50話:魂石と投石
「はぁ、はぁ、はぁ……。いい加減この景色にも飽きてきたな」
悪魔崇拝者達のアジトらしき場所から無事に脱出して、既にかれこれ20日程の時間が過ぎている。
アゼルと名乗った悪魔を念の為にと火葬し、その後祭壇の上で生け贄にされていた少年の亡骸を回収。
そのまま放置して、ゾンビするのは少しばかり心が痛んだのだ。
その後一晩夜を明かし、翌朝になってアジトを出てからと言うもの、まともに休む暇もなく走り詰めである。
唯でさえ緑葉樹の群生する仄暗い森の中、流石に夜通し走り続ける訳にも行かず、比較的高い木に上り仮眠をとっていた。
が、それすらも、凡そ一時間おきにゾンビ共の雄叫びに叩き起こされるのだから堪らない。
唯一の救いは、図らずもアジトで手に入れた闇属性の力。
魔力隠蔽に長けた闇のエンチャントを纏う事により、身体強化を維持しながら移動が出来る事だろう。
お陰で体力的にキツいとはいえ、かなりの速度で強行移動が可能になったのだ。
魔力関知により索敵及び関知をするゾンビ相手には、これ以上ない強い味方と言える。
「むっ。囲まれたか……。魔力隠蔽した状態で包囲網を張られたとなると……、魔獣だな。良い兆候だ」
魔の森には、中域から深部に掛けて殆ど半生命体しか存在していない。
と言うより、余程の強者でなければ生存は困難を極める。
何しろ半生命体は、疲れという物をしらない。
24時間ひっきりなしに襲ってくるのだ、そんな中で生活できる個体などそうそういないだろう。
つまりは、森の出口が近いと言うこと。
ノエルは目を瞑り、耳を澄ませて辺りに漂う魔力を探る。
「20……、5……かな?」
――トクンッ。
「ん? あぁ、奥にもう一体いるのか。おそらく其奴がボスだろうな。ありがとう、助かった」
不思議な事に、魂石には意思があり生物のように知能があるらしい。
就寝時の様な無防備状態の中、何とか生き残れたのも魂石のおかげに他ならない。
ノエルは魂石の中の魂達を解放し、成仏させる。
魂石はノエルを守り、解放の手段を模索してもらう。
そんな一人と一つの関係性が、ここ20日間の間にどちらが言うでも無く出来つつあった。
「始めるか……」
ヌカルんだ状態の地面の上で、野生の魔獣とやり合うのは分が悪い。
ノエルは身体強化を施し、風を纏って木を上り始める。
時刻は夕方、もうじき日も沈むだろう。
出来ればその前に始末したいところだ。
ノエルは先手を取るべく弓を取り出し矢筒に手を掛けると、自身がいる二股に広がった木の枝に数本の矢を刺し立て、一本を口に咥え一本を弓に番える。
魔力関知による索敵で大凡の位置は掴んでいる。
しかし敵もさるもの、木の裏や藪の中、肉眼で確認できない位置に陣取っているようだ。
これでは先手の打ちようがない。
「参ったな……。魔獣のわりに随分と頭が良い、属性個体でもいるのかもしれんな」
魔法に目覚めた個体は総じて狡賢い。
魔獣特有の
おまけに総勢26頭だ、流石に少しばかり分が悪い。
「日が沈む前に決めるなら、頭を潰すしかないか……」
体内魔力を各属性に練り始める。
風属性、水属性、そして空間属性。
その全てに闇属性を混ぜ込み、仕込んだ
目標は群の頭を潰すこと。
作戦は――行き当たりばったり。
――大丈夫、行ける!
藪の中に身を隠す魔獣へ向けて矢を放つ――。
――ギャンッ。
そのまま続け様に、二の矢、三の矢、四の矢と放ち続け、結果四頭を見事しとめる。
「…………」
――トクンッ。
「あぁ、これはマズいな……」
魂石が小さく脈を打つと、それを受けたノエルも先を見据えたまま小さく頷く。
仲間が目の前で射殺されたにも関わらず、魔獣達からは動く気配すら感じない。
これは最早統率が取れているなどと言う生易しいものではない。
――調教。
「クソ……コイツ等、日が沈むまで時間稼ぎをするつもりか?」
時間がたてば経つほど不利になる。
打って出るしかない。
ノエルはいよいよ覚悟を決めて弓をしまうと、
「悪いが少し手を貸してくれ。今の俺では
――トクンッ。
「助かる」
十分に魔力を注ぎ込み、重さの消えた大鎌を肩へ担ぐと、風を纏って飛び上がる。
所狭しと立ち並ぶ木々の上を、群の頭と思しき個体めがけて一直線に進んでいく。
「ギィィィィ!」
「「ギィィィィ」」
頭らしき魔獣の遠吠えに呼応するかのように、周囲の魔獣達が動き始める。
「流石に動くか……。まぁいい、やることは変わらない」
問題が有るとすればこの遠吠えの正体だ。
全くもって聞いたことがない。
いったいどんな魔獣なのか……。
目に見えない敵の位置を探るべく精神を研ぎ澄ます。
群は、ノエルを中心に円陣形を保ったまま綺麗に追い縋って来ている。
「またものの見事に囲んでくるな」
苦々しく、ノエルがごちた。その瞬間――。
木々の隙間からノエルに向かって、四方八方から拳大の石が投げられた。
「――なっ!」
ノエルは慌てて身を捻って石を交わし、捌ききれない数個の投石は纏っていた風で受け流す。
「何だ? 獣じゃないなのか?」
重なり合う木の葉の隙間から、時折さす茜色の光に照らされたそれは、地を蹴る足は短く、地を這う腕は長く、全身に薄汚れたような焦げ茶色の毛皮を纏い、ギロリとした大きな瞳を持っていた。
「猿? 猿の魔獣……。ヤバい、猿はヤバい……」
慌てたノエルは待機魔力を解放し、更に風を増やして速度を上げる。
これはいよいよマズい事態になった様だ。
地を駆け群れる様子から、四足歩行の獣。
その様からノエルは勝手に狼だと勘違いしていたのだ。
しかし、蓋を開けてみればその正体は猿。
それもよりにもよって猿の魔獣であった。
猿型の魔獣は足が短いため、高速で移動する際はどうしても手足を使い四つん這いになって移動する。
その性質もあいまって、特定の武器などを持ちよったりはしない。が、地に転がる石はどこにでもあるのだ。
器用な手を使えば投石ぐらいはお手の物だろう。
そしてノエルは、その投石を危険視していた。
強靱な魔獣の膂力で投げられた投石は、十二分に命に届くのだ。
更に、ことこの場に至っては、四方八方から飛んでくる始末。
もはや悠長に構えている余裕は無くなっていた。
「一か八かだ、突っ込むぞ!」
――トクンッ。
宙を駆けるノエルは、増やした風を噴射するように飛び上がると、蹴っていた木々の枝を一段、二段と、飛距離を延ばして速度を上げる。
「キィキィ」と威嚇するように吠える猿達をグングンと置き去りにすると、遂に群の頭の姿を捉えた。
「木に登る隙は与えない!」
一際大きな
こんな巨体相手に接近戦を挑まなければいけないのかとウンザリしながらも、練っていた待機魔力を解放し、数十にも及ぶ水球を浮かべた。
今ここで仕留めなければ待っているのは確実な死だ。
何が何でも逃がすわけにはいかない。
しかし、だ。それにしても少々おかしくは無いだろうか?とノエルは首を捻る。
猿なのに何故わざわざ地を駆けているのだろうか?
むしろ今ノエルがいる木の上こそが、彼らにとってのフィールドなのではないだろうか?
だとしたら、これは罠の可能性はないのだろうか?
――考え過ぎか? それとも踊らされているのか?
――トクンッ。
魂石がノエルを急かすように脈を打つ。
「あぁ、そうだな……。考えている時間はないか」
――行くぞ!
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