53話:拾う神あれば、捨てる神あり
「うまっ! オークの串焼きうまっ!」
ノエルは口の周りをベトベトに汚しながら、両手に持った串焼きを無心に頬ばる。
思えば随分と長いこと、まともな食事をしていない。
ここ連日、口にしたものと言えばカチカチの干し肉と黒パンのみだったし、ここに来ては、ソレすらも数が心もとなくなってきていたのだ。
まさかあたたかい食事にありつけるとは思ってもみなかった。
「しかし私としては幸運でしたな。まさか盗賊が勝手に自滅していてくれたとは」
そう言ってキンドーはホッと胸をなで下ろす。
先の見えない状況に不安を抱えていたキンドーとしては、ノエルの持って来た盗賊全滅の知らせは、まさに得難い千金であった。
「おい坊主、本当に間違いないんだな? 嘘だったら承知しねーぞ?」
対して当然のことにシュタール表情は険しいものとなる。
何しろ仲間の命が奪われたのだから心中穏やかではない。
しかし現在傭兵として雇われている以上、あまりノエルを厳しく追及も出来ないのだ。
ただ単に、対面を守っているだけなのだが、その相手が各国の大商会とも繋がりのあるキンドーともなれば無視することもできない。
そんな三者三様の思惑の中、話しの中心たるノエルは知ってか知らずか目の前の食事に無我夢中に貪り続けていた。
「うまっ!」
………………。
…………。
……。
散々お腹いっぱいになるまでご相伴に与った後、待ってましたと云わんばかりに傭兵達に取り囲まれて、あれやこれやと質問責めに合い、色々な意味でクタクタにさせられた。
それでも彼らは話すまで解放してはくれないだろうと、今にも閉じそうな瞼をこすり、一々質問に答えていく。
名もない開拓村から両親と共に街を目指していたところ、盗賊に襲われ命辛々逃げ出した。
その際ノエルを逃がすために犠牲になった両親がどうなったのかは分からない。
その後、宛もなく彷徨っていたところに何者かに襲われた別の盗賊達の死体を見つけ、近くに繋がれていた馬に乗りこの場に至った、と。
もちろん真っ赤な嘘である。
が、事実も少なからず伝えておく事にした。
それは、ノエルが薬師であることだ。
正確には、薬師見習いとしての技術があると伝えたのだが。
叶うならばノエルとしては、せっかく知り合えたキンドーと言う商人との繋がりを期待してのことである。
何しろ彼らは中々に大規模な商隊で、国境をまたいで数多くの役人や商会などに顔のきくやり手らしい。
ならば今後の生活のことも考えて、シュタールはともかくキンドーとの伝手はノエルにとって渡りに船なのだ。
色々と売却して金に変えるには、大陸を渡り歩く商隊は絶好の相手だった。
そう目論んでの事だったのだが、話を聞いたキンドーは途端に商売人特有の値踏みをするような視線へと変わり、ノエル自身ギョッとする一幕があった。
どうやらこの世界でも、商売人を簡単に信用するのは命取りなのかもしれない。
危ない、気を付けないと……。
「ふぅ……、にしてもツイてるな。街へ移動する宛も出来だし、商人との伝手も出来た。うん……、順調、順調。さて、眠れるときに寝ておくか。見張りなんて者がいる環境下で、休憩が取れること何て次はいつ来るかわからんしな」
地面に敷いた毛布の上に大の字に寝そべり、満天の星空を眺める。
夜の街灯やスモッグなど皆無の星空。
それは暗闇に弾けた砂金。
数え切れない程の透明なクリスタルが、受けた光を反射するように。
夜空に散った消えない花火の如く。
など、どれもが当てはまりそうで、全てを越えた得難い景色。
暫しの間、感動しきりに眺めていたノエルであったが、緊張感と満腹感、それに今までの溜まりに溜まった疲れと睡眠不足で、程なくして知らぬ間に眠りに落ちていった。
◇――――――――――――◇
――うるさい……。静かにしてくれ……。
男達の怒鳴り声、子供達の鳴き声、鉄を打つ甲高い音。
それらが不協和音を奏でながら、ノエルの周りのグルグルと木霊している。
――トクンッ。
――お前もか……、頼むから寝かせてくれ……。
ジトジトとした、湿気混じりの悪臭が鼻腔を刺激すると、ノエルはゆっくりと気怠そうに重い瞼を持ち上げた。
「いい加減に落ち着け、シュタール!」
「ぐっ……。 分かった……、もう大丈夫だ……。取り乱してすまなかった」
「あぁ、いいさ。俺だって同じき「なんじゃこらりゃぁぁぁ?!」」
「「――ッ!」」
目の前に並ぶ、鉄柱を見た瞬間思わず叫び声を上げる。
鉄格子。誰がどうみても
「何でだ?」
訳が分からない。
と、状況を把握せんとノエルはつぶさに周囲を観察する。
目の前に有る鉄格子以外は、天然の洞穴を利用して作り上げたであろう景色が広がっている。
ゴツゴツした岩肌に、時折落ちる地下水らしき水滴。
つい最近まで似たような景色の中に居たのだ間違いない。
「まさか振り出しに戻ったとかじゃないだろうな?」
どうにも嫌な予感が拭いきれない……。
あれだけの思いをして、漸く這い出てきたと言うのに逆戻りだなんて冗談でも笑えない。
「ふっざけんなっ! クソがぁぁぁっ!」
起き抜けに喰らった不意打ちに実にタップリと間を取った後で、沸き上がる怒りの感情。
もはや猫を被る気も消え失せたノエルは、激情のままに体内魔力を解放し、忌々しい鉄格子に向かって全力で跳び蹴りを喰らわせる。
――ドッグッ……ワァンワァン……。
鉄格子の繋ぎ目、岩盤に上下に差し込まれた辺りから、ふわっと微量の砂煙が零れる。
どうやらこの鉄格子は粗鉄ではなく、しっかりと焼きを入れた鋼鉄のようだ。
が、まぁいい、蹴破ることは出来なくても、切り裂くことは出来るだろう。
ここから抜け出すことは問題なさそうだ。
――その前に……。
「ふぅ、ちょっとスッキリした」
そう呟き振り向くと、唖然とした面持ちでノエルを見つめる一同がいた。
大口をおっぴろげ、間の抜けた顔をした5人の傭兵達。
その遥か後方では膝を抱えてうずくまり、酷く怯えた目でノエルを見つめている子供達と、それを護るように前に立ち凛とした佇まいで睨み付けて来るメイド姿の女性。
年の頃は20代半ば、茶色い髪に茶色い瞳。
スラリとしたモデル体型にやや切れ長の冷たい眼差し。
背筋はピント伸び、腰の前で両手を組むその様は、よくよく従者としての教育が成されているのが伺える。
大勢の子供たちの前にそんな女性がたった一人、自らを盾にするかの如く立っている。
――違和感を感じる……。
まず真っ先に感じた違和感は、商隊の人々が一人も居ないと言う事。
それに数こそ減ってはいるものの傭兵達が生き残っている事だ。
次に感じた違和感は、子供たちの多さとそれぞれの服装。
それに誰かしらの従者であろう一人のメイドだ。
ノエルには、その全てがこれは只の盗賊や人攫いの類ではないと直感が告げているように思えた。
問題は、一体何のために連れて来られたのか、だ。
しかしそれを推理するには、兎にも角にも情報が足りない。
それぞれに話しを聞いて判断するしかない。ないが……。
(何か、メッチャ見られてるんだが?)
ノエルは刺すような視線に戸惑いながらも、澄ました様に襟を正すと出来るだけ子供らしく首を傾けてみせる。
「はて? 何か?」
途端、一同の顔色が変わる。
『何言ってんだコイツ?』、と。
どうやら一番の違和感は、ノエル自身だったようだ。
とは言えこうなっては既に後の祭り。
これはもう開き直るしか無いわけで。
そうと決まればもう一度。
「んっんんっ」
と、分かりやすく咳払いを一つ。
さらに襟を正し、祈るように両手を組むとコテっと首を傾ける。
――さて、もう一度チャレンジと行こうか。
「はて? 何「言わせねーよ?」」
全身全霊を掛けて、可愛さアピールを振りまく自称七歳児に突っ込みと言う名の矢が突き刺さる。
どうやらこの世界でもお約束は有効なようだ。
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