三章:優しい街フェアリー・ベル

52話:ミリル平原

 ミリル平原――広大な草原が続くこの場所は、東西南と、各国それぞれの国境線に囲まれ、長きに渡り戦場としてその名が知られるキルゾーンであった。

 しかしながら先の大戦での停戦集結のおり、各国それぞれの領土への被害を回避する為、ミリル平原を緩衝地帯かんしょうちたいにすると言う締結がなされた。

 その結果生まれたのが、どの国家にも属さない無法地帯という特殊な環境である。


 そんな血生臭い背景にありながらも、見渡す限り牧歌的な景色の続くミリル平原に、とある少年の怒声が轟く。


「ふざけんなぁ! 次から次へとゴキブリみたいに湧いて出やがって! 屑共が!」


 哀れにも額に矢を受けて、屍と化した男を平然と蹴り上げる。

 この如何にも罰当たりな少年の名はノエル。

 つい先日、命辛々に魔の森を横断してから、実に三度も盗賊に出会でくわしていた。

 その度に戦闘となり、結果つみ上げた死体の数は優に30を超えている。

 それでも尚、何処からともなく現れるのだから堪らない。


「ふぅ……。ちょっとスッキリした……。なんかもう罪悪感も薄れてきちまったな。馴れたのかな……、嬉しくはないけど」


――トクンッ。


「そうだな、気に病んでも仕方ないか」


 言って周囲を見渡すと、ため息混じりに顔を歪める。

 せっかくの牧歌的な雰囲気が台無しである。


「まぁいい。とっとと片付けちまおう」


 屍累々と横たわる遺体から、自らの放った矢を回収し、武器を拾い集め防具は金属製の物を選んで剥ぎ取っていく。

 その際、金目の物はないかと懐を漁るのも忘れない。

 どうせ死人には金は必要無いだろう。


「あれ? コイツ何処かで見た気がする……。どこだっけ?」


 不意に死体の懐を漁っていると、どこかで見覚えのある顔を見つける。

 何処の誰だったかと首を捻るが、どうにも記憶に霧が掛かったように思い出せない。


「まぁ、良いか……。どのみち死んでるし、俺には死なれて悲しむような盗賊の知り合いなんて居ないしな」


 そそくさと死体を穴に運んでは蹴り落とし、土を被せて均していくと、顰めっ面で辺りをぐるりと見渡した。


 そこは何処を見渡しても地平線が見える程の大草原。

 そのような広大な土地で、こうも連続して盗賊に会う確率は一体どれほどのものなのだろうか。

 間違い無く理由が有るはずだ。


「さっきの連中は東に向かってたよな? もしかしてアジトでもあるのか?」


 腕を組み、頭を捻って考える。

 確かにこれだけ連続して盗賊に会うのだから、ここいらの草原を縄張りにしているのは間違いないだろう。

 ただ気になるのは、連中が金目の物を殆ど持っていなかった点だ。


「となると、帰るのではなく仕事強盗に向かう途中だった?」


 東へと視線を向けると、遠くを見るようにして目を細める。

 おそらくその先に盗賊が襲いたいと思うような何かがある・・・・・のだろう。


「奪うべき何があるのなら、きっとそこには人も居るはずだ。……いって見るか、宛もなく進むのもそろそろ限界だしな……」


 そのまま東へ向かうと決めたノエルは、先に盗賊が乗ってきた馬から比較的上等な鞍を付けた大きな栗毛の馬を選ぶ。

 それはサラブレッドとは違い、どちらかと言えば北海道の輓馬を思わせる風体。

 太く力強い足にがっしりとした体、顔は少し丸みを帯びてパッチリとして潤みを帯びた瞳をしている。

 なかなかに愛嬌のある馬だ。


「よう、良かったら俺を乗せてくれないか?」


 恐る恐る鼻先へと手を伸ばし、優しくさすりながらノエルが声を掛けると、まるで言葉を理解しているかの様に額をノエルの顔へとスリ寄せてくる。


「ありがとう、助かるよ」


 それでは早速と、鞍の上へと飛び乗って、ノエルの見様見真似の乗馬初体験が始まった――。



………………。

…………。

………。




「うぉぉぉぉ! はぇぇぇ! こぇぇ! おーちーるー」





――……乗馬は意外と難しい――

 




◇――――――――◇





「キンドーの旦那、そろそろここいらで夜営の準備をしましょう」


 大きな斧槍、所謂いわゆるハルバードを担いだ黒髪黒目の大男が、自身の雇い主であるキンドーに声を掛ける。


「えぇ、そうですね。ではそうしましょうか」


 荷馬車の御者席からキンドーが顔を覗かせる。


「アシム、後ろにいる商隊のみんなに伝えてきてくれ」


「はい、わかりました旦那様」


 商隊の先頭を走る荷馬車の御者をしていたアシムは、馬車を止めると御者席から飛び降り、後ろに並ぶ実に18台もの馬車へと走っていく。

 その様子を見送っていたキンドーは、ふと思付いた様に口を開く。


「シュタールさん、そう言えばミリル平原に入ってから一度も盗賊を見てませんよね? 大丈夫ですか?」


 聞かれた男、シュタールは担いでいた斧槍をおろすと、訝しげな顔へと変わる。


「確かにそうだな、そろそろ蝙蝠の連中が来そうなもんだが……。ラング、お前何かしってるか?」


 シュタール率いる傭兵団の幹部の一人、金髪碧眼の優男ラングは両の掌を上へ掲げ、身を縮める様に肩を竦ませる。


「いいや、知らんな。彼奴らは、あれはあれで勤労意欲に溢れた連中だからな。このまま何事も無く無事に済むとは思えないが」


 それを聞いたキンドーは、途端に蒼白となり、隣に立つシュタールに掴み掛かるように声を荒げる。


「はっ話しが違うじゃないか! こっちはアンタが話しを付けると言うから、高い金を出してまで護衛に雇ったんだぞ?」


「待てまて、落ち着けよ旦那。ちゃんと話しは付けてある、心配することは何もねーって。おいっラング! 旦那の不安を煽るような事を言うんじゃねぇ」


「わ、悪かったよ。旦那、シュタールの言う通りだ。心配しなくても何の問題もないさ」 


「な、ならいいが……」


 ここ、ミリル平原に置いて、盗賊と傭兵は同じ意味を持つ。

 度重なる戦争が冷戦へと移行した折りに出来た無法地帯。

 しかしそんな場所にも住んでいる者達はいた。それが傭兵達である。

 そしてそんな戦争がなくなり職に溢れた傭兵達が、無法地帯となった平原で得た仕事が盗賊家業だった。


――つまりは、マッチポンプ。


 先にシュタールが話しを付けた・・・・・・と言ったのは、そう言った裏事情があってのこと。

 いつもは奪う側だったシュタールが、今日はたまたま・・・・護る側だっただけ。


 怯える雇い主を何とか宥めて、夜営の準備に取り掛かる。

 商隊の護衛は割が良い。

 戦闘があるとすればグリーンウルフと呼ばれる魔獣がせいぜい。

 オマケに護衛対象が大きな商隊ともなれば、夜営の度に豪勢な食事にありつけるのだ。


「これで酒でも有れば言うこと無しなんだがなぁ」


 テントの準備をしながらシュタールが一人ごちていると、後方の馬車から甲高い女性の悲鳴が轟いた。


「何だ? 何があった? ラングッ!」


「おう、準備は出来てるぜ?」


「よし、お前とお前とお前、そのまま馬車の護衛に残れ。残りとラングは、俺について来い! あの野郎、食事時に来やがって……」


 ボヤくシュタールに苦笑いする傭兵達、その表情に緊張感は無い。

 それもその筈、彼らにしてみればいつも道理の予定調和なのだから。


「すみませんご婦人方、少々危険ですので馬車に乗ってお待ちください」


 本来は必要のない事ではあるのだが、演出は必要だ。

 ラングは手慣れた口調で護衛対象を誘導し、先に行くシュタールを追いかける。


「おい、どうかしたのかシュタール」


 見るとシュタールは斧槍を担ぎ、機嫌が悪そうに先を見つめていた。


「何だありゃ……」


 遠くの方から一頭の馬が、土煙を上げながら猛スピードで此方へ向かって駆けて来る。


「おい……、シュタール、あれ馬に乗ってるのガキじゃねーか?」


「あぁ……、ガキだな……」

 

 







――誰かぁぁと~め~て~く~れぇぇぇぇ――

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