70話:オンディーヌの価値

 言霊証明において、宣言相手はもっとも重要な項目と言える。

 考えてみて欲しい。もしもノエルが今此処で自分の両親に対し宣言したとする。

 内容は恥じない生き方をする。とかだ。

 恐らくノエルは、その瞬間に魔法を失うのではないだろうか?


 ノエルの出生は元々マイヤの不貞から始まっているし、何よりも実の父親を手に掛けてしまっている。

 だからと言ってブルートに言われたとおり神に誓うのも危険だ。


――この世界には神が存在している。


 どこにいてどの様な姿をしているのかは分からないが、その存在は証明されている。

 理由は偏に言霊の宣言相手として成り立つことだ。


 言霊証明は、宣言時に相手がこの世界に存在している事が一つの条件となっている。

 その為、自分の御先祖様や、今は亡き憧れの英雄などに誓ったところで拘束力は発生しない。

 しかし神への宣言は実際に拘束力が発生し、誓いを破れば魔法が失われる事が確認されているのだ。

 つまり逆説的に言えば神は存在する・・・・・。と、言う事になる。


――だとしても神へ誓うのは危険だ。


 存在が証明されているからと言っても、当の神がどの様な考えを持つ存在なのかが全くの不明なのだ。

 となれば、頼れるのは教会の掲げた聖書となるのだが、これこそが一番の厄介の種。あるいは罠。


 何よりも、その時代を生きる権力者の思惑が介入したであろう教典に従うのは、あまりにも危険すぎるのだ。

 それこそ教会の操り人形にされかねない。


――もしかして、ブルートはそれを狙っていたのだろうか?


 自身のすすめを一蹴された時、特に気にした様子は見受けられなかった。

 しかし彼は曲がりなりにも錬金術ギルドのギルドマスターだ。

 神に誓った場合の危険性は熟知しているはず。


――誓いの内容を重くする必要があるかもしれない。


 国か領主か教会か、それとも彼自身なのか。

 わからない……。

 しかしブルートが何かしらの思惑があってすすめた可能性がある以上、その先を察して立ち回らなければ思わぬ敵を作りかねない。


「よいか? プレートを胸に当てて魔力を通しながら宣言するんじゃぞ?」


「はい、準備は出来てます。宜しくお願いします」


「ふむ、では始めるかの。ベルンハルト、ジェニファー、両名前へ」


「「はっ!」」


 ノエルの前へ二人が立ち、ブルートは並ぶように脇へ移動する。


「【これより我ら三人は、汝ノエルの言霊証明の見届け人となり、以後、いかなる時も汝ノエルが誓った言霊をたばからないと此処に誓う】」


 ブルートは自らの宣言を口にすると、頷いてノエルに先を促す。


「【聞け、世界の理よ。私、ノエルは此処に宣言する。いついかなる時も我が師オンディーヌに恥じることなく生きる事を誓う】」


 ノエルの発した宣言の後、胸に当てたミスリルプレートが輝き始める。


「ふむ、終了じゃな」


「え? これだけですか?」


「そうじゃな、これだけじゃな。後は自分で魔名マナでも考えておくんじゃの」


「魔名……か……」


 魔名とは、魔法使いとしての通り名。二つ名とは少し違う。

 偽名、もしくは源氏名と言ったところだろうか。


 言霊証明は本来、魔法使いを縛り付けるために存在しているわけではない。

 世界その物にその存在を示し、認められることで一時的だが力の上昇効果を得る事が出来るのだ。


 つまり自らの名を名乗り何を成すかを宣言する事で、世界とのパスを繋ぐ役目をする。

 其れこそが本来の役割。決して枷などではないのだ。

 

(まぁ、カラスでいいかな……)


「一つ聞いても良いかな?」


 魔名をどうすべきかと考えていると、ベルンハルトがノエルの手にしたプレートを指さした。


「はい、俺で分かることなら」


「実は君の宣言者の事なんだが……。まさかとは思うが君はオンディーヌ家の者なのかね? いや、オンディーヌの名は特別でね、勝手に名乗ることは許されていないのだよ」


「そうだったんですか……。でも俺が言ったのはオンディーヌ家の事ではなく英雄オンディーヌ本人の事ですから」


「――ッ! それは……、一体どういう事だろうか?」


 聞かれてノエルはオンディーヌの真実について語り始めた。

 

 オンディーヌとの出会いから始まり、共に暮らし始めるようになった経緯や日々の生活など余すことなく饒舌に。

 無論その際、自身が転生者であることを悟られないようにではあるが。


 自慢げに語って聞かせるノエルに、終始目を丸くして聞き入るベルンハルトとブルート。

 その二人から少し離れた位置でふてくされた様に佇んでいたジェニファーも、ノエルの話がオンディーヌ対騎士団の一戦になった途端、興味深げに様子を伺い始めた。


 ノエルと言えば聞き入る三人に気を良くしたのか身振り手振りまで始める始末。


 だがそれも致し方ないこと。

 ノエルとしては知ってもらいたいのだ。

 巷で流れる英雄譚は嘘っぱちで、舞台の演目は見当はずれもいいところなのだと。


 もしここに当のオンディーヌがいたのならば『そんなこっぱずかしい話をするんじゃないよ』と、叱り飛ばされたかもしれない。


――オン婆なら言いそうだ。


 だがそれでも知って欲しい。

 オンディーヌと言う心優しき真の英雄がいたと言うことを。


「まいったな……。まさかそんな真実を聞かされる事になるとは……」


「まったくじゃな……。おぬし自分が語って聞かせた話がどれほどの混乱を招く切っ掛けに繋がるのか分かっておるのか?」


「え?! 混乱?」


「はぁ……、もうよいわ。儂は疲れた、帰らしてもらう」


「えぇぇぇ……」


 言ったそばからさっさと立ち去るブルート。

 いいのか錬金術ギルド。マスターがこんなんで……。


「ノエル君、すまないがその話は君の胸の内だけに止めて置いて貰えないだろうか?」


 去りゆくブルートの背をジト目で見送っていたノエルにベルンハルトが詰め寄る。


――まぁ、こうなるだろうとは思っていた。


 この世界における最強の武力とは何か。

 それは――勇者に他ならない。

 そんな兵器とも言える存在に、たった一人で戦いを挑み、勝利を収めた者がいるとすればどうなるか。


 間違いなく世界中が自国へ取り込むために動き出すに違いない。

 そしてそれが不可能となれば、暗殺を試みようとする国も出て来るかもしれない。


 先程のブルートからの物言いにこそ、さも驚いたようにみせていたもののノエルだってその程度のことは気が付いていた。

 分かっていて、それでも話したのだ。

 最後の最後まで報われなかった恩人の悲しげな笑みが脳裏から離れない。

 それに対する苛立ちと、報いることの無かった世界への反発心。

 子供じみていると分かっていて尚、抑えることが出来なかったのだ。

 

「分かりました、積極的に話すのは控えます」


「むぅ……。まぁ、仕方ないか……」


 残念そうに顔を歪めるベルンハルトの後ろからジェニファーが近づいて来る。


「死人に口なしだろ? 隊長……」


 立ち上る魔力にノエルは思わず身構える。


――瞬間。


 バゴッと言う音と共にジェニファーの顔が仰け反ると、そのまま後方へと弾き飛ばされる。

 ベルンハルトの裏拳がジェニファーの顔面に叩き込まれたのだ。


 騎士とは言え女性相手に容赦のない一撃を食らったジェニファーを見てノエルは眉をしかめる。

 ノエル自身ミルファを手に掛けているのだ、人のことは言えない立場。

 鼻血を吹いて白眼で大の字に気絶しているジェニファーに溜息を吐くのだった。


「重ね重ねすまない……。ジェニファーの処分は任せて貰えないだろうか?」


 言って深々と頭を下げるベルンハルト。

 部下の不始末とは言え、子供相手に頭を下げるのは中々に出来るとこでは無い。

 ノエルはその姿を目の当たりにし、ベルンハルトの人柄をとても好ましく感じていた。


「いえ、気にしないでください。成り行き上仕方がなかったとは言え、彼女の妹さんを手に掛けたのは事実ですから……」


「すまない……」


 とは言え、出来れば暫くは会いたくないものだ。




………………。

…………。

……。





 気絶しているジェニファーと頭を下げるベルンハルトに別れを告げ一階へと戻る。

 言霊証明を手に入れたものの、ノエルは未だ錬金術ギルドへ登録を済ませてはいない。

 どうせなら今日中に終わらせておきたいところだ。


 一階の受付はL字のカウンターになっており、並んだ椅子を区切るように板張りの壁が立っている。

 時間が早いこともありガランとしたカウンター空席が目立つ。

 職員も殆ど見かけない。


「すいませーん。どなたかいらっしゃいませんか?」

 

「はいはい、なんの御用かな?」


 ノエルが声を掛けると丸ぶちメガネを掛けた女性が両手いっぱいに書類を抱えて現れた。


「ギルドに登録したいんですが、お願いできますか?」


「えぇ、勿論よ。ちょっと待っててね、今登録用紙を持ってくるから。えぇっと、四人分で良いのかしら?」


「え? 一人ですけど?」


「あらそう、後ろにいるのは付き添いのお友達かしら?」


「え?!」


 慌てて振り返るノエル。

 そこには、ノエルがギルドへ到着するまでの間、ずっと後を付けて来ていた三人の子供達がたっていた。


――まったく気付かなかった、どう言うことだ?


「おい、お前! 喜べ、今日から俺の子分にしてやる!」

 

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