87話:鬼ごっこ
「あの……、何故付いて来るんでしょうか?」
自身の後ろからつかず離れず付いてくる、弾むような小さな足音に口を開く。
しかし返ってくるのはクツクツとした笑い声。
その反応にノエルはウンザリしながらも、振り返る事なく歩く歩幅を広げた。
「そう邪険にしなくてもいいじゃないか。僕は結構役に立っただろ?」
「そうですね……。先程はありがとう御座いました」
そう言ってヘインズは足を早めると、ノエルに並ぶように歩幅を合わせる。
この期に及んでいったい何の用があると言うのだろうか?
ノエルはあからさまに顔をしかめると、前を見据えたままヘインズの言葉を待った。
どうせ禄でもない事だろうが、相手が相手だ。
無視する訳にも行かない。
「言ったろ? 僕は君が気に入ったんだ。だから君を彼らに殺させるわけにはいかない」
「はぁ……」
「気のない返事だなぁ。まぁいいけどさ。ノエル君は貴族の決闘がどう言うものか知ってるかい?」
「いえ、その手の知識はまったく無いですね。平民には遠い世界の事だったので、考えたこともありません」
気のない、興味がない、どうでもいい。
そんな調子の、平坦な声色で返す。
ノエルとしてはそれこそ本当にどうでもいい事だった。
どんな方法であれ、全く負ける気がしない。
思うところが有るとすれば、未だ十五才かそこらの少年を相手にすると言う罪悪感ぐらいか。
だがそれにしたって、自分が死ぬよりはましだと等に腹をくくっている。
しかし、そんなノエルの胸の内を知らないヘインズは、心配そうに話を続けた。
「貴族の決闘と言うのはね、基本的に魔法の撃ち合いなんだよ」
と、ヘインズの決闘講義が始まった。
貴族同士の決闘とは、人ひとりが入るほどの小さな円を地面に描き、互いに10mから15mほどの距離を空けて向かい合う。
その後、立会人の合図と共に魔法を撃ち合い、円からでるか命を落とすかで勝敗が決まる。
その際、相手の放った魔法を防御するときも魔法でのみ、とされている。
ノエルは些か興奮気味に語って聞かせるヘインズを鼻白んだ。
これまで幾度か修羅場を潜ってきたノエルからすれば、それこそおままごと程度にしか思えない。
盗賊を相手にする方が余程刺激的だ。
「いいかいノエル君。僕の見立てでは、君は水魔法と風魔法しか使えない。しかも魔力量は並の魔法使い程度だろう。そのままでは君の勝ちは無いと、僕は思っている」
あぁ、なるほど。と、ここでノエルはようやく合点が行く。
ノエルは闇属性で、知られては不都合だと思われる自身の力を他者から悟られないように隠蔽していた。
その為、ヘインズはノエルが二属性しか扱えない並以下の魔法使いにしか思えなかったのだろう。
しかも闇属性を所持していることを想定すらしていない。
だからこそ、先にお礼と称して闇属性の魔石を渡してきたのだ。
「はぁ……、それはそれは」
「なんだい? 何だが覇気のない返事だねぇ。自分の力に自信が有るのかもしれないが、今の君ではマガーク男爵には万が一にも勝ち目はないよ? あぁ見えて、彼は若くして爵位を叙爵した天才だからね」
(へぇ、天才ねぇ……。これは俺つえぇぇ、をしろと言うことか! いや無いな……、柄じゃない)
「そこまで仰るからには、何か秘策を授けて下さるのですか?」
「それはそうさ! でもまだ言えないな。まぁ当日までのお楽しみだね」
この少年は、またも何かをやらかすつもりらしい。
敵なのか味方なのか、判断に苦しむところだが、意外とただの愉快犯の可能性も捨てきれない。
ノエルは思わず溜め息混じりの返事を返す。
「はぁ……」
「まっ、精々頑張って生き延びてくれたまえ。こんな所で死なれては、僕の楽しみが無くなってしまうからね」
「楽しみ?」
「そうさっ! 僕は君を殺すのが楽しみでしかたがないよ。あぁ、君はどんな風に生き足掻いてくれるのかなぁ……、ワクワクするなぁ」
「えっ?」
不意にヘインズの放った突拍子も無い台詞に、流石のノエルも足を止めてしまう。
――今コイツはなんと言った?
自身の耳を疑いたくなるヘインズの発言に、ノエルは顔を歪めて睨め付ける。
しかし当のヘインズは、スキップでもするかのように振り返る事なく軽く手を上げた。
「じゃぁね、転生者君」
「…………」
ヘインズの去った後、呆けた様に、ひとり廊下に佇むノエルの肩に手が延びる。
「ノエル君……。ノエル君!」
「え? あぁ……メイさんでしたか……。すいません、気付きませんでした」
メイは、目線を合わせるように屈むと、ノエルの顔を心配そうにのぞき込んだ。
「大丈夫? ひどい顔色よ?」
「えぇ、ご心配お掛けしてすみません。予想外の事が色々と重なったせいで、少し混乱しているだけです」
「そう……。無理もないわ、幾ら何でもアレは酷すぎるもの。私の方からもランスロット様に話してみるわ。大丈夫、きっとランスロット様ならどうにかして下さるわ。なんたってノエル君はアリス様の命の恩人なんですもの」
「ありがとう御座います。でも、あまり無理はしないで下さいね。メイさんが咎められる事にでもなったら元も子もないですから」
「ふふふ、優しいのね。はい、コレ忘れ物よ」
言って差し出された物を見て、ノエルは目を丸くした。
どうやら冷静に考えていたつもりが、かなり動揺していたらしい。
よりによって大事な│
ノエルは取り繕うように笑みを浮かべると、金貨の詰まった革の小袋が山のように積まれた銀のトレイを受け取り、そのままトレイ毎インベントリへとしまい込んだ。
「あぁ、すっかり忘れてました。すいません……」
「別にいいのよ。あんな事があったんだもの、取り乱したって可笑しくはないわ。それよりもしも帰るなら馬車の用意するからもう少しだけ待っててもらえるかしら?」
「いえ、少し頭を冷やしたいので歩いて帰ります。えっと、それじゃあ今夜はこれで失礼します」
言ってそそくさとその場を後にするノエルにメイは寂しげに頷いた。
「そぅ、気を付けてね……」
………………
…………
……
領主館を出ると、夜空に浮かぶ月はすでに頭上へと上っていた。
思っていたより大分時間が過ぎていたようだ。
時刻は、道を行き交う人も疎らになった深夜前。
ノエルは重い足取りで何処へ向かうべきかを思い悩んでいた。
予想通りと言うべきか、領主館を出てからと言うものノエルは自身を尾行してくる五つの魔力反応を感じ取ったのだ。
先にメイからの申し出を断ったのもこれが理由。
馬車を用意してもらったところで教会に帰るわけにはいかない。
シスターや子供たちのいる教会を、いざというとき戦場にする訳にはいかないだろう。
かと言って昨日今日付いたばかりのこの街で、他に行く宛もなく、背後を気にしながらもトボトボと夜の街を歩いていた。
おそらくこの追跡者は刺客と言うより監視目的なのだろう。
あくまで一定以上の距離を保ったままで、かつ決してノエルを囲うような真似はしてこない。
それに五人の内三人は魔力操作も荒削りで、闇魔法はおろか、魔石による魔力隠蔽すらしていない。
他の二人はそこそこやりそうな気配ではあるが……。
(さて、どうするかな……。ここで簡単に返り討ちにしたら、次回からより手練れを揃えて来る可能性もあるか)
――取り合えず鬼ごっこだな。
ノエルは手にしたステッキをクルリと回すと、体内魔力を解放し、商業地区に向けて走り出した。
ノエルの推理では、追跡者の正体はランスロット家の手の物。
イグニス王国側が動くにしては早すぎるし、何より彼らなら全力で殺しに来るはずだ。
それをワザワザ監視に止めている所を見ると、まず間違いないだろう。
――さっきの腹いせも兼ねて、適当におちょくってやるとするか――
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