75話:四の字固めと好々爺

 大口を開け呆けたように固まっているノエルを余所に、ダン達三人は開いた壁の中へと進んでいく。


「アニキ、早く来ないと閉まっちまうぜ?」

 

「お、おう、今行く」


 慌ててダンを追いかけると興味深げに辺りを見渡す。

 中は思いのほか明るく、手持ちの灯りが必要ない程の光量があった。 

 ダンが松明でも問題ないと言い張ったのは、そのせいかもしれない。

 

 しかし不思議なことに幾ら見渡しても光源らしきものが見当たらず、まるで空間そのものが光を孕んでるかのようで奇妙な違和感がある。

 ノエルはその光景に既視感を覚えていた。死霊の森だ。

 灯りに色こそ含まれていないが、足下を見ると十分な明るさがあるにも関わらず、どこにも影が存在しない。


――間違いない、ここはダンジョンだ。


「ダン、秘密基地とやらは近いのか?」


「おう、この部屋の隣だぜ」


「そうか……、悪いが皆ちょっとの間、ここで待っててくれ」


「ええ、何でだよぉ」


「いいわ、でも何かあったらちゃんと助けを呼ぶのよ? いい?」


「分かった、そうする」


 意外にも聞き分けの良いフランとブーをたれるダン。

 そんな二人の後ろで黙ったままコクコクと頷くコリン。


 ノエルは彼らに背を向け先へと進んでいく。

 四方が石垣で出来た幅5m程の地下道。

 その一つ目の角を曲がると長さにして凡そ50mの道があり、その途中には等間隔に列んだ横穴と、手前に立て掛けられた木の板が見える。


「ふぅ……。よし、行くか」


 ノエルは弓を取り出し矢を番えると、ゆっくりと足を進めた。


 魔物はおろか人の気配すら感じない。

 少し考え過ぎだっただろうか?

 子供達の遊び場になっているぐらいだ、普通に考えれば彼らを害するようなものが居るとは思えない。

 しかし、どう見てもここはいまだ生きている・・・・・ダンジョンだ。

 安全を確認しない訳にはいかない。


 それに彼らの言っていたセバールなる人物の事も気にかかる。

 コリン曰く良い人らしいが、ノエルにはとてもそうは思えなかった。

 高価な魔石を年端もいかない子供にプレゼントするなんて普通じゃない。

 そもそもまともな大人なら、子供がダンジョンに入るのを見て見ぬ振りなんてするはずがないのだ。


 音を立てぬように慎重に足を進めながら矢尻の先を漂わせる。

 相手が闇属性の魔石を持っている可能性がある以上、頼りになるのは目視だけ。

 となれば自然と進む速度も遅くなっていく。


 やがて一つ目の横穴付近に差し掛かると、その手前に立て掛けられた板を見て思わず顔を綻ばせる。

 そこには子供達、お手製の看板があった。


『秘密の作戦室』


 なるほど、確かにここは彼らの秘密基地のようだ。


 体を屈め、弓を構えたままゆっくりと横移動で中をのぞき込む。

 そこには表面の剥がれた大きなテーブルや、背もたれの折れた椅子等が並べてある。

 きっとここで悪戯の作戦会議でもしているのだろう。


 中へと入り部屋の辺りを確認するが、誰の姿も見受けられない。

 続いて向かいの部屋、隣の部屋と順に確認していくが、やはりひとけは感じられない。


「考え過ぎかな?」


 呟き部屋を出ようとした、その時――。

 耳の端でガサッと何かが蠢く音を捉える。


 ノエルは瞬時に水球を浮かべると、弓と矢に風属性の魔力をそそぎ込んだ。


 音が聞こえたのは向かいにある横穴から。

 その入り口横の壁に背を預け、魔力関知を試みるがどうにも捉える事が出来ない。

 思った通り何らかの方法で魔力隠蔽を施しているらしい。


 ノエルはそっと顔だけを出して部屋の内部をのぞき込む。

 そこには子供達がどこからか拾ってきたであろうガラクタが、山のように積み上げられていた。

 見ると其処彼処が綻んで、白く色のくすんだ灰色のローブを着た男がガサゴソとガラクタの山を漁っている。

 セバールなる人物だろうか?


 ノエルは息を殺すようにして室内へ足を踏み入れると、いまだ背を向け夢中でガラクタを漁る男へ矢先を向ける。


「動くな! お前は何者だ?」


 言われてピクリと動きを止めた男が両手を上げて振り返る。

 すると、相対した二人の目が大きく見開いた。


「お前は、あの時のくそガキ!?」


「てめぇ、よくもハメやがったなぁ……。キンドーさんよぉ」


 そこにいたのはキンドー。

 ミリル平原で出合った商隊の主、その人だった。


「まっ待て、早まるな!」


 怯えたように身を反らすキンドーへ向けてノエルの矢が放たれた。


――シッ。


 属性を付与された矢はキンドーの頬を掠め、背後に積み上げられたガラクタの山に突き刺さると、弾けたように雪崩を引き起こす。


「ひっひぃぃぃ」


「てぇめぇには聞きたい事が山ほどあるんだ。楽に死ねると思うなよ?」


「な、なんなんだお前は、いかれてやがんのか」


「おっ、言うじゃねぇかこの野郎。取りあえずお仕置きだな……」


 ノエルは弓をしまうと掌で拳を包むようにして、指をポキポキと鳴らす。

 その姿に恐れおののいたキンドーは、手元に転がっている穴のあいた鍋や木片を手当たり次第に投げつけた。

 ノエルはそれを避けることなく水球で弾くと、小さな歩幅でゆっくりと距離を詰めていく。


 せっかくの仕返しなのだから痛みと共に恐怖心も与えておかなければ意味がない。


「く、くそぉ……、どきやかれぇ!」


 キンドーは半ばヤケクソ気味に、ノエルへ突進するように脱出を試みる。

 ノエルはそれをひょいっと躱すと、足を引っかけるようにしてすくい上げた。


「ぶべっ……」


 顔面から石畳にダイブしたキンドーが、痛みに顔を押さえて転げ回ると、ノエルはすかさず両足をねじり上げ自身の股に挟む。

 四の字固めである。

 

「いぃぃぃってぇぇ! 止めろ、離せ! くそっ、いってぇぇ」


「ぶわっはっは! そうか、痛いか? そいつは何よりだ」


 何度も身を倒すようにキリキリと締め上げる。

 キンドーはその度に両手をノエルへ向けて、縋るような表情で悲鳴をあげる。


 笑うノエル。叫ぶキンドー。

 二人のやり取りがしばし続いたその時――。


「すまんがその辺にしておいてやっては、もらえんかのぅ」


 慌てて立ち上がったノエルは、キンドーの足首をねじり上げたまま一足飛びに声のした方角から距離をとる。


「ふむ、想像以上じゃな。その年にしては随分と場慣れしておるわい」

 

 引きずられた時に頭でも打ったのか、白目を剥いて気を失っているキンドーを後目に、弓を取り出し矢を番える。


「出て来い……。ただし少しでも妙な真似をしたら殺すぞ?」


「ほっほっほ……。今のお主では儂には遠く及ばぬよ。止めておけ少年」


「そうかい、なら此奴を殺す」


 言ってノエルは、足下で伸びたキンドーを踏みつける。


「ふむ、確かにそれは困るのう。仕方がないわい」


 現れたのは一人の老人。

 浅黒い肌に深く皺の刻まれた顔。真っ白な白髪をオールバックに纏め、やけにピンと背筋の伸びた老人だった。


「あんたがセバール爺か?」


「ふむ、いかにも、儂がセバールじゃ。お主、名はなんと申す?」


「……カラス」


「そうか、カラスか……。してカラスよ、すまんがその男を此方へ渡しては貰えんかのう?」


「あんたは此奴のなんだ? 事と次第によっては、年寄りだからって容赦はしないぜ?」


 好々爺然としたセバールの顔色が変わる。

 目尻の下がった糸目が開くと、ニヤリと犬牙を覗かせた。


「若いのう……。そう言う台詞は、相手の力量を推し量れる者が言うのもじゃて」


「かもな、だがこっちには人質がいるって事も計算に入れて欲しいもんだな……」


「ほっほっほ、それならほれ、こちらにも……」


 どたどたと石畳を走る音が響く。


――マズい……、子供達だ。


「アニキ、どこだぁ?」


「あっちよダン。あっちから悲鳴が聞こえたわ!」


「待ってよぉ……」


 近付いてくる子供達の声にノエルの殺気がセバールへと向かう。

 時間がない。やるなら一瞬で決めなければ。


――瞬間。ノエルの魔力が辺りを覆い尽くした。

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