の薬師としての仕事の手伝いをしている。

 この世界の薬は本当に不思議だ。

 特にポーションと呼ばれる魔法薬は、ファンタジーこの上ないとんでも品だ。

 傷や病気を回復するポーションには階位があり、一番したから、下級・中級・上級・特級・王級・帝級・神級となっている。

 上級になると大概の怪我や病気は直るし、特級より上に至っては欠損するような怪我すら治せるらしい。

 凄いなポーション。

 しかも腐らないし作り置きも出来るし、ついでに何故かキラキラ光ってるし。

 しかしだ、それを聞いたとき神級ってなんだよ、そんな物本当に人の身で作り出せる物なのか? と思ったがオン婆によると帝級より上は作りようが無いらしい。

 何でも、必要に応じて神様から頂ける物だとの事。

 いるんだ神様! ファンタジーだな本当に。

 この世界について俺は殆んどなにも解っていない……。

 しかし解らないと言うことが、こんなにもワクワクさせてくれる事なんて思いもしなかった。

 あぁ、何を聞いても何を知っても何をしていても楽しい何て、こんなに幸せな事はないだろう。

 

「なんだい? ニヤニヤして気持ち悪いねぇ、作業する時はちゃんと集中してやりな」

 

「問題ない」

 

「問題有るから言ってるんだがねぇ。まぁいいさね。それよりノエル坊、あんた魔力操作使えるねぇ? それもかなりレベルが高いはずだねぇ」

 

「んー。んっ」

 

「なんだい、ハッキリしないねぇ。まぁどの道あたしの目は誤魔化せないさね」

 

「んっ、問題ない」

 

「相変わらず会話のキャッチボールが出来ない子だねぇ。ノエル坊がどうしてそんなに魔力操作に長けているのかは一々詮索しないさね。ただねぇ調合には、その魔力操作の技量は願ったりかなったりなんさね」

 

「んっ」


 ノエルは手を止めオン婆の話に聞き入っている。


(この子は本当に好奇心旺盛だねぇ。まぁいいさね。どの道初めから薬師の何たるかを叩き込むつもりだったからねぇ)

 

「いいかい? ポーションの調合の時に使う水は、高濃度の魔力を含んでいるのさ。

 魔力水と呼ばれるそれは、自然界には存在しない。

 一昔前には魔の森の様な魔素の濃い場所にある泉で、魔素水と言う物を使っていたんだがねぇ。

 魔力水の使用時よりも遥かに品質が劣るものだったのさ。

 何でかわかるかね?」


「んーんっ」


「魔素と魔力の違いはわかるかい?」


「んーんっ」


「簡単に言えば魔素とは魔力の元になるものさね。

 人は魔素を体内へ取り込み魔力へ変換し、その魔力を使って魔法を発動するのさね。

 さらに言えば魔素は世界に満ちるもので、魔力は人を満たすもの何て言い方もあるねぇ」


「んっ、問題ない」


「そ、そうかい。それでだ、魔素を含んだ魔素水を使うより、元より人の体内を満たしている魔力を使った魔力水を使った方が、人体への吸収率がよく効き目が上がるのさね。

 そして、魔力水は高レベルの魔力操作の使い手が、高濃度の魔力を注ぎ込んで水魔法で生成するのさね。

 故に一流の薬師は一流の魔導師でもあると言うことさね。

 薬師の仕事が魔導師の修行にもなるんだ。

 ノエル坊は将来は魔導師になりたいんだろう?

 それぐらいノエル坊を見てればわかるさね。

 今日からは簡単な手伝いではなく、薬師としての修行をつけようと思うがどうするさね。

 ノエル坊が自分で決めな」


「んっ、修行、する」

 

「そうかい、そうかい。それじゃぁ始めようかねぇ」

 

 

――こうしてノエルの薬師としての本格的な修行が始まった。


 ポーションには階位は有るが種類は1つしかない。

 外傷、内蔵疾患、病気や解毒に至るまでたった一種類のポーションで事足りるのだ。

 因みに魔力を回復させるマナポーションなるものは、この世界には存在しないらしい“今の所は“だが。

 また、ポーション製作時に必要な材料も以外と少ない。

 

 ①薬草 『魔の森など魔素の多い場所に生えている』

  

 ②魔力水 『水魔法で大量の魔力を用いて産み出す』

 

 ③魔石 『魔物の体内にある』

 

 ④熟成用容器 『ミスリル製』

 

 以上だ。

 

 手順も一見すると簡単に見える内容だ。

 実際作業をすると、かなり熟練の技が必要とされるのだが。

 

 まずは薬草を乾燥させ粉状に磨り潰す。

 次に魔石も同じように粉状に磨り潰す。

 因みに魔石についての話を聞いたさい、魔物の存在を知ってノエルは大興奮した。

 ついに魔物キター!ってなもんだ。

 勿論の事あくまでポーカーフェースを貫いたが、心の中では叫び声をあげたいほど大興奮だった。

 まぁとにかくだ、薬草を粉末状にするのは簡単なのだが魔石を粉末状にするのが難しいのだ。

 何しろ魔石は超硬い。普通に叩いても割れることはない。

 おそらくダイヤモンドより硬いと思われる。

 ではどうやって磨り潰すのか。ここで薬師の技量たる魔力操作が必要にないわけだ。

 魔石には魔力が蓄積されているのだが、その蓄積された魔力と同等、又はそれ以上の魔力をぶつけることで破壊が可能になる。

 そこで薬師は擂り粉木棒に自身の魔力をエンチャントして作業を行うのだがこれが難しい。

 通常エンチャントとは体内で魔力を各属性に変換させ武器、又は道具に纏わせることを言う。


 しかし、ノエルは今だ魔導書を一冊も読み解いていない。

 つまり素のままの純粋な魔力でエンチャントしなければならないのだが、これが難しい。

 純粋な魔力は、体外に放出したさい拡散され消えてしまうのだ。


 オン婆曰く、魔力はあくまで燃料と同じで属性を与える事で初めて役割が決まり扱う事が出来るのだそうだ。

 つまり何の役割も与えられていない純粋な魔力をエンチャントするには、高レベルの魔力操作と大量の魔力が必要となるとのこと。

 そしてそれらの粉末を魔力水に入れ、ミスリル制の容器の中で熟成させたものがポーションとなる。

 ちなみにポーションの階位は、熟成期間と使用した魔石の質、魔力水の魔力濃度で決まるのだとか。

 

――そして俺は擂り粉木坊へのエンチャントに悪戦苦闘している。

 

「んっんんんっんっー」


「なんだい、随分と苦戦してるねぇ。ちょいとコツを教えようかね」

 

「んっ」


「いいかい?通常属性を与えた魔力でのエンチャントは、武具や道具の表面に纏わせるものだ。

 しかし純粋な魔力はそうはいかない。

 では逆に純粋な魔力で出来ることは何があるかわかるかい?」


「んっ、身体強化」


「うむ、その通りさね。ならばその手に持った擂り粉木坊を、体の一部の用に扱ったらどうなるかね?」


「んっ、理解」


「ほぅ、そうかい、ならやって見せてごらん。」


「んっ」

 

(体内で魔力を練り身体強化の延長になるようにイメージ。

 表面ではなく内側へ魔力を流し、浸透させ、更に循環させる……出来た!はははっやった!これがエンチャントか)

 

「こりゃ驚いた! ノエル坊は良い魔導師になるよ、頑張んな」

 

「んっ、天才」

 

「ずに乗るんじゃないよ」

――ポコッ

 



――この日、ノエルは魔導師への道を一歩踏み出した―― 

 

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