51話:転生者は振り向かない

 手にした大鎌を振り上げて、逃げるボスザルの頭上へ飛び降りる。


――ザザッ


「――ッ!」


 まさに大鎌を振り下ろそうとした、その瞬間――ノエルの前に土壁が地面からせり上がる。

 慌てて土壁を蹴るようにして激突を避け、なんとか着地して回り込むようにボスザルを探す。と、当のボスザルは遙か前方を一目散に逃げ続けていた。


「木に登らないのはそういうことか!」


 自身の持つ土属性を遺憾なく発揮し、かつ防御に撤する。


 どうやら徹底して時間稼ぎをする腹積もりらしい。

 日が沈んでしまえば、夜目の効く魔獣にとっては圧倒的に有利な状況。

 それこそ戦闘と言うより只の狩りだ・・・・・


「冗談じゃねぇ……、絶対に逃がさねぇぞ!」


――トクンッ。


 魂石がノエルに警鐘をならす。

 先程の時間稼ぎで、後を追って来ていた群の猿に追い付かれた様だ。


「あぁ、気付いちゃいるんだが、相手にしてたら命取りになる気がするんだ」

 

 後方から、投石がノエルを襲う。

 ノエルは、立ち並ぶ木々を盾にする様にして交わしながらも何とかボスザルに追い縋る。

 いっそのこと反転して群を先に潰すべきか悩んだが、反転した途端に散開して逃げそうな予感がある。

 時間稼ぎに終始するならもっとも安全で確実な手だ。

 あのボスザルが率いる群ならやりかねない。


 これは時間との勝負。

 ノエルがボスザルを殺すのが先か、それとも日が沈むのが先か。


「作戦に変更は無い、ボスザルを殺るぞ!」


――トクンッ。


 先を行くボスザルに向けてノエルの水球をが放たれた。

 土壁、木々、土壁、木々、土壁、木々。

 魔法を放ち右に曲がり、魔法放ち左に曲がり、ボスザルはそのことごとくを防いでいく。


「成る程、そう言う事か……」


 ボスザルの回避行動をつぶさに観察していたノエルが呟く。

 次の瞬間――後方から飛んでくる投石をいなさず、用意していた結界障壁で弾き返すと、大きく地を蹴りボスザルへと距離を縮める。


「ほら行くぞ? 御自慢の魔法で防いでみやがれ!」


 叫んだノエルは、水球をボスザルへ向けて放つと風を纏って飛び上がる。


――ドスッ、ドスッ、ドスッ、ドスッ。


 ボスザルが土壁をせり上げ水球を防いだ――刹那――宙を駆けていたノエルが頭上へ迫ると、担いでいた大鎌を振り上げた。


 対するボスザルは、それを予期していた様に急旋回すると、大きな立木を盾にするように回り込む。


――シュッ


 風を切る微かな音が立木を挟んだノエルとボスザルの間に響くと、大気を震わせる程の甲高い悲鳴が魔の森に轟いた。


 ソウル・リーパー大鎌の特性は、物理透過と魂への直接干渉。

 そしてその一振りの対価は膨大な魔力。


 魂石の魔力を借りて振るわれたその一閃は、一人と一頭を分かつように立った大木をスルリとすり抜け、ボスザルの魂を直接切り裂いた。


――ヌチャ


 ヌカルんだ地面に倒れ伏せたボスザルに近づくと、生死確認も兼ねてインベントリへと大鎌と共にしまい込む。


「ふぅ、何とかなったな……。後は連中がどう動くかだな……」


 率いていた頭が居なくなった魔獣の群が、その後どう動くのか。

 正直に言って想像が付かない。

 が、恐らくは軍隊じみた統率力は無くなるはずだ。


「「ギィィィィ?!」」


 慌てふためいたように彼方此方で群の猿達の鳴き声があがると、やがて四方八方に散り散りになって遠ざかって行く。


 ノエルは、その様子を確認するや否や、東へ向けて走り出した。

 森を抜けるまでは安心は出来ない。急がなければ……。


「多分、出口は目と鼻の先だ。このまま一気に駆け抜けるぞ!」


――トクンッ。


 その後、跳ねるように駆け抜けること凡そ3時間。

 とうに日は落ち、辺りは闇に包まれ、足下はいつの間にか、泥濘からしっかりとした土の感触へと変わっていた。


 そんな中、遂にノエルの視界が開けると、押し倒されそうな程の強風にさらされる。


「よっしゃぁぁ! 抜けたぞぉぉぉ!」


 両拳を天へと掲げ、雄叫びを上げるノエル。

 その先にはザワザワと白波のように波打つ、広大な草原が広がっていた。


 この夜、ノエルは遂に魔の森横断を果たす。





◇――――――――――◇



――ノエルが魔の森から脱出を果たすより、さかのぼる事2日前――


 アルル村から東へ10kmほどの距離にある魔の森手前、林の中。

 そこには黒革の鎧に身を包み、一際殺気立った男達がいた。


「おいおいおいおい……、そりゃないぜ鬼目の旦那……。あんたが死んじまったら、一体誰が俺たちに金を払うってんだ?」


 無惨にも額から矢を生やし、事切れているケイジの前で嘆くように頭を抱える。


「コイツは一体どういう事だ? 説明しろ、ジルフ!」


 両の手で頭を抱え、未だ遠い目をしているジルフランデに罵声が飛ぶ。


「知るかよ、こっちが聞きたいぐらいだ! 大体、俺たちは鬼目の旦那に命令された通り、ずっと北街道を張ってたんだぜ? あんたの方こそ何か心当たりはないのかよ」


 言われた男は仰々しく腕を組んで鼻を鳴らす。


「知らん! が、想像なら付くな……」


 黒革鎧の一団の中。

 只一人、麻のズボンに白シャツ、薄手のサマーセーターといったいで立ちの男が呟く。


「どういう事だ? 説明しろ!」


 先程とは打って変わって、ジルフランデが問い詰める様に身を乗り出す。


「慌てるな、予想が付く・・・・・と言っただけだ」


「それでも構わねぇ、教えてくれ。このままじゃ流石に納得が出来ねぇ」


「いいだろう。俺が思うにケイジは手柄を独り占めにしようとしたんだろうな。現にあの神子ガキは、彼奴の隠し子だったって言うじゃねーか」


 ジルフランデは、聞くや否や大きく目を見開き叫ぶように詰め寄った。


「き、聞いてねーぞ、そんな話し! どういうつもりだ!」


「俺に怒っても仕方があるまい? それよりお前等はこれからどうするつもりだ?」


「どうするって言ってもな……。どうるすかなぁ……」


 途端に遠い目になるジルフランデ。

 こんな辺境の村になど他に仕事がある訳でもなく、かといって今更帝国に戻っても仕事があるとは思えない。

 何しろこの手の家業は、何よりも信用が物を言う。

 一度でも後ろ足で砂を掛けるような真似をしたジルフランデに、居場所などあろう筈もない。


「なら今度は俺に雇われないか? なに、悪いようにはしない。むしろお前達にとっても損のない話しだ」


「あ? あんた一体何やらかす気だ?」


「簡単な事だ。ケイジがやろうとしていた事を、俺たちでやってやるのさ」


「本気か?」 


「あぁ、もうじき戦争が始まる。成り上がるにはまたとない機会だろ?」


「あんた、分相応って言葉を知らないのか? 身の丈を考えろ、死ぬぞ……」


「考えてるさ。だから一人ではなく組まないかと、誘ってるんだ。それにな、ジルフランデ」


「な、何だよ……」


「戦争ってやつは、上げた手柄次第で身の丈なんざどうにでも成るんだぜ? 憶えておくと良い」


「マジかよ……。ったく、しょうがねーか。他に当てもねーしな……」


「あぁ、良い判断だ」


「だといいが……。後悔させないでくれよ? ――の旦那」



 


◇――――――――――――◇

 

 

 

 

 未だ薄暗い朝靄の中、露に塗れた草の上に両膝を立てて座ったノエルは、祈るように両手を合わせた。

 目の前には幾つもの小さな土の山が並び、辺り一面に生い茂る緑の波が、もの悲しい音色を運んでくる。


「どうだ……、ここならよく空が見渡せるだろ? 確かに約束は果たしたぞ?」


――トクンッ。


「大丈夫、引きずったりはしないさ……。よしっ、行くかっ!」


 ノエルは膝に付いた土埃を払うと、東に向けて歩き出す。

 特に宛は無いが、森を行くよりは気が楽だ。


 やがて薄暗い景色の中、草原の彼方から朝日が昇り始める。

 黄金色に輝く日の光が徐々に生い茂る草花を照らし、得も言われぬ壮大な景色を創り上げていく。

 

「おぉ……。これだよこれ……、これこそ俺が求めていたファンタジー世界だ。生きた生首だのキメラじみた悪魔なんぞじゃなく。まさにこれだ!」


 壮大な景色の中で吹く風を、体いっぱい感じてやろうと両手を広げ深呼吸を楽しむ。


『ありがとう』


 不意にそんな声が聞こえた気がした。

 それを怪しむのは無粋だと、ノエルは微かに笑みながらひらひらと手を振って応えた。







――決して振り返る事なく―― 

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