71話:新たな属性
キャッキャとはしゃぐ子供達を後目に申込用紙に必要事項を記入していく。
受付窓口の脇にあるカフェへと子供達を追いやり、適当に軽食を出してもらったのだ。
勿論ノエルの奢りで……。
想定外の出費だが仕方がない。
仕事を邪魔されるよりはましだ。
「出来ました。お願いします」
「あっ、はい。では確認させていただきますね」
今回の登録は薬師としてのものになる。
本来ならば筆記試験と自身で調合したポーションの提出があるのだが、今回に限っては免除らしい。
聞けばギルドマスターであるブルートの好意とのこと。
もっと言うなら
――随分と高く買われたものだ。
何でもいいから出来る限り貸しを作っておきたい。
恐らくはそんな所だろう。
流石は生産系ギルドのギルドマスターだ、子供相手だと言うのにやることがあざとい。
「うん、不備はないわ。じゃぁこれ、ギルドカードよ、無くさないようにね。無くすとお金掛かっちゃうから」
受け取ったギルドカードを見ると、なんの変哲もない銅板に見える。
表には氏名・職業・所属ギルド・現在の
恐らくは偽造防止の為の鑑定の魔法陣だろう。
因みにギルドランクはE・D・C・B・A・Sと上がり登録現在、ノエルはEランクとなる。
ランク上昇の条件はギルドへの貢献度によって決まる。
要するにどれだけ儲けを出したか、だ。
技術力ではないところがなんとも世知辛い。
「はい、ありがとうございます。あとついでに手持ちのポーションの買い取りお願いできますか? それと出来れば売り上げで魔導書を買いたいんですが」
「そう、ポーションの買い取りは出来るけど、魔導書はどうかしら……。ちょっと確認してくるわね」
「はい、お願いします」
受付の女性が奥へと引っ込んだのを確認すると、ノエルはカウンターの上にポーション2ケースを載せる。
手持ちの金額と合わせれば十分に足りるはずだ。
さて、どの属性を買おうかと上機嫌で辺りを見回すと、リスのように頬を膨らませ、ケーキを頬張る子供達がいた。
――本当に子供と言うのは手加減を知らないから困る。
(まぁ、子供の腹に入る量なんてたかがしれてるし、何とかなるだろ……)
「お待たせ、これでいいかしら?」
振り返るとカウンターの上に3つの魔導書が並んでいる。
見れば火・水・風の魔導書の三冊しかない。
他には無いのだろうか? 特に上位属性とか……。
「今あるのがこれだけなんですか?」
「いいえ、他の属性もあるには有るんだけど、ノエル君に販売できるのはこの3属性だけなのよ」
「え? 何か理由があるんですか?」
「えぇ、それはね――」
――リーリア王国では、魔導書の売買は資格制になっている。
誰彼構わず無暗やたらに売っていては、無軌道な輩が増えるだけ。
その為、然るべき環境で言霊証明をとり、然るべき資格、もしくは職業に従事している者にのみ売買が許されるのだ。
考えてみれば当たり前の事ではある。
現代で言うところの銃火器に当たる魔導書を、誰彼構わず売り買い出来るというのはぞっとしない話だ。
「そうなんですか……。以前いた村では誰でも買えたので知りませんでした」
「そう、もしかしてノエル君が以前いた所って共和国?」
「いえ、聖法国です」
「あぁ、成る程……。聖法国や共和国では教育に制限を掛けていて、リーリア王国では魔導書の売買に制限を掛けているのよ。その違いかしらね」
「そういう事でしたか、それならしょうがないですね。もしかして3属性しか売れないって言うのは職業が薬師だからですか?」
「えぇ、そうよ。流石、飲み込みが早いわね。で、どうする? 買う?」
「はい、火属性の魔導書を下さい」
「はい、毎度ありがとうございます」
ポーションを売り、魔導書と空の小瓶を購入するとお礼を言ってカウンターを後にする。
現在ノエルの手元に残ったお金は、金貨にして50枚ほど。
思っていたよりもポーションが高く売れた。
どうやら今は品薄なようで、特に中級ポーションはかなり出来がいいと喜ばれた。
職にも就きお金も手に入れのだから出来れば次は住む家を探しだい所なのだが、こればっかりはどうにもならない。
この街では家族や後見人のいない子供はすべからく皆孤児院へと預けられる事になっている。
おかげで今のノエルに住まいを貸してくれる不動産屋はいないと言う訳だ。
「大丈夫? そんなになるまで無理して食べなきゃいいのに……」
子供達は、三人が三人共に苦しげな顔で背もたれに身を預ける様にしてお腹をさすっている。
「うっぷ……、もう、無理」
――これはすぐに移動と言う訳にもいかなそうだ……。
………………。
…………。
……。
子供達のお腹の具合が良くなるまでの間、朝食を食べてこなかった事を思い出し、軽くモーニングセットような物を注文する。
サンドイッチにサラダとミルクティーなど、今生きている世界がファンタジー世界だと忘れてしまいそうな品々が並ぶ。
驚いたのはサンドイッチに使われているのが食パンであったことだ。
(ふっくらモチモチ、これは紛れもなく食パン!)
どうやらこの世界にもイースト菌は存在したらしい。
後で店の人に譲って貰おう。
朝食に舌鼓を打ちながら、ものの見事に食い倒れた三人を見回す。
まず最初にノエルを子分にしようとした少年の名はダン。
茶髪茶目で頬にはソバカスがあり、くるくるとした天然パーマの悪戯小僧と言った風体をしている。
その隣でテーブルに突っ伏して苦しそうに息をしているのがコリン。
黒髪黒目のポッチャリ少年で、見ている限り常に他の二人の後ろに隠れてオドオドした様子に見える。
臆病なのか照れ屋なのかそれともただの人見知りなのか、今はまだ判断がしづらい所だ。
そして三人目はフラン。
二重瞼に子供らしいふっくらとしたほっぺた。
金髪碧眼でふわりとした綺麗な髪を三つ編みにして束ねている。
容姿だけを見ればとても女の子らしく思えるが三人のやり取りを見るに、お転婆の文字がしっくりくるような性格の少女だ。
ダンやコリンを押しのけて前へ前へと迫ってくる姿に、流石のノエルも仰け反る始末。
やや暴走気味な印象を受けた。
――それにしても……。
三人の前に重ねられた大量の皿を眺めて溜め息を吐く。
食いも食ったり十人前。
よくもまぁこんな小さな体に詰め込んだものだ。
そりゃ具合が悪くなると言うのも頷ける。
「しょうがないなぁ……。ほら、これ飲んで」
三人にそれぞれポーションを手渡して飲むように促す。
しかし既にお腹いっぱいの三人は、手にこそ取るものの一向に口を付けようとはしない。
本当に限界ギリギリまでお腹に詰め込んだようだ。
孤児院では食事を与えられていないのだろうか?
どうにも『食えるときに食っとけ』的などこぞの戦闘民族のようながっつき方をしている。
「無理だ……今飲んだら吐くぞ?」
「僕もう何も食べれないよぅ」
「あなた鬼ね! 鬼畜ね!」
「はぁ……。しょうがない、もう少し休んでいこうか」
この後、結局1時間ほどの足止めをくらう事となった。
◇――――――――◇
三人に案内されながら商店街をブラブラと探索していく。
角を曲がる度に先頭を行くダンとフランがどちらに行くかで揉めだして、ノエルと並んで後ろから付いて歩くコリンが仲裁に入る。
そんな事を永遠に繰り返しながらアッチへフラフラこっちへフラフラと進んでいく。
恐らく目的地を決めずに何となくで進んでいるのだろう。
そんな事だから二人の言い争いはどんどんとエスカレートしていく。
「こっちだ! この先に小さな水路があって魚がとれるんだぜ?」
「いいえこっちよ! この先にある公園を案内するべきだわ」
「二人ともぉ、喧嘩しないでよぉ」
「うるさい!」
「だまりなさい!」
「そんなぁ……」
なるほど、中々にバランスのとれた関係性のようだ。
中身がいい大人のノエルは、子供の白熱した言い争いを見守るように見つめていた。
が、いい加減このままでは埒が明かない。
「ねぇ……、三人はいつもどこで遊んでるの? 折角だからそこに案内してよ」
ノエルの提案に途端に黙り込む三人。
何か聞いてはいけない事でもあったのだろうか?
するとスクラムを組むように肩を寄せ合った三人が、チラチラとノエルを見ながらコソコソ相談を始める。
「おい、どうするよ?」
「そうねぇ……あの子は本当に信用出来るのかしら?」
「僕はどっちでもいいよぉ」
「でもアイツすげぇ奢ってくれたぜ?」
「駄目ねぇ……。そうやって直ぐに信用するから簡単に騙されるのよ」
「僕は二人に任せるよぉ」
「何だと? この男女!」
「なっ! 何よ、このお馬鹿!」
「僕はどっち「「お前はもっとはっきりしろ!」しなさい!」そんなぁ……」
(良かれと思ったんだけど何か余計なこと聞いちゃったかなぁ……)
頭を抱えるノエルを余所に、言い争いを続ける三人。
仕方がないとノエルが彼らの間に割って入ろうとした――その時。
「――ッ!」
途端に鋭い眼差しになったノエルが振り返る。
捉えた魔力が3つ、ノエルへ向けて殺気を放っていた。
(三人か……、何者だ?)
チラリと子供達の様子を伺うと、今なお声を荒げて言い争っていて、コチラに気付いてはいないようだ。
――打って出た方が被害を出さずに済みそうだ。
子供達に敵意を向けられる前に潰しておくのが最善だろう。
何より感じる魔力の揺らぎから、練度の低さが伺い知れる。
犬歯を覗かせニヤリと笑んだノエルがソロリと子供達に背を向け歩き出す。
退屈凌ぎぐらいにはなるだろう。
自身も知らぬ間に、攻撃的な性格へと変わりつつあったノエルは、向けられた殺意に反応するように待機魔力を解放した。
――とっとと捻り潰すか……。
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