54話:合わない辻褄

「ハッハッハッハ、マジウケる!」


「ウケねーよ! マジで笑えねーよ? 何なんだお前……」


 カッチカチに固まった彼らの刺々しい視線が、やや和らいだ所でノエルは早速情報収集に取り掛かる。


「こう見えても俺は薬師だからな。魔力操作の心得が有るのは当たり前だろ!」


「そ、そうなのか?」


「そうなのだよ、シュークリーム君」


「俺はシュタールだ!」


「ハッハッハッ、まぁまぁ落ち着きたまえ。そんな事より――」


 ノエルが目を覚ますまで何やら作戦会議でも行っていたのか、傭兵達は円陣を組むように輪になって立っている。

 そんな彼らの輪の中へ、何食わぬ顔でひょっこりと顔を突き入れると話を続けるよう促した。


「ささっ、話を続けよう」


「な、何だこのガキは……。まぁいい、居るのは仕方ねぇが邪魔だけはするなよ?」


「んっ、問題ない」


「フンッ、調子の良いガキだ。じゃぁ続きだ――」


 ノエルはシュタールに言われたとおり、彼らの話し合いに口を出す事なく静かに聞き入っていた。

 どうやらシュタールたち傭兵団は、武力を持っての脱出を試みる腹らしい。


 現在ノエル達が幽閉されているこの地下牢獄は、子供だけで23名、女性1名、傭兵5名の計29名が、たった一つの檻に押し込められている。

 それはつまり、29人もの人間を閉じこめておける程に広い空間であると言う事。

 これだけの物を一朝一夕で作り上げたとは到底思えない。


 幽閉された面々、場所、状況を鑑みるに、かなり計画的に執り行われた誘拐であることが伺える。


 で、あるならば、強引な手段で脱出を試みるのは悪手だとしか思えない。

 だがしかし、彼らは曲がりなりにも傭兵、荒事のプロフェッショナルである。

 きっとノエルのような素人では、考えも付かないような手段があるに違いない。


「よし、腹は決まったな? 決行は次の飯時だ。お前ら抜かるんじゃねーぞ!」


「「「おう!」」」





「おう! じゃねーよ、おバカ!」


 無かった! 想像も付かないような作戦なんて皆無だった!


 食事を運んでくる牢番を襲い、鍵を引ったくる。ただそれだけ。

 作戦とすら呼べない行き当たりばったりの突発的な反乱に近い行為だった。


「あぁ? 今何てった?」


 言われたシュタールは、野太く低い声色で脅すようにノエルに聞き返す。

 見ると、その様子を伺っている他の傭兵も、凡そ子供に向けるとは思えない鋭い眼差しでノエルを睨みつけていた。


――ダメだな……。もう背に腹は変えられんか……。


 連中がこのまま自称作戦を決行すれば、高確率で死人が出る。

 そしてその際、犠牲になるのは身を守る手段を持っていない子供達だろう。

 それは駄目だ。それだけは避けたい。

 少なくとも他の手段を模索出来る余裕が有る現状で取るべき行動ではない。


 故にノエルは口を挟んだ。


 説明もしよう、知恵も貸そう、気付いた事も全部教えよう。

 そこまでして、もしこの傭兵達が止まらないと言うのならば……。


――最悪、殺るしかない……。


 図らずも少しばかり漏れ出てしまったノエルの殺気を感じたのか傭兵達が瞬時に距離をとる。


「てめぇ、ただのガキじゃねーな? 言って置くが俺は例え相手がガキでも容赦はしねーぞ?」


 剣呑な雰囲気を纏い、威嚇するように睨みつけてくるシュタールに、ノエルはやれやれと肩を竦ませる。


「落ち着けよおっちゃん。それより幾つか気付いた事があるんだ。聞いてくれないか?」


 言って、にこにこと笑顔で手招きするノエルに、寧ろ警戒を強める傭兵達。

 ちょっと殺気を漏らしただけで、これ程まで警戒を露わにするとは……。


 ノエルは彼等への評価を大幅に上方修正する事になった。

 いくら魔力混じりの殺気とは言え相手は子供なのだ、大人の、それも荒事を生業とする傭兵が、恥も外聞もなく瞬時に距離を取って身の安全を確保しようするなど、そうそう出来る事では無い。

 大抵は慢心するか、自尊心が邪魔をするものだ。

 現にノエルが今まで相手にしてきた連中には、そういう類の輩が多かった。


 しかし今、目の前にいる彼等は違った。

 何の躊躇いもなく間合いをとり、今尚用心深くノエルを伺っている。


「参ったな……。子供相手にそんなに殺気立つなよ、おっちゃん」


「居るんだよ、極々稀にお前みたいななりに合わない力の持ち主がな……。しかもお前、今の今まで隠してやがったな?」


「シュタール……、やな感じがするぜ。俺は始末すべきだと思う」


 ラングの目端が鋭くなり、その瞳に籠もった殺意の色が見る見る色濃くなっていく。


 そんなとりつく島もない彼等の様子に、当のノエルも遂には気圧され二歩三歩と後ずさる。


(不味いな……、失敗した。お前のせいだからな? 反省しろよ?)


――トクンッ……。


 言われて脈打つ魂石からは、ややしょんぼりとした雰囲気が伝わってくる。

 そう、実際に殺気を放ったのはノエルではなく魂石だったのだ。

 どうやは魂石は事、子供が理不尽な被害に遭うと我慢が効かなくなるらしい。

 もしかすると、その身の内にある生け贄にされた魂達の怨念がそうさせるのかもしれない。


「まぁ、待てラング。取り敢えず話を聞くだけは聴いておこう。始末するかどうかの判断はその後だ。いいな?」


「あぁ、分かった……」


 渋々と言った面持ちでラングが頷くと、シュタールは一歩前に出て他の傭兵達を下がらせる。


「話は聞いてやる。だか、妙な事はするなよ?」


「お、おう……。しないしない、大丈夫だって」


 気の置けない様子のシュタールに溜め息を吐くと、ノエルは言葉を選ぶよう慎重に口を開いた。


「まずは俺の話を最後まで聴いてくれ。質問や意見は後でまとめてって事で」


「あぁ、分かった。続けろ」


「ありがとう。じぁまず始めに――」


 ノエルは自身の感じた違和感と、それに伴う可能性に付いて語り始めた。


 語りはじめた当初は聞きながらも油断なく身構えていたシュタールだったが、説明が進むに連れ一歩、また一歩とノエルに近づき、今では感心しきりに頷いている。


「成る程な。確かに妙だな……」


 シュタールは、そう言って頷くと振り返って子供達へと焦点を合わせる。


 捕らわれているの子供は、ノエルを抜かせば22名。

 その22人全てが、やけに上等な身なりをしている。

 一見すると見分けが付かないが、一級品の生地に職人技の縫製。

 さらに履いている靴も、質のいい革のブーツやローファーのようなデザインの靴である。


 これはどう考えても妙な事態だ。

 ここまでノエル達をさらってきた犯人が盗賊だとすれば、どう見積もっても割に合わないし、人身売買目当ての人攫いだとしてもリスクが高すぎるのだ。


 ミリル平原を縄張りとする盗賊にとって、上流階級の人間を襲うのは、他国の介入を招く悪手でしかない。

 おまけに下手を打って貴族でも攫って来よう物なら軍隊を呼び寄せかねない。


 ならば何故、選んだように裕福そうな子供を選んで攫ってきたのか?

 それがどうしても分からないのだ。


 それともう一つ。

 数こそ減ったとは言え、何故傭兵達が生け捕りにされているのだろうか?

 禄に財産もない荒くれ者を無傷で一カ所に集めて幽閉すればどういう事態を招くのか?

 少し頭を捻れば分かりそうな物だ。

 実際、シュタール達は今正に強硬手段に打って出ようとしていたのだから。


 ならばいっその事、傭兵団は皆殺しにした上で商隊を生け捕りにしそうなものだが、当の商隊は誰一人として行方が知れないのだ。


 どれもコレも辻褄が合わない……。


「言いたい事は分かったが少し考え過ぎじゃねーか?」


 渋い顔で考え込むノエルにシュタールが続ける。


「意外と考えなしの流れの盗賊団って可能性だって有るんだぜ?」


 シュタールの言った事は勿論ノエルも考えた。

 しかしそれはいまだ子供達を護るように佇む女性の存在が否定している。


「いや、それは無い」


「何故そう思う? 理由があるのか?」


「勿論」


 そう言ってノエルは顎をしゃくり上げるように女性を指し示すと、それを受けたシュタールが困惑の声をあげる。


「あ? あの女がどうかしたのか?」


「もし犯人が流れの盗賊団なら何故あの女性は無傷なんだ? って話さ」


 シュタールは、ハッとした表情で振り返ると、途端に嫌悪感を露わにする。


「確かにな……。あんな上等な女なら真っ先に壊されるだろうな。しかしお前、いくら何でもガキのする発想じゃねーぞ?」


「シッ! 誰か来る!」


「ナニ! お前ら、準備はいいな?」


 シュタールの掛け声と共に、即座に戦闘態勢へと変わる一同にノエルの待ったが入る。


「ちょっ?! 待てまて、俺の話聞いてなかったのか? 事の辻褄が合わなすぎる。ここはひとまずけんに回るべきだ、な?」


「…………」


「おい、どうすんだシュタール?」


「頼む、一度で良い連中の正体を探る機会をくれ。なぁ頼むよおっちゃん!」 


「いい加減にしろシュタール! もうそこまで来てんだぞ!」


「…………」




――ギィィィィ


 

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