86話:意趣返し

「決闘は一週間後の風の日。場所は……、折角ですからこちらの庭園を使わせていただくとしましょうか。それと……そうですねぇ、観戦はご自由に、と言った所でしょうか。よろしいですよね? ランスロット公」


 芝居じみた手振りでヘインズが語り終えると、ワラワラと人垣が左右に割れてゆく。

 と、その場に残されたのは、ニコリと笑みを浮かべたディート・フォン・ランスロット当人だった。

 

 いつの間に現れたのだろうか、ディートは執事のセバスを従えて悠然とテラスへ躍り出た。

 これで、ようやくこの場に今回の騒ぎの当事者が全員集まった形となる。


――ディート、マガーク、ヘインズ、そしてノエル。


 互いの本心を、敵意を、欲望を、そして殺意を覆い隠すように笑みを浮かべた四人が、さも楽しげに談笑するかのように顔を付き合わせた。


――悍ましい。


 三人の顔をチラリと一蹴したノエルの胸中にムカムカと不快感が沸き上がる。

 前世でも幾度となく味わってきたが、まったくなれる気がしない。

 ノエル以外、この場にいる者はすべからく権力者だ。

 そんな彼らにとっては、真実は作り上げる物であり、結果は奪い取るものでしかない。


 ノエルとしては、いいように利用されてやる気はさらさら無いのだが、現時点では何を言おうが握りつぶされて終わりだろう。

 

 煮えたぎる腸をなんとか宥め、先を見据えるべく考えを巡らせていく。

 自身の置かれた立場を思えば、ここから先の行動如何によって、生存率が著しく変わってくる気がする。

 子供のように感情に振り回せれている場合ではない。冷静にならなければ……。


 決闘の日取りが一週間後になったことは幸か不幸かノエルにとっては考える時間が出来たことになる。

 だが、それは良いことばかりではない。

 今日から風の日までの一週間は、常に命の危険に晒される事になる筈だ。

 で、あるならば、いま考えるべき事は、どう生き延びるかと言うことになる。


 さらに言えば、決闘そのものは、おそらくは問題ない。

 ノエルから見れば、マガークから感じる魔力は未だ拙く取るに足らない相手に思える。


――ならば……。


(決闘までの期間を短くする方法を考えるのが得策だろうな……)


 ノエルは冷たく残酷な思考へと落ちていく。

 どのタイミングで何人を殺すのか。


「まさか君が立会人に名乗りを上げるとはね……」


 ディートは、憮然とした面持ちでヘインズを見下ろすと口を開いた。


「はははっ、我が国としても見て見ぬ振りは出来ませんからね。それとも何か都合の悪いことでも御座いましたか?」


 ヘインズは肩をつぼめると冗談めかした口調で返した。

 その姿は実に堂に入っている。

 それこそ不自然・・・なほどに。


「いやいや私としては、特に問題は無いのだがね。いいのかい? 名乗りを上げたのは君の独断なのだろう?」


「えぇ、こちらも問題はありません。父上よりディーゼル家の代表のつもりで振る舞うようにと仰せつかっておりますので」


「ほぅ……、それは面白い。ディーゼル家の嫡子殿は随分と優秀なようだ」


「あまりに期待が大きすぎて、未だ小さなこの身では潰れてしまいそうですがね」


 ノエルは軽口の中にチクリと棘を織り交ぜての、二人の舌戦をながめながら、これまでに感じていた違和感に気付く。

 このヘインズと言う少年は、もしかすると転生者ではないだろうかと。


 いくら貴族の家に生まれたからといっても、彼はあまりにも大人びている。

 それは同じ公爵家に生まれたアリスを見れば一目瞭然である。


 そして同時にこうも感じた。

 この少年は、自分が転生者であることを隠す気がないのではないだろうか? と……。


 ノエルが気付くぐらいだ。おそらくディートも感づいているだろう。

 そう思うと、この二人のやり取りも実に白々しい三文芝居に見えてくる。


 ノエルがそんな事を考えていると、ここにきて少しばかり蚊帳の外に置かれていたマガークが、忘れてもらっては困るとばかりにディートの前に身を乗り出した。


「ディート公爵様、出来ましたら余人を交えずにお話をする時間を頂けないでしょうか?」


「むっ、あぁ、そうだね。こちらとしても、そうして頂けると助かる。が、ほんの少しばかり待っていてもらえるだろうか? 彼に話があってね……」


 ディートの視線がチラリとノエルへ向かうと、それを察したマガークが道を開けるように脇へと退いた。


「ノエル君……キミには随分と迷惑をかけてしまったね。娘の命を助けてもらったと言うのに、ここに来てこんな事になるとは、流石の私も予想すらしていなかったよ、すまない」


 さも申し訳なさそうな物言いだが、ディートがノエルを見つめる眼差しは鋭く、脅すかの様にほの暗い笑みさえ浮かべていた。


 対するノエルも表情にこそ出さないが、握り込んだ拳が僅かに震えている。


――気に入らない。


 出来ることならば、そのつけあがったしたり顔に拳を叩き込んでやりたいところだ。

 が、それが出来ないのであれば、せめて何か意趣返しを……。


「ディート公爵様のせいではありません。不運なすれ違いから起きた、不幸な事故……ですから……」


「そうだな……。しかし私が当事者である事には代わりがない。そこで……だ、娘の礼もかねてだが、何か私に出来ることはないかね? このまま何もせずに君を帰してしまえば、ランスロット家は道も知らぬ愚か者だと、泥を浴びせられてしまうからね。私に出来ることなら何でもしよう。どうかね?」


「はっ……はぁ……、何でも……ですか?」


「あぁ、何でもだ」


 ノエルは頭を巡らせた。

 意趣返しをするならここしかない。

 常軌を逸した要求では駄目だ。

 そんな事をしても、容易く切って捨てられる。

 ディートになら容易くでき、かつ不都合な内容で、断りずらいもの。


 握り込んだ拳から力が抜ける。

 今尚したり顔で見下ろすディートを見上げると、ノエルは重い口を開いた。


「それでは家を一軒お貸しいただけませんか?」


「プッ……」


 背後からヘインズ吹き出す声が聞こえる。

 恐らくはノエルの意図に気づいたのだろう。

 その証拠にディートの顔は、さっきまでとは打って変わって苦々しく歪んでいる。


「教会の暮らしは肌に合わなかったのかい?」


「いえ、そう言う訳ではありませんが。先にご説明上げた通り、私は薬師ですので仕事柄どうしても作業場が必要になるのです。ですが、調合に必要な材料の中には、どうしても臭いのきつい薬草等がありますから、教会で作業をする訳にもいかないのです」


 パチパチと些か気の抜けた拍手が一つ。

 ノエルは音のする方へ振り返ると、いたずらが成功した子供ように、ニカッと微笑んだ。


「そ、そうか……、まぁ、いいだろう。近日中に用意しよう」


 唸るような低い声でそう告げたディートは、マガークを促すと踵を返し野次馬の中へと消えていく。

 ノエルは去っていく二人の背中を冷めた眼差しで見送っていた。


「いやぁ、あの場であんな要求をするとは君も中々に強か者だねぇ」


 ヘインズは褒め称えるようにポンポンとノエルの肩を叩く。


 現状、ノエルは非常に危うい立場にある。

 マガークの属するイグニス王国側からすれば、そうそうに抹殺したい相手だろうし、ディート以下リーリア王国側も同じ筈だ。

 となれば、ノエルがすべき事は自ずと決まってくる。

 この街の居住許可を大勢の人間の前でディートに認めさせることだ。


 フェアリー・ベルはランスロット公爵家の領地。

 ならばそこに住む住民はランスロット家の庇護下にある。

 他国の人間が無闇やたらに傷付けることがあれば、それこそランスロット家に喧嘩をふっかけるのと同じ意味を持つ。


――これでイグニス王国は、ノエルに簡単には手出しが出来なくなったと言うわけだ。

 

 ヘインズは……、おそらくは静観を決め込むだろう。


 残った懸念はリーリア王国側からの刺客ぐらい。


 後、自分に出来ることはなんだろう?

 ノエルは考え込むように眉をしかめると、意を決したように歩き出した。


 今ノエルのすべき事は、一刻も早くこの場を立ち去ることだ。

 これ以上不利になれば、それこそ手に負えない。

 これからの対処は後でじっくり考えよう。


(よし、とんずらしよう!)


 逃げるように出口へ向かうノエル背後には、楽しげにはしゃぐヘインズの姿があった。



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