55話:揺さぶり
――コツッ、コツッ、コツッ、コツッ、コツッ……。
鉄の板が仕込まれているであろう靴底が、堅い岩盤の床を進む度に音を立てる。
その音に耳を澄ませながら未だ渋い顔で考えあぐねている様子のシュタールに、ノエルとラング二人の視線が集まっていた。
「シュタール……。決めてくれ、どうすればいい?」
「おっちゃん……」
「グッ……。しょうがねぇ……坊主、一度だけだ。一度だけ機会をやる。次はお前が何をいっても決行するし、邪魔をするようなら容赦はしねぇ。いいな?」
「分かった、それでいい。おっちゃん、ありがとう!」
「全員急いで壁際まで下がれ」
シュタールの指示が飛ぶと、傭兵達は即座に壁際で移動し、顔を伏せるようにして座り込む。
ギラ付いた目を顔を伏せることで覆い隠し、座り込むことで敵意が無いことを演出、さらには入り口から遠い壁際まで下がることによって、相手の危機意識が刺激されないようにする配慮。
たった一つの指示を出すだけで、それらを瞬時に理解し、実行する様はまさに玄人然と言ったところだろうか。
――コツッ、コツッ、コツッ、コツッ、コツッ……。
ノエルは目を閉じ耳を澄ませ、さらには魔力関知を用いて近付いてくる
たった一度の接触でどれほどの情報を獲られるのかは分からないが、生きて脱出したければ出来る限りの事をするしかない。
(四人? いや五人はいるか。どこまで出来るか分からないが、揺さぶりを掛けてみるか……)
不意に立ち上がり入り口の方へ歩き出そうとするノエルにシュタールの待ったが掛かる。
「おい、何してる! 戻ってこい!」
「大丈夫、ちょっと揺さぶりを掛けるだけだ。ただ黙って座ってるだけじゃ何も分からないだろうしな。なぁに連中も子供相手に無茶なことはしないだろうさ」
「お前……。言って置くが俺たちの助けは期待するなよ?」
「あぁ、分かってる。オッチャンらもそこから見ていて気付いた事を後で俺に教えてくれ。んじゃ、行ってくる」
すぐ側まで近付いてきた足を耳の端で捉えると、深く息を吸い込み両手で鉄格子を握りしめながら大声で喚きだす。
「だせぇぇぇ! ちきしょぉぉ! ふざけんなぁ!」
「うるせえぞ糞ガキ! 怪我したくなけりゃそっから下がりやがれ!」
食事らしき物を載せた配膳の荷台を引き、二人の男が現れる。
同じ黒革のハーフプレートの形をした胸当てを付け、龍手にブーツとこれまた黒革のお揃いだ。
一人は黒髪黒目の髭面で、年の頃は30半ばといったところ。
もう一人は茶色い短髪に蒼い瞳でこちらは20代後半ぐらいだろうか。
ノエルはチラリと彼等の様子を伺うと、癇癪を起こした子供のように男達に罵声を浴びせかける。
「おい髭面の熊おやじ! ここから俺をとっとと出しやがれ!」
「こんのぉガキィ……。ぶっ飛ばされてぇのか!」
この台詞を皮切りに、鉄格子を挟んでノエルと男達の言い争いが始まった。
遠慮のないノエルの悪口に、顔を真っ赤にして怒る男達。
しばしそんなやり取りが続いた中、不意に男達の後ろから声かあがる。
「おい、お前らいい加減にしろ。ガキの言う事なんて一々構うな。とっとと言ってやること済ましちまえよ」
見るとそこにはいつの間にか皆一様に真っ赤なローブを身に纏った三人の男達が立っていた。
先に配膳に来たであろう二人の男達。
そして、その後ろに立つ三人の男達。
彼等には役割毎にユニフォームでも有るのだろうか?
ただ現時点でノエルが彼等から受けた印象は、狡猾さが先にたっていた。
「おい、おっさん。ローブ着てるって事は魔法使いなんだろ? 俺しってるぞ、魔法使いは国に仕えている騎士様と似たようなもんなんだろ? だったら此奴ら捕まえてくれよ! 見ろよこの髭面。ぜったいコイツ盗賊だって! なぁ頼むよ、おっちゃん」
さらっと悪口を挟みながら、ノエルがローブを着た男達に助けを求める。
「ぷっ。た……、確かに盗賊面だ……」
「おい! 喧嘩売ってんのか? この野郎!」
「くはははははっ、わ、悪い悪い、謝るからそう怒るな」
「チッ!」
自分の台詞で微妙に険悪な様子になった二人を見て、ノエルは更に髭面の男を
「ほら見ろよ魔法使いのおっちゃん。コイツ盗賊だからなんか体からくせぇ臭いがすんだよ。あと口もくせぇ、盗賊だから」
「プップハッ! も、もうダメだ、ブハッハッハッハッハ……」
耐えきれず、腹を抱えて笑い出す男に誘い笑いよろしく、周りの男達もつられて笑い出す。
こうなれば、笑われた本人、髭面男もいよいよ堪忍袋がブチ切れる。
今の今までノエルのいる鉄格子から三歩ほど離れた距離を維持していた髭面男は、ツカツカと近寄って来るなり鬼の様な形相で掴み掛かる。
「てめぇ、もう我慢ならねぇぞ、糞ガキめ!」
「グッ……。離せ髭面、くせぇ息吹きかけんな!」
「こんのガキがぁ!」
――ドゥゴッ!
鉄格子の間から、男の拳がノエルの鼻面に叩き込まれると、その勢いのまま傭兵達の足下まで殴り飛ばされる。
その時、当の傭兵達は、ノエルの子供じみた悪口を真に受けたのか自身の体の臭いを嗅いでみたり、口元に手を当てて息を吐いてみたりと少々緊張感に欠けている様子。
そこへ盛大に鼻血を出しながら、ノエルがコロコロと転がって来たのだから焦りのあまり立ち上がって身構えてしまうのも無理はない。
「いってぇ……。やりやがったな、髭面ゴブリンめっ」
ノエルはまともに拳を受け、少しばかりフラフラとする頭を押さえながら立ち上がると、身構えた傭兵達に向かって、犬に待てでもする様な動作で座らせる。
今ここで彼等に出てこられては全てが台無しになってしまう。
殴られ損はまっぴらゴメンだ。
「落ち着け! 相手はまだ子供だぞ? 笑った事は謝る。だから落ち着け、な?」
ローブ姿の男達が髭面の男を何とか
――その瞬間。
突然、ノエルが入り口に向かって走り出す。
配膳車の脇をすり抜け、男達の股下を滑り込み、ついには牢屋の外へ飛び出した。
見ていた傭兵達は、大きく目を見開き唖然とした面持ちで固まり、対するローブ姿の男達は慌ててノエルを追いかける。
「動くな! 妙な真似をしたらその場で切って捨てる」
髭面の男とその片割れの短髪の男が、瞬時に剣を抜き傭兵達を威嚇する。
シュタールは折角訪れた絶好の好機を逃し、歯噛みしたような顔を見せるが、すぐに仲間に目配せすると、俯くようにして顔を伏せた。
この手の状況下では、先手を取った方が勝ちなのだ。
勝敗は決した。そうと分かって動くのは、玉砕覚悟の特攻でしかない。
故にシュタール達は動かない。
彼等は傭兵、生き汚く生き延びることこそが本懐なのだ。
「くそ、あのガキ……、生きて帰ってきたらブン殴ってやる!」
伏せた顔をくしゃりと歪ませながらシュタールがごちた。
…………………。
……………。
………。
……。
――一方でノエルは宛もなく只ひたすら逃げ続けていた。
どうやらこの場所は、予想していた通りに洞窟を利用して作られていたようだ。
幾つも連なる大小様々な横穴。
間違いなく天然の洞窟だ。
そんな中をひたすら走り抜けて行くと、やがて前方に大きな木の塀が見えて来る。
――出口かもしれない。
はやる気持ちを抑えながらも前へ蹴り出す足は、回転数を上げていく。
「はぁはぁはぁ……。漸く着いたか……」
――ガチャリ
扉に付いた取っ手を回し、ほんの少し扉を開くとこっそりと中をのぞき込む。
「――っ!」
思わず息をのむ。
そこには、優に20人を越える武装した男達が待ち構えていた。
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