74話:地下水路の冒険

 チロチロと流れる水の音を聞きながら真っ暗な地下水路へと足を踏み入れる。

 先頭はダン、続いてフラン、コリン、ノエルと連なって進んでいく。

 当初、彼らは自作の松明を手に中へと入る予定だったところを、ノエルの提案により火ではなくライトの魔術を付与することとなった。

 換気の無い地下での火の使用は出来る限り避けた方がいい、と言うノエルの判断によるものだ。


 今まで問題なかったのだから大丈夫、と言い張るダンをなんとか宥めて今に至る。

 確かにライトの魔術より松明の方が冒険らしい雰囲気はある。

 ダンにしてみれば実用性よりも余程大事な事だったのだろう。


 歩き始めて15分ほど経った頃、先頭を行くダンが自慢げに声をあげた。


「アニキ、見てくれよ。スゲー綺麗だろ?」


 ダンは手にした枝をブンブンと振り回す。

 枝にはライトが付与してある。

 そのため振るう度に地下の暗い中で、宙に光の線が描かれていく。


「凄い……。綺麗ね」


「本当だ、見てみて僕のも綺麗だよ」


「そうだな、綺麗だ」


 ノエルは三人が夢中で枝を振り回す姿を眺めて思わず微笑んだ。

 その様子は夜の河原で手持ち花火を振り回して遊んでいた、在りし日の自分と被って見えたのだ。


 例え世界が変わっても子供の感覚は変わらないらしい。


「振り回すのはいいが、足下には気を付けろよ? 水路に落ちたら大変だぞ?」


「分かってるって。おっ、アニキついたぜ? ここだ!」


 言ってダンは壁を叩く。どう見ても行き止まりだ。

 水路を見ると先へと続いているようだが、人が通れるような道は途切れている。

 ここいら一画を秘密基地とでもしているのだろうか?


「ここが? 行き止まりじゃないのか?」


 聞かれたダンは自慢気に鼻を鳴らすと胸を張る。


「ふふんっ、違うんだなぁそれが」


「ん? まさか水路の中を行く気か?」


 子供は怖いもの知らずだ。下手をするとやりかねない。

 ノエルは慌てたように聞き返した。


「そんな事する訳ないだろ。まぁ見てなって」


「ちょっとダン! 今日は私の番の筈よ?」


 ダンが襟元から何かを取り出そうとしたところ、フランの抗議が入る。

 しかしダンは譲る気は無いらしく、二人の言い争いは取っ組み合いへと変わっていく。


「いいだろ別に、一回ぐらい代わってくれても。けちん坊」


「駄目よ、今日は絶対に私がやるの! そこを退きなさい! ひっぱたくわよ?」


 二人の取っ組み合いを呆れ顔で眺めていると、コリンが声を潜めて耳打ちする。


「きっと二人はアニキに良いところを見せたいんだよ」


「そうなのか?」


「うん、絶対そうだよ。ダンは普段は絶対にフランと喧嘩なんてしないんだ。負けちゃうからね」


「そうか……」


 確かにこの年頃の子供は、女の子の方が成長が早くて意外と喧嘩が強かったりする。

 にしても、随分と懐かれたものだ……。


「二人共その辺にしておけ。水路に落ちたら危ないだろ?」


 取っ組み合う二人を無理矢理引き離し、間に割って入るようにして押し止める。

 ダンは目に涙を浮かべて地団駄を踏み、フランは腕を組んで不機嫌そうに顔を背ける。


 どうやらフランの方が強いというのは本当らしい。


「なぁダン。皆で決めた約束事なら守らないと駄目だろ? 分かるよな?」


「だって……。アニキに見せたかったんだ……」


 ダンは鼻筋に皺を寄せてぐっと涙を堪えている。


「もう見たよ。ダンの凄いところは、ここに来るまでに十分に見せて貰った」

 

「そうなのか?」


「そうさ。木の塀を登るのは誰よりも早かったし、水路を飛び越えたときは誰よりも遠くに飛んだじゃないか。な?」


「そっか……。俺、凄かっただろ?」


「あぁ、凄かった!」


 言われてダンはニシシッと笑う。


「フラン……」


 ノエルはのぞき込むようにフランに向き直る。


「なによ……、私は悪くないんだから……」


 フランの声が震えている。泣いているのだろうか?


 ノエルはどうしたものかと頭を悩ませる。

 子守などした事がないのだから仕方がない。

 なんとか手探りでご機嫌を伺うしかあるまい。


「そうだな、フランは悪くない」


「嘘! 本当は意地悪って思ってるくせに……」


「そんなこと思うわけ無いだろ? 俺はフランが誰よりも優しいってちゃんと知ってるんだから」


「どうしてよ……」


「コリンが木の塀を登れなくて泣き出したとき、一番に助けに戻ってきたのはフランじゃないか。だからちゃんと知ってるよ、フランは優しい子だって」


「そう……それなら良いのよ!」


 振り返ったフランの顔は、元の元気一杯の少女に戻っていた。

 よかった……なんとか機嫌が戻ったようだ。


「よしっ、じゃぁ仲直りの握手して。ほら」


 二人の手を引き強引に繋がせる。


「フラン、ごめん……」


「いいわ、許してあげる!」


 フランが些か上から目線であるが、どうにか仲直りが出来たようだ。


――本当によかった。こんな場所で喧嘩とか、マジで勘弁してほしい。


「で? 何をどうするつもりだったんだ?」


 フランは自分の襟元に腕を突っ込むと、ペンダントを取り出した。

 それは麻紐に小さな革袋を付けただけの簡素な作りで、それでいてなにやら妙な存在感を放っている。


「これを使うのよ」


 言って小さな革袋から取り出したのは直径3cm程の真っ黒な小石。

 フランはそれを指先で摘まむと、ノエルに見せびらかすように自慢気に掲げて見せた。


――見た目は魔石にしか見えないが、だとしたら少し妙だ。


 魔石とは魔物の体内でのみ生成される魔力の籠もった石のことである。

 通常市場でよく見る物は無色透明で、よくてもややくすんで見える程度のものしかない。

 フランが手にしているような属性が色濃く浮かび上がった魔石はかなりの値が張る筈だ。


「なぁ……、それってもしかして三人とも持ってるのか?」


「おう、俺も持ってるぜ」

「うん、僕ももってるよ」


「そうか……。ここで拾ったのか?」


「違うわ、セバール爺に貰ったのよ」


「言っておくけど、いくらアニキだからってあげないからな?」


「うぅ……。僕の取らないでね?」


 三人は大切な宝物をノエルに奪われるとでも思ったのか、慌てたように後ろ手に隠す。


「大丈夫、取り上げたりなんかしないさ。にしても妙だな……」


「何がだ?」


「そんな濃い色をした属性入りの魔石は見たことがない。小さいとはいえ、それ一つでかなりの値段がするはずだぞ? そのセバール爺って人は孤児院の人なのか?」


「違うわ、たまに秘密基地に遊びに来る変なおじいちゃんよ」


「そうだぜ、でも確かにあの爺さんが普段何してんのかは謎だな」


「うん、僕もよく知らない。でもきっと良い人だよ」


 ノエルは苦々しい表情に変わると、腕を組んで唸るように考え込む。

 高価な魔石を自分の身内でもない子供においそれとプレゼントするなんて事があり得るだろうか?


――分からない……。が、一つだけ分かった事がある。


 なぜ子供達が気配を悟られずにノエルの後ろを取れたのか。

 おそらくは彼らの持つ魔石の力の影響だろう。

 黒は闇属性の色だ。それも彼らが手にしているそれは黒曜石の如く色濃い魔石。

 かなりの力が籠もっている筈だ、間違いないだろう。


「なぁアニキ、もういいだろ? 早く中に入ろうぜ?」


「中に入る? ここに秘密基地の入り口があるのか? そんなものどこにも見当たらないが……」


 キョロキョロと辺りを見渡すノエルに、フランが壁を叩いて視線を促す。


「ここよ、見てて頂戴」


 長方形の石を積み上げて造られた石壁。

 そこにはどうみても扉らしきものは見受けられない。


「壁? 壁がどうかしたのか?」


「ふふんっ、こうするのよ!」


 フランは得意気に鼻を鳴らすと、手にした魔石を壁に押し当てる。


――瞬間。


 壁一面に魔法陣が浮かび上がる。

 金色の光を放ちながらクルクルと回転するそれは、三重の円の中に幾つもの幾何学紋様が連なるように描かれていた。

 それらが右に左に不規則に回転を繰り返してる。


「――なっ! マジか……」


「下がって! 開くわよ」


 重い石を引きずるような低い音とともに石壁が地中に沈んでいく。

 その様子を呆然と見つめるノエルの顔を三人の子供達はしてやったりといった顔でのぞき込む。


「どう? 凄いでしょ?」


「あぁ……、凄い。ぶったまげたよ」


「私にかかればこんなものよ!」


――確かにコレは紛れもなく大冒険だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る