49話:ソウル・リーパー

 蹴り飛ばされた際に、手放してしまったナイフを拾い上げる。


――ヒュッ


 こびり付いた血を払うように振り抜くと、風切り音をたてて石畳に真っ赤な稲穂が描かれる。


――さて、此奴をどうしてやろうか……。


 ノエルがそんな事を考えていると、力無くうなだれていたアゼルが口を開く。


「いったいどんな絡繰からくりだ?」


「あ? 何がだ?」


 不意に投げられた言葉に、ノエルは思わず聞き返す。


「とぼけるな! あの時お前は丸腰だった。首をしまっておけるような道具も持って無かったし、何よりインベントリに生物は入らない。答えろ……。どんな絡繰りを使った?」


「あぁ、そんな事か……。答えても良いが、お前にも此方の質問に答えて貰う。良いな?」


「……いいだろう」


 ノエルにハメられたのが余程悔しかったのか、アゼルは渋々ながら条件を受け入れた。


 そうして語られたノエルの企みは、凡そ作戦と呼ぶには余りにも子供じみた物だった。


 それは初めから石柱の影にアルフィードの首を隠しておく。

 只それだけの事。


 後は背負っていたリュックに、さもアルフィードが入っている様に見せるだけ。

 ただし命懸けでだ。


 単純明快にして理にかなってはいるが、あまりにも子供じみた危険な作戦だった。


  そんな説明を受けたアゼルは、唖然としたように大口を開け、真っ赤な顔で歯噛みすると、ついには目を伏せ肩を震わせる。


「なんだそれは……」


 何やらぶつぶつと呟くアゼルの百面相を眺めながら、ノエルは戦々恐々としていた。

 この時点でノエルには、最早アゼルと一戦交えるだけの体力は残されていない。

 平静を装をってこそいるものの、実は立っているだけでやっとだった。


「アンタの質問には答えてやったんだから、ちゃんと俺の質問にも答えてくれよな?」


 今切れられてはかなわないと、慌てて話しを切り替える。

 なにせ相手は悪魔だ。死に際の最後っぺ何てゴメン被る。

 『貴様も地獄へ道ずれだ!』とか言われたら怖い。

 マジビビる。ちょっと離れておこう……。


 スリスリと足を滑らせて後退する。

 思えば何で勝算もなく無防備に近づいたんだろう?

 興奮すると碌な事がないな、反省しよう。……うん。


 ブツブツと独り言を呟やいていたアゼルが我に返った様に顔を上げると、やや離れたところで蒼白としているノエルに首を傾げる。


「何をしている? そんなに離れていては、話しにならんだろう」


「お、俺は慎重なタイプの人間なんだ。ほっといてくれ、それより約束だろ? 話しを聞かせろ」


「全く……。勝者が敗者に臆するとはな……。まぁいい、約束通り質問に答えてやろう。で? 何が聞きたい?」


「ユリウスはどこにいる?」


 色々と、考えに考えた結果。結局ここに行き着いた。

 ノエルとしては、後々になってからユリウスに付け狙われるのを恐れのだ。

 敵は少ないに越したことはない。当然だ。


「知らん!」


「つかえねぇ!」


「何だと!」


 アゼルは、言われて声を荒げるが、直ぐに力尽きたのか仰向けに倒れ込んでしまう。

 それを見たノエルは、これ幸いと話しを続ける。


「何でも知ってそうで意外と知らない事多いよな。おまえって」


「フンッ」と、不機嫌そうに鼻を鳴らすアゼルに苦笑いをしつつ、仕方なしと質問を変える。


「じゃあ、あの赤くてクルクル回ってるクリスタル。魂石? だったか?」


「あぁ、そうだ」


「その魂石とやらに閉じこめられた魂を解放する方法はあるのか?」


「ある……。が、今の小僧には無理だろうな」


「ならアンタなら出来るのか?」


「無理だな……。今や動く事すらままならん」


「つかえねぇ!」


「何だと!」


「「…………」」 




「「ハッハッハッハハ」」

 

 



「はぁぁあっ。出来なくても良い。方法だけでも教えてくれ」


「そんな下らん質問が最後の質問とはな」


 アゼルの辛辣な物言いに、ノエルはやや憤慨したように答える。


「くだらないかどうかは、俺が決める事だ。とっとと答えろ」


 未だ声変わりすらしていない締まらない声色ではあったが、そこには明確な殺意が聞いて取れた。

 しかし言われた当のアゼルは、カラカラと笑い声を上げる。

 数千年生きた悪魔には、ノエルの殺気は些かぬるかったようだ。


「クックックッ……。随分と可愛らしい殺気だな。まぁいい、教えてやろう。魂刈りソウル・リーパーを使え。見事斬り仰せたら、捕らえられた魂達は解放されるはずだ」


「ソウル……、何だ?」


ソウル・・・リーパー・・・・だ。持っているのだろ? 私が使っていた大鎌を」


「あれか! よし、やってみるか」


 早速とインベントリから大鎌を取り出すと、ゴリゴリと石畳の上を引きずりながら祭壇へと向かう。

 死んだ後まで利用され続ける何て、考えただけでもぞっとする。

 解放出来るものなら、解放してやりたい。

 可能かどうかは分からないが、やるだけやろう。


(確か魔力を込めてたよな。魔石を擦り潰すときの擂り粉木棒と同じかな?)


 ノエルは両手に力を込め、大鎌へと魔力を注いでいく。

 底のないバケツの様に止め処なく吸い取られ、若干及び腰になるものの持ち前の気合いと根性で堪え忍ぶ。


――シャリッ


 フッと石畳に刃が沈むと同時に、大鎌から重さが消え去る。

 思わずバランスを崩し掛けてふらつくが、何とか体勢を立て直しひょいっと大鎌を構える。


「おお……。これならいけそうだな。よしっ」


――シュンッ


 風を切り裂き、大鎌が振るわれる。


 が、思い虚しく甲高い音と共に弾かれると、途端に重さを取り戻した大鎌に振り回されるように踏鞴たたらを踏む。


「くっ……。駄目か……」


 その後も何度となく繰り返すが、やがて魔力もつき掛け肩で息をするように俯くと、仕方がないと大鎌をインベントへと仕舞い込む。

 残念ながら今のノエルにはどうにもならない事を証明するだけに終わってしまった。


「すまんな……。俺じゃぁ無理みたいだ」


 未だ宙へ浮かぶ魂石をすくい上げるように両手で掴むと、申し訳なさそうに声を掛ける。


「何かしら方法を探すから、暫く俺に時間をくれないか?」


――トクンッ……。


 ノエルの手の中でまるで返事をするかの様に脈打つ魂石。

 声を上げる事すら出来ないが、彼、彼女等の思いが伝わって来るのが分かる。


――呪い。


 それはさながら呪詛のように、ノエル胸の内で泣き叫ぶ。

 恨み、苦しみ、憎しみ、悲しみ、そして殺意。

 それはきっと、今目の前に横たわる悪魔へ向けての激情。


――恨みを晴らしたいか?


――トクンッ……。


「……わかった。やってみよう」


 目を瞑り、胸に手を当てて独り言を呟くノエルを怪訝な顔で眺めていたアゼルは、察するように頷いた。


「死人と会話をしているのか? バカな奴だ」


「フンッ。悪いが状況が変わった。俺としちゃぁもうお前なんかどうでも良いと思ってたんだが、どうやら恨みを晴らしたい奴がいるようでな。もう少しばかり付き合って貰うぞ」


「弔いか? とんだお人好しだな」


 煽られるが、意に返した様子も無くアゼルの元まで行くと、インベントリから大鎌を取り出した。

 散々使った為、残りの体内魔力量は少々覚束無いが、一振りぐらいならどうにかなるだろう。


「くっ、キツいな」


――トクンッ……。


 瞬間――魂石の脈動と共に、ノエルの中に魔力が溢れ出す。

 黒く密のように粘り気のある殺意混じりの魔力。

 それは自らの意志を持ち、内よりノエルを突き動かすように暴れ回る。


「ふっざけんなよ……。手を貸すとは言ったが身体を貸すと言った覚えはねぇぞ。うらぁぁぁ!」


 気合い一喝。押さえ込むと、深く息を吐く。

 

「ほぅ、怨念を意志だけでねじ伏せるか」


「バカ言え。優しさと甘さをはき違えるほど若くはねぇよ」


 と、見た目七歳児のノエルがごちる。

 

「さて、お別れだ……、えっと、悪魔?」


「アゼルだ」


「そうか、アゼルか。じゃぁな、アゼル……」

 

 

 

 


 


――ああ、さらばだ。若きファウストよ――


 


 

 

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